ティモシー・ブラッドリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ティモシー・ブラッドリー
基本情報
本名 ティモシー・レイ・ブラッドリー・ジュニア
通称 Desert Storm(砂嵐)
階級 ウェルター級
身長 168cm
リーチ 175cm
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1983年8月29日(30歳)
出身地 カリフォルニア州, カテドラル
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 33
勝ち 31
KO勝ち 12
敗け 1
無効試合 1
テンプレートを表示

ティモシー・ブラッドリーTimothy Bradley、男性、1983年8月29日 - )は、アメリカ合衆国プロボクサーカリフォルニア州カテドラル出身。元WBC・WBO世界スーパーライト級統一王者。第15代WBO世界ウェルター級王者。トレーナーはジョエル・ディアス。試合前は ヴィーガン による減量を行なっている[1]。ブラッドリーはボクサーの50~60%が禁止ドーピング薬物を使用していると推定しており[2]、ドーピング行為の一掃を目指しオリンピック水準のドーピング検査を自主的に受けている。

来歴[編集]

カリフォルニア州カテドラル産まれ、パームスプリングス育ち。高校ではカブ・スワンソンと同級生だった[3]。2006年に高校の同級生と結婚、同時に妻の2人の連れ子の父親となった[4]

アマチュア時代[編集]

2002年、全米選手権に出場するが準々決勝で敗退[5]

2003年、全米選手権に出場するが準決勝でアンドレ・ベルトに敗退[6]。ナショナルゴールデングローブに出場するが決勝でアンドレ・ベルトに敗退した[7]

2004年、アテネオリンピック国内西地区予選でバーネス・マルティロージャンに敗退した[8]

プロ時代[編集]

2004年8月20日、プロデビュー。

2005年9月23日、WBC世界ウェルター級ユース王座を獲得。以後、2度の防衛に成功。

2006年6月23日、WBC世界スーパーライト級ユース王座を獲得。以後、2度の防衛に成功。

2007年7月27日、後のIBF世界ライト級王者ミゲル・バスケスと対戦、フルマークを含む10回3-0の大差判定勝ち。

2008年3月8日、ホセ・ルイス・カスティージョと対戦が予定されていたが、カスティージョが計量で4.5ポンド体重超過の失態を犯し、試合は中止となった。

2008年5月10日、WBC世界スーパーライト級王者ジュニア・ウィッターイギリス)に挑戦。6回にダウンを奪うなどして、2-1(115-113、114-113、112-115)の僅差判定勝ちで全勝(22戦22勝)のまま王座を獲得した[9]。当時のブラッドリーまだボクシングだけで稼ぐのは難しく、この時の銀行口座の残金はわずか11ドルであった[4]

2008年9月13日、エドナー・チェリー(アメリカ)と対戦し、3-0の大差判定勝ちで初防衛に成功した。

2009年4月4日、WBO世界スーパーライト級王者ケンドール・ホルト(アメリカ)と王座統一戦で対戦し、3-0の判定勝ちで王座統一に成功した。その後、指名挑戦者デボン・アレクサンダー(アメリカ)と期限内に対戦しなかったとして、WBC王座を剥奪された。

2009年8月1日、ネート・キャンベル(アメリカ)と対戦し、3回にキャンベルが左眉付近をカットし、3回終了TKO勝ちとなったが[10]、カットがバッティングによるものだったとしてカリフォルニア州アスレチックコミッションは後日ノーコンテストに裁定を変更した[11]

2009年12月12日、暫定王者ラモン・ピーターソン(アメリカ)と王座統一戦で対戦し、3ラウンドにダウンを奪い大差の判定勝ちで王座を統一した[12]

2010年6月19日、マルコス・マイダナと対戦が予定されていたが、マイダナが背中を負傷し試合中止となった。

2010年7月17日、HBOデビュー戦、1階級上のウェルター級ウェイト契約のノンタイトル戦でルイス・カルロス・アブレグと対戦、3-0で中差判定勝ちを収めた。

2011年1月29日、WBC世界同級王者のデボン・アレクサンダーと対戦し10回負傷判定勝ちを収めて、WBO世界スーパーライト級王座の3度目の防衛に成功するとともにWBC王座の再獲得に成功した[13]

2011年7月、アレクサンダー戦から6ヶ月間防衛戦を行っていない事を理由にWBCはブラッドリーの王座を剥奪した、しかし6ヶ月間以上防衛戦を行わない王者は多数いるため、ブラッドリーだけが王座を剥奪されたことに非難が殺到[14]。その後、WBCはブラッドリーを休養王者に認定した[15]

2011年11月12日、同級10位ホエール・カサマヨールキューバ)と対戦し、8回TKO勝ちでWBO世界スーパーライト級王座の4度目の防衛に成功した[16]

2012年6月9日、アメリカ・ラスベガスMGMグランド・ガーデンアリーナで行われたWBO世界ウェルター級タイトルマッチで、世界6階級制覇王者マニー・パッキャオフィリピン)と対戦。12回2-1(115-113が2者、113-115)の僅差判定勝ちで王座を獲得し、無敗で2階級制覇を達成した[17]

しかし、試合自体は序盤から手数で上回るパッキャオが優勢であり、左ストレートを時折クリーンヒットさせていた。一方のブラッドリーも巧みなディフェンスを披露するものの手数で大きく下回り、決定打を打てないまま試合を終えた。HBOの試合中継では119-109でパッキャオ優勢と出ていた。この不可解な判定が告げられた瞬間、場内には大ブーイングが発生するなど、この試合の判定に対する批判は多く、「ボクシング史上最悪な判定の一つ」と評する声もある[18]

両者のプロモーターであるトップランク社のボブ・アラムは「ブラッドリーのことは讃えたいが、ボクシングに関わってこんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。ジャッジは採点の仕方を知らないとしか言いようがない。昨年のパッキャオ対マルケス戦は接戦だったからどちらの勝ちでもおかしくないが、今日の試合は接戦ですらない明白なパッキャオの勝ちだった」と激怒した[19]。ブラッドリーは試合序盤、レフェリーと交錯した際に左足を骨折していたことが試合後判明した。

WBOは9日のWBO世界ウェルター級タイトルマッチで、ブラッドリーの2-1の判定勝ちとした判定について国際ジャッジ5人による精査を行い[20]、5人全員がパッキャオを支持するも判定は覆らず、ボブ・アラムを含めパッキャオとの再戦を促した[21]

2012年6月、WBO世界ウェルター級王座獲得によりWBO世界スーパーライト級王座を返上した。

2013年3月16日、アメリカ・カリフォルニア州ホーム・デポ・センター・テニスコートで、WBO世界スーパーライト級2位にランクされるルスラン・プロボドニコフロシア)と約9ヶ月振りに初防衛戦を行い、3-0(114-113が2者、115-112)の判定勝ちで初防衛に成功した[22]。ブラッドリーは普段とは違い足を止めて打ち合いに応じ試合は激闘となったが、試合直後にリング上で受けたインタビューで数秒前に自分が述べた事が思い出せなくなるほどの大きなダメージを被り、試合後記者会見に出席することなく病院に運び込まれた[23]HBOが放送したこの試合の平均視聴者数は120万人であった[24]。その後インタビューなどで「(試合で起きた)ほとんどの事を覚えていない。正面に立ってビッグパンチャーと打ち合ったのはバカだったよ。作戦はアウトボクシングすることだったんだが、なぜか分からないけど打ち合ってしまった」[25]、「1ラウンド以降は酔っ払っているような感じでセコンドの指示にも上の空で、自分が何ラウンドを戦っているのかわからない状態だった」と話している[26]。別のインタビューでは今回の試合はあまり調子が良くなかったと語り、理由について、試合2週間前の時点でウェルター級の制限体重を20ポンドオーバーしており短期間で無理な減量をしたこと、試合当日の体重を過去最高となる160ポンドと体重を戻しすぎたことを上げた[27]。ブラッドリーは2ヵ月半、ろれつの回らない状態や平衡感覚がままならない状態が続いたが複数の専門医に診てもらうことで状態を回復した[26]。なおこの試合は2013年度リングマガジン ファイト・オブ・ザ・イヤーに選ばれたのと同時にブラッドリーも2013年リングマガジン ファイター・オブ・ザ・イヤーを受賞している。

10月12日にファン・マヌエル・マルケスと対戦することが発表される。

2013年6月~8月、ファン・マヌエル・マルケスは前の試合となる2012年12月のマニー・パッキャオ戦で、39歳にして不自然なほどビルドアップされた体や元ステロイドの売人であるアンヘル・ギレルモ・ヘレディアをコーチとして陣営に迎えたことなどで多くのドーピング使用疑惑報道がなされた[28]。そのため今回の試合では検査が甘いと言われているネバダ州コミッションによるドーピング検査では無く、抜き打ち検査を含むオリンピックレベルの検査基準を採用しているVADA、USADAによるドーピング検査(ブラッドリーはネバダ州コミッションの検査を古い携帯電話、VADAの検査をiPhone5に例えている[26]。)が行われることが両者の合意のもと契約書に盛り込まれていた。しかしマルケスは合意を撤回、交渉の引き延ばしやブラッドリーに理不尽な体重制限を要求するなどしてVADA、USADAによる検査を拒否した、これに呆れたブラッドリーが試合を行わない可能性を示唆したことで試合実現が一時的に危ぶまれた。その後ブラッドリーが折れる形となり、マルケスへのドーピング検査がネバダ州アスレチックコミッションによる検査のみになることを了承、VADAによる検査は自費でブラッドリーだけに行われることとなった[29][30][31][32]

2013年10月12日、トーマス&マック・センターにて、4階級制覇王者でWBO世界スーパーライト級王者ファン・マヌエル・マルケスと対戦。当初は同年9月14日に予定されていたが、同日にフロイド・メイウェザー・ジュニアサウル・アルバレスの対戦が決定した為、延期されていた[33]。試合は2-1(116-112、115-113、113-115)の判定勝ちで2度目の防衛に成功した[34]

2014年4月12日、MGMグランドで元6階級制覇王者であり前王者マニー・パッキャオとおよそ2年振りのリマッチを行うも、0-3(112-116が2者、110-118)の判定負けで3度目の防衛に失敗し王座から陥落するとともに、33戦目にして初黒星となった[35]

戦績[編集]

  • アマチュアボクシング:145戦125勝20敗
  • プロボクシング:33戦31勝(12KO)1敗1NC
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 2004年8月20日 2R TKO フランシスコ・マルチネス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 プロデビュー戦
2 2004年10月29日 4R 判定 ラウル・ヌネス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
3 2004年11月22日 1R TKO ルイス・メディナ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
4 2005年3月28日 1R KO カルロス・パーラ メキシコの旗 メキシコ
5 2005年4月25日 3R KO ラモン・オルティス メキシコの旗 メキシコ
6 2005年6月3日 6R 判定 フスト・アルマサン メキシコの旗 メキシコ
7 2005年7月21日 5R TKO マルコス・アンドレ・ロチャ・コスタ ブラジルの旗 ブラジル
8 2005年8月26日 6R 判定 ファン・ヨアニ・セルバンテス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
9 2005年9月23日 10R 判定 フランシスコ・リンコン メキシコの旗 メキシコ WBC世界ウェルター級ユース王座決定戦
10 2005年11月21日 9R 負傷判定 ホルヘ・アルベルト・パディーリャ メキシコの旗 メキシコ
11 2006年2月17日 2R TKO ラファエル・オルティス メキシコの旗 メキシコ WBCユース防衛1
12 2006年3月31日 8R 判定 エリ・アディソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBCユース防衛2
13 2006年5月13日 6R KO ヘスス・アベル・サンティアゴ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
14 2006年6月23日 3R TKO アルツロ・ウレナ メキシコの旗 メキシコ WBC世界スーパーライト級ユース王座決定戦
15 2006年8月18日 5R TKO マルティン・ラミレス メキシコの旗 メキシコ
16 2006年10月16日 1R KO アルフォンソ・サンチェス メキシコの旗 メキシコ
17 2006年12月1日 8R 負傷判定 ハイメ・ランヘル コロンビアの旗 コロンビア
18 2007年2月7日 8R 判定 マヌエル・ガルニカ メキシコの旗 メキシコ WBCユース防衛1
19 2007年4月13日 5R TKO ナッシャー・アスマニ ケニアの旗 ケニア
20 2007年6月1日 10R 判定 ドナルド・カマレナ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
21 2007年7月27日 10R 判定 ミゲル・バスケス メキシコの旗 メキシコ WBCユース防衛2
22 2008年5月10日 12R 判定 ジュニア・ウィッター イギリスの旗 イギリス WBC世界スーパーライト級タイトルマッチ
23 2008年9月13日 12R 判定 エドナー・チェリー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBC防衛1
24 2009年4月4日 12R 判定 ケンドール・ホルト アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBC・WBO世界スーパーライト級王座統一戦/WBC防衛2
25 2009年8月1日 3R NC ネート・キャンベル アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBO防衛1
26 2009年12月12日 12R 判定 ラモン・ピーターソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBO世界スーパーライト級王座統一戦/WBO防衛2
27 2010年7月17日 12R 判定 ルイス・カルロス・アブレグ アルゼンチンの旗 アルゼンチン
28 2011年1月29日 10R 負傷判定 デボン・アレクサンダー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBC・WBO世界スーパーライト級王座統一戦/WBO防衛3
29 2011年11月12日 8R TKO ホエル・カサマヨール キューバの旗 キューバ WBO防衛4
30 2012年6月9日 12R 判定 マニー・パッキャオ フィリピンの旗 フィリピン WBO世界ウェルター級タイトルマッチ
31 2013年3月16日 12R 判定 ルスラン・プロボドニコフ ロシアの旗 ロシア WBO防衛1
32 2013年10月12日 12R 判定 ファン・マヌエル・マルケス メキシコの旗 メキシコ WBO防衛2
33 2014年4月12日 12R 判定 マニー・パッキャオ フィリピンの旗 フィリピン WBO王座陥落

獲得タイトル[編集]

  • WBC世界ウェルター級ユース王座(防衛2→返上)
  • WBC世界スーパーライト級ユース王座(防衛2→返上)
  • WBC世界スーパーライト級王座(防衛2→剥奪)
  • 第16代WBO世界スーパーライト級王座(防衛4→返上)
  • 第31代WBC世界スーパーライト級王座(防衛0→剥奪→休養王座認定)
  • 第15代WBO世界ウェルター級王座(防衛2)

ペイ・パー・ビュー売上げ[編集]

日付 イベント 売上げ テレビ局
2013年10月12日 ティモシー・ブラッドリー vs. ファン・マヌエル・マルケス 375,000 HBO
2012年6月9日 マニー・パッキャオ vs. ティモシー・ブラッドリー 700,000[36] HBO

表彰[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ Tim Bradley Vegan Dieter Shredded for Manny Pacquiao”. FightSaga.com (2012年5月25日). 2013年6月4日閲覧。
  2. ^ Bradley estimates 50-60% of boxers on PEDs”. BoxingNews24 (2013年9月12日). 2013年9月17日閲覧。
  3. ^ Cub Swanson Training With Boxing Champion Timothy Bradley BJPEN COM 2013年6月20日
  4. ^ a b 'Dead broke' Timothy Bradley and wife Monica took big gamble that paid off”. Yahoo!Sports.com (2012年5月30日). 2013年6月3日閲覧。
  5. ^ “[http://amateur-boxing.strefa.pl/Nationalchamps/USA2002.pdf Unites States National Championships - Las Vegas - April 2-6 2002]”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2013年12月1日閲覧。
  6. ^ 113.Unites States National Championships - Colorado Springs - March 24-28 2003”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2013年12月1日閲覧。
  7. ^ 76.US National Golden Gloves - Las Vegas - May 26-31 2003”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2013年12月1日閲覧。
  8. ^ Timothy Bradley Boxing Record”. ティモシー・ブラッドリー公式サイト. 2014年1月4日閲覧。
  9. ^ ブラッドリー、ウィッター下し新王者 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年5月11日[リンク切れ]
  10. ^ ブラッドリー、キャンベルを撃退 ダブル世界戦 アレクサンダー戴冠 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年8月2日
  11. ^ Bradley-Campbell result changed Boxing News 2009年8月24日
  12. ^ ダルチニヤン、ブラッドリーとも暫定王者に圧勝 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年12月13日
  13. ^ ブラッドリー負傷判定勝ち S・ライト級2冠統一 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年1月31日
  14. ^ WBC、ブラッドリーの王座はく奪 モラレス-バリオスで決定戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年7月31日
  15. ^ 「休養王者」 WBC会長が弁明 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年8月3日
  16. ^ ブラッドリーTKO防衛 カサマヨールを3度倒す ボクシングニュース「Box-on!」 2011年11月14日
  17. ^ 6階級制覇王者パッキャオ、7年ぶりの敗戦 ロイター 2012年6月11日
  18. ^ Bradley defeats Pacquiao: A Sad day for Boxing Boxing News 24 2012年6月10日
  19. ^ Arum Outraged Over Pacquiao Loss: It Wasn't Even Close! boxingscene.com 2012年6月10日
  20. ^ パッキャオ判定負けの防衛戦、ジャッジ精査へ ロイター 2012年6月14日
  21. ^ 検証は「パッキャオ勝利」、判定覆らず再戦促す ロイター 2012年6月22日
  22. ^ 激闘! ブラッドリー僅差の判定勝ち ボクシングニュース「Box-on!」 2013年3月17日
  23. ^ Bradley-Provodnikov”. BoxingSocialist.com (2013年3月17日). 2013年3月23日閲覧。
  24. ^ Bradley vs. Provodnikov Peaks With 1.4 Million Viewers”. BoxingScene.com (2013年3月19日). 2013年3月25日閲覧。
  25. ^ Timothy Bradley: Standing There and Trading Was Idiotic”. BoxingScene.com (2013年3月20日). 2013年3月24日閲覧。
  26. ^ a b c Why Bradley-Marquez Matters”. BoxingScene.com (2013年9月30日). 2013年10月19日閲覧。
  27. ^ Bradley Says Weight Loss Hurt Ability To Take a Punch”. BoxingScene.com (2013年4月1日). 2013年5月23日閲覧。
  28. ^ 杉浦大介「NY摩天楼通信」 : 第234回 壮絶KO後に再び浮上したボクシング界の禁止薬物問題”. スポーツコミュニケーションズ (2012年12月21日). 2013年1月26日閲覧。
  29. ^ Bradley Shakes Head at Marquez Testing: It's a Joke!”. BoxingScene.com (2013年8月10日). 2013年8月20日閲覧。
  30. ^ Marquez, Bradley Battle Over Rehydration Clause, Testing”. BoxingScene.com (2013年6月20日). 2013年8月20日閲覧。
  31. ^ Bradley To Marquez: If No VADA or USADA - I'll Walk Away”. BoxingScene.com (2013年7月24日). 2013年8月20日閲覧。
  32. ^ Juan Manuel Marquez-Tim Bradley PED testing in good hands with Nevada commission”. Yahoo Sports.com (2013年6月25日). 2013年8月24日閲覧。
  33. ^ マルケス×ブラッドリー 10.12に変更 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年5月30日
  34. ^ 接戦、ブラッドリーがマルケスに2-1判定勝ち Boxing News(ボクシングニュース) 2013年10月13日
  35. ^ パッキャオがブラッドリーに雪辱、3-0判定 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年4月13日
  36. ^ Pacquiao-Bradley drew only 700,000 buys”. boxingnews24.com. 2013年6月4日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
ジュニア・ウィッター
第29代WBC世界スーパーライト級王者

2008年5月10日 - 2009年4月28日(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
デボン・アレクサンダー
前王者
ケンドール・ホルト
第16代WBO世界スーパーライト級王者

2009年4月4日 - 2012年6月(返上)

空位
次タイトル獲得者
ファン・マヌエル・マルケス
前王者
デボン・アレクサンダー
第31代WBC世界スーパーライト級王者

正規:2011年1月29日 - 2011年7月(剥奪)
休養:2011年7月 - 2012年6月

空位
次タイトル獲得者
エリック・モラレス
前王者
マニー・パッキャオ
第15代WBO世界ウェルター級王者

2012年6月9日 - 2014年4月12日

次王者
マニー・パッキャオ