亀田大毅

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亀田 大毅
Kameda Daiki, Japanese professional boxer.jpg
基本情報
本名 亀田 大毅
通称 浪速乃弁慶
階級 スーパーフライ級バンタム級
身長 167cm[1]
リーチ 164cm[1]
国籍 日本の旗 日本
誕生日 1989年1月6日(25歳)
出身地 大阪府大阪市
スタイル 右ボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 33
勝ち 29
KO勝ち 18
敗け 4
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亀田 大毅(かめだ だいき、男性、1989年(昭和64年)1月6日 - )は、日本プロボクサー大阪府大阪市西成区天下茶屋出身。第71代WBA世界フライ級王者。第25代IBF世界スーパーフライ級王者。世界2階級制覇王者。

亀田三兄弟の次男で、亀田興毅の弟であり、亀田和毅亀田姫月の兄である。かつては父の亀田史郎がトレーナーを務めていた。

兄の興毅と違い、左フックを得意とする右ボクサーファイター[2]

人物[編集]

  • 自称「浪速乃弁慶」(なにわのべんけい)。その由来は「倒れないタフなところ」に憧れたもの。
  • デビュー戦用のポスターには自ら武蔵坊弁慶イラストを描いた。
  • イラストが得意で、イラストレーター志望、ピアノ演奏や歌唱により音楽志望という報道がなされたこともある。
  • プロライセンスの実技試験には、50人を超える報道陣が集まり、同日にパシフィコ横浜でデビュー戦を行った。
  • 主にKO勝ちした場合、試合後リング上で歌いあげるパフォーマンスを行なっている。一番好きな歌はT-BOLAN離したくはない。リンク先も参照。
  • 誕生日が1989年1月6日、つまり大変珍しい「昭和64年」生まれの著名人である。
  • 2007年の内藤大助戦を前に、内藤をゴキブリ呼ばわりし物議をかもした揚句、試合中に反則を繰り返しマスコミからバッシングを浴びた。
  • 2008年1月27日、都内で車を運転中、追突事故を起こした。その後、この事故に関して大毅は報道陣に「車はぶつけるもんやろ」と発言していたことが分かり、不謹慎であるとして金平桂一郎会長が厳罰を示唆した[3]
  • 競馬ファンであり、自身の思い入れのある競走馬ダイワスカーレットと言う[4]。また、元プロ野球選手で同じく競馬ファンの大道典嘉騎手三浦皇成などと親交がある。
  • 前記の通り物議をかもす発言や行動が多かったが、近年は落ち着いてきている。2010年4月25日放送のマルコポロリでは「俺あんまメンチ切りたくないねん。」、「(内藤戦の前は)調子のってたから。」等々の発言がある。また、かつては敬語を使わないと批判されていたが、現在バラエティ番組に出演した際には年上の出演者には敬語を使っている。

来歴[編集]

小学生からボクシングを始め、天下茶屋中学卒業後はアマチュアの試合に出場し13勝(4KO・RSC)2敗。

2004年5月に、史上最年少の15歳3か月で全日本実業団選手権バンタム級優勝。2005年11月、協栄ボクシングジムに入門。

2005年9月14日、当時WBA世界フライ級王者のロレンソ・パーラ(ベネズエラ)とスパーリングを行った。その際、大毅は体当たりや頭突きなどのラフファイトを展開。これに激怒したパーラは、大毅を一方的に打ちまくり、スパーリングでダウン寸前まで追い込んだ。

2006年1月11日、B級ライセンス(6回戦)のプロテストに合格。

2006年2月26日のプロデビュー戦から10連勝を果たした。

2007年10月11日にWBC世界フライ級王者の内藤大助(日本)に挑戦したが、大差の判定負けとなった。この試合での反則行為により1年間のボクサーライセンス停止処分を受けた。

2008年5月9日付けで亀田興毅と共に協栄ジムとの契約を解除された。2人は東日本ボクシング協会に協会預かり申請をしていたが、6月9日の理事会で要請を却下することを全会一致で決定。その後、亀田ジム設立に伴い兄弟たちと同様にその所属選手となった。

1年間のライセンス停止処分明けの2008年11月6日にノンタイトル10回戦を行い、アンヘル・レサゴ(メキシコ)を5回KOにより下して勝利し復帰戦を飾ると、次の2戦にもKO勝利を収めた。

2009年5月13日に復帰4戦目の相手として内藤以来の日本人対戦相手として予定されていた元OPBF東洋太平洋フライ級王者の小松則幸グリーンツダ)が2009年4月13日に死去。

2009年10月6日、WBA世界フライ級王者デンカオセーン・カオウィチット(タイ)に挑戦するも、0-2の判定負けを喫した[5]

2010年2月7日、WBA世界フライ級王者デンカオセーン・カオウィチットに再び挑戦し、3-0の判定勝ち。日本人初の兄弟王者となった[6]

2010年9月25日、初防衛戦で元WBA世界フライ級王者坂田健史(日本)と対戦し、3-0の判定勝ちを収めて初防衛に成功した[7]

2010年12月26日、さいたまスーパーアリーナにて同級14位のシルビオ・オルティアーヌ(ルーマニア)を迎えて2度目の防衛戦を行い、中盤以降に手数が少なくなったものの全体的にはパンチの的確性で上回り、12R判定(2-1)勝ちを収めて2度目の防衛に成功した[8]

2011年1月6日、2010年12月26日に2度目の防衛に成功したWBA世界フライ級王座を、2011年1月1日付けで返上していたことが所属ジムより発表された[9]

2011年9月24日、メキシコキンタナ・ロー州コスメルのコスメル・コンベンション・センターでラウル・イダルゴ(メキシコ)とWBAインターナショナルスーパーフライ級王座決定戦を行い、1回2分20秒KO勝ちを収め王座を獲得した。

2011年12月7日、大阪府立体育会館でWBA世界スーパーフライ級王者テーパリット・ゴーキャットジム(タイ)と対戦し、0-3(112-116、110-119、113-115)の判定負けを喫し2階級制覇に失敗した[10]

2012年4月4日、横浜アリーナポンペッチ・ソー・ソンポン(タイ)と54kg契約10回戦を行い、2回2分53秒KO勝ちを収め再起に成功した[11]

2012年6月25日、後楽園ホールジョバンニ・ソト(メキシコ)と55kg契約10回戦を行い、4回21秒TKO勝ちを収めた[12]

2012年8月19日、サンメッセ香川マイク・タワッチャイ(タイ)と55kg契約10回戦を行い、2回にフックとボディーの左連打からダウンを奪ったが、タワッチャイのクリンチにも苦しみ3-0(100-89、100-89、100-89)の判定勝ちを収めた[13]

2012年12月4日、ボディメーカーコロシアムでインドネシアフェザー級王者ジェームス・モコギンタ(インドネシア)と55kg契約10回戦を行い、3-0(100-91、100-91、99-91)の判定勝ちを収めた[14]

2013年3月9日、横浜文化体育館ファウスティーノ・クプル(メキシコ)と54.7kg契約10回戦を行い、6回43秒KO勝ちを収めた[15]

2013年6月8日、名古屋国際会議場アーロン・ボバディージャ(メキシコ)とバンタム級契約10回戦を行い、6回12秒TKO勝ちを収めた[16]

2013年6月10日、同月8日にファン・カルロス・サンチェス・ジュニア(メキシコ)がロベルト・ソーサ(アルゼンチン)との指名試合で計量失格でIBF世界スーパーフライ級王座を剥奪され、試合には勝利したものの王座が空位となったことを受け[17]、IBFから元IBF世界同級王者でIBF世界同級4位のロドリゴ・ゲレロ(メキシコ)とIBF世界スーパーフライ級王座決定戦を行うよう通達を受けた[18]

2013年9月3日、サンメッセ香川で元IBF世界スーパーフライ級王者でIBF世界スーパーフライ級4位のロドリゴ・ゲレロ(メキシコ)とのIBF世界スーパーフライ級王座決定戦を行い、3-0(114-112、116-110、117-109)の判定勝ちを収め2階級制覇を達成した[19]。因みにこの試合は、同年4月1日にJBCがIBF加盟して初めて日本国内でIBFの世界王座を懸けて行われた試合であった。また、亀田大毅はJBC公認以降の初めての日本人IBF世界王者(未公認時代にタイトルを獲得した選手を含めれば新垣諭高山勝成に次いで史上3人目)となった。

2013年12月3日、ボディメーカーコロシアムでWBA世界スーパーフライ級王者のリボリオ・ソリス(ベネズエラ)とWBA・IBF世界スーパーフライ級王座統一戦を行う予定だったが、ソリスが体重超過でWBA王座を剥奪された為、自身の持つIBF王座と空位のWBA王座を懸けた一戦として試合は通常に行われ、ソリスが勝てばWBA王座、IBF王座が共に空位となり、亀田が勝てばWBA王座とIBF王座が統一されるという条件下で試合は行われる筈だった[20]

試合は亀田が1-2の判定負けを喫しWBA王座、IBF王座が共に空位となる筈が、IBFのリンゼイ・タッカーが会見を開き「ソリスが体重超過だったため、ルールにより大毅は負けてもチャンピオンとして残る」と明言し、WBA王座は空位となったものの、IBF王座は亀田が保持するという形になった[21]。 リンゼイ・タッカーが「大毅が勝てば王座統一、ソリスが勝てばWBAもIBFも王座は空位になる」と説明していたにもかかわらず、試合後に「IBFルールでは大毅が負けても王座は防衛」と説明を変更したこと、勝っても負けてもタイトルを保持できるルールを確認したのは計量日の夜。大毅本人も「試合までには確認していた」という亀田ジムの嶋聡マネージャーの説明、日本プロボクシング協会の大橋秀行会長が「日本が4団体に加盟し、今後統一戦は増える。しっかり危機管理をしていきたい」と信頼回復を訴えるなど大混乱を招いた試合は物議を醸す結果となった[22]

2013年12月13日、IBFの最新ランキングが発表され、亀田大毅はIBF世界スーパーフライ級王者として名を連ねてはいるが、同月3日に王座を防衛したことにはなっていない為、初防衛は果たしていないが王座保持者であるとIBFの判断があったものだと推測される[23]

2013年12月26日、自身の主演映画「ヒットマン 明日への銃声」(辻裕之監督)の発表披露会見に出席し、映画については「緊張は一つもしなかったけれど、セリフを覚えるのは大変だった。いい映画になったと思う」と語ったが、当初予定されていた取材対応はなく、ボクシングに関して無言を貫いた[24]

2014年3月19日、IBF世界スーパーフライ級王座の返上を表明した[25][26][27][28]

2014年3月27日、JBCが最新ランキングを発表し、亀田大毅は日本スーパーフライ級4位にランクインした[29][30]

2014年4月8日、WBAが最新ランキングを発表し、亀田大毅はWBA世界バンタム級5位にランクインした[31]

2014年4月17日、IBFが最新ランキングを発表し、亀田大毅の王座返上が反映され、IBF世界スーパーフライ級王座は空位となった[32][33]

2014年5月12日、IBFが最新ランキングを発表し亀田大毅はIBF世界バンタム級3位にランクインした[34][35]

2014年6月26日、JBCはランキング委員会を開き、亀田大毅は兄・興毅と共に半年以上試合間隔があき、かつ試合予定も立っていない選手はランキングの削除対象となるという内規に基づき、日本スーパーフライ級ランキングから除外された[36][37][38][39][40]

戦績[編集]

  • アマチュア:15戦13勝(4KO・RSC)2敗
  • プロボクシング:32戦29勝(18KO)4敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 2006年2月26日 1R 0:23 KO サマート・シッサイトン タイ王国の旗 タイ プロデビュー戦
2 2006年4月17日 6R 判定3-0 サマート・ツインジム タイ王国の旗 タイ
3 2006年5月5日 1R 1:30 KO キティポップ・サンディジム タイ王国の旗 タイ
4 2006年6月5日 5R 0:27 TKO ヨッピー・ベヌー インドネシアの旗 インドネシア
5 2006年8月20日 1R 1:45 KO ウィド・パエス インドネシアの旗 インドネシア
6 2006年9月27日 8R 判定2-0 バレリオ・サンチェス メキシコの旗 メキシコ
7 2006年12月20日 1R 0:37 KO モハマド・サディック インドネシアの旗 インドネシア
8 2007年2月24日 3R 1:18 KO ビッキー・タフミル インドネシアの旗 インドネシア
9 2007年4月30日 2R 2:21 KO クリストファー・テポラ フィリピンの旗 フィリピン
10 2007年7月28日 10R 判定3-0 ファーペッチノーイ・クラティンデーンジム タイ王国の旗 タイ
11 2007年10月11日 12R 判定0-3 内藤大助 (宮田) 日本の旗 日本 WBC世界フライ級タイトルマッチ
12 2008年11月6日 5R 1:47 KO アンヘル・レサゴ メキシコの旗 メキシコ
13 2008年12月8日 3R 1:32 KO イサック・ブストス メキシコの旗 メキシコ
14 2009年3月4日 6R 0:27 KO ワンディー・シンワンチャー タイ王国の旗 タイ
15 2009年5月13日 10R 判定3-0 ブンブン東栄 (一力) フィリピンの旗 フィリピン日本
16 2009年8月30日 4R 0:30 KO ホセ・アルベルト・クアドロス メキシコの旗 メキシコ
17 2009年10月6日 12R 判定0-2 デンカオセーン・カオウィチット タイ王国の旗 タイ WBA世界フライ級タイトルマッチ
18 2010年2月7日 12R 判定3-0 デンカオセーン・カオウィチット タイ王国の旗 タイ WBA世界フライ級タイトルマッチ
19 2010年7月25日 10R 判定3-0 ロセンド・ベガ メキシコの旗 メキシコ
20 2010年9月25日 12R 判定3-0 坂田健史 (協栄) 日本の旗 日本 WBA防衛1
21 2010年12月26日 12R 判定2-1 シルビオ・オルティアーヌ ルーマニアの旗 ルーマニア WBA防衛2
22 2011年4月2日 5R 0:37 KO ヘスス・マルチネス メキシコの旗 メキシコ
23 2011年7月8日 2R 1:42 KO チャッチャイ・モンソンジム タイ王国の旗 タイ
24 2011年9月24日 1R 2:20 KO ラウル・イダルゴ メキシコの旗 メキシコ WBAインターナショナルスーパーフライ級王座決定戦
25 2011年12月7日 12R 判定0-3 テーパリット・ゴーキャットジム タイ王国の旗 タイ WBA世界スーパーフライ級タイトルマッチ
26 2012年4月4日 2R 2:53 KO ポンペッチ・ソー・ソンポン タイ王国の旗 タイ
27 2012年6月25日 4R 0:21 TKO ジョバンニ・ソト メキシコの旗 メキシコ
28 2012年8月19日 10R 判定3-0 マイク・タワッチャイ タイ王国の旗 タイ
29 2012年12月4日 10R 判定3-0 ジェームス・モコギンタ インドネシアの旗 インドネシア
30 2013年3月9日 6R 0:43 KO ファウスティーノ・クプル メキシコの旗 メキシコ
31 2013年6月8日 6R 0:12 TKO アーロン・ボバディーヤ メキシコの旗 メキシコ
32 2013年9月3日 12R 判定3-0 ロドリゴ・ゲレロ メキシコの旗 メキシコ IBF世界スーパーフライ級王座決定戦/2階級制覇
33 2013年12月3日 12R 判定1-2 リボリオ・ソリス ベネズエラの旗 ベネズエラ WBA・IBF世界スーパーフライ級王座統一戦
WBA王座獲得ならず
2006年2月26日、対サマート・シッサイトン(タイ)1R23秒KO勝利
試合開始10秒、左フックによるKO勝利。対戦前に宣言していた「兄の興毅が記録した“1ラウンド44秒のKO勝利”を抜く」を実行した。
シッサイトンは日本ボクシングコミッションから2006年度の招聘禁止選手[41](来日成績が未勝利かつ、KO負けや無気力試合の末の大差判定負けが続いている選手──主にタイ人が指定される)であったが、指定された後の2005年12月にタイ国で1勝を挙げ、同国コミッションより「B級(6回戦)の試合の出場が適う」と推薦を得た上で日本での試合出場が認められていた(「ボクシング・マガジン」2006年4月号より)。
「ONLY LOVE」(HOUND DOG)を歌う。
2006年4月17日、対サマート・ツインジム(タイ)6R判定勝利(3-0)
連続KO日本記録更新を狙うと豪語していたが、早くも記録はストップ。
2006年5月5日、対キティポップ・サンディジム(タイ)1R1分30秒KO勝利
「ff(フォルティシモ)」(HOUND DOG)を歌う。
2006年6月5日、対ヨッピー・ベヌー(インドネシア)5R27秒TKO勝利
「Heart of Gold」(T-BOLAN)を歌う。
2006年8月20日、対ウィド・パエス(インドネシア)1R1分45秒KO勝利
パエスは当時インドネシアマイナー団体の現役王者。
ロード」(THE 虎舞竜)、アンコールとして「Dear」(T-BOLAN)を歌う。
2006年9月27日、対バレリオ・サンチェス(メキシコ、当時WBC世界スーパーフライ級21位)8R判定勝利(2-0)
サンチェスは当時36歳、34戦17勝。試合はWBAのメンドーサ会長・役員も観戦していた。
試合後、判定内容を批判した観客と、別の観客および亀田史郎らとの間で揉み合いが発生した。
試合後、メンドーサ会長は、大毅の印象について、潜在能力があるが、経験が不足していることを指摘するコメントをしている。
2006年12月20日、対モハマド・サディック(インドネシア、当時インドネシアライトフライ級4位)1R37秒KO勝利
サディックは当時33歳、プロボクシング戦績データベースBoxRecで確認しうる公式試合記録は7戦0勝6敗1引き分け)[42]
いつかのメリークリスマス」(B'z)を歌う。
2007年2月24日、対ビッキー・タフミル(インドネシア、当時WBAライトフライ級4位)3R1分18秒KO勝利
タフミルは当時32歳、33戦31勝10KO2分。ただし、以前「ボクシング・マガジン」誌で、この戦績に懐疑的な見地からのレポートが掲載されたことがある。
2Rにはスリップダウンの際に大毅からエルボー・ドロップのような体当たりを喰らい、悶絶。これを戦意喪失と判断したレフェリーからダウンのコールを受けてから試合続行を拒否するような素振りを見せ始めた。果たして3R、大毅にボディブローでノックダウンされた際、タフミルは本人曰く「抗議のパフォーマンス」という満面の笑みを浮かべつつ10カウントコールを聞いた。試合VTRで観戦していた興毅がタフミルを見て「何やコイツ!?」と声を上げ驚いていた。
この試合の後に発表されたWBAランキングでタフミルはランキング圏外に陥落(WBAの公式見解によると、陥落の理由は「ノーランカーの亀田大毅に敗れたため」)。大毅は事務処理の手違いでランキング入りしなかったが、所属の協栄ジムからの指摘・抗議を経て翌月発表のランキングで世界10位に認定された。
「love song」(森友嵐士によるオリジナル曲)を歌う。
2007年4月30日、対クリストファー・テポラ(フィリピン、当時フィリピンスーパーフライ級12位)2R2分21秒KO勝利
テポラは当時23歳、22戦9勝4KO8敗5分。
「ファンからの要望が最も多かった」として「」(EXILE)、続けて「love song」を歌う。
2007年7月28日、対ファーペッチノーイ・クラティンデーンジム(タイ、当時WBCフライ級17位)10R判定勝利(3-0)
「love song」を歌う。
2007年10月11日、対内藤大助日本宮田ジム、当時WBC世界フライ級王者)12R判定負け(0-3)
WBC世界フライ級タイトルマッチ。大毅は日本人最年少での世界タイトル挑戦となった。
内藤は当時33歳、35戦31勝20KO2敗2分。まず、対戦前の調印式において切腹発言[43]をしたことが話題になった。特に12Rの投げ技(数度クリンチしたまま縺れ合うように崩した他、内藤の下半身にクリンチした体勢から内藤の足が床から離れるように持ち上げ、レフェリーの静止を無視し投げた。)には非難が集まった。
10月15日、日本ボクシングコミッションより1年間のライセンス停止処分が下された。また、10月17日の夕方、大毅は亀田史郎トレーナー、金平桂一郎協栄ジム会長とともに日本ボクシングコミッションを訪れ、前述の反則行為について謝罪会見を開いた。大毅はトレードマークの金髪を剃り、坊主頭で記者会見に臨んだが、終始うつむいたまま何も語らず、わずか2分強で会見場を後にした。
2008年11月6日、対アンヘル・レサゴ(メキシコ)5R1分47秒KO勝利
レサゴは25戦16勝(9KO)7敗2分。
約1年1か月ぶりの復帰戦をKO勝利で飾る。
2008年12月8日、対イサック・ブストス(メキシコ、元WBC世界ミニマム級王者)3R1分32秒KO勝利
ブストスの対戦前の戦績は36戦25勝(13KO)8敗3分。
2009年3月4日、対ワンディー・シンワンチャー(タイ、元WBC世界ミニマム級王者、元WBC世界ライトフライ級暫定王者)6R27秒KO勝利
ワンディーの対戦前の戦績は67戦56勝(12KO)10敗1分。
2009年5月13日、対ブンブン東栄(フィリピン・一力ジム、元WBCインターナショナルミニマム級王者)10R判定勝利(3-0)
ブンブン東栄(ガブリエル・プマール)の対戦前の戦績は14戦11勝(6KO)2敗1分。
2009年8月30日、対ホセ・アルベルト・クアドロス(メキシコ)4R0分30秒KO勝利
世界前哨戦として53.0kg契約10回戦。
2009年10月6日、対デンカオセーン・カオウィチット(タイ) 12R判定負け(0-2)
WBA世界フライ級タイトルマッチ。
試合は序盤にデンカオセーンの執拗なボディブローに苦しみ、中盤あたりから自ら打って出るものの決定打に欠き、0-2の判定負けで王座を奪うことは出来なかった。
2010年2月7日、対デンカオセーン・カオウィチット(タイ) 12R判定勝利(3-0)
WBA世界フライ級タイトルマッチ。
デンカオセーンが2度のホールディングによる反則を取られたこともあり、3-0の判定で勝利する。
2010年9月25日、対坂田健史(日本・協栄ジム、元WBA世界フライ級王者) 12R判定勝利(3-0)
WBA世界フライ級タイトルマッチ。
3-0の判定で勝利。初防衛に成功。
2010年12月26日、対シルビオ・オルティアーヌ(ルーマニア) 12R判定勝利(2-1)
WBA世界フライ級タイトルマッチ。
2-1の判定で勝利。2度目の防衛に成功。
2011年12月7日、対テーパリット・ゴーキャットジム(タイ) 12R判定負け(0-3)
WBA世界スーパーフライ級タイトルマッチ。
0-3の判定負けにより、2階級制覇は実現しなかった。
2012年4月4日、対ポンペッチ・ソー・ソンポン(タイ)2R2分53秒KO勝利
世界前哨戦として54kg契約10回戦。
2階級制覇失敗後4ヵ月ぶりとなる試合をKO勝利で飾り再起に成功。
2012年6月25日、対ジョバンニ・ソト(メキシコ)4R0分21秒TKO勝利
世界前哨戦として55kg契約10回戦。
2012年8月19日、対マイク・タワッチャイ(タイ)10R判定勝利(3-0)
世界前哨戦として55kg契約10回戦。
2012年12月4日、対ジェームス・モコギンタ(インドネシア、インドネシアフェザー級王者)10R判定勝利(3-0)
世界前哨戦として55kg契約10回戦。
2013年3月9日、対ファウスティーノ・クプル(メキシコ)6R0分43秒KO勝利
世界前哨戦として54.7kg契約10回戦。
2013年6月8日、対アーロン・ボバディーヤ(メキシコ、IBF世界バンタム級ユース王者)6R0分12秒TKO勝利
世界前哨戦としてバンタム級契約10回戦。
世界前哨戦6連勝を飾る。
2013年9月3日、対ロドリゴ・ゲレロ(メキシコ、元IBF世界スーパーフライ級王者) 12R判定勝利(3-0)
IBF世界スーパーフライ級王座決定戦。
3-0の判定勝ちで2階級制覇を達成した。
2013年12月3日、対リボリオ・ソリス(ベネズエラ、WBA世界スーパーフライ級王者) 12R判定負け(1-2)
WBA・IBF世界スーパーフライ級王座統一戦。
ソリスが前日計量で計量失格となりWBA王座は空位となっていた為、空位のWBA王座と自身の持つIBF王座を懸けた一戦となった。勝てば王座統一、敗れればIBF王座も空位となるという条件下での試合。結果は1-2で敗れたため、当初はIBF王座は空位になったものの、IBF側の発表により、亀田大毅がIBF王座を保持することが認められた。これについては通常はありえない措置であり、物議を醸している。
ただし、この試合では計量失格となったソリスがその後も体重を増やし続けたた状態で試合を行うなど、運営側にも問題があった[44]

獲得タイトル[編集]

税金・申告漏れ[編集]

2009年10月、兄・興毅と揃って東京国税局の税務調査を受け、2007年までの3年間の個人所得について、1億円の申告漏れが発覚した。過少申告加算税なども含めた追徴税額は数千万円にのぼる。既に修正申告は済んでいる。

IBF加盟後初の世界戦における紛糾[編集]

2013年9月3日午前10時に当日計量を行うことがJBCに周知されていた。ところが、「亀田大毅陣営もロドリゴ・ゲレロ陣営も2時間前倒しして午前8時に行う意思があった」とIBFが確認、JBCに「午前10時におこなう予定だった当日軽量は午前8時に行うことに変更になった」と通知せず、IBFスーパーバイザー立会いの下、JBC不在の中で両陣営関係者の見守る中で亀田大毅とロドリゴ・ゲレロの当日計量を挙行。「選手の要望があれば2時間早く行う通例がある。当日計量はIBFのルールで、ローカルコミッションが立ち会わないのは普通のこと。連絡をしなかったのはこちらのミスだ」とのIBF会長の弁明に対し、当日計量に立ち会えなかったことに不快感を示していたJBCは「IBFは厳格と聞いていたのでその心づもりで居た。今回が初のIBF王座の世界戦で知るところもあった。今後に生かしたい。」と理解を示した[45]。試合で使用するグローブに関してもゲレロ陣営が「それぞれが選べる」との文言が記載された契約書に、亀田ジムの吉井慎次会長がサインしたと正当性を主張し持参したカナダ製のグローブの使用を要求したのに対し、亀田陣営は「既に両陣営とIBF、JBCが日本製使用で同意した。」と訴え、最後はJBCが両陣営での調整を委ね、日本製のグローブを使用することで決着した[46]

以上のような世界タイトルマッチ当日における紛糾は、物議を醸すこととなった。

尚、この試合の裏で亀田陣営がJBC職員を監禁し「何で自分たちのためにIBFと戦ってくれないんだ!」と恫喝するという暴挙に出たとの疑惑が浮上してたが[47]、この試合の試合前記者会見後、ゲレロ陣営が日本製のグローブではなくカナダ製のグローブの使用を決めたことに不満を持った亀田大毅の兄でこの試合が行われた当時WBA世界バンタム級王者だった元世界3階級制覇王者の亀田興毅、亀田大毅の弟でWBO世界バンタム級王者の亀田和毅と亀田ジム関係者2人がJBC職員が会見室から退室するのを妨害し、報道関係者を会場外に出し、JBC職員3人を残して全ての扉を閉め、興毅から「おかしいじゃないか」と脅され、外に出ようとしたところ和毅から首などを数回小突かれるといった暴行や恫喝をされて精神的苦痛を受けたなどとして興毅、和毅、亀田ジム関係者2人の計4人を相手取り、1000万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしたことを上述の会見室から退室するのを妨害されたJBC職員3人のうちの1人のJBC職員の男性が2014年2月7日に記者会見を開き明らかにした。「すごいプレッシャーを感じ、怖かった」と述べるも「正義を貫くために訴訟に踏み切った」と話した。尚、試合で使用するグローブは亀田大毅、ロドリゴ・ゲレロの双方が「それぞれが選べる」という契約内容だったとのこと。JBC職員の男性が亀田興毅、和毅兄弟ら4人を提訴したのは2014年2月6日付である[48][49][50][51][52][53]

負けても王座保持問題[編集]

2013年12月2日に行われたWBAIBF世界スーパーフライ級王座統一戦で、亀田大毅IBF世界スーパーフライ級王者が敗北したにも関わらず、事前説明とは異なり失冠せずに王座を保持し続けた。

この問題について、2014年2月4日にJBCは倫理委員会と資格審査委員会を開催し、亀田陣営を処分することを決定[54][55][56][57]、翌5日に吉井慎次会長の持つクラブオーナーライセンスと嶋聡マネージャーのマネージャーライセンスの更新を認めない方針を固めた[58][59]。同月7日にJBCは記者会見を開き、吉井慎次会長の持つクラブオーナーライセンスと嶋聡マネージャーのマネージャーライセンスの更新を認めないと発表した。吉井と嶋は2013年12月31日にライセンスの更新を行っていない為、現在はライセンスが失効中で、JBCの慣例では遅れての更新も認められるのだが、吉井のクラブオーナーライセンスの更新が認められず、嶋のマネージャーライセンスの更新も認められない為、事実上の資格剥奪処分となった。この処分で亀田ジムは活動停止となり、興行を開催できないだけでなく、選手のライセンスはジムを通してしか申請出来ない為、亀田興毅、大毅、和毅が保持するボクサーライセンスも実質的に失効となり、事実上の追放処分となった。

2014年3月19日、IBF世界スーパーフライ級王座の返上を表明した。

著書[編集]

メディア出演[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

  • アリス・イン・ワンダーランド公開記念 亀田兄弟のオールナイトニッポン(ニッポン放送、2010年4月2日)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 大毅と坂田、別々に検診 25日WBAフライ級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年9月21日
  2. ^ 亀田大毅|亀田三兄弟公式サイト
  3. ^ デイリースポーツ 2008年2月19日「亀田兄弟解雇も…金平会長が厳罰示唆
  4. ^ 宝島社「競馬名馬読本DX」2011年発行 亀田大毅インタビュー記事より
  5. ^ 亀田大毅0-2判定負け WBAフライ級挑戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年10月6日
  6. ^ 速報・日本初の兄弟世界王者誕生 亀田大毅が判定勝ち ボクシングニュース「Box-on!」 2010年2月7日
  7. ^ 大毅が坂田に判定勝ち WBAフライ級初防衛 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年9月26日
  8. ^ 弟大毅は苦闘の2-1判定で初防衛 WBAフライ級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年12月27日
  9. ^ 大毅22歳誕生日にベルト返上明かした nikkansports.com 2011年1月6日
  10. ^ テーパリットが大毅を3-0判定で撃退 WBA世界S・フライ級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年12月8日
  11. ^ 大毅、2回KOで再起戦飾る デイリースポーツ 2012年4月5日
  12. ^ TKO勝ち大毅の世界挑戦は佐藤?興毅「あとは条件」 スポニチアネックス 2012年6月26日
  13. ^ 大毅「倒せてへん」判定勝ちも反省/BOX サンケイスポーツ 2012年8月20日
  14. ^ 大毅、2階級制覇へ来春にもテーパリットに再挑戦 スポーツ報知 2012年12月5日
  15. ^ 亀田兄弟 和毅と大毅が快勝 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年3月9日
  16. ^ 大毅、名古屋でメキシカン退治 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年6月9日
  17. ^ サンチェスの王座はく奪 試合はソーサに快勝 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年6月9日
  18. ^ IBFが大毅×ゲレロで決定戦を通達 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年6月11日
  19. ^ 亀田大、判定で2階級制覇を達成 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年9月3日
  20. ^ S・フライ級王座統一戦 ソリスが計量失格 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年12月2日
  21. ^ 亀田大、負けてもタイトル保持で大混乱 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年12月4日
  22. ^ 亀田大毅「負けても王座防衛」で大荒れの1日 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年12月4日
  23. ^ IBF Ratings IBF公式サイト 2013年12月13日
  24. ^ 大毅 いまだダンマリ“負けて防衛”から初の公の場も スポニチアネックス 2013年12月27日
  25. ^ Daiki Kameda Vacates The IBF Super Flyweight Crown BoxingScene.com(英語) 2014年3月19日
  26. ^ Daiki Kameda vacates IBF 115-pound title Ring TV(英語) 2014年3月19日
  27. ^ IBFがJBCに謝罪文、亀田大は王座返上へ Boxing News(ボクシングニュース) 2014年3月19日
  28. ^ 大毅が王座返上「負けた自分が悪い」 日刊スポーツ 2014年3月20日
  29. ^ JAPAN BOXING COMMISSION JAPAN NATIONAL RATINGS 日本ボクシングコミッション(JBC) 2014年3月27日
  30. ^ 亀田大毅が日本4位に 最新日本ランキング発表 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年3月28日
  31. ^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト 2014年4月8日
  32. ^ IBF Ratings IBF公式サイト 2014年4月17日
  33. ^ IBFランキング発表、中谷と赤穂がランクイン Boxing News(ボクシングニュース) 2014年4月18日
  34. ^ IBF Ratings IBF公式サイト 2014年5月12日
  35. ^ 亀田大がIBFバンタム級3位、チャーリー出発 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年5月17日
  36. ^ 亀田兄弟、日本ランキングから外れる Boxing News(ボクシングニュース)2014年6月26日
  37. ^ 【BOX】興毅、大毅は日本Sフライ級ランキング除外 スポーツ報知 2014年6月26日
  38. ^ 亀田兄弟、日本ランクから除外=活動停止で試合できず-ボクシング 時事通信 2014年6月26日
  39. ^ 亀田兄弟はランキング除外 内規に従って スポニチアネックス 2014年6月26日
  40. ^ 興毅&大毅兄弟、日本ランクから除外 デイリースポーツ 2014年6月27日
  41. ^ JBC2006年度招聘禁止ボクサー
  42. ^ BoxRecによるモハマド・サディックの戦績(公式な記録ではなく、すべての試合を網羅されていないことが多い。)
  43. ^ デイリースポーツ 2007年10月11日「亀田家“総口撃”に内藤タジタジ」
  44. ^ 亀田大毅vsソリス 体重の変化 2013年12月4日
  45. ^ 亀田大毅の王座決定戦、当日計量で騒動 デイリースポーツ 2013年9月3日
  46. ^ やっぱりもめた当日計量…JBC不快感 デイリースポーツ 2013年9月4日
  47. ^ ボクシング業界に自浄作用なし! 亀田三兄弟が無関係のJBC職員を軟禁恫喝も、関係者・マスコミが完全スルーで…… 日刊サイゾー 2013年9月9日
  48. ^ JBC職員が亀田兄弟を提訴=昨年9月の世界戦前に暴行-ボクシング 時事通信 2014年2月7日
  49. ^ JBC職員 亀田兄弟を「記者会見場で監禁」と提訴 スポニチアネックス 2014年2月7日
  50. ^ 亀田興毅、和毅両選手らを提訴 「暴行を受けた」JBC男性職員 MSN産経ニュース 2014年2月7日
  51. ^ JBC職員が亀田兄弟提訴 監禁された 日刊スポーツ 2014年2月7日
  52. ^ JBC職員が亀田兄弟を提訴 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年2月7日
  53. ^ JBC職員、亀田兄弟を提訴 使用グローブめぐり「暴行受けた」 ZAKZAK 2014年2月7日
  54. ^ JBCが亀田陣営への処分決める…大毅の王座統一戦問題 スポーツ報知 2014年12月4日
  55. ^ JBCが亀田陣営処分 内容は後日発表 日刊スポーツ 2014年2月4日
  56. ^ JBC、亀田陣営を処分へ=「負けても王座保持」で-ボクシング 時事通信 2014年2月4日
  57. ^ JBCが亀田問題の処分決定 亀田ジム国外追放へ THE PAGE(ザ・ページ) 2014年2月5日
  58. ^ 亀田ジム会長ら資格「剥奪」…負けても王者問題 YOMIURI ONLINE(読売新聞) 2014年2月5日
  59. ^ JBC、亀田ジム会長の資格「剥奪」=大毅、負けても王座保持の問題で 時事通信 2014年2月5日

外部リンク[編集]

前王者
デンカオセーン・カオウィチット
第71代WBA世界フライ級王者

2010年2月7日 - 2011年1月1日(返上)

空位
次タイトル獲得者
ルイス・コンセプシオン
空位
前タイトル保持者
ファン・カルロス・サンチェス・ジュニア
第25代IBF世界スーパーフライ級王者

2013年9月3日 - 2014年3月19日(返上)

空位
次タイトル獲得者
ゾラニ・テテ