池仁珍
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | 池 仁珍 |
| 階級 | フェザー級 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1973年7月18日(39歳) |
| 出身地 | 大韓民国ソウル特別市 |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 35 |
| 勝ち | 31 |
| KO勝ち | 18 |
| 敗け | 3 |
| 引き分け | 1 |
| チ・インジン | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 지인진 |
| 漢字: | 池仁珍 |
| 発音: | チインジン |
| ローマ字: | Chi In-Jin |
池 仁珍(チ・インジン、지인진、Chi In-Jin、男性、1973年7月18日 - )は、韓国ソウル特別市出身の元プロボクサー、現キックボクサー。身長172cm、体重70kg。元WBC世界フェザー級チャンピオン。
闘争心溢れるファイトが持ち味で、回転の速い連打で試合を支配する。打たれたら打ち返す、アグレッシブなファイトスタイルを持つ。
目次 |
来歴 [編集]
ボクシング時代 [編集]
1973年にソウルで生まれ、1991年に18歳でプロデビューする。デビュー戦は敗戦となってしまうが、その後は勝利を重ね1994年3月26日には全韓国バンタム級タイトルを獲得する。
1995年4月23日には空位のOPBFバンタム級タイトルも獲得。その後、階級をフェザー級に上げて、2001年7月28日に初の世界タイトル戦としてエリック・モラレスに挑戦。モラレス圧勝予想の中善戦するも、12回判定で敗れてタイトル奪取ならず。
2回目の世界挑戦は2003年10月18日。イギリスに渡り、空位のWBCフェザー級タイトルを地元のホープマイケル・ブロディと争った。フルラウンドにわたる壮絶な打ち合いとなり、判定に持ち込まれる。試合終了直後のリング上では「勝ち」と発表され、チャンピオンベルトを腰に巻いたものの、退場後に採点の集計ミスが発覚し「引き分け」に訂正。王座獲得を果たすことができなかった。
翌2004年4月10日、ブロディと再戦し、今度は文句なしの7回KO勝ち。3度目の正直で待望の世界王座奪取に成功。2度防衛後の2006年1月29日、福岡で越本隆志に12回判定負けを喫し、王座陥落。
同年12月17日、母国で世界再挑戦。7月に越本を破って世界王者に輝いたルディ・ロペスに挑み、12回判定勝ち。世界王座返り咲きに成功した。
世界フェザー級王座に返り咲いた後、拳の怪我のため2007年7月時点で防衛戦を行うことが出来ず、WBCからフェザー級世界王座を剥奪された。
キックボクシング時代 [編集]
2008年2月24日、K-1 ASIA MAX 2008 IN SEOULでK-1初参戦。スーパーファイトで梶原龍児と対戦し、判定勝ち。キックボクシング初戦を勝利で飾った。
2009年3月20日、K-1 MAX KOREA 2009 IN SEOULで我龍真吾と対戦し、判定負けを喫した。
戦績 [編集]
| キックボクシング 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2試合 | (T)KO | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 | |
| 1勝 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | |
| 1敗 | 0 | 1 | 0 | |||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | 我龍真吾 | 3R終了 判定0-3 | K-1 MAX KOREA 2009 IN SEOUL 【スーパーファイト】 |
2009年3月20日 |
| ○ | 梶原龍児 | 3R終了 判定3-0 | K-1 ASIA MAX 2008 IN SEOUL 【スーパーファイト】 |
2008年2月24日 |
K-1転向での波紋騒動 [編集]
- 日本と韓国のプロボクシングは特に他の格闘技とのかけもち参戦を禁じている。池の転向よりも前に日本でも鈴木悟、大東旭のK-1転向は問題になった(詳細は彼らのリンクを参照)が、彼らは元国内王者で引退後の転向であった。池のK-1転向表明は現役世界タイトル保持者でなおかつ、当時の韓国人世界王者は池しかいなかった為、韓国ボクシング界で大問題になった。結果的に池は怪我の為タイトルを剥奪され、引退後K-1転向することになった。
獲得タイトル [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
| 空位 前タイトル保持者 エリック・モラレス |
第33代WBC世界フェザー級王者 2004年4月10日 - 2006年1月29日 |
次王者 越本隆志 |
| 前王者 ルディ・ロペス |
第37代WBC世界フェザー級王者 2006年12月17日 - 2007年7月27日(剥奪) |
空位 次タイトル獲得者 ホルヘ・リナレス |