シェーン・モズリー
2010年9月、クラブノキアにて
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | シェーン・ダンテ・モズリー (Shane Donte Mosley) |
| 通称 | Sugar |
| 階級 | ウェルター級 |
| 身長 | 175cm |
| リーチ | 188cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1971年9月7日(41歳) |
| 出身地 | カリフォルニア州リンウッド |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 56 |
| 勝ち | 46 |
| KO勝ち | 39 |
| 敗け | 8 |
| 引き分け | 1 |
| 無効試合 | 1 |
シェーン・モズリー(Shane Mosley、男性、1971年9月8日 - )は、アメリカ合衆国の元プロボクサー。ライト級、ウェルター級、スーパーウェルター級を制覇した3階級制覇王者。うちウェルターとスーパーウェルターのベルトはどちらも親友でもあるオスカー・デ・ラ・ホーヤを破って獲得した。
アマチュア実績も豊富に持つ、天才肌のボクサーである。驚異的なスピードに乗せ、抜群のハンドスピードとパワーを兼ね備えたパンチを全階級でも屈指の回転力で連射するそのスタイルから、シュガー・レイ・レナードの再来とも言われ、「Sugar」の愛称を持つ。
韓国人の女優の妻を持つ。
目次 |
来歴 [編集]
幼少・アマチュア時代 [編集]
8歳からボクシングを始める。
アマチュア戦績260戦250勝
- 1989年全米選手権:ライト級優勝、世界選手権:ライト級2位
- 1990年全米選手権:ライト級優勝
- 1992年全米選手権:ライトウェルター級優勝、バルセロナオリンピック代表選考会3位
プロボクサー時代 [編集]
1993年2月11日、5回KO勝ちでプロデビュー。
1997年8月2日、フィリップ・ホリデー(南アフリカ)に挑戦し勝利を収め、IBF世界ライト級王座を獲得した。その後8度防衛し返上。
2000年6月17日、「Destiny」と銘打たれた一戦でオスカー・デ・ラ・ホーヤ(アメリカ)に挑戦し、2-1の判定勝利を収め、WBC世界ウェルター級王座を獲得した。その後同王座を3度防衛する。
2002年1月26日、33戦全勝のバーノン・フォレスト(アメリカ)と対戦するが3-0の判定負けを喫し4度目の防衛を失敗すると同時にプロ初黒星、同年7月20日も再戦したがこの試合もユナニマス・デシジョンで連敗。
2003年9月13日、オスカー・デ・ラ・ホーヤと再戦し、3-0の判定で2年ぶりの勝利を収め、WBA・WBC世界スーパーウェルター級王座を獲得した。
2004年3月13日、ロナルド・ライト(アメリカ)に12回判定で敗れ、WBA・WBC王座から陥落した、同年11月20日に再戦を挑むも2-0の判定負け。
2006年2月25日、フェルナンド・バルガス(アメリカ)と対戦し、10回TKO勝ち、約5ヶ月後の7月15日、バルガスの再戦を受けるがこの試合も6回TKO勝ちで相手を退けた。
2007年2月10日、ルイス・コラーゾ(アメリカ)を12回判定で下し、WBC世界ウェルター級暫定王座を獲得するが、後に返上。
2007年11月10日、WBA世界ウェルター級王者のミゲール・コット(プエルトリコ)に挑戦するが、0-3の判定で敗れる。
2008年9月27日、リカルド・マヨルガ(ニカラグア)とWBAインターコンチネンタルスーパーウェルター級王座決定戦を行い12回KO勝利。
2009年1月24日、アメリカロサンゼルスでWBA世界ウェルター級タイトルマッチと称してアントニオ・マルガリート(メキシコ)と対戦し、9回TKO勝ちで王座を獲得した(2団体制覇ではないがスーパー王座を獲得)[1]。
2010年1月30日、WBC王者アンドレ・ベルト(アメリカ)と王座統一戦を行う予定であったが[2]、1月12日のハイチ地震でベルトの親族にも影響が出るなど試合ができるコンディションではないとしてベルトが辞退を申し入れ、試合は消滅した[3]。
2010年5月1日、無敗の5階級制覇王者フロイド・メイウェザー・ジュニア(アメリカ)との変則防衛戦(モズリー勝利の場合のみ王座防衛)を行うも0-3の判定負けを喫した[4]。
2010年9月18日、セルヒオ・モラ(アメリカ)と対戦し、1-1の判定ドローとなった[5]。
2011年5月8日、史上2人目の6階級制覇チャンピオンマニー・パッキャオ(フィリピン)にWBO世界ウェルター級タイトルマッチを挑んだが、3Rに左ストレートでダウンを奪われるなどして判定0-3で敗れ、王座奪取ならず[6]。
それから約1年経過した2012年5月5日に再起戦として21歳の新鋭でWBC世界スーパーウェルター級チャンピオンのサウル・アルバレスと対戦。ペースを掴もうとするモズリーであったがアルバレスのそつのない攻めに苦戦。モズリーも終始粘るものの最大10点差をつけられ0-3の大差判定負けを喫した[7]。
6月5日、自身のTwitterで引退を表明。「勝っても負けても引き分けても、全ての瞬間が好きだった」とコメントを残した[8]。
戦績 [編集]
- アマチュアボクシング: 260戦250勝10敗
- プロボクシング: 56戦46勝(39KO)8敗1分1NC
獲得タイトル [編集]
- IBF世界ライト級王座
- WBC世界ウェルター級王座
- IBA世界ウェルター級王座
- WBC世界スーパーウェルター級王座
- WBA世界スーパーウェルター級スーパー王座
- IBA世界スーパーウェルター級王座
- WBC世界ウェルター級暫定王座
- WBAインターコンチネンタルスーパーウェルター級王座
- WBA世界ウェルター級スーパー王座
エピソード [編集]
- アマチュア時代にも、後に好敵手とされるオスカー・デ・ラ・ホーヤと対戦し、勝利を収めている。1983年、モズリー12歳、デ・ラ・ホーヤ11歳であった。
- 2001年にヘルニアの手術を受けている。
- 2005年からオスカー・デ・ラ・ホーヤとマネージメント契約を交わし、自身のマネージメントをかつてのライバルに任せる。
脚注 [編集]
- ^ マルガリートの敗戦を浜田剛史氏が分析 スポーツナビ 2009年1月25日
- ^ モズリーVS.ベルト決まる 1.30ウェルター級統一戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年11月15日
- ^ 地震の打撃深刻 モズリ-ベルト戦中止 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年1月19日
- ^ メイウェザー、モズリーに快勝。パッキアオ戦へ前進 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年5月3日
- ^ カネロ、元王者を沈める モズリーはドロー ボクシングニュース「Box-on!」 2010年9月19日
- ^ パッキアオ、モズリーに文句ない勝利 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年5月8日
- ^ カネロが大差でモズリー下す WBC・S・ウェルター級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年5月6日
- ^ 元3階級制覇の“名脇役”シェーン・モズリーが引退表明 スポーツニッポン 2012年6月6日
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- Sugar Shane Mosley Official Site
- シェーン・モズリー - Facebook
- シェーン・モズリー (SugarShaneM) - Twitter
- シェーン・モズリーの戦績 by BoxRec
| 前王者 フィリップ・ホリデー |
第13代IBF世界ライト級王者 1997年8月2日 - 1999年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ポール・スパダフォーラ |
| 前王者 オスカー・デ・ラ・ホーヤ |
第21代WBC世界ウェルター級王者 2000年6月17日 - 2002年1月26日 |
次王者 バーノン・フォレスト |
| 前王者 オスカー・デ・ラ・ホーヤ |
第22代WBC世界スーパーウェルター級王者 2003年9月13日 - 2004年3月13日 |
次王者 ロナルド・ライト |
| 前WBA・WBCスーパー王者 オスカー・デ・ラ・ホーヤ |
WBA・WBC世界スーパーウェルター級スーパー王者 2003年9月13日 - 2004年3月13日 |
次スーパー王者 ロナルド・ライト |
| 暫定王座決定戦 対戦者 ルイス・コラーゾ |
WBC世界ウェルター級暫定王者 2007年2月10日 - 2007年(返上) |
次暫定王者 返上により消滅 |
| 前スーパー王者 アントニオ・マルガリート |
WBA世界ウェルター級スーパー王者 2009年1月24日 - 2010年5月1日(剥奪) |
次スーパー王者 剥奪により消滅 |