世界ボクシング評議会

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世界ボクシング評議会
World Boxing Council
略称 WBC
設立年 1963年
種類 ボクシング組織
本部 メキシコ
メキシコシティ
設立者 ルイス・スポタ(初代会長)
ウェブサイト http://wbcboxing.com/
  

世界ボクシング評議会(せかいボクシングひょうぎかい、World Boxing Council, WBC) は、プロボクシングの世界王座認定団体の一つ。本部はメキシコメキシコシティにある。

目次

[編集] 概要

元々はWBAEBU英国ボクシング管理委員会(BBBofC)、ラテンアメリカ(LAPBU)、東洋ボクシング連盟(OBF)が対等の立場で討議する機関として1963年2月14日に創設。その後WBAとは別に独自の世界ランキングを作成するなど、分立志向を強め1968年には完全に分裂した。モハメド・アリの王座認定が分裂の原因といわれているが、アメリカ偏重を嫌った結果が真の原因とも言われる。加盟国がもっとも多い団体。

[編集] 歴史

[編集] 設立

[編集] WBAからの脱退

[編集] 破産騒動

[編集] ムエタイ部門の設立

  • ホセ・スライマン会長、副会長ゴーウィット・パッグディープーム(タイ)とタイ・スポーツ局長サンティパープ・テーチャワーニットの間で“WBC MUAY THAI”の発足が報告され、2005年2月24日にムエタイの標準ルールに基づく運営をするなどの内容の覚書が作成され署名された。

[編集] 女子王者認定

  • 2005年6月7日 - 女子16階級の世界ランキングを10位まで発表。スーパーバンタム級ジャッキー・ナバメキシコ)がWBC初の女子世界に認定された。
  • 2005年9月9日 - 香港で行われたムエタイの興業で、中国人散打選手、タイガー・チャン(張慶軍/中国)がマレック・“ザ・ジェット”・ボグスウィッツ(イギリス)を破りWBCの認定する最初のムエタイ王者(WBCムエタイインターナショナルヘビー級)になる。チャン選手は同年3月に行われたK-1 WORLD GP アジア予選に出場したことがあり、2004年7月に元力士の曙太郎に勝利している選手である。
  • 2005年11月7日 - WBC女子世界ストロー級初代王座決定戦がタイで行われ、日本人女子プロボクサー菊地奈々子がノンマイ・ソーシリパン(タイ/同級3位)をTKO(7R 0:50)で下し同王座の初代王者になる。また、日本人女子プロボクサーによる初のWBC女子世界王座獲得となった。
  • 2007年11月15日、フィリピンのマニラで開催されたボクシング興行でルチャリブレ(メキシコ)の試合が組まれ、WBC会長のホセ・スレイマン会長が、勝利したエル・イホ・デル・サントをプロレスラーとしては初めてのWBC名誉世界王者に認定した。これは会長がメキシコ人で、ルチャリブレに対する理解があったから可能だと思われる。この試合のサントの対戦相手は、日本人プロレスラーだった。

[編集] JBCとの関係

設立当初、日本ボクシングコミッション(JBC)は、この王座を認めない方向であったが(実際に関光徳花形進ファイティング原田が海外でWBC王座に挑戦した際、この時点ではJBCはWBCに加盟していなかった為、例え王座を奪取してもJBCでは王者と認めないという達しが出ていた)、ジョニー・ファメション vs.原田戦が、挑戦者の原田がダウンを連続して奪い、明らかに優勢に見えた試合だったにもかかわらず、判定負け(※しかも、最初は引き分け宣告をリング上で行いながら、リングを降りるとすぐに、チャンピオンの判定勝ち防衛に変更するという敵地での挑戦ならではの不可解なもの)だったこと、また原田が欧米人以外では初の3階級制覇のかかった試合であったこともあり、当時の世論が沸騰。JBCはWBCを認めて原田の国内での再戦を認めろ、との意見が強まり、世論と業界の事情に押される形で、JBCもファメションvs.原田の再戦の日本での開催を認めざるをえなくなった。結果JBCは、なしくずし的にWBC認定の世界王座自体を認めることになり、この試合が開催された1970年1月6日以降、日本はWBAとWBCと世界王座統括機構を2団体承認するという形が長い間続いている。

[編集] WBCルール

WBC認定試合におけるルールの主な特徴を以下に上げる。

  • フリーノックダウン制(1Rにおけるダウン回数を問わず、レフェリーが試合続行可能かどうかの判断を下す)。
  • ノックダウンされた選手は、どのラウンドもゴングには救われない(カウント中に3分が経過してもカウントがストップするまでラウンドは終了しない)。
  • 偶然のバッティングにより出血した場合、出血しなかった方はそのラウンドで1点減点(アメリカでは、どの州でも現在まで適用されていない)。
  • 偶然の負傷で試合続行不可能となった場合、4R終了までは引き分け、それ以降ならストップラウンドを含めたそれまでの全ラウンドで判定を取る。
  • 2006年よりオープン・スコアリング・システム(公開採点制度)を採用(アメリカでは、現在まで実施した州コミッションはない)。

[編集] タイトル

WBCは現在世界王座の他にも、アメリカ大陸王座、インターコンチネンタル王座、ユース王座、ムンドヒスパノ王座、全アフリカ世界王座、女子世界王座(WBC FEMALE)、ムエタイ王座(WBC MUAY THAI)等の王座を認定している。

  • 男子世界王座:世界選手権、王座決定戦(王座が空位の場合)、もしくは王座統一戦(暫定王者との対戦)の勝者。チャンピオンベルトが与えられる。王座獲得から一定期間防衛戦を行わなかった場合、暫定王者(次項)が別途認定される。防衛戦に応じることが出来る状態になれば暫定王者との王座決定戦が義務付けられるが、次項に示すような問題を内包している。
  • 暫定世界王座:王者が怪我等の理由で期限内に防衛戦が不可能になった際に用いられる王座。世界ランキング上位の選手同士で争われる、暫定王座決定戦の勝者が認定される。暫定王座に就いた選手は世界王座と同等の権威を持ち、防衛戦も可能だが、世界王者が復帰した際には統一戦を行わなければならない。ただし、この暫定王座の基準も曖昧で、世界王者が防衛戦の期限内で防衛戦を行わない時に、王者に何の告知もなく勝手に暫定王座を認めたり、同じクラスの正王者と暫定王者が統一戦を行わずにそれぞれ防衛戦をしたり、と問題も多い。なお、この暫定王座はWBA、IBF、WBOにも存在していて、同じような問題が発生している。
  • 名誉王座:認定基準は不明。どういったものなのか、説明できる専門家は全世界を見ても存在し無いと思われる。これは正式は王座ではなく、WBCに貢献してきた選手に対する功労賞的なものと思われる。過去にエリック・モラレスビタリ・クリチコらがこの称号を受けている。現在、フロイド・メイウェザー・ジュニアがWBCよりスーパーウェルター級の名誉王座となっている(2009年1月現在)。
  • インターナショナル王座:本来挑戦資格がないはずの16位〜30位までの選手(および例外としてWBC加盟各国の国内王者)で争われる準王座。これを獲得していると、世界ランカーと同じ資格を得られて 世界挑戦資格が得られる(決して優先挑戦権があるわけではない)。しかし、WBCにおいて15位以下の選手も特例(どういう場合が 特例になるのかあいまい)で挑戦できる場合があり、日本のようにランク外の選手が世界戦の契約が成立すると、とたんに世界ランク入りする(特に実績がなくても)場合が多くあるため強い存在意義はないと思われる。
  • アメリカ大陸王座(Continental Americas):
  • ユース王座(Youth):21歳以下のボクサーが挑戦可能。
  • ムンドヒスパノ王座(Mundo Hispano):
  • 全アフリカ世界王座(All Africa World Championships):アフリカ系の人種のみ挑戦可能。ホープ用のタイトルの為、現役チャンピオンは挑戦できない。
  • 全アジア世界王座(All Asian World Championships):アジア系の人種のみ挑戦可能。ホープ用のタイトルの為、現役チャンピオンは挑戦できない。
  • 全ラテンアメリカ世界王座(All Latin American World Championships):ラテンアメリカ系の人種のみ挑戦可能。ホープ用のタイトルの為、現役チャンピオンは挑戦できない。
  • 女子世界王座(WBC FEMALE):
  • ムエタイ世界王座(WBC MUAY THAI):

[編集] 下部組織

WBCの下部組織が他の団体と違う点は例えばWBAのPABA、NABA等の組織は完全なWBAの下部組織(支社、支店のようなもの)であり、WBCの場合は元々存在するコミッション同士が集まって、自分たちで結成した組織であるということである。よって独立性が高い。

  • WBCムエタイ:ボクシングではなくムエタイの王座を認定する団体。並立団体であり、WBCの下部組織ではない。独立した会長もいる。

[編集] 関連項目

[編集] 団体

[編集] 王者一覧表

[編集] 外部リンク