テーパリット・ゴーキャットジム
2012年、名城戦の前日計量にて(右)
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | Panthep Mullipoom |
| 通称 | Astro Boy Japan Killer(日本人キラー) |
| 階級 | スーパーフライ級 |
| 身長 | 160.5cm[1] |
| リーチ | 171cm[1] |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1988年11月22日(24歳) |
| 出身地 | マハーサーラカーム県 |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 26 |
| 勝ち | 23 |
| KO勝ち | 13 |
| 敗け | 3 |
テーパリット・ゴーキャットジム(Tepparith Kokietgym、男性、1988年11月22日 - )は、タイのプロボクサー。マハーサーラカーム県出身。第21代WBA世界スーパーフライ級王者。
ゴーキャット・パニッチャヤロム氏(Mr.Kokiet Panichayarom)がプロモーター兼オーナーを務めるゴーキャットグループプロモーションズ(Kokiet group Promotions)所属。
目次 |
来歴 [編集]
ムエタイで約200戦160勝の戦績をあげてプロボクシングへ転向[2]。
2008年1月17日、ノンタブリー県のノンタブリー女子高等学校でテッパリス・シンワンチャの名前でチャナサック・ソー・サムランチャイ(タイ)を相手にプロデビュー戦を行い、3回TKO勝ちを収めた。
2008年12月12日、チャイナート県ノーンマモーン郡で後のWBC世界スーパーフライ級王者スリヤン・ソー・ルンヴィサイ(タイ)と対戦するも、判定負け。
2009年12月25日、スパンブリー県バーンプラーマー郡のバーンプラーマー学校にてニノ・スエロ(フィリピン)とPABAフライ級暫定王座決定戦を行い、3-0(109-100、108-101、107-102)の判定勝ちを収めて王座を獲得した。
2010年3月26日、プーケット県のカマラビーチにてライアン・タンプス(フィリピン)を迎えてPABA暫定王座の初防衛戦を行い、3回TKO勝ちを収めて初防衛に成功した。
2010年5月8日、PABAフライ級正規王者デンカオセーン・カオウィチット(タイ)のスーパー王座認定に伴い、空位となったPABAフライ級正規王者に認定された。
2010年6月11日、ペッチャブリー県にてマーティン・キラキル(フィリピン)を迎えてPABA王座2度目の防衛戦とWBOアジア太平洋フライ級王座決定戦を行い、6回終了TKO勝ちを収めてPABA王座2度目の防衛とWBOアジア太平洋フライ級王座の獲得に成功した。
2010年8月9日、サムットプラーカーン県プラプラデーン郡にてアニス・セウンフィン(インドネシア)を迎えてPABA王座3度目・WBOアジア王座の初防衛戦を行い、5回終了TKO勝ちを収めてPABA王座3度目・WBOアジア太平洋王座の初防衛に成功した。
2010年9月19日、バンコクのザ・モール・ショッピングセンター・ガムウォンワンにてレイ・ミグレノ(フィリピン)を迎えてPABA王座4度目の防衛戦を行い、6回TKO勝ちを収めて4度目の防衛に成功した。
2010年10月24日、パトゥムターニー県のワット・チェディ・ホイにてアロング・デノイ(フィリピン)を迎えてPABA王座5度目の防衛戦を行い、7回TKO勝ちを収めて5度目の防衛に成功した。
2011年2月13日、クラビー県ランター島郡にてマイケル・ロドリゲス(フィリピン)を迎えてPABA王座6度目の防衛戦を行い、3-0(120-108、119-109が2者)の大差判定勝ちを収めて6度目の防衛に成功した。試合後、PABA王座を返上、WBOアジア太平洋王座も返上し、スーパーフライ級に転向した。
2011年5月1日、ペッチャブリー県ムアンペッチャブリー郡のベンジャマテープウティット大学にて21戦無敗のWBA世界スーパーフライ級暫定王者ドリアン・フランシスコ(フィリピン)に挑戦し、3回にフランシスコからプロキャリア初のダウンを奪った末に3-0(117-111、114-113が2者)の判定勝ちを収めて暫定ながら世界初挑戦で王座の獲得に成功した[3]。
2011年11月、WBA世界スーパーフライ級正規王者清水智信(日本)の休養王座認定と世界スーパーフライ級暫定王者テーパリット・ゴーキャットジムの正規王座認定という決定がなされ、清水が休養王者に、テーパリットが正規王者になった為、テッパリス・シンワンチャからテーパリット・ゴーキャットジムへの改名はこの頃なされたと思われる。
2011年12月7日、日本の大阪府立体育会館にて元WBA世界フライ級王者でWBA世界スーパーフライ級1位の亀田大毅(日本)との初防衛戦を行い、序盤からジャブを中心に手数と有効打で大毅を圧倒し、3-0(119-110、116-112、115-113)の判定勝ちを収めて初防衛に成功した[4]。
2012年4月4日、日本の横浜アリーナにて休養王者となっていた清水智信(日本)とWBA世界スーパーフライ級王座統一戦を行い、9回2分15秒TKO勝ちを収めてWBA世界スーパーフライ級王座の統一に成功した(記録上は2度目の防衛)[5]。
2012年9月1日、日本の住吉スポーツセンターにて元WBA世界スーパーフライ級王者で同級10位の名城信男(日本)との3度目の防衛戦を行い、終盤こそ失速したものの2-0(115-113、115-114、114-114)の僅差判定勝ちを収めて3度目の防衛に成功した[6]。
2012年12月31日、日本の大田区総合体育館にての元OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者でWBA世界スーパーフライ級8位河野公平(日本)と4度目の防衛戦を行うも、4回に3度のダウンを奪われ自身初のKO負けとなる4回2分8秒KO負けを喫し、4度目の防衛に失敗し王座から陥落した[7][8]。
2013年3月8日、スラートターニー県キエンサー郡で行われたPABAスーパーフライ級暫定王座決定戦でダイボーイ・サジロ(インドネシア)と対戦し、3-0(120-109、120-108、119-109)の判定勝ちを収め、王座を獲得し再起に成功した。
2013年5月10日、ロッブリー県バーンミー郡のワット・プノーイでジェッカー・ブハウェ(フィリピン)とABCOスーパーフライ級暫定王座決定戦を行い、3-0(119-109、119-109、119-109)の判定勝ちを収め王座を獲得した。
獲得タイトル [編集]
- PABAフライ級暫定王座(防衛1=正規王座認定)
- 第13代PABAフライ級王座(防衛5=返上)
- 第7代WBOアジア太平洋フライ級王座(防衛1=返上)
- WBA世界スーパーフライ級暫定王座(防衛0=正規王座認定)
- 第21代WBA世界スーパーフライ級王座(防衛3)
- PABAスーパーフライ級暫定王座(防衛0)
- ABCOスーパーフライ級暫定王座(防衛0)
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
- ^ a b トリプル世界戦予備検診 内山、佐藤、赤穂、河野 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年12月19日
- ^ “Singwancha: "I will knock Kono out"”. MaxBoxing.com. 2013年5月23日閲覧。
- ^ テーパリッ新王者に-WBA暫定S・フライ級戦 ボクシングニュース「Box-on!」2011年5月1日
- ^ テーパリットが大毅を3-0判定で撃退 WBA世界S・フライ級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年12月8日
- ^ 清水記憶が飛び統一失敗/ボクシング 日刊スポーツ 2012年4月5日
- ^ [ボクシング]名城、王座ならず引退表明…WBA世界Sフライ級 スポーツ報知 2012年9月2日
- ^ 河野、4回KOで新王者に…WBA世界Sフライ級戦 スポーツ報知 2012年12月31日
- ^ “日本人キラー”テーパリットが陥落/BOX サンケイスポーツ 2012年12月31日
外部リンク [編集]
| 暫定王座決定戦 対戦者 ニノ・スエロ |
PABAフライ級暫定王者 2009年12月25日 - 2010年5月8日 |
次暫定王者 正規認定により消滅 |
| 空位 前タイトル保持者 デンカオセーン・カオウィチット |
第13代PABAフライ級王者 2010年5月8日 - 2011年2月(返上) |
空位 次タイトル獲得者 デンチャイレック・クラティンデンジム |
| 空位 前タイトル保持者 ワンディー・シンワンチャー |
第7代WBOアジア太平洋フライ級王者 2010年6月11日 - 2011年2月(返上) |
空位 次タイトル獲得者 フロイラン・サルダー |
| 前暫定王者 ドリアン・フランシスコ |
WBA世界スーパーフライ級暫定王者 2011年5月1日 - 2011年11月 |
次暫定王者 正規認定により消滅 |
| 前王者 休養王者 清水智信 |
第21代WBA世界スーパーフライ級王者 2011年11月 - 2012年12月31日 |
次王者 河野公平 |
| 暫定王座決定戦 対戦者 ダイボーイ・サジロ |
PABAスーパーフライ級暫定王者 2013年3月8日 - 現在 |
次暫定王者 N/A |
| 暫定王座決定戦 対戦者 ジェッカー・ブハウェ |
ABCOスーパーフライ級暫定王者 2013年5月10日 - 現在 |
次暫定王者 N/A |