アントニオ・マルガリート
2008年12月6日撮影
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | アントニオ・マルガリート・モンティエール |
| 通称 | Tijuana Tornado Tony |
| 階級 | ウェルター級 |
| 身長 | 180cm |
| リーチ | 183cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1978年3月18日(35歳) |
| 出身地 | カリフォルニア州 |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 46 |
| 勝ち | 38 |
| KO勝ち | 27 |
| 敗け | 7 |
| 無効試合 | 1 |
アントニオ・マルガリート・モンティエール(Antonio Margarito Montiel、男性、1978年3月18日 - )は、メキシコの元プロボクサー。元WBO世界ウェルター級王者。元IBF世界ウェルター級王者。元WBA世界ウェルター級スーパー王者。アメリカ合衆国のカリフォルニア州で生まれたが、現在はメキシコのティフアナ在住。
「Tony」の愛称のほかに「Tijuana Tornado(ティファナの竜巻)」の異名を持つ。史上屈指ともいえる打たれ強さ、パンチ力、そしてハンドスピードには欠けるものの風車のようにしっかりとまとめられたコンビネーションを活かした真正面からの粘り強い打ち合いを得意とする、極めて勇敢でタフなファイター。2009年1月のシェーン・モズリー戦の試合前、マルガリートのセコンドがマルガリートのバンテージに不正パッドを挿入していた事が発覚、後の分析でパッドには硫黄とカルシウムが含まれており、酸素と結合することで石膏に変化して硬化することが判明した[1]。
目次 |
来歴 [編集]
フリオ・セサール・チャベスに憧れてボクシングを始め、1994年1月14日に16歳でプロデビューする。しかし、デビュー後12戦で9勝3敗と決して注目されるような選手ではなかった。しかし、地道にボクシングを続け、着実にランクアップする。
2001年7月21日、ダニエル・サントスが保持するWBO世界ウェルター級王座へ挑戦するも、ノーコンテストとなり、王座獲得に失敗した。
2002年3月16日、サントスの王座返上に伴うWBO世界ウェルター級王座決定戦でアントニオ・ディアスと対戦し、10回2分17秒TKO勝ちを収め、王座獲得に成功した。同王座は3度の防衛に成功した。
2004年9月11日、スーパーウェルター級に階級を上げ、当時WBO世界スーパーウェルター級王者になっていたダニエル・サントスと再戦し、1-2(84-87、85-86、86-85)の10回負傷判定負け[2]で敗れてしまった。敗れたマルガリートは、またウェルター級へと戻り、そのままウェルター級王者として防衛を続けることになる。
2005年4月23日、暫定王者となっていたプエルトリコのカーミット・シントロン[3] を5回TKOで破り、WBO世界ウェルター級王座の統一に成功した。
2007年7月14日、32戦全勝のウェルター級のホープポール・ウィリアムスの挑戦を受け、0-3の判定で敗れ、8度目の王座防衛に失敗した。約5年間の長期政権に終止符を打ったマルガリートは 「判定を盗まれた」 と、この判定結果に不満を示し、すぐに再戦を要求した[4]。
敗戦後の復帰戦として同年11月10日に空位のWBOインターコンチネンタルウェルター級王座をゴールデン・ジョンソンと争い、1回TKOで勝利して獲得した[5]。
2008年4月12日は、一度倒した相手でもあるカーミット・シントロンの持つIBF世界ウェルター級王座に挑戦し、6回1分57秒KO勝ちを収め再び世界王座を獲得した[6]。
IBF世界ウェルター級王座返上後の2008年7月26日にミゲール・コットのWBA世界ウェルター級王座に挑戦。有効打を浴びつつも終始プレッシャーをかけ続け、ついに11回2分5秒TKO勝ちを収め、ウェルター級最強との呼び声も高かったコットに初黒星をつけると共にWBA世界ウェルター級王座を獲得した[7]。戦前から、この試合の勝者がオスカー・デ・ラ・ホーヤの現役引退試合の相手になる予定になっており、マルガリートも「自分の憧れだったフリオ・セサール・チャベスの仇を討つ」とやる気満々だったが、デラホーヤがマルガリートとの対戦を拒否したため実現しなかった。
その後、マルガリートがWBA王座獲得の前戦でIBF王座を獲得しているため、事実上の2団体統一王者であることを考慮して、WBAはマルガリートをスーパー王座に認定した。
2009年1月24日、ステイプルズ・センターで行われたWBAスーパー・世界ウェルター級タイトルマッチでシェーン・モズリーに8回にダウンを奪われ、9回0分43秒TKO負けを喫し、王座から陥落した[8]。
試合前、モズリーのトレーナー、ナジーム・リチャードソンがマルガリートのバンテージの中におかしな異物があるのを発見[9]。異物は取り除かれバンテージは巻き直しさせられた。バンテージの内部にあった異物は石膏のような物でマルガリートが不正行為を働こうとしていた可能性があるとして告発された[10]。バンテージから取り除かれた異物と同じ物がマルガリートの控え室にもう一つあったことが見つかり、2つの異物はカリフォルニアの研究所で分析され、石膏と非常に似た性質の物であることが確認された[11]。2009年11月のミゲール・コット戦でもマルガリートが石膏パッドを使用していた疑惑が浮上した[12]。
2009年1月28日に米カリフォルニア州コミッションより1月24日に行われたモズリー戦においてバンテージの内部に硬化する性質の石膏パッドを入れていたとして同コミッションは1年間のライセンス停止処分を下した[13][14]。
2010年5月8日、1年3か月ぶりの復帰戦となったWBCインターナショナルスーパーウェルター級王座決定戦でロベルト・ガルシアと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた[15]。
2010年11月13日、カウボーイズ・スタジアムでWBC世界スーパーウェルター級王座決定戦が行われ、マニー・パッキャオ(フィリピン)と対戦。マルガリート180cmの身長に対し、パッキャオは169cm、圧倒的な対格差にもかかわらず試合のオッズ(賭け率)は11月2日時点で23対4、パッキャオが圧倒的に有利と出ていた[16]。試合は1回からパッキャオがスピードで圧倒。11回、12回にはダウン寸前まで追い込まれ、0-3で大差判定負け。これによりパッキャオは史上2人目となる6階級制覇を達成した[17]。この試合は両者の合意によりスーパーウェルター級リミットを3ポンド下回る151ポンドの契約体重で行なわれたが[16]、パッキャオはウェルター級リミットをも下回る144.6ポンドで計量をクリアし、150ポンドで計量をクリアしたマルガリートとの体重差は5.4ポンドであった[18]。
2011年12月3日、マディソン・スクエア・ガーデンでWBA世界スーパーウェルター級スーパー王者ミゲール・コットに挑戦し、コンビネーションを活かしたボクシングでコットが優勢に試合を進め、3回にコットの左ジャブでマルガリートの右瞼が切れ、マルガリートのアッパーでコットの動きが止めるなど打ち合いに負けない姿を見せようとしたが、4回以降コットのボディーを中心に攻め打ち合いを制しようと試みるも、ジャブやフックをクリーンヒットしていくコットに対し劣勢を跳ね返すことが出来ず、10回開始直後、コットのパンチで腫れあがった右目の腫れがドクターにより試合続行不可能と判断され、10回開始直後TKO負けで3年ぶりのコットとの再戦に完敗し、王座獲得に失敗した[19]。
2012年6月7日、「体の衰え」を理由に現役引退を発表した[20]。
獲得タイトル [編集]
- NABO北米ウェルター級王座
- WBOインターコンチネンタルウェルター級王座
- WBO世界ウェルター級王座
- IBF世界ウェルター級王座(返上)
- WBA世界ウェルター級スーパー王座
- WBCインターナショナルスーパーウェルター級王座
脚注 [編集]
- ^ “Tests show plaster of Paris ingredients”. ESPN.com (2009年3月27日). 2013年3月25日閲覧。
- ^ 偶然のバッティングによりマルガリートがカットした。その傷の状況により10回終了後にドクターにより試合続行不可能の宣言がなされ、ルールにより10回までの採点で判定がなされた。
- ^ マルガリートが一階級上のWBO世界スーパーウェルター級王者ダニエル・サントスに挑戦したためにウェルター級に暫定王者が設けられ、テディ・リードとの王座決定戦に勝ったカーミット・シントロンがその王座に就いていた。
- ^ マルガリート負けた! ウィリアムズ戴冠 WBOウェルター級戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年7月15日
- ^ コット、モズリーに小差判定勝ち WBAウェルター級戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年11月11日
- ^ ACの世界ウェルター級ダブルタイトル戦リポート ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年4月22日
- ^ コットに初黒星、マルガリート11回TKO勝ち WBAウェルター級戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年7月27日
- ^ マルガリートの敗戦を浜田剛史氏が分析 スポーツナビ 2009年1月25日
- ^ “Mosley blisters heavy-handed Margarito”. Yahoo.Sports.com (2009年1月25日). 2013年3月25日閲覧。
- ^ “Margarito trying to plaster Mosley?”. The Los Angeles Times (2009年1月24日). 2013年3月25日閲覧。
- ^ “Why a Margarito victory would be good for boxing”. RingTV (2010年11月7日). 2013年3月25日閲覧。
- ^ “Margarito controversy continues to swirl around Miguel Cotto”. The Los Angeles Times (2009年11月13日). 2013年3月25日閲覧。
- ^ マルガリート、カムバック間近? ボクシングニュース「Box-on!」 2009年6月8日
- ^ “Margarito, trainer banned in U.S.”. ESPN.com (2009年2月11日). 2013年3月25日閲覧。
- ^ マルガリート大差判定でカムバック ボクシングニュース「Box-on!」 2010年5月9日
- ^ 強い!パッキアオ、マルガリートに大差勝利 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年11月14日
- ^ パッキャオ、史上2人目の6階級制覇に成功 ボクシング史に残る偉業達成 スポーツナビ 2010年11月15日
- ^ コット、マルガリートに雪辱 負傷TKO勝ち ボクシングニュース「Box-on!」 2011年12月5日
- ^ His 'body breaking down,' Margarito retires Boxing News and Features at the Official Web site of The Ring Magazine(英語) 2012年6月7日
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- AntonioMargarito.com
- アントニオ・マルガリート - Facebook
- アントニオ・マルガリート (TonyMargarito) - Twitter
- アントニオ・マルガリートの戦績 by BoxRec
| 前王者 ダニエル・サントス |
第9代WBO世界ウェルター級王者 2002年3月16日 - 2007年7月14日 |
次王者 ポール・ウィリアムス |
| 前王者 カーミット・シントロン |
第12代IBF世界ウェルター級王者 2008年4月12日 - 2008年7月(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ジョシュア・クロッティ |
| 前王者 ミゲール・コット |
第83代WBA世界ウェルター級王者 2008年7月26日 - 2008年10月 |
空位 次タイトル獲得者 ユーリ・ヌズネンコ |
| 前スーパー王者 N/A |
WBA世界ウェルター級スーパー王者 2008年10月 - 2009年1月24日 |
次スーパー王者 シェーン・モズリー |