スリヤン・ソー・ルンヴィサイ
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | スリヤン・ポー・チャクチャイ |
| 通称 | Wonderkid |
| 階級 | バンタム級 |
| 身長 | 160cm |
| リーチ | 161cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1989年3月2日(24歳) |
| 出身地 | ナコーンラーチャシーマー県 |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 28 |
| 勝ち | 22 |
| KO勝ち | 8 |
| 敗け | 5 |
| 引き分け | 1 |
| 無効試合 | 0 |
スリヤン・ソー・ルンヴィサイ(Suriyan Sor Rungvisai、男性、1989年3月2日 - )は、タイのプロボクサー。ナコーンラーチャシーマー県出身。元WBC世界スーパーフライ級王者。タイの大手プロモーターであり、ナコンルアン・スラチャーッ氏がプロモーターを務めるナコンルアン・プロモーションズ所属。スピードを生かしたアウトボクシングが武器で、ボディショット一発でKOもできる攻防型で知られている。弟はフライ級世界ランカーでABCフライ級王者で14戦全勝で11KOのハードパンチャーのナワーポン・ソー・ルンヴィサイ。
目次 |
来歴 [編集]
2006年7月31日、プロデビュー。6回判定勝ち。
2007年4月7日、ジャヴィエル・マルラン(フィリピン)とWBOアジア太平洋フライ級ユース王座決定戦を行い、3-0の僅差判定(95-96、94-96、93-98)で敗れ王座獲得に失敗し、初黒星を喫した。
同年6月4日、ヘリ・アモル(インドネシア)とWBOアジア太平洋ライトフライ級ユース王座決定戦を行い、10回判定(スコア不明)勝ちを収め王座を獲得した(同王者は一度も防衛することなく返上)。
同年10月12日、同門でタイのプロボクサーで初めてとなるアルゼンチンに乗り込み、ファン・カルロス・レベコに敗れWBA世界ライトフライ級王者獲得に失敗したネー・サシプラパーの再起戦の相手として登場し8回判定負け。
減量苦を機に再びフライ級に戻し、2008年10月4日、セブ島に乗り込み、フェルナンド・ルマカドとWBOオリエンタルフライ級暫定王座決定戦を行い、12回引き分け。獲得ならず。
同年10月11日、中7日の強行で韓国に乗り込み全鎮萬とWBOアジア太平洋フライ級ユース王座決定戦を行い、12回判定(112-115、112-117、113-114)で敗れ王座獲得に失敗した。
同年12月12日、ナンコンルアンプロモーション傘下ゴーキャットプロモーションに所属し、後にWBA世界スーパーフライ級王者になるテーパリット・ゴーキャットジムと対戦し、6回判定勝ち。
2009年2月26日、イフラン・オガー(インドネシア)とABCOフライ級王座決定戦を行い、12回大差判定(2者が119-109、120-108)勝ち。
同年7月17日、ジョン・ビマ(インドネシア)とABCOフライ級王座の初防衛戦を行い、2回KO勝ちで初防衛に成功した。
同年11月16日、アグス・シツモラング(インドネシア)とABCOフライ級王座の2度目の防衛戦を行い、3回KO勝ちで2度目の防衛に成功した。
2010年10月8日、世界初挑戦。同郷でもあるポンサクレック・ウォンジョンカムが持つ、WBC世界フライ級王座に挑戦し、正規王者2期目になってからの初防衛を目指すポンサクレックを苦しめるも、スリヤン自身は8回に1点減点され0-3の僅差判定(114-115、112-115、113-114)負け。あと一歩の所で王座獲得に失敗した。
同年12月24日、國重隆(ワタナベボクシングジム)と自身が世界挑戦で返上したABCOフライ級決定戦を行い12回大差判定(3者とも119-108)勝ちで王座に返り咲いた(同王座は1度も防衛することなく返上)。
減量苦を理由にスーパーフライ級に転向。3戦はスーパーフライ級に対応するために時間を使った。
2011年8月19日、トマス・ロハスが持つWBC世界スーパーフライ級王座に挑戦。スピードを活かしたアウトボクシングでロハスが持つロングフックをかわし、ポイントを取っていき、3-0の判定勝ち(115-114、117-111、116-112)を収め王座を獲得[1]。世界タイトルにようやくたどり着くことができた。
同年11月4日、元WBA世界スーパーフライ級王者名城信男(六島ボクシングジム)とバンコクで対戦し、3-0(115-113・119-109・116-113)の判定勝ち。初防衛に成功した[2]。
2012年3月27日、日本のリングに初登場。後楽園ホールにて、佐藤洋太(協栄ボクシングジム)と2回目の防衛戦を行ったが、3回に自身初のダウンを奪われ、あわやレフェリーストップまで追い詰められた。試合の後半に巻き返すも、0-3の判定負け(2者が112-114、110-116)をの判定負け喫し王者から陥落した[3]。
その後減量苦を理由にバンタム級に転向。
2012年10月2日、リッキー・マヌフォーとABCOバンタム級王座決定戦を行い、4回KO勝ちで王座獲得に成功した。ちなみに自身のKO勝ちは1年4か月振り。
戦績 [編集]
| プロボクシング 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 30 試合 | (T)KO | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 | |
| 24 勝 | 9 | 14 | 0 | 1 | 0 | |
| 5 敗 | 5 | 0 | ||||
獲得タイトル [編集]
- WBOアジア太平洋フライ級ユース王座
- WBOアジア太平洋ライトフライ級ユース王座
- ABCOフライ級王座(1期目)
- ABCOフライ級王座(2期目)
- 第22代WBC世界スーパーフライ級王座(防衛1)
- ABCOバンタム級王座
脚注 [編集]
- ^ スリヤン機動力でロハスを撃破!新王者 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年8月19日
- ^ 名城は判定負け 王座奪取ならず スポーツニッポン 2011年11月4日閲覧
- ^ 佐藤が新王者! 日刊スポーツ 2012年3月27日閲覧
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
| 前王者 トマス・ロハス |
第22代WBC世界スーパーフライ級王者 2011年8月19日 - 2012年3月27日 |
次王者 佐藤洋太 |