フロイド・メイウェザー・ジュニア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | フロイド・ジョイ・メイウェザー・ジュニア |
| 通称 | Pretty Boy(プリティーボーイ) Money Speed Star |
| 階級 | ウェルター級 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1977年2月24日(32歳) |
| 出身地 | アメリカ合衆国、ミズーリ州 |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 39 |
| 勝ち | 39 |
| KO勝ち | 25 |
| 敗け | 0 |
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子 ボクシング | ||
| オリンピック | ||
| 銅 | 1996年 | フェザー級 |
フロイド・メイウェザー・ジュニア(Floyd Mayweather Jr.、男性、1977年2月24日 - )は、アメリカ合衆国のプロボクサー。身長173cm、リーチ183cm。父親フロイド・メイウェザー・シニアは元ウェルター級プロボクサーで現在はボクシング史上に残る名トレーナーであり、叔父ロジャー・メイウェザーは元2階級制覇王者というボクシング一家に生まれ育った。「史上最速のスピードスター」と評価されるほどの圧倒的なスピードと卓越したディフェンステクニックで相手を翻弄する試合を得意とする。階級を上げてからパワーは目減りしたものの、寸分の狂いもないタイミングで打ち出すダイレクトブローと常人離れした高速コンビネーションを武器に芸術的なKOを演出する。プロでの戦績は全戦全勝、史上初めて全勝のまま5階級制覇を達成するなど、引退するまでの間パウンド・フォー・パウンド最強のボクサーとして評価されていた。
目次 |
[編集] 概要
ベビーフェイスな外見から「Pretty Boy(プリティーボーイ)」と呼ばれるが、その異名とは異なりスピードを活かした非常にエキサイティングな試合を展開する。また、試合前の会見などでリップサービスとしてビッグマウス(大口をたたくこと)をする事でも有名で、対戦相手にとっては腹立たしいことこの上ないがマスコミ受けは良い。私生活での素行はあまり良くなく、暴力事件を起こすなどしてニュースに取り上げられたりすることもしばしばある。また、最近では「大金を稼ぎ出すスター」という意味を込めて「Money」という異名が付いた。ボクシングにおいては、自他ともに認める天才であり、自分はシュガー・レイ・レナードの後継者だと豪語している。父メイウェザー・シニアからは現在の活躍の基盤となる巧みなディフェンス技術を教え込まれたが、後にファイトスタイルを巡って対立し、現在では別々に行動している。しかし、シニアがトレーナーを務めるオスカー・デ・ラ・ホーヤとジュニアが対戦した際には、息子に気を遣ったシニアが一時期的にデラホーヤの指導を止めている。なお、叔父のロジャーとの関係は良好であり、現在もロジャーがジュニアのチーフセコンドを務めている。「深夜1時過ぎから練習を始め、朝に眠り、昼間に起きて再び練習」という珍しい練習スタイルをとっている。
[編集] 来歴
- 1996年、アメリカ合衆国代表としてアトランタオリンピックボクシングフェザー級に出場し、銅メダルを獲得した。
- 1996年10月11日、2回KO勝ちでプロデビュー。
- 1998年10月3日、ヘナロ・エルナンデス(
アメリカ合衆国)の持つWBC世界スーパーフェザー級王座に挑戦し、8回TKO勝ちで王座を獲得。同王座はのちに8度の防衛。 - 2001年1月20日、ディエゴ・コラレス(
アメリカ合衆国)と対戦し、10回TKO勝ちで6度目の防衛。 - 2002年4月20日、ホセ・ルイス・カスティージョ(
メキシコ)と対戦し、3-0の判定勝ちでWBC世界ライト級王座を獲得、2階級制覇に成功した。同王座はのちに3度の防衛。 - 2005年6月25日、アルツロ・ガッティ(
カナダ)と対戦し、6回終了TKO勝ちでWBC世界スーパーライト級王座を獲得、3階級制覇に成功した。同王座は防衛せず返上。 - 2006年4月8日、ザブ・ジュダー(
アメリカ合衆国)の持つIBF世界ウェルター級王座に挑戦し、3-0の大差判定勝ちで王座を獲得。無敗のまま4階級制覇に成功した。試合中にハプニングも有り、10R目にメイウェザーがジュダーのローブローとラビットパンチを受けて倒れると、メイウェザーの叔父でチーフセコンドを務めるロジャー・メイウェザーがリングに入り相手セコンドと乱闘になった。乱闘は関係者と警備員に止められ、5分後に試合が続行された。このタイトルは防衛せず返上。 - 2006年11月4日、カルロス・バルドミール(
アルゼンチン)と対戦し、3-0の判定勝ちでWBC世界ウェルター級王座を獲得。レオ・ガメスに次いで2人目、WBCでは初めてとなる同一団体4階級制覇となる。 - 2007年5月5日、オスカー・デ・ラ・ホーヤ(
アメリカ合衆国)との「世紀の一戦」を2-1の12回判定で下しWBC世界スーパーウェルター級王座獲得。シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンズ、オスカー・デ・ラ・ホーヤに次ぐ、史上4人目の5階級制覇王者となった。なお、一つの団体だけで5階級の王座を獲得したのはメイウェザーが初めてである。その後、スーパーウェルター級王座を返上し、ウェルター級王座を保持する形となった。 - 2007年12月8日、リッキー・ハットン(
イングランド)と対戦し、10回TKO勝ちでWBC世界ウェルター級王座を防衛。アメリカとイギリスの無敗のスーパースター同士の大一番であった。 - 2008年3月30日、フロリダ州オーランドで開催されたプロレス団体WWEの興行『レッスルマニア24』でビッグ・ショーと対戦。メリケンサックでビッグ・ショーを殴り顎を骨折させ勝利した(骨折はプロレス上のアングルである)。現役のボクシング世界王者がプロレスのリングに上がり対戦するのは1976年のモハメド・アリ以来32年ぶりで、ファイトマネーは2,000万ドルと言われていたが、実際はこれもアングル上であると言う事が後にWWEによって発表された。
- 2008年6月6日、「ここ数年はボクシングに自分の望みを見いだすのが困難だった」とコメントし、現役引退を表明。WBC世界ウェルター級王座を返上した[1]。
- 2009年5月2日、MGMグランドで行われた記者会見で7月18日にファン・マヌエル・マルケス(
メキシコ)とのノンタイトルマッチで現役復帰することが正式発表された[2]。
[編集] 戦績
- プロボクシング: 39戦 39勝 25KO 無敗
[編集] 獲得タイトル
- アトランタオリンピックフェザー級銅メダル
- 第22代WBC世界スーパーフェザー級王座
- 第27代WBC世界ライト級王座(後に名誉王者に認定)
- 第28代WBC世界スーパーライト級王座
- 第10代IBF世界ウェルター級王座
- 第33代WBC世界ウェルター級王座(後に名誉王者に認定)
- 第37代WBC世界スーパーウェルター級王座
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ フロイド・メイウェザーJrが現役引退を表明 日刊スポーツ 2008年6月7日
- ^ ボクシング=無敗王者メイウェザー、7月に現役復帰戦へ ロイター 2009年5月4日
| 前王者 ヘナロ・エルナンデス |
第22代WBC世界スーパーフェザー級王者 1998年10月3日 - 2002年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 シリモンコン・シンワンチャー |
| 前王者 ホセ・ルイス・カスティージョ |
第27代WBC世界ライト級王者 2002年4月20日 - 2004年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ホセ・ルイス・カスティージョ |
| 前王者 アルツロ・ガッティ |
第28代WBC世界スーパーライト級王者 2005年6月25日 - 2006年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ジュニア・ウィッター |
| 前王者 ザブ・ジュダー |
第10代IBF世界ウェルター級王者 2006年4月8日 - 2006年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 カーミット・シントロン |
| 前王者 カルロス・バルドミール |
第33代WBC世界ウェルター級王者 2006年11月4日 - 2008年6月(返上) |
空位 次タイトル獲得者 アンドレ・ベルト |
| 前王者 オスカー・デ・ラ・ホーヤ |
第37代WBC世界スーパーウェルター級王者 2007年5月5日 - 2007年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 バーノン・フォレスト |


