オスカー・デ・ラ・ホーヤ
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | オスカー・デ・ラ・ホーヤ |
| 通称 | ゴールデン・ボーイ |
| 階級 | スーパーウェルター級 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1973年2月4日(36歳) |
| 出身地 | カリフォルニア州イーストロサンゼルス |
| スタイル | オーソドックス(ただし利き腕は左) |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 45 |
| 勝ち | 39 |
| KO勝ち | 30 |
| 敗け | 6 |
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子 ボクシング | ||
| オリンピック | ||
| 金 | 1992 | ライト級 |
オスカー・デ・ラ・ホーヤ(Oscar De La Hoya、1973年2月4日 - )は、メキシコ系アメリカ人男性プロボクサー。身長179cm、リーチ183cm。アメリカ合衆国カリフォルニア州イーストロサンゼルス市出身。プロボクシング6階級制覇を成し遂げるなど、アマ時代からエリート街道を驀進してきたその成功ぶりから「ゴールデンボーイ」の異名を持つ。名の「De La」は英語に訳すと「of the」であり、『ホーヤ家のオスカー』となる。
アメリカのみならず世界のボクサーの中で最も人気のある選手の一人であり、その端正なルックスから女性の支持も高い。その活躍の場はリングだけにとどまらず、歌手デビューも果たしグラミー賞にもノミネートされた。
自らもプロモーション会社「ゴールデンボーイ・プロモーションズ」を立ち上げ、プロモーターとしても活躍している。数々のビッグマッチを経験した、世界屈指の人気ボクサーである。 全盛期であるウェルター級時代にはパウンド・フォー・パウンドの上位に常にランクされたが、全盛期がロイ・ジョーンズ・ジュニアのそれと重なっており、またフェリックス・トリニダード、シェーン・モズリー、バーナード・ホプキンス、フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオといった各時代のスーパーボクサーに勝利を収められなかったことも相まって、時代の最強と評価されることはなかった。加えて、史上初の6階級制覇の偉業に関しても、ビジネス面を重視した対戦相手の選別の結果という厳しい評価もある。ただ、それでも彼が史上屈指の名ボクサーであること、興行収入面や人気の点では史上でも群を抜くスーパースターであることには疑いの余地はない。
目次 |
[編集] ファイトスタイル
基本に忠実なオーソドックス・スタイルを得意とし、インファイトからアウトボクシングまで完璧にこなすことができるコンプリートファイターである。抜群のスピードとテクニックで相手を翻弄する展開を好むが、一瞬の隙を突く強打も併せ持ち通算KO率は75%を上回る。特に左フックはフィニッシュ・ブローとして幾多のKO劇を演出した。また、コンビネーションも非常に多彩。
[編集] 来歴
8歳からボクシングを始める。4年5か月もの間敗戦を経験しないなど、アマチュア時代から既に非凡な才能を見せる。アマ時代の通算戦績は223勝5敗163KO。
1992年、19歳でバルセロナオリンピックライト級に出場。同競技で米国勢唯一となる金メダルを獲得、アマ時代の華麗な遍歴を踏まえて「ゴールデンボーイ(Golden Boy)」とあだ名される。
同年11月23日、プロデビュー。ラマー・ウイリアムズを初回KOに退ける。
1993年6月7日、元IBF世界フェザー級チャンピオン、トロイ・ドレーシーを1回終了TKOで撃退。(パンチによる目のカットのため)世界王座戴冠の期待が高まる。
1994年3月5日、プロ12戦目で16戦無敗のWBO世界スーパーフェザー級王者ジミー・ブレダルを10回TKOに下し、初タイトル獲得。初防衛の後、階級アップのため王座返上。
同年7月29日、元IBF、WBO世界フェザー級王者ホルヘ・パエスを2回KO、WBO世界ライト級王座を獲得し、2階級制覇。
1995年2月18日、元IBF、WBO世界スーパーフェザー級王者ジョン・モリナに12回判定で3度目の防衛。
同年5月6日、IBF世界ライト級王者ラファエル・ルエラスとの統一戦を2回TKOで制する。IBF王座は返上。
同年9月9日、元WBA世界スーパーフェザー級王者ヘナロ・エルナンデスとの夢の無敗対決を6回TKOで制し、5度目の防衛に成功。
同年12月15日、元WBC世界スーパーフェザー級王者ジェシー・ジェームズ・レイハに2回TKOで勝利し6度目の防衛。階級アップのため王座返上。
1996年6月7日、パウンド・フォー・パウンドにも謳われた「メキシコの英雄」フリオ・セサール・チャベスを相手に、スピーディーなジャブで顔面を切り裂き4回TKOで下す。世代交代をアピールすると共にWBC世界スーパーライト級を獲得し、3階級制覇。
1997年1月18日、WBC世界ライト級を10度防衛した元王者、ミゲル・アンヘル・ゴンザレスに12回判定で勝利。初防衛に成功。
同年4月12日、高度のディフェンスで「アンタッチャブル」の異名を取り4階級(IBF、WBC、WBA世界ライト級、IBF世界スーパーライト級、WBC世界ウェルター級、WBA世界スーパーウェルター級)を制したパーネル・ウィテカーが持つWBC世界ウェルター級に挑む。手数で押し切り12回判定で勝利を収め、4階級制覇達成。WBC世界スーパーライト級王座返上。
同年9月13日元WBC世界スーパーフェザー級、WBC世界ライト級、WBO世界スーパーライト級王者ヘクター・カマチョに12回判定で勝利し2度目の防衛。
1998年9月18日、元WBC世界スーパーライト級王者フリオ・セサール・チャベスを9回TKOで下し5度目の防衛。
1999年2月13日前WBA世界ウェルター級王者アイク・クォーティと事実上の統一戦(クォーティはこの試合のためにWBAに王座を剥奪される)。ダウンの応酬がある歴史的名勝負の末12回判定で勝利し、6度目の防衛を果たす。この試合はファンの間でもデラホーヤのベストバウトと評価が高い。
同年9月18日、8度目の防衛戦にIBF世界ウェルター級王者フェリックス・トリニダードを迎え、統一戦。無敗のスーパースター対決として注目を集めたが、途中から安全運転にシフトしたデラホーヤが僅差判定で敗れ、王座陥落と共にプロ初黒星を喫する。
2000年2月26日、WBC世界ウェルター級1位のデラホーヤと同級2位のダレル・コーリーによる挑戦者決定戦を7回KOで制する。しかしトリニダードが同級王座を返上したため、デラホーヤが無戦で返り咲く。
同年6月17日、前IBF世界ライト級王者シェーン・モズリーとの初防衛戦に12回判定で敗れ、再び王座を手放す。
2001年6月23日、WBC世界スーパーウェルター級王者ハビエル・カスティリェホに挑み、12回判定で勝利。シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンズに続く史上3人目の5階級制覇達成。
2002年9月14日、WBA世界スーパーウェルター級王者フェルナンド・バルガスと統一戦。ポイントを奪い合うハイレベルの打ち合いは、11回にデラホーヤが怒濤のラッシュでTKO勝ちし、王座統一。
2003年5月3日、元IBF世界スーパーウェルター級王者ヨリボーイ・カンパスに7回TKOで勝利しWBA初防衛、WBC2度目の防衛にそれぞれ成功。
同年9月13日、既にWBC世界ウェルター級王座を失っていたシェーン・モズリーと再戦。物議をかもす判定の結果、敗戦。両王座を奪われる。
2004年6月5日、20戦無敗の王者フェリックス・シュトルムが持つWBO世界ミドル級に挑戦。シュトルムの固いガードの前に苦戦するも僅差判定で下し、前人未到の6階級制覇を達成する。
同年9月18日、シュトルム戦以前から内定していたビッグマッチ、WBA、WBC、IBF世界ミドル級統一チャンピオンバーナード・ホプキンスと史上初の4団体王座統一戦に臨む。体格で勝るホプキンスに手数で対抗したが、徐々に圧力に屈していき、9回左ボディ一発でダウン。プロ初のKO負けを喫し、失陥。
2006年5月6日、20か月ぶりの実戦でリカルド・マヨルガの持つWBC世界スーパーウェルター級に挑戦。ブランクから限界説も囁かれていたが、1回からダウンを奪うなど試合を有利に進め、6回TKO勝利。3年ぶりに同王座に返り咲く。また10度目の戴冠ともなった。
2007年5月5日、初防衛戦で4階級を制した無敗のフロイド・メイウェザー・ジュニア(WBC世界スーパーフェザー級、WBC世界ライト級、WBC世界スーパーライト級、IBF、WBC、IBO世界ウェルター級)との「世紀の一戦」において、1-2の12回僅差判定で敗れる。メイウェザーは5階級制覇(4人目)を達成し、即日王座返上を表明。
2008年5月3日、スティーブ・フォーブスと対戦し、判定3-0で勝利を収める。
2008年12月6日、ノンタイトル12回戦でマニー・パッキャオとのドリームマッチが実現。試合前の予想はデラホーヤ圧倒的有利であったが、試合は序盤からパッキャオの動きに全くついていけず、7回にはパッキャオの攻撃でストップ寸前に陥る(この回の採点はジャッジ三者とも8-10)など一方的な展開の末8回終了TKO負け。
[編集] 戦績
- アマチュアボクシング: 228戦 223勝 163KO 5敗
- プロボクシング: 45戦 39勝 30KO 6敗
[編集] 獲得タイトル
- バルセロナオリンピックボクシング競技ライト級優勝
- WBO世界スーパーフェザー級王座(2度防衛後、返上)
- WBO世界ライト級王座(6度防衛後、返上)
- IBF世界ライト級王座(ルエラスとの統一戦に勝利し王座吸収、即返上)
- WBC世界スーパーライト級王座(初防衛後、返上)
- WBC世界ウェルター級王座(7度防衛後、トリニダードに敗戦)
- WBC世界スーパーウェルター級王座(2度防衛後、モズリーに敗戦)
- WBA世界スーパーウェルター級王座(バルガスとの統一戦に勝利し王座吸収、初防衛後モズリーに敗戦)
- WBO世界ミドル級王座(史上初の6階級制覇。初防衛戦となる4団体統一戦でホプキンスに敗戦)
- WBC世界スーパーウェルター級王座 ※2度目(初防衛戦でメイウェザーに敗戦)
[編集] 関連項目
- 男子ボクサー一覧
- オリンピックボクシング競技メダリスト一覧
- 世界ボクシング機構(WBO)世界王者一覧
- 国際ボクシング連盟(IBF)世界王者一覧
- 世界ボクシング協会(WBA)世界王者一覧
- 世界ボクシング評議会(WBC)世界王者一覧
[編集] 外部リンク
| ボクシング競技オリンピック金メダリスト – ライト級 |
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1904: ハリー・スパンジャー • 1908: フレデリック・グレース • 1920: サミュエル・モスバーグ • 1924: ハンス・ジェイコブ・ニールセン • 1928: カルロ・オルランディ • 1932: ローレンス・スティーブンス • 1936: イメレ・ハランギ • 1948: ジェラルド・ドライアー • 1952: アウレリアーノ・ボロネージ • 1956: ディック・マクタガート • 1960: カジミエシュ・パッチオール • 1964: ジョゼフ・グリジエン • 1968: ロナルド・W・ハリス • 1972: ヤン・シュチェパンスキー • 1976: ハワード・デービス・ジュニア • 1980: アンヘル・ヘレラ • 1984: パーネル・ウィテカー • 1988: アンドレアス・チュロウ • 1992: オスカー・デ・ラ・ホーヤ • 1996: ホシネ・ソルタニ • 2000: マリオ・キンデラン • 2004: マリオ・キンデラン • 2008: アレクセイ・ティシュチェンコ |
| 前王者 ラファエル・ルエラス |
第11代IBF世界ライト級王者 1995年5月6日 - 1995年7月(返上) |
次王者 フィリップ・ホリデー |
| 前王者 ジミー・ブレダル |
第5代WBO世界スーパーフェザー級王者 1994年3月5日 - 1994年(返上) |
次王者 レジリロ・ツアー |
| 前王者 ギオバーニ・パリーシ |
第5代WBO世界ライト級王者 1994年7月29日 - 1996年(返上) |
次王者 アルツール・グレゴリアン |
| 前王者 フリオ・セサール・チャベス |
第24代WBC世界スーパーライト級王者 1996年6月7日 - 1997年(返上) |
次王者 コンスタンチン・チュー |
| 前王者 パーネル・ウィテカー |
第25代WBC世界ウェルター級王者 1997年4月12日 - 1999年9月18日 |
次王者 フェリックス・トリニダード |
| 前王者 ハビエル・カスティリェホ |
第32代WBC世界スーパーウェルター級王者 2002年9月14日 - 2003年(返上) |
次王者 シェーン・モズリー |
| 前王者 サンティアゴ・サマニエゴ |
第34代WBA世界スーパーウェルター級王者 2002年9月14日 - 2003年(返上) |
次王者 アレハンドロ・ガルシア |
| 前王者 アレハンドロ・ガルシア |
第36代WBA世界スーパーウェルター級王者 2003年5月3日 - 2003年9月13日 |
次王者 シェーン・モズリー |
| 前王者 フェリックス・シュトルム |
第17代WBO世界ミドル級王者 2004年6月5日 - 2004年9月18日 |
次王者 バーナード・ホプキンス |
| 前王者 リカルド・マヨルガ |
第36代WBC世界スーパーウェルター級王者 2006年5月6日 - 2007年5月5日 |
次王者 フロイド・メイウェザー・ジュニア |

