マルコ・アントニオ・ルビオ

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マルコ・アントニオ・ルビオ
Marco Antonio "Veneno" Rubio.jpg
基本情報
本名 マルコ・アントニオ・ルビオ
通称 El Veneno
The Poison(ポイズン)
階級 ミドル級
身長 178cm
リーチ 178cm
国籍 メキシコの旗 メキシコ
誕生日 1980年6月16日(34歳)
出身地 コアウイラ州トレオン
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 67
勝ち 59
KO勝ち 51
敗け 7
引き分け 1
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マルコ・アントニオ・ルビオMarco Antonio Rubio、男性、1980年6月16日 - )は、メキシコプロボクサーコアウイラ州トレオン出身。元WBC世界ミドル級暫定王者。数度の挑戦を経て33歳にしてようやく世界王座を獲得したたたき上げの選手。層の薄いメキシコ重量級において強打を誇る。トレーナーは元IBF世界フェザー級王者ロベルト・ガルシア

来歴[編集]

2000年5月17日、モンテレイでプロデビュー戦を行い4回判定勝ち。

2002年7月19日、ルイス・エンリケ・デルガドとコアウイラ州スーパーウェルター級王座決定戦を行い、初回KO勝ちで王座獲得に成功した。

2002年9月6日、メキシコスーパーウェルター級王座決定戦をジャビエル・サンティバネスと対戦し2回TKO勝ちで王座獲得に成功した。

2002年10月25日、ノルベルト・サンドバルと対戦し2回KO勝ちで初防衛に成功した。

2003年1月1日、サウル・ローマンと対戦し4回KO勝ちで2度目の防衛に成功した。

2003年2月21日、ファウリシノ・アヴィチアと対戦し初回KO勝ちで3度目の防衛に成功した。

2003年3月21日、ヘスス・メンドーサと対戦し初回3ダウンルール適用のストップによるTKO勝ちで4度目の防衛に成功した。

2003年5月16日、ヘスス・アルセと対戦し3試合連続初回KO勝ちで5度目の防衛に成功した。

2003年8月1日、16戦全勝のホセ・バレラとWBCインターナショナルスーパーウェルター級王座決定戦を行い、2回KO勝ちで王座獲得に成功した。

2003年10月8日、初の海外試合となるロシアモスクワでアクハメド・オリゴブと対戦し初回59秒高速KO勝ちで初防衛に成功した。

2003年11月20日、WBCインターナショナル王座とメキシコ王座を同時にかけてクリスチャン・ソラーノと対戦し初回2分51秒3ダウンルール適用のストップによるTKO勝ちでメキシコ王座は6度目、WBCインターナショナル王座2度目の防衛に成功した。

2004年5月1日、アルフレド・アンカマフと対戦し初回2分50秒TKO勝ちで3度目の防衛に成功した。

2004年5月22日、フィッツ・バンデルプールと対戦し初回3ダウンルール適用のストップによるTKO勝ちで4度目の防衛に成功した。

2004年8月5日、アメリカデビュー戦をテキサス州でジェフリー・ヒルとWBOインターコンチネンタルスーパーウェルター級王座決定戦を行い、7回34秒TKO勝ちで王座獲得に成功した。

2004年9月18日、ネバダ州ラスベガスMGMグランドでコフィー・ジャンツァーとWBCインターナショナル王座とWBO世界スーパーウェルター級王座の挑戦権を賭けて対戦し初回33秒高速KO負けでWBCインターナショナル王座5度目の防衛と指名挑戦権獲得に失敗した。

2006年5月6日、MGMグランドで元IBF世界スーパーウェルター級王者でNABO北米スーパーウェルター級王者カシム・オウマと対戦し12回1-2の判定負けで王座獲得とWBC世界スーパーウェルター級王者への指名挑戦権獲得に失敗した。

2006年9月23日、ウクライナキエフのスポーツ・パレスで後のWBO世界スーパーウェルター級王者ザウルベック・バイサングロフWBCインターナショナルスーパーウェルター級王座決定戦を行い、初回にダウンを奪うもその後はバイサングロフにすべてのラウンドを取られる展開になり12回0-3の判定負けで王座獲得に失敗した。

2007年1月1日、ダニエル・スタニスラブジェベクとWBAフェデセントロミドル級王座決定戦を行い、12回3-0の判定勝ちで王座獲得に成功した。

2007年6月8日、ホルヘ・ダビオ・デビット・ゴメスと対戦し3回2分26秒TKO勝ちで初防衛に成功した。

2008年2月9日、FACARBOXミドル級王者ホセ・ルイス・ゼルチェと対戦し7回2分22秒TKO勝ちで王座獲得に成功した。

2008年10月18日、ニュージャージー州アトランティックシティボードウォーク・ホールでWBC世界ミドル級王者への挑戦権を賭けてエンリケ・オルネラスと対戦し12回2-1の判定勝ちで挑戦権獲得に成功した。

2009年2月21日、オハイオ州ヤングスタウンのコベリ・センターでWBC・WBO・リングマガジン認定世界ミドル級王者ケリー・パブリクと対戦し9回終了時棄権で王座獲得に失敗した。

2009年10月31日、WBCラテンアメリカミドル級王座決定戦をホセ・ミゲル・ロドリゲス・ベリオと対戦し初回TKO勝ちで王座獲得に成功した。

2010年1月16日、元WBA世界ウェルター級王者リゴベルト・アルバレスと対戦し9回1分32秒TKO勝ちで初防衛に成功した。

2010年6月12日、サムエル・ミラーとWBCラテンアメリカミドル級王座決定戦を行い、12回3-0の判定勝ちで5か月振りに王座返り咲きに成功した。

2010年8月21日、ホセ・ルイス・ゼルチェと対戦し6回1分16秒TKO勝ちで初防衛に成功した。

2011年4月8日、敵地カナダで25戦全勝で強打を誇る若手ホープのデビッド・レミューと対戦、7回TKO勝ちでレミューに初黒星をつけた。

2011年11月1日、ウィルソン・サンタナとWBCラテンアメリカスーパーミドル級王座決定戦を行い、8回45秒TKO勝ちで王座獲得に成功した。

2011年9月3日、ムハンマド・アクロンとWBCラテンアメリカミドル級暫定王座決定戦を行い、5回KO勝ちで王座獲得に成功した。

2012年2月4日、テキサス州サンアントニオアラモドームWBC世界ミドル級王者フリオ・セサール・チャベス・ジュニアと対戦し12回0-3の判定負けでまたしても王座獲得に失敗した[1]

2012年6月30日、IBFインターナショナルミドル級王座決定戦をホルヘ・コタと対戦し7回TKO勝ちで王座獲得に成功した。

2012年9月8日、WBF世界スーパーミドル級王座決定戦をカルロス・バルドミールと行い、4回終了時棄権で王座獲得に成功した。

2012年12月22日、マイケル・ロサレスと対戦し初回と11回にダウンを奪い最後はレフェリーストップとなる11回1分3秒TKO勝ちで初防衛に成功した。

2014年4月5日、チワワ州のグラン・エスタディオでWBC世界ミドル級暫定王座決定戦をドメニコ・スパダと行い、10回1分38秒KO勝ちを収め念願の王座獲得に成功した[2]

2014年10月18日、カリフォルニア州カーソンホーム・デポ・センター・テニスコートで自身の持つWBC世界ミドル級暫定王座ゲンナジー・ゴロフキンの持つWBA世界ミドル級スーパー王座並びにIBO世界ミドル級王座を懸け対戦する予定だったが、前日計量でルビオがミドル級の契約体重である160ポンドを1.8ポンドオーバーの161.8ポンドを計測し、2時間の猶予を与えられたが体力の減退を理由に再計量も拒否した為、ルビオは体重超過WBC世界ミドル級暫定王座を剥奪され、10万ドル(約1080万円)の罰金と1ポンドにつき5万ドル(約540万円)のペナルティーが科されることとなり、ルビオが勝てばWBA世界ミドル級スーパー王座IBO世界ミドル級王座並びにWBC世界ミドル級暫定王座が空位となる条件で試合は通常に行われ[3]、立ち上がりからゴロフキンに左ジャブで試合を組み立てられ初回終了間際に右ストレートをねじ込こまれ初回から劣勢に立たされ、2回もゴロフキンの左フックから右アッパーへのコンビネーションで劣勢に立たされ、守勢に回ったルビオはゴロフキンの左フックでダウンを奪われるとレフェリーがそのまま10カウントを数え、2回1分19秒KO負けを喫した[4][5][6]

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ チャベスJr、ルビオを押し切る WBCミドル級戦 ボクシングニュース「Box-on!」2012年2月5日
  2. ^ ルビオがスパダをKO WBCミドル級暫定戦 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年4月6日
  3. ^ 米カーソンのW世界戦、ミドル級はルビオが体重超過 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年10月18日
  4. ^ ゴロフキン強し 12連続KO防衛 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年10月19日
  5. ^ Gennady Golovkin demolished “Veneno” Rubio in California WBA公式サイト 2014年10月19日
  6. ^ G Force antidote to Poison WBC公式サイト 2014年10月19日

外部リンク[編集]

暫定王座決定戦 対戦者
ドメニコ・スパダ
WBC世界ミドル級暫定王者

2014年4月5日 - 2014年10月17日(剥奪)

次暫定王者
ゲンナジー・ゴロフキン