シェーン・モズリー

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シェーン・モズリー
Shane Mosley 2010.jpg
2010年9月、クラブノキアにて
基本情報
本名 シェーン・ダンテ・モズリー
(Shane Donte Mosley)
通称 Sugar
階級 ウェルター級
身長 175cm
リーチ 188cm
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1971年9月7日(43歳)
出身地 カリフォルニア州リンウッド
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 58
勝ち 47
KO勝ち 39
敗け 9
引き分け 1
無効試合 1
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シェーン・モズリーShane Mosley、男性、1971年9月8日 - )は、アメリカ合衆国プロボクサー。第13代IBF世界ライト級王者。第21代WBC世界ウェルター級王者。元WBA世界ウェルター級スーパー王者。元WBA・WBC世界スーパーウェルター級スーパー王者。世界3階級制覇王者。

アマチュア実績も豊富に持つ、天才肌のボクサーである。驚異的なスピードに乗せ、抜群のハンドスピードとパワーを兼ね備えたパンチを全階級でも屈指の回転力で連射するそのスタイルから、シュガー・レイ・レナードの再来とも言われ、「Sugar」の愛称を持つ。

韓国人の女優と結婚するが離婚している。

来歴[編集]

幼少・アマチュア時代[編集]

8歳からボクシングを始める。

アマチュア戦績260戦250勝

プロボクサー時代[編集]

1993年2月11日、5回KO勝ちでプロデビュー。

1997年8月2日、フィリップ・ホリデー(南アフリカ)に挑戦し勝利を収め、IBF世界ライト級王座を獲得した。その後8度防衛し返上。

2000年6月17日、「Destiny」と銘打たれた一戦でオスカー・デ・ラ・ホーヤアメリカ)に挑戦し、2-1の判定勝利を収め、WBC世界ウェルター級王座を獲得した。

2002年1月26日、ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデン・シアターで33戦全勝のバーノン・フォレスト(アメリカ)と対戦し、プロ初黒星となる0-3(110-115、108-117、108-118)の判定負けを喫し4度目の防衛に失敗、王座から陥落した。

2002年7月20日、WBC世界ウェルター級王者バーノン・フォレストと対戦し、0-3(111-117、112-116、113-115)の判定負けを喫し、前戦の雪辱を果たすことは出来なかった。

2003年9月13日、WBA・WBC世界スーパーウェルター級スーパー王者オスカー・デ・ラ・ホーヤと再戦し、3-0の判定で2年ぶりの勝利を収め、王座の獲得に成功した。しかし、モズリーはこの試合でステロイドなどのドーピング薬物を服用していた事を後に認める。

2004年3月13日、ロナルド・ライト(アメリカ)とWBA・WBC・IBF世界スーパーウェルター級王座統一戦を行い、0-3(111-117、111-117、112-116)の判定負けを喫しWBA王座から陥落、WBC王座からも陥落した。

2004年11月20日、WBA・WBC世界スーパーウェルター級スーパー王者ロナルド・ライトと対戦し、0-2(114-114、113-115、113-115)の判定負けを喫し、王座への返り咲きに失敗した。

2006年2月25日、フェルナンド・バルガス(アメリカ)とWBA世界スーパーウェルター級挑戦者決定戦を行い、10回1分22秒TKO勝ちを収めWBA王座への挑戦権を獲得した[1]

2006年7月15日、フェルナンド・バルガスと再戦し、6回2分38秒TKO勝ちを収めた[2]

2007年2月10日、ルイス・コラーゾ(アメリカ)とWBC世界ウェルター級暫定王座決定戦を行い、3-0(119-108、118-109、118-109)の判定勝ちを収め王座を獲得した。

2007年11月10日、WBA世界ウェルター級王者のミゲール・コットプエルトリコ)と対戦し、0-3(113-115、113-116、113-115)の判定負けを喫し王座獲得に失敗した[3]

2008年9月27日、カリフォルニア州ホーム・デポ・センター・テニスコートにてリカルド・マヨルガニカラグア)とWBAインターコンチネンタルスーパーウェルター級王座決定戦を行い12回2分59秒KO勝ちを収め王座を獲得した。

2009年1月24日、ロサンゼルスステイプルズ・センターでWBA世界ウェルター級スーパー王者アントニオ・マルガリートメキシコ)と対戦し、9回43秒TKO勝ちを収め王座を獲得した[4]

2010年1月30日、WBC世界ウェルター級王者アンドレ・ベルト(アメリカ)とWBA・WBC世界ウェルター級王座統一戦を行う予定であったが[5]、同年1月12日のハイチ地震でベルトの親族にも影響が出るなど試合ができるコンディションではないとしてベルトが辞退を申し入れ、試合は消滅した[6]

2010年5月1日、無敗の5階級制覇王者フロイド・メイウェザー・ジュニア(アメリカ)との変則防衛戦(モズリー勝利の場合のみ王座防衛)を行うも0-3の判定負けを喫した[7]

2010年9月18日、セルヒオ・モラ(アメリカ)と対戦し、1-1の判定ドローとなった[8]

2011年5月8日、史上2人目の6階級制覇王者のマニー・パッキャオフィリピン)の持つWBO世界ウェルター級王座に挑んだが、3回に左ストレートでダウンを奪われるなどして0-3(107-120、108-120、108-119)の判定負けを喫し王座獲得に失敗した[9]

2012年5月5日、WBC世界スーパーウェルター級王者のサウル・アルバレスと対戦し、ペースを掴もうとするモズリーであったがアルバレスのそつのない攻めに苦戦。モズリーも終始粘るものの最大10点差をつけられ0-3(109-119、109-119、110-118)の判定負けを喫し王座獲得に失敗、再起にも失敗した[10]

2012年6月5日、自身のTwitterで引退を表明。「勝っても負けても引き分けても、全ての瞬間が好きだった」とコメントを残した[11]

2013年3月20日、引退撤回を発表した[12]

2013年5月18日、メキシコのカンクンで元WBA世界スーパーライト級暫定王者で23歳のメキシカンパブロ・セサール・カノとWBCインターナショナルウェルター級王座決定戦を行い、序盤は若干カノにペースを持っていかれるが中盤に盛り返していきその後も互いに競ったラウンドが続き際どいペース争いが続いたまま試合が終了。モズリーが3-0(115-113、115-113、115-113)の判定勝ちを収め王座を獲得した[13]

2013年10月23日、シドニー・エンターテイメント・センターで元世界2階級制覇王者アンソニー・ムンディンとの試合が設定されていたが、現地プロモーターがモズリーへのファイトマネーを未払いだったことが発覚。試合前日となる22日、公式計量の数時間前に試合がキャンセルされた[14][15]。しかし11月14日、ムンディンが経営するカフェ「ボクサ・バー」が火事になるというハプニング見舞われたもののモズリーとの試合が11月27日シドニーに再セットされた[16]

2013年11月27日、オールフォーンズ・アリーナで元世界2階級制覇王者アンソニー・ムンディンとWBAインターナショナルスーパーウェルター級王座決定戦を行い、プロ初のKO負けとなる7回TKO負けを喫し王座獲得に失敗した[17][18]

2013年12月8日、ムンディンとの試合で背中を負傷しプロ初のKO負けを喫したことなどを考慮した結果、「若者に譲る時間だ、出発する時が来たようだ」と引退を表明した。今後は息子や他の若手選手のトレーナーを努める予定である[19]

ドーピング[編集]

2003年夏、栄養補助食品会社であるバルコ(BALCO)がアスリートに検査で検出されない運動能力向上薬物を提供してたことが発覚(*詳細はバルコ・スキャンダルへ)。モズリーも薬物を提供されていたアスリートの一人として名前が上がる。

2003年秋、薬物を提供されていた疑惑のある他のアスリートと共に連邦大陪審でドーピング疑惑について証言をする。

2007年9月、モズリーがバルコから提供されていた「クリア」(アナボリックステロイドの効果がある液体で運動能力を高められる薬物)と「クリーム」(テストステロンエピテストステロンを組み合わせたもので肌に塗ってドーピング検査をパス出来る薬物)と呼ばれるデザイナーステロイド及びエリスロポエチン(EPO)を、2003年9月13日のオスカー・デ・ラ・ホーヤ第2戦の試合前に使用していたことを認める。コーチから渡されたものを当時は運動能力向上薬物とは知らずに使用したと話した[20]

2008年4月、モズリーがバルコの創設者ビクター・コンテを名誉毀損で告訴。ビクター・コンテは書き留めていた当時の記録から、2003年7月26日にモズリーがオークランドのバルコ本社へ来て、コンテら数人の目の前で「クリア」を経口で服用しエリスロポエチンを注射器で腹に注入して、その後も試合近々までの約1ヶ月の短期間に「クリア」を8回、「クリーム」を7回、エリスロポエチンを6回使用した記録が残っている事を明かした。当時はビタミン剤だと思って使用していたというモズリーの主張に対しても、モズリーは約1ヶ月の間にエリスロポエチンの900ドルを含む総額で1,650ドルを支払ったが、そのような高額なビタミン剤が存在すると思っていたのだろうかと指摘して、「私がモズリーをだました事はない。彼は何を使用しているかわかっていた。彼がステロイドの使用を始める前に私は検査では検出されないステロイドであることを彼に伝えた」と証言した[21]

エピソード[編集]

  • アマチュア時代にも、後に好敵手とされるオスカー・デ・ラ・ホーヤと対戦し、勝利を収めている。1983年、モズリー12歳、デ・ラ・ホーヤ11歳であった。
  • 2001年ヘルニアの手術を受けている。
  • 2005年からオスカー・デ・ラ・ホーヤとマネージメント契約を交わし、自身のマネージメントをかつてのライバルに任せる。

戦績[編集]

  • アマチュアボクシング: 260戦250勝10敗
  • プロボクシング: 57戦47勝(39KO)8敗1分1NC

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ <ボクシング>モズリー、バルガスを10ラウンドTKOで破る 「AFPBB News」 2006年2月26日
  2. ^ <ボクシング>モズリー 6ラウンドでTKO勝利を収める - 米国 「AFPBB News」 2006年7月16日
  3. ^ コット モズリーを判定で退け王座防衛 「AFPBB News」 2006年11月11日
  4. ^ モズリー マルガリートをTKOで下し新王者に 「AFPBB News」 2009年1月25日
  5. ^ モズリーVS.ベルト決まる 1.30ウェルター級統一戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年11月15日
  6. ^ 地震の打撃深刻 モズリ-ベルト戦中止 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年1月19日
  7. ^ メイウェザー、モズリーに快勝。パッキアオ戦へ前進 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年5月3日
  8. ^ カネロ、元王者を沈める モズリーはドロー ボクシングニュース「Box-on!」 2010年9月19日
  9. ^ パッキアオ、モズリーに文句ない勝利 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年5月8日
  10. ^ カネロが大差でモズリー下す WBC・S・ウェルター級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年5月6日
  11. ^ 元3階級制覇の“名脇役”シェーン・モズリーが引退表明 スポーツニッポン 2012年6月6日
  12. ^ シェーン・モズリーが引退撤回? ボクシングニュース「Box-on!」 2013年3月20日
  13. ^ モズリー、カノに3-0判定勝ち ボクシングニュース「Box-on!」 2013年5月19日
  14. ^ モズリー帰国、マンディン戦キャンセル Boxing News(ボクシングニュース)2013年10月22日
  15. ^ Mosley vs. Mundine Looms For New November 27 Date”. BoxingScene (2013年11月15日). 2013年11月5日閲覧。
  16. ^ マンディン、モズリー戦仕切り直し カフェは全焼 Boxing News(ボクシングニュース)2013年11月15日
  17. ^ Anthony Mundine won WBA International title WBA公式サイト 2013年11月27日
  18. ^ マンディン、モズリーをストップ Boxing News(ボクシングニュース)2013年11月29日
  19. ^ Shane Mosley retires: “It’s a young man’s game””. Ring.tv (2013年12月8日). 2014年1月31日閲覧。
  20. ^ Mosley admits he unknowingly took BALCO steroids”. ESPN.com (2007年9月29日). 2015年2月23日閲覧。
  21. ^ Conte says Mosley knew of steroids”. Los Angeles Times (2008年4月9日). 2015年2月23日閲覧。

外部リンク[編集]

前王者
フィリップ・ホリデー
第13代IBF世界ライト級王者

1997年8月2日 - 1999年(返上)

空位
次タイトル獲得者
ポール・スパダフォーラ
前王者
オスカー・デ・ラ・ホーヤ
第21代WBC世界ウェルター級王者

2000年6月17日 - 2002年1月26日

次王者
バーノン・フォレスト
前王者
オスカー・デ・ラ・ホーヤ
第22代WBC世界スーパーウェルター級王者

2003年9月13日 - 2004年3月13日

次王者
ロナルド・ライト
前WBA・WBCスーパー王者
オスカー・デ・ラ・ホーヤ
WBAWBC世界スーパーウェルター級スーパー王者

2003年9月13日 - 2004年3月13日

次スーパー王者
ロナルド・ライト
暫定王座決定戦 対戦者
ルイス・コラーゾ
WBC世界ウェルター級暫定王者

2007年2月10日 - 2007年(返上)

次暫定王者
返上により消滅
前スーパー王者
アントニオ・マルガリート
WBA世界ウェルター級スーパー王者

2009年1月24日 - 2010年5月1日(剥奪)

次スーパー王者
剥奪により消滅