エリック・モラレス
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | エリク・イサーク・モラレス |
| 通称 | El Terrible(恐怖の男) |
| 階級 | スーパーライト級 |
| 身長 | 173cm[1] |
| リーチ | 183cm[1] |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1976年9月1日(36歳) |
| 出身地 | メキシコティフアナ |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 61 |
| 勝ち | 52 |
| KO勝ち | 36 |
| 敗け | 9 |
エリック・モラレス(Erik Morales、男性、1976年9月1日 - )は、メキシコティフアナ出身のプロボクサー。ニックネームはエル テリブレ(恐怖の男)。スピード、パワー、テクニックを兼ね備えたボクサーファイター。キャリア前期は細身の体から飛び出す距離のある鋭利なストレートとアッパーの強打でKOを重ね、後期には距離を保ったボクシングでも優勢に立てる打ち合いのテクニックと、しなやかながら強打にも怯まない打たれ強さという側面も見せた。2004年2月28日にはフリオ・セサール・チャベスに続き、メキシコ人としては2人目となる3階級制覇(スーパーバンタム級、フェザー級、スーパーフェザー級)を達成。2011年07月17日にはホルヘ・アルセに続き、メキシコ人としては2人目となる4階級制覇(スーパーバンタム級、フェザー級、スーパーフェザー級、スーパーライト級)を達成。 同じくメキシコ出身のマルコ・アントニオ・バレラとのライバル関係、後進マニー・パッキャオとの対戦など名勝負を残した。弟のディエゴ・モラレスも元世界チャンピオン。オスカー・デ・ラ・ホーヤのゴールデンボーイプロモーションズ所属。
目次 |
来歴 [編集]
1993年3月29日、プロデビュー。
1994年12月29日、ホセ・フィリッポ・バルデスに8RTKOでWBCムンドヒスパノスーパーバンタム級王座を獲得。
1995年4月21日、エンリケ・フピテルを下し メキシコスーパーバンタム級王座を獲得。
1996年7月14日、フアン・ルイス・トーレスを12R判定で下し、NABF北米スーパーバンタム級王座を獲得。
1997年9月6日、辰吉丈一郎を2度下したことのある、ダニエル・サラゴサに11RTKO勝ちでWBC世界スーパーバンタム級王座を獲得。
その後、ジュニア・ジョーンズ、ウェイン・マッカラーなどの元世界王者を攻略し防衛を重ねていく。
2000年2月19日、9回目の防衛戦では同じくメキシカンとして人気を二分するライバルWBO世界スーパーバンタム級王者マルコ・アントニオ・バレラとマンダレイ・ベイにてWBC・WBO世界スーパーバンタム級王座統一戦を行う。序盤から互いに打って出る打撃戦を展開。両者倒れてもおかしくないような壮絶なプライドのぶつかり合いの果てに、最終ラウンドついにモラレスが痛恨のダウン。しかし結果は2-1(114-113、113-114、115-112)の判定勝ちでモラレスに軍配。この判定には世界中で賛否両論が沸き起こる。この試合は2000年度のリングマガジン ファイト・オブ・ザ・イヤー(年間最高試合賞)に選出されるなど歴史的な熱戦として軽量級最強の枠組みを超え、この時期のボクシング界全体での名勝負として広く認知された。なお、WBOはこの試合でバレラが負けたとされるのは間違っているとして、ジャッジの公式判定を無視し統一戦とは認めずバレラを再び王者に認定することになる。
2000年9月2日、フェザー級に転級し、WBC世界フェザー級暫定王座決定戦でケビン・ケリーを7RTKOで下し、WBC世界フェザー級暫定王座を獲得。2階級制覇を達成。
2001年2月17日、グティ・エスパダス・ジュニアとの王座統一戦に挑み3-0の判定勝ちで王座統一に成功し正規王者となった。
2002年6月22日、3度目の防衛戦で、同じくフェザー級に階級を上げ無敗王者のナジーム・ハメドを倒し勢いに乗っているマルコ・アントニオ・バレラとフェザー級にて2階級にまたがって再戦。前回とは反対に序盤からバレラがアウトボクシングを仕掛ける技術戦に。リーチとテクニックに勝るモラレスが前半を優勢に、スタミナの消耗を待って後半手数を増やしたバレラが盛り返すという冷静なしのぎ合いの展開に。この試合は僅差の判定で3-0でバレラが雪辱。モラレスはキャリア初の敗北を喫し、モラレスの連勝は41でついに止まり、WBC世界フェザー級王座から陥落。ジャッジのシートによれば、序盤アウトボクシングでは優勢かに見えたモラレスの点は伸びておらず、この試合も前回同様に判定結果に賛否両論が起こる。ただし試合内容自体は僅差であったことは多くの評論家の間でも一致した名勝負であった。
同年11月16日にはポーリー・アヤラとの王座決定戦で勝利し、再びWBC世界フェザー級王座を獲得。
2004年2月28日、スーパーフェザー級へと転級、ヘスス・チャベスを下し、WBC世界スーパーフェザー級王座を獲得。メキシコ人としてはフリオ・セサール・チャベス以来、2人目となる3階級制覇を達成。
同年7月31日にはIBF同級王者カルロス・エルナンデスに12R判定勝ちでIBF世界スーパーフェザー級王座を獲得。しかしすぐに返上。
同年11月27日、宿敵マルコ・アントニオ・バレラと3階級目でのラバーマッチ。両者とも若干の陰りが見えてきたかと言われる中で、すさまじい打撃と技術の応酬戦となる。序盤から取りつ取られつの譲らない戦いとなるも、結果は0-2の僅差の判定負け。キャリア通算2敗目を喫し、WBC世界スーパーフェザー級王座から陥落した。この試合は2004年度のリングマガジン ファイト・オブ・ザ・イヤーに選出された(2度目)。
2005年3月19日、バレラから金星をあげ、ファン・マヌエル・マルケスとも引き分けるなど一躍スターとなっていたフィリピンの新星マニー・パッキャオと対戦。3-0の判定勝ちを収めWBCインターナショナルスーパーフェザー級王座とIBA世界スーパーフェザー級王座を獲得し、健在ぶりをアピールした。
同年9月10日、4階級目のライト級に階級を上げてのザヒール・ラヒーム戦での0-3(112-116、113-115、110-118)の大差判定負けで通算3敗目。
2006年1月21日、階級をスーパーフェザー級に戻しての王者マニー・パッキャオとの再戦では10Rにキャリア初のKO負けで通算4敗目。同年11月18日にパッキャオとラバーマッチを行うが、3RTKOで連敗し、パッキャオとは1勝2敗と劣勢となり5敗目。試合後の会見では引退をほのめかす発言をした。
2007年8月4日、メキシコ人初となる4階級制覇への二度目の挑戦と自身の引退を賭けてデビッド・ディアスの持つWBC世界ライト級王座に挑戦し、初回にダウンを奪うが、後半に反撃に遭い、0-3の判定負けで4連敗となる6敗目。試合後に正式に現役引退を表明した。
2010年1月29日、メキシコで会見を開き、現役復帰を表明した[2]。
2010年3月27日、復帰第1戦で元WBA世界ライト級王者のホセ・アルファロと対戦。12R判定勝利で空位のWBCインターナショナルスーパーライト級王座を獲得した。
2010年9月11日、復帰第2戦でウィリー・リモンドと対戦。ボディブローで3度倒し、6RKO勝利で空位のWBC世界スーパーライト級シルバー王座を獲得した。
2011年7月17日、米国ネバダ州ラスベガスのMGMグランドにおいてパブロ・セサール・カノと王座決定戦を行い、10R終了TKO勝利でWBC世界スーパーライト級王座を獲得。史上11人目、メキシコ人としてホルヘ・アルセに次ぐ2人目の4階級制覇を達成した。
2012年3月24日、テキサス州・ヒューストンでダニー・ガルシア(アメリカ合衆国)とWBC世界スーパーライト級王座の初防衛戦を行うはずだったが、前日の23日の計量で体重オーバーが発覚し、計りに3回乗っても規定体重に落ちずに王座を剥奪され、ガルシアが勝った場合には王座獲得となるが、逆にモラレスが勝てば王座は空位になるという変則ルールで通常通り試合が行われた。試合は終始ガルシアペースで進み、モラレスは11回に決定的なダウンを奪われ、3-0(110-117、109-118、112-116)の大差判定で敗れた[3]。
同年10月20日、ニューヨーク・ブルックリンのバークレイズ・センターにて、WBA世界スーパーライト級・WBC世界同級スーパー王座ダニー・ガルシアと再戦したが、左フック一撃でダウンを喫しカウント途中でKOを宣告され4回1分23秒KO負けで王座返り咲きに失敗した[4]。試合後会見で「ティフアナに戻りもう一戦してから引退するつもりだ」と話し、次戦を最後に引退することを表明した。
獲得した世界タイトル [編集]
- WBCムンドヒスパノスーパーバンタム級王座
- メキシコスーパーバンタム級王座
- NABF北米スーパーバンタム級王座
- 第19代WBC世界スーパーバンタム級王座(防衛9度)
- WBC世界フェザー級暫定王座(防衛1度)
- 第31代WBC世界フェザー級王座(防衛1度)
- 第33代WBC世界フェザー級王座(防衛1度)
- 第25代WBC世界スーパーフェザー級王座(防衛1度)
- 第17代IBF世界スーパーフェザー級王座(防衛0度)
- WBCインターナショナルスーパーフェザー級王座
- IBA世界スーパーフェザー級王座
- WBCインターナショナルスーパーライト級王座
- WBC世界スーパーライト級シルバー王座
- 第32代WBC世界スーパーライト級王座(防衛0度)
脚注 [編集]
- ^ a b エキサイトマッチ WOWOWオンライン
- ^ モラレスが再起宣言 3月アルファロと対戦? ボクシングニュース「Box-on!」 2010年1月30日
- ^ ダニー・ガルシア新王者 モラレスに3-0勝利 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年3月25日
- ^ ガルシア、モラレスを一撃KO ボクシングニュース「Box-on!」 2012年10月21日
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- ゴールデンボーイ・プロモーションズ公式サイト
- エリック・モラレス (terrible100) - Twitter
- エリック・モラレスの戦績 by BoxRec
| 前王者 ダニエル・サラゴサ |
第19代WBC世界スーパーバンタム級王者 1997年9月6日 - 2000年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ウィリー・ホーリン |
| 暫定王座決定戦 対戦者 ケビン・ケリー |
WBC世界フェザー級暫定王者 2000年9月2日 - 2001年2月17日 |
次暫定王者 王座統一により消滅 |
| 前王者 グティ・エスパダス・ジュニア |
第31代WBC世界フェザー級王者 2001年2月17日 - 2002年6月22日 |
次王者 マルコ・アントニオ・バレラ |
| 空位 前タイトル保持者 マルコ・アントニオ・バレラ |
第33代WBC世界フェザー級王者 2002年11月16日 - 2003年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 池仁珍 |
| 前王者 カルロス・エルナンデス |
第17代IBF世界スーパーフェザー級王者 2003年7月31日 - 2004年(剥奪) |
空位 次タイトル獲得者 ロビー・ピーデン |
| 前王者 ヘスス・チャベス |
第25代WBC世界スーパーフェザー級王者 2004年2月28日 - 2004年11月27日 |
次王者 マルコ・アントニオ・バレラ |
| 空位 前タイトル保持者 ティモシー・ブラッドリー |
第32代WBC世界スーパーライト級王者 2011年7月17日 - 2012年3月23日(剥奪) |
空位 次タイトル獲得者 ダニー・ガルシア |