バーナード・ホプキンス

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バーナード・ホプキンス
Bernard Hopkins 2010.jpg
バーナード・ホプキンス(2010年撮影)
基本情報
本名 Bernard Hopkins
通称 The Executioner(死刑執行人)[1]
B-Hop
階級 ライトヘビー級
身長 185cm
リーチ 183cm
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1965年1月15日(48歳)
出身地 ペンシルベニア州フィラデルフィア
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 63
勝ち 53
KO勝ち 32
敗け 6
引き分け 2
無効試合 2
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バーナード・ホプキンスBernard Hopkins、男性、1965年1月15日 - )は、アメリカ合衆国プロボクサーペンシルベニア州フィラデルフィア出身。現IBF世界ライトヘビー級王者。ニックネームは「The Executioner(死刑執行人)」。

元世界ミドル級統一王者2004年9月に史上始めて主要4団体(WBAWBCIBFWBO)の王座を統一。2011年5月にはWBC世界ライトヘビー級タイトルマッチに勝利。ジョージ・フォアマンの持つ最年長王座奪取記録(45歳9ヵ月)を超える46歳4ヶ月での王座獲得に成功し、2013年3月には48歳2ヶ月でIBF世界ライトヘビー級王座を獲得し、自らの記録を更新した。

目次

来歴 [編集]

1988年10月11日、ライトヘビー級でデビューするが、黒星でプロのキャリアをスタートした。デビュー戦後は1年以上リングへは上がらなかった。2戦目以降は徐々に身体を絞り、ミドル級前後の体重で経験を重ねる。

1992年12月4日、USBA全米ミドル級タイトル獲得。その後4度の防衛に成功。

1993年5月22日、ロイ・ジョーンズ・ジュニアアメリカ)と空位のIBF世界ミドル級王座を争うが0-3の判定負け。

1994年12月17日、セグンド・メルガド(エクアドル)とのIBF世界ミドル級王座決定戦で引き分けるが、1995年4月29日の再戦で7回TKOでメルカドを破り、IBF世界ミドル級タイトルを獲得した。1996年1月27日、スティーブ・フランク(ガイアナ)を世界戦最速KO記録となる1回24秒TKOで沈め初防衛。以後、同級で12回の王座防衛に成功。

2001年には主要3団体の王者と1階級上げたフェリックス・トリニダードプエルトリコ)の4人で王座統一トーナメントが行われ、2001年4月14日にはキース・ホームズ(アメリカ)から3-0の判定勝ちでWBC王座を獲得。続いて2001年9月29日にはフェリックス・トリニダードから12回TKO勝ちでWBA王座を獲得し、マービン・ハグラー以来の3団体統一王者となる。以後、3団体統一王座を4度防衛。

2004年9月18日にはそれまでKO負けがなったオスカー・デ・ラ・ホーヤ(アメリカ)を左ボディ一発で9回KOに下し、WBO世界ミドル級王座も獲得。初の主要4団体の王座統一に成功した。

しかし2005年7月16日、IBF世界ミドル級王座の21度目の防衛戦で、無敗の若き挑戦者ジャーメイン・テイラー(アメリカ)に1-2の僅差の判定で破れ、WBA(スーパー王座)・WBC・IBF・WBO世界ミドル級王座から陥落した。ホプキンスにとってロイ・ジョーンズ・ジュニアに敗れて以来12年ぶりの敗戦となり、10年間に渡り守り続けた世界王座を明け渡す結果になった。2005年12月3日にはジャーメイン・テイラーとの再戦が行われたが、初戦以上の力量差を見せつけられ0-3の判定負け。

2006年6月10日、ライトヘビー級まで一気に2つ階級を上げ、IBONBAライトヘビー級王者アントニオ・ターバー(アメリカ)と対戦、ナチュラルウェイトのターバーに対し一方的な内容で3-0の判定勝ちを収めた。この試合がラストファイトと宣言していたホプキンスだが、2007年7月21日、元スーパーウェルター級3団体統一王者ロナルド・ライト(アメリカ)とラスベガスで対戦、3-0の判定勝ちを収めた。

2008年10月18日、34戦全勝(30KO)のホープであり、WBC・WBO統一世界ミドル級王者のケリー・パブリク(アメリカ)とノンタイトル12回戦で対戦。試合前の予想ではパブリクが有利といわれていたが、ホプキンスは若いパブリクを完全に翻弄し切って3-0の大差判定勝ちを収め、パブリクに初黒星をつけた[2]

2009年12月2日、エンリケ・オルネラス(メキシコ)とノンタイトル12回戦で対戦し、3-0の判定勝ちを収めた[3]

2010年4月3日、ロイ・ジョーンズ・ジュニアとおよそ17年ぶりに再戦し、3-0の判定勝ちを収めた[4]

2010年12月18日、WBC・IBO統一世界ライトヘビー級王者ジャン・パスカルカナダ)に挑戦。1、3回にダウンを奪われたものの盛り返し、1-0(114-112、114-114、113-113)の判定ドローで王座獲得ならず[5]。この試合はWBCの年間最高試合に選出された[6]

2011年5月21日、ドローに終わったジャン・パスカルに再挑戦。3-0の判定勝ちでWBC世界ライトヘビー級王座とダイヤモンド王座を獲得。ジョージ・フォアマンの持つ45歳9ヵ月での世界王座獲得を更新する、46歳4ヵ月での世界王座獲得を達成した[7]

2011年10月15日、チャド・ドーソンと防衛戦を行う。2ラウンド途中にドーソンに投げられるような形でキャンバスに転倒した際に左肩を強打。試合続行不可能となりTKO負けを宣告されたが、試合後のビデオ検証の結果引き分けに訂正、ホプキンスに王座が返還された[8]

2012年4月28日、ロサンゼルスステイプルズ・センターからアトランティックシティボードウォーク・ホールに舞台を移して行われたチャド・ドーソンとの再戦は0-2(114-114、111-117が2者)の判定負けで初防衛に失敗し、王座から陥落した[9]

2013年3月9日、IBF世界ライトヘビー級王者タボリス・クラウドに挑戦し、3-0(117-111、116-112が2者)の判定勝ちで王座獲得に成功。自身の持つ46歳4ヵ月での世界王座獲得を更新する、48歳2ヶ月での世界王座獲得を達成した[10]

人物 [編集]

戦術に長けた万能型であり、優れた防御感とテクニックで相手の長所を消す戦法を得意とし、またレスリングの練習に裏打ちされたクリンチワークの巧さも持ち合わせている。ボディーワークをベースにしたディフェンスで相手の攻撃を空に切らせ、オフェンスにおいてはダイレクトライトとカウンターを得意とする。全盛期はそのリングネームがそのまま通用するほどの凄みとキレを誇った。また、パンチの次に飛んでくる頭、相手を巧妙にホールドしながらのパンチ、相手のローブローを大げさにアピールしての時間稼ぎ、レフェリーが見ていない隙の加撃などで、悪い流れも自分のほうに引き寄せてしまう。

そのファイトスタイルでフェリックス・トリニダードオスカー・デ・ラ・ホーヤといった人気者をことごとく打ち倒してきたため、ヒール(悪役)が彼のキャラクターとなっている。なお、試合の際のリング入場時にはニックネーム通りの死刑執行人の衣装で登場したり、棺桶に入って登場して来たこともある。現在でこそ当世きっての狡智に長けた完成度の高いボクサーと目されるが、キャリア前半期は死刑執行人の名にふさわしい荒々しい倒し屋というイメージが付き纏っており、キャリアのハイライトの一つとなったフェリックス・トリニダード戦では荒々しさを封印して高度なテクニックと狡猾な戦術でスーパースターであったトリニダードを圧倒し、驚きを持って迎えられた。

獲得タイトル [編集]

脚注 [編集]

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]

空位
前タイトル保持者
ロイ・ジョーンズ・ジュニア
第6代IBF世界ミドル級王者

1995年4月29日 - 2005年7月16日

次王者
ジャーメイン・テイラー
前王者
キース・ホームズ
第27代WBC世界ミドル級王者

2001年4月14日 - 2005年7月16日

次王者
ジャーメイン・テイラー
前WBA正規王者
フェリックス・トリニダード
WBAWBCIBF世界ミドル級スーパー王者

2001年9月29日 - 2005年7月16日

次スーパー王者
ジャーメイン・テイラー
前王者
オスカー・デ・ラ・ホーヤ
第16代WBO世界ミドル級王者

2004年9月18日 - 2005年7月16日

次王者
ジャーメイン・テイラー
前王者
ジャン・パスカル
第34代WBC世界ライトヘビー級王者

2011年5月21日 - 2012年4月28日

次王者
チャド・ドーソン
前王者
タボリス・クラウド
第17代IBF世界ライトヘビー級王者

2013年3月9日 - 現在

次王者
N/A