フロイド・メイウェザー・ジュニア
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | フロイド・ジョイ・メイウェザー・ジュニア |
| 通称 | Pretty Boy(プリティーボーイ) Money Speed Star Defence Master |
| 階級 | スーパーフェザー級 - スーパーウェルター級 |
| 身長 | 173cm |
| リーチ | 183cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1977年2月24日(35歳) |
| 出身地 | アメリカ合衆国、ミズーリ州 |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 42 |
| 勝ち | 42 |
| KO勝ち | 26 |
| 敗け | 0 |
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子 ボクシング | ||
| オリンピック | ||
| 銅 | 1996 アトランタ | フェザー級 |
フロイド・メイウェザー・ジュニア(Floyd Mayweather Jr.、男性、1977年2月24日 - )は、アメリカ合衆国のプロボクサー。現WBC世界ウェルター級王者。
父のフロイド・メイウェザー・シニアは元ウェルター級プロボクサーで、ボクシング史上に残る名トレーナー。叔父のロジャー・メイウェザーも元2階級制覇王者でトレーナーというボクシング一家に生まれ育った。「史上最速のスピードスター」と評価されるほどの圧倒的なスピードと超人的な反応速度、卓越したディフェンステクニックで相手を翻弄する試合を得意とする。階級を上げてからパワーは目減りしたものの、寸分の狂いもないタイミングで打ち出すダイレクトブローと常人離れした高速コンビネーションを武器に芸術的なKOを演出する。プロでの戦績は全戦全勝、史上初めて全勝のまま5階級制覇を達成するなど、2008年に一旦引退するまでの間パウンド・フォー・パウンド最強のボクサーとして評価されていた。
目次 |
[編集] 概要
ベビーフェイスな外見から「Pretty Boy(プリティーボーイ)」と呼ばれるが、ボクサーとしての彼は大変クレバー。圧倒的なスピードとディフェンス技術を駆使して戦うファイトスタイルは非常に美しいものの、危険を冒さず確実にポイントアウトする試合運びを「タッチボクシング」などと揶揄されることもある。また、試合前の会見などでリップサービスとしてのビッグマウス(大口をたたくこと)も有名で、対戦相手にとっては腹立たしいことこの上ないがマスコミ受けは良い。
私生活での素行はあまり良くなく、暴力事件を起こすなどしてニュースに取り上げられたりすることもしばしばである。以前にアルツロ・ガッティに対して「殴られすぎてジャップのような顔になっている」と発言し問題に。その後は、自身が日本のボクシング用品メーカーWiningの愛用者であることなどを雑誌等のインタビューで度々アピールし、日本に対するフォローをみせた。
モチベーションは「大金を稼ぐこと」と公言しており、「練習で苦しい時には“これも金のためだ”と思って必死に練習している」と語っている。また、「俺の腕には高級時計、指には30万ドルの指輪、ネックレスは60万ドルだ!」と自分の高級品を盛んに自慢したり、記者会見では会見場にいるファンに向かって大金をバラ撒いたり、マスコミ向けのパフォーマンスも札束を使って大金を自慢するものが多い。現在では「充分に大金を稼いだからボクシングというスポーツへの愛情がモチベーションだ」と語っている。
ボクシングにおいては、自他ともに認める天才であり、自分はシュガー・レイ・レナードの後継者だと豪語している。父のメイウェザー・シニアからは現在の活躍の基盤となる巧みなディフェンス技術を教え込まれたが、後にファイトスタイルを巡って対立し、現在では別々に行動している。なお、叔父のロジャーとの関係は良好であり、現在もロジャーがジュニアのチーフセコンドを務めている。「深夜1時過ぎから練習を始め、朝に眠り、昼間に起きて再び練習」という珍しい練習スタイルをとっており、本人も努力家であるため、メイウェザーは「俺はハードに練習してるぜ!俺は寝ている間も練習している。お前らが寝ている時も俺は練習している。お前らが練習している時も、当然俺は練習している」と豪語している。アマチュア時代からの古傷である左拳を含め、右拳、肘、背中なども怪我をしており、満身創痍の身体で戦っている。
ボクサーとして以外にも、テレビ番組で華麗な社交ダンスを披露したり、アメリカのスポーツエンターテイメントWWEのリングに登場しヒールを演じたりと、多彩な才能をのぞかせている。
[編集] 来歴
- 1996年、アメリカ合衆国代表としてアトランタオリンピックボクシングフェザー級に出場し、銅メダルを獲得した。
- 1996年10月11日、ロベルト・アポダカに2回KO勝ちでプロデビュー。
- 1998年10月3日、ヘナロ・エルナンデス(アメリカ合衆国)の持つWBC世界スーパーフェザー級王座に挑戦し、8回TKO勝ちで王座を獲得。同王座はのちに8度の防衛。
- 2001年1月20日、ディエゴ・コラレス(アメリカ合衆国)と対戦し、10回TKO勝ちで6度目の防衛。
- 2001年5月26日、カルロス・ヘルナンデス(アメリカ合衆国)と対戦し、アマチュア時代からの古傷である左拳の怪我が悪化し、6Rにデビュー初ダウンを喫するが、逆転して判定勝ちで7度目の防衛成功。
- 2001年11月10日、世界ランク1位の指名挑戦者ヘスス・チャベス(メキシコ)に9回終了TKO勝ちで8度目の防衛成功。
- 2002年4月20日、ホセ・ルイス・カスティージョ(メキシコ)と対戦し、3-0の判定勝ちでWBC世界ライト級王座を獲得、2階級制覇に成功したが、「この試合はカスティージョの勝ちだ」と指摘する専門家やファンは多い。
- 2002年12月7日、前回の疑惑判定の声を受けてホセ・ルイス・カスティージョと再戦。今度は明白な差を見せつけて文句無しの3-0の判定勝利で初防衛に成功。同王座は通算3度防衛した。
- 2005年6月25日、アルツロ・ガッティ(カナダ)と対戦し、6回終了TKO勝ちでWBC世界スーパーライト級王座を獲得、3階級制覇に成功した。同王座は防衛せず返上。
- 2006年4月8日、ザブ・ジュダー(アメリカ合衆国)の持つIBF世界ウェルター級王座に挑戦。「スピードスター対決」と称されたこの試合で序盤はジュダーにややスピード負けするも、中盤から失速したジュダーを攻めたてて3-0の大差判定勝ちで王座を獲得。無敗のまま4階級制覇に成功した。試合中にハプニングも有り、10R目にメイウェザーがジュダーのローブローと後頭部への反則パンチを受けて倒れると、メイウェザーの叔父でチーフセコンドを務めるロジャー・メイウェザーがリングに入り相手セコンドと乱闘になった。乱闘は関係者と警備員に止められ、5分後に試合が続行された。このタイトルは防衛せず返上。
- 2006年11月4日、カルロス・バルドミール(アルゼンチン)と対戦し、3-0の判定勝ちでWBC世界ウェルター級王座を獲得[1]。レオ・ガメスに次いで2人目、WBCでは初めてとなる同一団体4階級制覇となった。
- 2007年5月5日、オスカー・デ・ラ・ホーヤ(アメリカ合衆国)との「世紀の一戦」を2-1の12回判定で下しWBC世界スーパーウェルター級王座獲得。シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンズ、オスカー・デ・ラ・ホーヤに次ぐ、史上4人目の5階級制覇王者となった[2]。なお、一つの団体だけで5階級の王座を獲得したのはメイウェザーが初めてである。また、全勝のまま5階級制覇達成も史上初の快挙である。その後、スーパーウェルター級王座を返上し、ウェルター級王座を保持する形となった。この試合は1億2000万ドル以上の興行収益を生み出し、ゲート収入は1900万ドル以上で、イベンダー・ホリフィールド対レノックス・ルイス戦の再戦の際のゲート収入最多記録を更新。この試合はHBOによってPPV生中継され、約240万件のPPV売り上げを記録した。これはイベンダー・ホリフィールド対マイク・タイソンの再戦の際の約199万件を更新する史上最多の売り上げである。メイウェザーは3,500万ドルのファイトマネーを獲得した。
- 2007年12月8日、リッキー・ハットン(イングランド)と対戦し、10回TKO勝ちでWBC世界ウェルター級王座を防衛[3]。アメリカ合衆国とイギリスの無敗のスーパースター同士の大一番であった。
- 2008年3月30日、フロリダ州オーランドで開催されたプロレス団体WWEの興行『レッスルマニア24』でビッグ・ショーと対戦。圧倒的な体格差に苦戦し、セコンドをKOされるなどしたものの、レフェリーの隙をついたイス・急所攻撃からのブラスナックルパンチでビッグ・ショーを殴り顎を骨折させ勝利した(骨折はプロレス上のアングルである)。現役のボクシング世界王者がプロレスのリングに上がり対戦するのは1976年のモハメド・アリ以来32年ぶりで、凡戦に終わるとの意見も多かったが、結果として両選手の価値を落とさない名勝負となった。なおファイトマネーは2,000万ドルと言われていたが、実際はこれもアングル上であるということが後にWWEによって発表された。
- 2008年6月6日、「ここ数年はボクシングに自分の望みを見いだすのが困難だった」とコメントし、現役引退を表明。WBC世界ウェルター級王座を返上した[4]。
- 2009年5月2日、MGMグランドで行われた記者会見で7月18日にファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)との144ポンド契約ノンタイトルマッチで現役復帰することが正式発表された[5]。その後、トレーニング中に負傷し、予定されていた日程からの延期となった[6]。
- 2009年9月19日、予定通りファン・マヌエル・マルケスとの再起戦を行い、2回にダウンを奪うなど、3-0の大差判定勝ち[7]。ちなみに計量時にメイウェザーは契約体重を2ポンドオーバーしたものの、144ポンドという契約が両者間のプライベート契約だったため、1ポンドにつき30万ドル(計60万ドル)の違約金を払うだけで失格負けにはならなかった[8]。
- 2010年5月1日、3階級を制覇しているシェーン・モズリーと対戦、3-0の判定勝ちを収めた。2回メイウェザーはモズリーの右を2度貰いダウン寸前の状態となるが、3回にはプレッシャーをかけ試合をコントロール。その後も的確にクリーンヒットを奪い続け、終わってみれば大差の判定勝ちとなった。[9]。
- 2010年9月10日、元恋人への暴行罪、携帯電話の重窃盗罪により逮捕された。
- 2011年9月17日、WBC世界ウェルター級王者ビクター・オルティス(アメリカ合衆国)に4回2分59秒でKO勝利し、一度は返上したWBC世界ウェルター級王座に復帰した。
- 2011年12月21日、元恋人への暴行などで逮捕された事件の裁判で、2012年1月から禁錮90日、100時間の社会奉仕活動への従事の実刑判決を受けた。
- 2012年5月5日、刑の執行が6月まで延期されたことにより、アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスのMGMグランドでWBA世界スーパーウェルター級スーパー王者ミゲール・コットと対戦する。
[編集] 戦績
| 戦 | 日付 | 勝敗 | 時間 | 内容 | 対戦相手 | 国籍 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1996年10月11日 | ☆ | 2R | KO | ロベルト・アポダカ | プロデビュー戦 | |
| 2 | 1996年11月30日 | ☆ | 4R | 判定 | レジー・サンダース | ||
| 3 | 1997年1月18日 | ☆ | 1R | TKO | ジェリー・クーパー | ||
| 4 | 1997年2月1日 | ☆ | 2R | KO | エドガル・アヤラ | ||
| 5 | 1997年3月12日 | ☆ | 1R | TKO | キノ・ロドリゲス | ||
| 6 | 1997年4月12日 | ☆ | 1R | TKO | バビー・ジパード | ||
| 7 | 1997年5月10日 | ☆ | 1R | TKO | トニー・デュラン | ||
| 8 | 1997年6月14日 | ☆ | 6R | 判定 | ラリー・オシールズ | ||
| 9 | 1997年7月12日 | ☆ | 5R | TKO | ヘスス・チャベス | ||
| 10 | 1997年9月6日 | ☆ | 2R | TKO | ルイ・レイハ | ||
| 11 | 1997年10月14日 | ☆ | 6R | KO | フェリッペ・ガルシア | ||
| 12 | 1997年11月20日 | ☆ | 3R | KO | アンジェロ・ヌネス | ||
| 13 | 1998年1月9日 | ☆ | 5R | KO | ヘクター・アローヨ | ||
| 14 | 1998年2月28日 | ☆ | 2R | KO | サム・ギラード | ||
| 15 | 1998年3月23日 | ☆ | 3R | TKO | ミゲル・メロ | ||
| 16 | 1998年4月18日 | ☆ | 10R | 判定 | グスタボ・クエーリョ | ||
| 17 | 1998年6月14日 | ☆ | 10R | 判定 | トニー・ペップ | ||
| 18 | 1998年10月3日 | ☆ | 9R | TKO | ヘナロ・エルナンデス | WBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチ | |
| 19 | 1998年12月19日 | ☆ | 2R | TKO | エンジェル・マンフレディ | WBC防衛1 | |
| 20 | 1999年2月17日 | ☆ | 12R | 判定 | カルロス・リオス | WBC防衛2 | |
| 21 | 1999年5月22日 | ☆ | 9R | KO | ジャスティン・ジューコ | WBC防衛3 | |
| 22 | 1999年9月11日 | ☆ | 8R | TKO | カルロス・ヘレナ | WBC防衛4 | |
| 23 | 2000年3月18日 | ☆ | 12R | 判定 | グレゴリオ・バルガス | WBC防衛5 | |
| 24 | 2000年10月21日 | ☆ | 9R | TKO | エマニュエル・バートン | ||
| 25 | 2001年1月20日 | ☆ | 10R | TKO | ディエゴ・コラレス | WBC防衛6 | |
| 26 | 2001年5月26日 | ☆ | 12R | 判定 | カルロス・エルナンデス | WBC防衛7 | |
| 27 | 2001年11月10日 | ☆ | 9R | TKO | ヘスス・チャベス | WBC防衛8 | |
| 28 | 2002年4月20日 | ☆ | 12R | 判定 | ホセ・ルイス・カスティーリョ | WBC世界ライト級タイトルマッチ | |
| 29 | 2002年12月7日 | ☆ | 12R | 判定 | ホセ・ルイス・カスティーリョ | WBC防衛1 | |
| 30 | 2003年4月19日 | ☆ | 12R | 判定 | ビクトリアノ・ソーサ | WBC防衛2 | |
| 31 | 2003年11月1日 | ☆ | 7R | TKO | フィリップ・ヌドゥ | WBC防衛3 | |
| 32 | 2004年5月22日 | ☆ | 12R | 判定 | デマーカス・コーリー | ||
| 33 | 2005年1月22日 | ☆ | 8R | TKO | ヘンリー・ブルセレス | WBC世界スーパーライト級挑戦者決定戦 | |
| 34 | 2005年6月25日 | ☆ | 6R | TKO | アルツロ・ガッティ | WBC世界スーパーライト級タイトルマッチ | |
| 35 | 2005年11月19日 | ☆ | 6R | KO | シャンバ・ミッチェル | ||
| 36 | 2006年4月8日 | ☆ | 12R | 判定 | ザブ・ジュダー | IBF世界ウェルター級タイトルマッチ | |
| 37 | 2006年11月4日 | ☆ | 12R | 判定 | カルロス・バルドミール | WBC世界ウェルター級タイトルマッチ | |
| 38 | 2007年5月5日 | ☆ | 12R | 判定 | オスカー・デ・ラ・ホーヤ | WBC世界スーパーウェルター級タイトルマッチ | |
| 39 | 2007年12月8日 | ☆ | 10R | TKO | リッキー・ハットン | WBCウェルター防衛1 | |
| 40 | 2009年9月19日 | ☆ | 12R | 判定 | ファン・マヌエル・マルケス | ||
| 41 | 2010年5月1日 | ☆ | 12R | 判定 | シェーン・モズリー | ||
| 42 | 2011年9月17日 | ☆ | 4R | KO | ビクター・オルティス | WBC世界ウェルター級タイトルマッチ | |
| 43 | 2012年5月5日 | N/A | N/A | N/A | ミゲール・コット | WBAスーパー・世界スーパーウェルター級タイトルマッチ |
- プロボクシング: 42戦 42勝 26KO 無敗
[編集] 獲得タイトル
- アトランタオリンピックフェザー級銅メダル
- 第22代WBC世界スーパーフェザー級王座
- 第27代WBC世界ライト級王座(後に名誉王者に認定)
- 第28代WBC世界スーパーライト級王座
- 第10代IBF世界ウェルター級王座
- 第33代WBC世界ウェルター級王座(後に名誉王者に認定)
- 第37代WBC世界スーパーウェルター級王座(後に名誉王者に認定)
- 第36代WBC世界ウェルター級王座
[編集] 脚注
- ^ メイウェザー最強の証明 WBCウェルター級戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2006年11月5日
- ^ メイウェザー5階級制覇、デラホーヤに2-1判定 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年5月6日
- ^ プレティボーイがヒットマンを痛烈TKO ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年12月9日
- ^ フロイド・メイウェザーJrが現役引退を表明 日刊スポーツ 2008年6月7日
- ^ ボクシング=無敗王者メイウェザー、7月に現役復帰戦へ ロイター 2009年5月4日
- ^ メイウェザーが負傷 マルケス戦延期 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年6月15日
- ^ メイウェザー復活!マルケスに圧勝 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年9月20日
- ^ メイウェザー2ポンド超の146。マルケスは142 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年9月19日
- ^ メイウェザー、モズリーに快勝。パッキアオ戦へ前進 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年5月3日
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
| 前王者 ヘナロ・エルナンデス |
第22代WBC世界スーパーフェザー級王者 1998年10月3日 - 2002年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 シリモンコン・シンワンチャー |
| 前王者 ホセ・ルイス・カスティージョ |
第27代WBC世界ライト級王者 2002年4月20日 - 2004年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ホセ・ルイス・カスティージョ |
| 前王者 アルツロ・ガッティ |
第28代WBC世界スーパーライト級王者 2005年6月25日 - 2006年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ジュニア・ウィッター |
| 前王者 ザブ・ジュダー |
第10代IBF世界ウェルター級王者 2006年4月8日 - 2006年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 カーミット・シントロン |
| 前王者 カルロス・バルドミール |
第33代WBC世界ウェルター級王者 2006年11月4日 - 2008年6月(返上) |
空位 次タイトル獲得者 アンドレ・ベルト |
| 前王者 オスカー・デ・ラ・ホーヤ |
第37代WBC世界スーパーウェルター級王者 2007年5月5日 - 2007年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 バーノン・フォレスト |
| 前王者 ビクター・オルティス |
第36代WBC世界ウェルター級王者 2011年9月17日 - 現在 |
次王者 N/A |
