マルコ・アントニオ・バレラ
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | マルコ・アントニオ・バレラ・タピア |
| 通称 | ベビーフェイスド・アサシン |
| 階級 | スーパーフェザー級 |
| 身長 | 168cm |
| リーチ | 178cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1974年1月17日(39歳) |
| 出身地 | メキシコシティ |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 75 |
| 勝ち | 67 |
| KO勝ち | 44 |
| 敗け | 7 |
| 無効試合 | 1 |
マルコ・アントニオ・バレラ(Marco Antonio Barrera、男性、1974年1月17日 - )は、メキシコ出身のプロボクサー。世界3階級制覇王者(スーパーバンタム級、フェザー級、スーパーフェザー級)。「"Babyface Assassin"(童顔の暗殺者)」の愛称を持つ。
貧困から抜け出すためにプロボクシングの道に進んだ歴代のメキシコ人世界王者とは異なり、バレラは裕福な家庭に育ち、弁護士になるためロー・スクールにも通っていたインテリボクサーである。キャリア前期はエキサイティングな倒し屋、中期以降は高い技巧を持つ攻防一体の選手であり、キャリア中に著しくスタイルが変わった選手としても知られる。
キャリア途中でオスカー・デ・ラ・ホーヤが経営するゴールデンボーイ・プロモーションと契約した。メキシコにおける同社を代表するGolden Boy Mexicoの社長でもあり、ゴールデンボーイ・プロモーションの株を部分所有している。
兄のホルヘ・バレラも元プロボクサーで1997年にジョニー・タピアの持つWBO世界スーパーフライ級王座に挑戦し3ラウンドTKOで敗れており、20勝8KO9敗3分の戦績を残し引退している。
かつて彼のチーフトレーナーを日本人の田中繊大が務めたことがあった。
目次 |
来歴 [編集]
1989年11月22日、15歳でプロデビュー。デビッド・フェリックスを2ラウンドTKOで仕留め白星でプロデビューを飾る。
1992年4月1日、ホセフィーノ・スアレスを12ラウンド判定で破り、メキシコのスーパーフライ級王座を獲得。
1994年4月13日、川島郭志の持つWBC世界スーパーフライ級王座の挑戦権をかけて、後に世界2階級制覇を達成するカルロス・サラサール(アルゼンチン)と挑戦者決定戦を行い、計量失格になるも試合では大差判定勝ち。この後スーパーバンタム級に転級。
1995年3月31日、ダニエル・ヒメネス(プエルトリコ)を12ラウンド判定で破り、WBO世界スーパーバンタム級王座を獲得。
1996年2月3日、元IBF世界スーパーバンタム級王者ケネディ・マッキニー(アメリカ)と対戦し、4ラウンドにダウンを喫するも、その後相手を5回ダウンさせ、12ラウンドにTKOで勝利を収めた。
1996年11月22日、元WBA世界バンタム級王者のジュニア・ジョーンズ(アメリカ)戦の5ラウンド目に、バレラがダウンした際にマネージャーがリングに昇ってきて試合を止めたため、WBOルールにより失格負けとなり初黒星を喫した。1997年4月18日にジョーンズと再戦するも12ラウンド判定負けに終わる。初戦はKO負けに近い大番狂わせで、再戦はバレラ勝利と見た人も多かった。その後1年ほどボクシングを休業することになる。
1998年2月21日、アンヘル・ロサリオ(プエルトリコ)戦でボクシング界に復帰し、5ラウンドTKOで復帰戦を飾る。
同年10月31日、リッチー・ウェントン(イギリス)とWBO世界スーパーバンタム級王座決定戦を戦い、3ラウンドTKOに下し再び王座に返り咲く。
2000年2月19日に同じメキシコ出身で人気を二分する同世代のボクサー、当時WBCのスーパーバンタム級王者だったエリック・モラレスとラスベガスで初めて対戦する。バレラは12ラウンド判定負けするも、この試合はリングマガジンの2000年度ファイト・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。また、この試合をWBC側は統一戦と認定しなかったが(マネージャーのリカルド・マルドナドとWBC会長のホセ・スレイマンの長年の確執のため。ただし、エリック・モラレスとのラバーマッチ前にマルドナドとのマネジメント契約を破棄している)、WBO側は認めていたため、モラレスはしばらく同級WBO王者に認定されることになる。しかしWBOはこの試合でバレラが負けたとされるのは間違っているとして、ジャッジの公式判定を無視しバレラを再び王者に認定することになる。
2001年4月7日、バレラは階級を上げて当時無敗街道を突き進んでいた人気ボクサー、ナジーム・ハメド(英国)と対戦し、12ラウンド判定で破る。バレラは質実剛健のボクシングを展開し、トリッキーで一発を狙うハメドを完全に抑え込んだ。初黒星を喫したハメドは、この試合後に起きたアメリカ同時多発テロ事件によるアラブ系への感情悪化による再起戦の中止や、人身事故を起こして刑に服すなどトラブルもあり、2002年に1試合したのみで事実上引退状態となっている。
2002年6月22日、エリック・モラレスとWBC世界フェザー級王座戦で再戦し、12ラウンド判定勝ちでリベンジを果たした。バレラは勝ってもタイトルは受け取らないと試合前に表明していたため、ベルトは受け取らなかった(形式としては、王座獲得後に即日返上ということになっている)。
同年11月2日、旧友でもある元2階級世界王者ジョニー・タピア(米国)と対戦し、12ラウンド判定勝ちを収めた。ほどなくして弁護士になるために通学していたロースクールを退学する。
2003年4月12日、元WBC世界フェザー級王者のケビン・ケリーを4ラウンドKOで破る。
同年11月15日、マニー・パッキャオ(フィリピン)戦で11ラウンドTKOで敗北する。
2004年6月19日、元WBA世界バンタム級王者ポーリー・アヤラと対戦。10ラウンドTKO勝ちを収めた。
同年11月27日、エリック・モラレスとのラバーマッチで12ラウンド判定勝ちを収め、WBC世界スーパーフェザー級王座を獲得して3階級制覇王者となった。モラレスとの3試合は全て激闘の接戦だったが、この試合で2勝1敗と勝ち越した。
2005年9月17日、ロビー・ピーデン(オーストラリア)を12ラウンド判定で破りIBF世界スーパーフェザー級王座も獲得し、2団体統一王者になる。
2006年5月20日、WBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチにてリカルド・ファレス(米国)と対戦し、12ラウンド2-1の判定勝ちでタイトル防衛成功。
同年9月16日に、すぐさまリカルド・ファレスと再戦し、アウトボクシングを展開して今度は12ラウンド3-0の明白な判定勝利でタイトル防衛成功。
2007年3月17日、WBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチにてファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)と対戦し、12R判定0-3で敗北し王座から陥落した。
同年10月6日、マニー・パッキャオとの再戦で12ラウンド判定0-3で完敗。試合後に一度は引退を表明した。
2008年7月、現役復帰とメキシコ人初の4階級制覇を視野に入れて、5年間に渡ってプロモート契約を結び、副社長の座にまで就いていたゴールデンボーイ・プロモーションとの契約を解消し、新たにドン・キングと5年間のプロモート契約を結んだ。
2008年11月7日、成都市の四川省体育館でサミー・ベンチュラを相手にライト級10回戦で現役復帰戦を行い、4RKO勝ち。
2009年1月31日、サポパンのアウディトリオ・テルメックス・デ・UGでフレウディス・ロハスと対戦し、3回にロハスの頭が当たり左目の上に大怪我を負ったが、ロハスが故意に頭からぶつかりバレラに怪我を負わせたものであると判断からロハスの反則負けが宣告されたため、バレラの勝利となった[1] 。
2009年3月14日、イギリスの天才ボクサーアミール・カーンとWBAインターナショナルライト級タイトルマッチおよびWBOインターコンチネンタルライト級王座決定戦で対戦。1回に偶然のバッティングでカットするなどして、5回2分36秒負傷判定負けを喫した。
2010年6月26日、ブラジル人のアダイルトン・デ・ヘススに3-0の判定勝ちで再起。
2011年2月12日、グアダラハラのコリセオ・オリンピコ・デ・ラ・UGでホセ・アリアスと対戦し、2回2分29秒TKO勝ちを収めた。
戦績 [編集]
| 戦 | 日付 | 勝敗 | 時間 | 内容 | 対戦相手 | 国籍 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1989年11月22日 | ☆ | 2R | TKO | デビッド・フェリックス | デビュー戦 | |
| 2 | 1989年12月16日 | ☆ | 3R | TKO | フェデリコ・ララ | ||
| 3 | 1990年5月18日 | ☆ | 4R | 判定 | イグナシオ・ハコメ | ||
| 4 | 1990年6月9日 | ☆ | 4R | 判定 | オスカー・グラナドス | ||
| 5 | 1990年8月4日 | ☆ | 3R | KO | フェデリコ・ララ | ||
| 6 | 1990年9月14日 | ☆ | 5R | TKO | セバスチャン・アミカ | ||
| 7 | 1990年10月6日 | ☆ | 2R | TKO | ペドロ・マルチネス | ||
| 8 | 1990年10月13日 | ☆ | 2R | TKO | ホセ・ヤネズ | ||
| 9 | 1990年12月8日 | ☆ | 8R | 判定 | イバン・サラザール | ||
| 10 | 1991年2月9日 | ☆ | 4R | TKO | エステバン・ロドリゲス | ||
| 11 | 1991年3月9日 | ☆ | 5R | TKO | アベル・イノホサ | ||
| 12 | 1991年4月13日 | ☆ | 1R | TKO | ファン・ファクンド・ロペス | ||
| 13 | 1991年6月29日 | ☆ | 6R | TKO | ハイメ・ロハス | ||
| 14 | 1991年8月31日 | ☆ | 1R | TKO | セルヒオ・アギラ | ||
| 15 | 1991年11月2日 | ☆ | 7R | 失格 | ハビエル・ディアス | ||
| 16 | 1991年12月7日 | ☆ | 1R | KO | ミゲール・ピニャ | ||
| 17 | 1992年4月1日 | ☆ | 12R | 判定 | ホセフィノ・スアレス | メキシコスーパーフライ級王座決定戦 | |
| 18 | 1992年6月13日 | ☆ | 2R | TKO | ホセ・モンティエル | 同王座防衛1 | |
| 19 | 1992年7月11日 | ☆ | 6R | KO | ミゲル・エスピノサ | 同王座防衛2 | |
| 20 | 1992年10月2日 | ☆ | 10R | 判定 | アブネル・バラハス | ||
| 21 | 1992年11月9日 | ☆ | 4R | KO | エステバン・アヤラ | 同王座防衛3 | |
| 22 | 1992年12月5日 | ☆ | 6R | TKO | アンヘル・ロサリオ | ||
| 23 | 1993年3月1日 | ☆ | 10R | 判定 | イバン・サラサール | ||
| 24 | 1993年4月10日 | ☆ | 4R | KO | ファクンド・ロドリゲス | 同王座防衛4 | |
| 25 | 1993年5月22日 | ☆ | 12R | 判定 | ノエ・サンティリャーナ | 同王座防衛5 | |
| 26 | 1993年7月12日 | ☆ | 1R | KO | エリディオ・ドミンゲス | ||
| 27 | 1993年8月28日 | ☆ | 12R | 判定 | エデュアルド・ラミレス | NABFスーパーフライ級王座決定戦 | |
| 28 | 1993年11月27日 | ☆ | 1R | KO | アレハンドロ・サナブリア | ||
| 29 | 1994年3月1日 | ☆ | 3R | KO | フスト・スニガ | ||
| 30 | 1994年4月13日 | ☆ | 10R | 判定 | カルロス・サラサール | WBC世界スーパーフライ級挑戦者決定戦 | |
| 31 | 1994年6月24日 | ☆ | 6R | KO | ミゲール・エスピノサ | ||
| 32 | 1994年8月15日 | ☆ | 8R | KO | イスラエル・ゴンザレス | ||
| 33 | 1994年10月22日 | ☆ | 3R | TKO | ヘスス・サラビア | ||
| 34 | 1994年12月3日 | ☆ | 8R | TKO | エディ・クック | ||
| 35 | 1995年3月31日 | ☆ | 12R | 判定 | ダニエル・ヒメネス | WBO世界スーパーバンタム級タイトルマッチ | |
| 36 | 1995年6月2日 | ☆ | 2R | TKO | フランキー・トレド | WBO王座防衛1 | |
| 37 | 1995年7月15日 | ☆ | 1R | TKO | マウイ・ディアス | WBO王座防衛2 | |
| 38 | 1995年8月22日 | ☆ | 12R | 判定 | アガピト・サンチェス | WBO王座防衛3 | |
| 39 | 1995年11月4日 | ☆ | 7R | KO | エディ・クロフト | WBO王座防衛4 | |
| 40 | 1996年2月3日 | ☆ | 12R | TKO | ケネディ・マッキニー | WBO王座防衛5 | |
| 41 | 1996年5月4日 | ☆ | 3R | KO | ジェシー・ベナビデス | WBO王座防衛6 | |
| 42 | 1996年7月14日 | ☆ | 7R | TKO | オーランド・フェルナンデス | WBO王座防衛7 | |
| 43 | 1996年9月14日 | ☆ | 10R | TKO | ジェシー・マガナ | WBO王座防衛8 | |
| 44 | 1996年11月22日 | ★ | 5R | TKO | ジュニア・ジョーンズ | WBO王座陥落 | |
| 45 | 1997年4月18日 | ★ | 12R | 判定 | ジュニア・ジョーンズ | WBO世界スーパーバンタム級タイトルマッチ | |
| 46 | 1998年2月21日 | ☆ | 5R | TKO | アンヘル・ロサリオ | ||
| 47 | 1998年5月16日 | ☆ | 1R | KO | ヘロニモ・カルドス | ||
| 48 | 1998年9月26日 | ☆ | 4R | TKO | ペドロ・ハビエル・トーレス | ||
| 49 | 1998年10月31日 | ☆ | 3R | TKO | リッチー・ウェントン | WBO世界スーパーバンタム級王座決定戦 | |
| 50 | 1999年4月3日 | ☆ | 1R | TKO | ポール・ロイド | WBO王座防衛1 | |
| 51 | 1999年8月7日 | ☆ | 12R | 判定 | パストール・ウンベルト・マウリン | WBO王座防衛2 | |
| 52 | 1999年12月18日 | △ | 4R | NC | セサール・ナヘラ | ||
| 53 | 2000年2月19日 | ★ | 12R | 判定 | エリック・モラレス | WBC・WBO世界スーパーバンタム級統一戦/WBO陥落→再認定 | |
| 54 | 2000年6月17日 | ☆ | 1R | KO | ルイス・クラウディオ・フレイタス | WBO王座防衛1 | |
| 55 | 2000年9月9日 | ☆ | 12R | 判定 | ホセ・ルイス・バルブエラ | WBO王座防衛2 | |
| 56 | 2000年12月1日 | ☆ | 6R | TKO | ヘスス・サルード | WBO王座防衛3 | |
| 57 | 2001年4月7日 | ☆ | 12R | 判定 | ナジーム・ハメド | IBO世界フェザー級王座決定戦 | |
| 58 | 2001年9月8日 | ☆ | 6R | TKO | エンリケ・サンチェス | ||
| 59 | 2002年6月22日 | ☆ | 12R | 判定 | エリック・モラレス | WBC世界フェザー級タイトルマッチ | |
| 60 | 2002年11月2日 | ☆ | 12R | 判定 | ジョニー・タピア | ||
| 61 | 2003年4月12日 | ☆ | 4R | TKO | ケビン・ケリー | ||
| 62 | 2003年11月15日 | ★ | 11R | TKO | マニー・パッキャオ | ||
| 63 | 2004年6月19日 | ☆ | 10R | TKO | ポーリー・アヤラ | ||
| 64 | 2004年11月27日 | ☆ | 12R | 判定 | エリック・モラレス | WBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチ | |
| 65 | 2005年4月9日 | ☆ | 2R | KO | ムゾンケ・ファナ | WBC王座防衛1 | |
| 66 | 2005年9月17日 | ☆ | 12R | 判定 | ロビー・ピーデン | WBC・IBF世界スーパーフェザー級統一戦/WBC王座防衛2 | |
| 67 | 2006年5月20日 | ☆ | 12R | 判定 | リカルド・フアレス | WBC王座防衛3 | |
| 68 | 2006年9月15日 | ☆ | 12R | 判定 | リカルド・フアレス | WBC王座防衛4 | |
| 69 | 2007年3月17日 | ★ | 12R | 判定 | ファン・マヌエル・マルケス | WBC王座陥落 | |
| 70 | 2007年10月6日 | ★ | 12R | 判定 | マニー・パッキャオ | ||
| 71 | 2008年11月7日 | ☆ | 4R | TKO | サミー・ ベンチュラ | ||
| 72 | 2009年1月31日 | ☆ | 3R | 反則 | フレウディス・ロハス | ||
| 73 | 2009年3月14日 | ★ | 5R | 負傷判定 | アミール・カーン | ||
| 74 | 2010年6月26日 | ☆ | 10R | 判定 | アダイルトン・デ・ヘスス | ||
| 75 | 2011年2月12日 | ☆ | 2R | TKO | ホセ・アリアス |
獲得タイトル [編集]
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
- ^ Barrera wins, suffers cut! BOXNEWS.com.ua(英語)2009年2月1日
外部リンク [編集]
| 前王者 ダニエル・ヒメネス |
第7代WBO世界スーパーバンタム級王者 1995年3月31日 - 1996年11月22日 |
次王者 ジュニア・ジョーンズ |
| 前王者 リッチー・ウェントン |
第10代WBO世界スーパーバンタム級王者 1998年10月31日 - 2000年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 アガピト・サンチェス |
| 前王者 エリック・モラレス |
第32代WBC世界フェザー級王者 2002年6月22日 - 2002年6月22日(返上) |
空位 次タイトル獲得者 エリック・モラレス |
| 前王者 エリック・モラレス |
第26代WBC世界スーパーフェザー級王者 2004年11月27日 - 2007年3月17日 |
次王者 ファン・マヌエル・マルケス |
| 前王者 ロビー・ピーデン |
第18代IBF世界スーパーフェザー級王者 2005年9月17日 - 2006年5月(返上) |
空位 次タイトル獲得者 カシアス・バロイ |