スリヤン・ソー・ルンヴィサイ

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スリヤン・ソー・ルンヴィサイ
基本情報
本名 Suriyan Kaikanha
通称 スリヤン・ポー・チャクチャイ
Wonderkid
階級 バンタム級
身長 160cm
リーチ 161cm
国籍 タイ王国の旗 タイ
誕生日 1989年3月2日(25歳)
出身地 タイ王国の旗 タイ
ナコーンラーチャシーマー県
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 44
勝ち 37
KO勝ち 16
敗け 6
引き分け 1
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スリヤン・ソー・ルンヴィサイ(Suriyan Sor Rungvisai、男性、1989年3月2日 - )は、タイプロボクサー、元ムエタイ選手。ナコーンラーチャシーマー県出身。第22代WBC世界スーパーフライ級王者。ウィラポン・ナコンルアンプロモーションを育て上げた、タイの大手プロモーターであるティエンチェイ・ピシットッチナン(Thainchai Pisitwuttinan)のナコンルアン・ボクシング・プロモーションズ所属。スピードを生かしたアウトボクシングが武器。弟はWBC世界フライ級ランカーでABCOフライ級王者のナワポン・ソー・ルンヴィサイ

来歴[編集]

7歳からムエタイをはじめて、後にプロボクシングへ転向[1]

2006年7月31日、プロボクシングデビュー。6回判定勝ち。

2007年4月7日、ジャヴィエル・マルラン(フィリピン)とWBOアジア太平洋フライ級ユース王座決定戦を行い、プロ初黒星となる0-3(95-96、94-96、93-98)の判定負けを喫し、王座獲得に失敗した。

2007年年6月4日、ヘリ・アモル(インドネシア)とWBOアジア太平洋ライトフライ級ユース王座決定戦を行い、10回判定(スコア不明)勝ちを収め王座を獲得した(同王座は一度も防衛することなく返上)。

2007年年10月12日、同門でタイのプロボクサーで初めてとなるアルゼンチンに乗り込み、ファン・カルロス・レベコに敗れWBA世界ライトフライ級王座獲得に失敗したネスラ・サシプラパの再起戦の相手として登場し8回判定負け。

減量苦を機に再びフライ級に戻し、2008年10月4日、フィリピンセブ州ナガ市にあるナガ・スポーツ・コンプレックスにて、フェルナンド・ルマカドとWBOオリエンタルフライ級暫定王座決定戦を行い、12回引き分け。獲得ならず。

2008年10月11日、韓国馬山市にて全鎮萬とWBOアジア太平洋フライ級ユース王座決定戦を行い、0-3(112-115、112-117、113-114)の判定負けを喫し王座獲得に失敗した。

2008年12月12日、チャイナート県マノーロム郡にて、ゴーキェットグループプロモーションズに所属し後にWBA世界スーパーフライ級王者になるテーパリット・ゴーキャットジムと対戦し、6回判定勝ち。

2009年2月26日、イフラン・オガー(インドネシア)とABCOフライ級王座決定戦を行い、3-0(119-109、119-109、120-108)の判定勝ちを収め王座を獲得した。

2009年7月17日、ジョン・ビマ(インドネシア)とABCOフライ級王座の初防衛戦を行い、2回KO勝ちで初防衛に成功した。

2009年11月16日、アグス・シツモラング(インドネシア)とABCOフライ級王座の2度目の防衛戦を行い、3回KO勝ちで2度目の防衛に成功した。

2010年10月8日、世界初挑戦。同郷でもあるポンサクレック・ウォンジョンカムが持つ、WBC世界フライ級王座に挑戦し、正規王者2期目になってからの初防衛を目指すポンサクレックを苦しめるも、スリヤン自身は8回に1点減点され、0-3(114-115、112-115、113-114)の判定負けを喫しあと一歩の所で王座獲得に失敗した。

2010年12月24日、國重隆ワタナベボクシングジム)と自身が世界挑戦で返上したABCOフライ級王座決定戦を行い、3-0(119-108、119-108、119-108)の判定勝ちを収め王座に返り咲いた(同王座は1度も防衛することなく返上)。

減量苦を理由にスーパーフライ級に転向。3戦はスーパーフライ級に対応するために時間を使った。

2011年8月19日、トマス・ロハスが持つWBC世界スーパーフライ級王座に挑戦。スピードを活かしたアウトボクシングでロハスが持つロングフックをかわし、ポイントを取っていき、3-0(115-114、117-111、116-112)の判定勝ちを収め王座を獲得した[2]

2011年11月4日、元WBA世界スーパーフライ級王者名城信男六島ボクシングジム)とバンコクパトゥムワン区にあるスパチャラサイ国立競技場で対戦し、3-0(115-113、119-109、116-113)の判定勝ちを収め初防衛に成功した[3]

2012年3月27日、日本のリングに初登場。後楽園ホールにて、佐藤洋太協栄ボクシングジム)と2度目の防衛戦を行ったが、3回に自身初のダウンを奪われ、あわやレフェリーストップまで追い詰められた。試合の後半に巻き返すも、0-3(112-114、112-114、110-116)の判定負けを喫し王座から陥落した[4]

その後減量苦を理由にバンタム級に転向。

2012年10月2日、ノンタブリー県にあるノンタブリー船着場にて、ジュニア・ヨハネス(インドネシア)とABCOバンタム級王座決定戦を行い、4回KO勝ちで王座獲得に成功した。

2013年6月25日、ナコーンラーチャシーマー県にあるザ・モール・ナコーンラーチャシーマーにて、レンズ・ ジャガス(フィリピン)と対戦し、3-0(120-108、119-109、119-109)の判定勝ちを収めABCOバンタム級王座の初防衛に成功した。

2013年9月6日、、バンコクドーンムアン区にあるタイ王国空軍ドンムアン空軍基地内下士官クラブにて、ダリル・バサドレ(フィリピン)と対戦し、6回1分18秒KO勝ちを収めABCOバンタム級王座の2度目の防衛に成功した。

2014年1月21日、パトゥムターニー県で フェルナンド・ オコン(フィリピン)と対戦し、3-0の判定勝ちを収めABCOバンタム級王座の3度目の防衛に成功した。

2014年3月7日、バンコクミンブリー区のスカピバン3通りにあるタイ・ワサドゥにて、アルバート・アルコイ(フィリピン)と対戦し、2回KO勝ちを収めABCOバンタム級王座の4度目の防衛に成功した。

2014年10月22日、国立代々木第二体育館にてWBC世界バンタム級王者山中慎介帝拳)と対戦するが、0-3(110-114、108-116、109-115)の判定負けを喫し2階級制覇達成とはならなかった[5]

戦績[編集]

プロボクシング 戦績
44 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
37 16 21 0 1 0
6 0 6 0

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Q&A: Suriyan Sor Rungvisai”. THR RING (2014年10月21日). 2014年10月27日閲覧。
  2. ^ スリヤン機動力でロハスを撃破!新王者 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年8月19日
  3. ^ 名城は判定負け 王座奪取ならず スポーツニッポン 2011年11月4日閲覧
  4. ^ 佐藤が新王者! 日刊スポーツ 2012年3月27日閲覧
  5. ^ 山中慎介が判定でV7、6試合連続KO防衛ならず Boxing News 2014年10月22日

外部リンク[編集]

前王者
トマス・ロハス
第22代WBC世界スーパーフライ級王者

2011年8月19日 - 2012年3月27日

次王者
佐藤洋太