内山高志

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内山 高志
Takashi Uchiyama in his triumphal parade.jpg
2012年、春日部市で凱旋パレードをする内山
基本情報
本名 内山 高志
通称

KO DYNAMITE

ノックアウト・ダイナマイト[1]
階級 スーパーフェザー級
身長 172cm[2]
リーチ 181cm[2]
国籍 日本の旗 日本
誕生日 1979年11月10日(35歳)
出身地 埼玉県春日部市
スタイル ボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 22
勝ち 21
KO勝ち 17
敗け 0
引き分け 1
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内山 高志(うちやま たかし、1979年11月10日 - )は、日本プロボクサー。第39代WBA世界スーパーフェザー級王者。その戦いぶりから「ノックアウトダイナマイト」の異名を持つ。歴代KO率日本No.1のボクサー。そのほかの獲得タイトルは、第35代OPBF東洋太平洋同級王者、アマチュア4冠王など。ワタナベボクシングジム所属。入場曲はThree 6 Mafiaの「It's A Fight」。現在、日本ボクシング界のエースと呼べる存在である。

来歴[編集]

アマチュア時代[編集]

長崎県で生まれ、幼少期に埼玉県春日部市に転居。小学校時代は内牧少年野球クラブで野球に親しみ、春日部市立春日部中学校時代にはサッカー部に所属。辰吉丈一郎川島郭志などの影響を受け、ボクシングの強豪である花咲徳栄高校に進学し、ボクシングに転向した。高校3年時の1997年に初の全国大会出場となる高校総体バンタム級で出場しベスト8入り。同年のなみはや国体少年の部バンタム級では榎洋之らを倒し準優勝した。

高校卒業後はボクシングの名門である拓殖大学に進学。しかし、補欠にも選ばれず同級生の荷物運びという厳しい扱いを受ける。この屈辱をばねにして努力を重ね、階級もライト級に上げた。大学4年時の2001年には新世紀・みやぎ国体で、当時アマチュア最強とされた飯田育夫(日本大学)を追いつめたものの判定で敗れた。同年の全日本アマチュアボクシング選手権大会では飯田を破り優勝。なお、大学の同期である相澤国之とは親友。

大学卒業後、高知県の久保建設に事務員として勤務しながら2002年よさこい高知国体で優勝し、全日本選手権を連覇。同年に行われたタイ王国主催のキングスカップでは、優勝したアトランタオリンピック金メダリストのソムラック・カムシンに敗れ、銅メダルを獲得[3][4]。同年度のアマチュア部門努力賞を受賞。東京都の青和観光株式会社に転職した2003年には全日本選手権3連覇を果たし、国体も含めアマチュア4冠を達成。同年の世界選手権大会ではベスト16入りし[5]、同年度のアマチュア部門年間優秀選手賞を受賞[3]

2004年のアテネオリンピック出場を目標として日本国内予選を勝ち抜いたが、同年5月11日にカラチパキスタン)で開催されたアジア地区最終予選で1回戦敗退[6]。本選出場を逃し引退を決意するが、同年の彩の国まごころ国体が出身地の埼玉県で開催されたこともあり、体調が万全でないまま出場し決勝まで進んだが細野悟法政大学)に敗れた。国体後は再び引退の意思を固めてプロのジムやK-1などからの誘いも断ったが、ビータイトプロモーション瀬端幸男の説得で引退を撤回し、ワタナベボクシングジムからプロへ転向することを決めた。

プロ時代[編集]

アマチュアでの実績があったため、B級ライセンスでプロテストを受験し合格。

2005年7月16日、6回戦でプロデビュー。初回TKO勝ちを収める。

2007年9月8日、8戦目で東洋太平洋王座挑戦。ナデル・フセインオーストラリア)と空位の同スーパーフェザー級王座を争い、8回TKO勝ちで王座奪取に成功する。その後、2009年10月まで5度の防衛に成功し[7]、同年12月に王座返上。

2010年1月11日、14戦目で世界初挑戦。東京ビッグサイトWBA世界スーパーフェザー級王者ファン・カルロス・サルガドメキシコ)に挑む。序盤から的確にパンチを集めて試合を優勢に進め、11回終了時点でポイントを大きくリード。判定でも勝利は間違いない状況であったが、最終12回も攻撃の手を緩めず、残り40秒を切ったところで王者からダウンを奪う。ダウンから立ち上がった王者を連打で追撃し、2分48秒、レフェリーストップによるTKO勝ち。無敗で世界王座獲得に成功した[8]

5月17日、世界王座初防衛戦。地元・埼玉県のさいたまスーパーアリーナ・コミュニティアリーナにて12位のアンヘル・グラナドス(ベネズエラ)と対戦。身長185cmとスーパーフェザー級では異例の長身であるグラナドスを相手に序盤から的確にパンチをヒットさせ、6回に右フックでダウンを奪い、レフェリーストップによるTKO勝利で初防衛に成功した[9]

9月20日、さいたまスーパーアリーナ・コミュニティアリーナにてWBA世界5位のロイ・ムクリス(インドネシア)を迎えての2度目の防衛戦。序盤から相手のボディーに効果的にパンチを浴びせて主導権を握る。迎えた5R、残り1分を切ったところで右ストレートをクリーンヒットさせたのを皮切りに、挑戦者をロープに詰めて一気に連打を浴びせ、ダウンを奪うと相手はそのまま立ち上がれず。結局、レフェリーはカウントを途中で停止し、試合をストップ。2分27秒TKOで王座防衛に成功した[10]。世界王座獲得から3戦続けてのKO勝利は、日本の世界王者としては初めて。ムクリスは試合後も起き上がることができず、担架に乗せられ会場近くの病院へ直行。左ほお骨骨折で入院を余儀なくされた。

2011年1月14日、東京・文京区のJBC事務局にて前年11月にニカラグアで行われたWBA総会で受賞が決定したアジア優秀選手賞の記念品贈呈式が行われ、記念のプレートが贈呈された。[11]

1月31日、3度目の防衛戦。東京有明コロシアムで4位の三浦隆司横浜光)と対戦した。当初、この試合は1月10日に暫定王者ホルヘ・ソリス(メキシコ)との王座統一戦となる予定であったが、ソリスが気管支肺炎を患ったため試合を辞退。それに伴い、三浦との日本人対決に変更となった。試合は3回に偶然のバッティングで右目上をカットし、さらに挑戦者の左ストレートでダウンを奪われたものの、その後は左ジャブを的確に当て続け、挑戦者の右目を腫れ上がらせる。そして、8回終了後のインターバルで挑戦者側が右目の視界を失ったことを理由に棄権し、TKOで防衛成功。これで世界王座奪取から4連続(世界王座奪取前から数えると7連続)のKO勝ちとなった。試合終了後、内山は左ジャブを多用した理由として「試合中に右手を骨折していた」ことを明かした[12](診断の結果、骨折ではなく右手甲の手根骨と中手骨の脱臼であった)。また内山は3度目の防衛戦前の練習でも右拳を痛めていた為、試合後に右拳の手術を受けさせ、暫く防衛戦を組まなかった。

12月31日、前回の防衛戦から11ヶ月間を置いての4度目の王座防衛戦は1月に対戦する予定だった暫定王者ソリスと横浜文化体育館で対戦した。5回にソリスをぐらつかせるなど冷静に自分のペースを作って試合を運ぶ。11回開始直後に左フックでダウンを奪ったところで、レフェリーがノーカウントで試合をストップ。王座防衛成功となった[13]。奪取戦を含めた世界戦5連続KO勝ち、および世界タイトル統一戦KO勝ちは日本人選手では初となった。

2012年3月1日、WBA本部があるパナマパナマ市で前年度のWBA年間KO賞に選ばれ表彰式に出席した。WBAのKO賞を日本人が受賞したのは史上初の快挙であった[14]

2012年4月、春日部藤まつりにて、内山の5度目の防衛戦の春日部市開催決定を祝う人々

7月16日、地元のウィングハット春日部で5度目の防衛戦。6位にランクされるマイケル・ファレナス(フィリピン)と対戦したが、3回に内山が偶然のバッティングで右目上を負傷し試合続行が不可能となり、連続KO記録は途絶えたが3回負傷引き分けで5度目の防衛に成功した[15]。負傷した部分は三浦戦でもカットしており、今回の試合では長さ6センチ、深さ8ミリの重度の裂傷だった。

12月31日、大田区総合体育館で暫定王者で1位のブライアン・バスケスコスタリカ)と対戦。中盤からボディブローを多用し、8回途中左フックで無敗の暫定王者バスケスをよろめかし、残り30秒からラッシュの猛攻で、相手をロープ際に追い込みレフェリーストップによる8回3分TKO勝ちで6度目の防衛と自身2度目の王座統一に成功した[16]

2013年5月6日、7度目の防衛戦。大田区総合体育館で元WBA世界フライ級王者ロレンソ・パーラの弟で10位のハイデル・パーラ(ベネズエラ)と対戦。5回に左ボディーブロー一発でダウンを奪いノックアウト。5回2分15秒KO勝ちで7度目の防衛に成功した[17]。試合後にWBAからこれまでの防衛を称えられ、スーパーチャンピオンベルトを贈呈された[18]

12月31日、大田区総合体育館で前日本王者で4位の金子大樹(横浜光)と対戦。10回にダウンを奪われるもその後見事なリカバリーを見せ、3-0(3者とも117-110)の判定勝ちを収め8度目の防衛に成功した[19]

2014年12月31日、大田区総合体育館で9位のイスラエル・ペレス(アルゼンチン)と9度目の防衛戦を行う予定[20]

エピソード[編集]

  • ゲームセンターのパンチングマシンで700kgを記録し、マシンを壊したことがある[21]
  • 青和観光勤務時代は優秀な営業マンであった。自身のプロ転向後も、初めて会う人に対しては、自分を知ってもらうために常に携帯している資料を見せる。試合後のあいさつ回りもきっちりと行うなど、ファンを喜ばせるための大変な努力をしている。そのため、早い時期から自らの時間のすべてをボクシングに費やすことが可能となった。
  • 2009年11月には実弟の篤も松田ボクシングジムからプロデビューした[22]
  • キックボクサー日菜太とは練習仲間である。内山自身も2004年の国体後にK-1からオファーを貰ったが、当時はまだ内山に合った軽い階級が無かったことに加え、アテネオリンピック出場を逃したことで引退を考えていたため断っている。
  • 2010年10月1日に出身の埼玉県春日部市より、「かすかべ親善大使」に委嘱された。同年11月5日には母校の埼玉県春日部市立内牧小学校から「ようこそ先輩!」集会に招かれ、624人の全校児童を前に練習の苦しさ、それを耐えた先にある楽しいことやうれしいこと、継続することの大事さを語った[23]。春日部市は2012年度から内山を題材にした道徳授業を始めており、目標を立てても最後までやり遂げることが苦手な子が多く、「夢をあきらめず、努力すること」の大切さを学ばせている[24]
  • 2013年4月4日にボクサーでは初のジュニア野菜ソムリエの取得に成功し、日本野菜ソムリエ協会の「野菜ソムリエ アンバサダー」に任命された[25]
  • 7度目の防衛戦より親交の深い岡本隆根の「HIT MAN!」を公認サポーターソングとして防衛成功後の退場シーンなどで流れている。この曲は内山本人も岡本との共作という形で作詞、コーラスにも参加している[26]

戦績[編集]

  • アマチュアボクシング:113戦91勝 (59KO・RSC) 22敗
  • プロボクシング:22戦21勝 (17KO) 無敗1分
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 2005年7月16日 1R 0:35 KO チャンデッド・シスラムカムヘン タイ王国の旗 タイ プロデビュー戦
2 2005年9月29日 1R 2:57 KO 上野克義 (ウエストジャパン) 日本の旗 日本
3 2005年11月19日 1R 2:39 TKO 朴萬得 韓国の旗 韓国
4 2006年9月13日 8R 判定3-0 遠藤智也 (ドリーム) 日本の旗 日本
5 2006年12月9日 3R 1:45 KO モセス・セラン インドネシアの旗 インドネシア
6 2007年2月10日 10R 判定3-0 ムアンファーレック・ギャットウィチアン タイ王国の旗 タイ
7 2007年6月2日 3R 2:01 KO 白承元 韓国の旗 韓国
8 2007年9月8日 8R 1:32 KO ナデル・フセイン オーストラリアの旗 オーストラリア OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王座決定戦
9 2008年2月2日 10R 1:37 TKO 山﨑晃 (六島 日本の旗 日本 OPBF防衛1
10 2008年6月12日 12R 判定3-0 阪東ヒーロー (ファミリーフォーラム) 日本の旗 日本 OPBF防衛2
11 2008年11月1日 4R 1:55 TKO 文炳圭 韓国の旗 韓国 OPBF防衛3
12 2009年5月2日 5R 1:05 TKO トーン・ポー・チョークチャイ タイ王国の旗 タイ OPBF防衛4
13 2009年10月3日 7R 1:01 TKO アーロン・メルガレホ フィリピンの旗 フィリピン OPBF防衛5
14 2010年1月11日 12R 2:48 TKO ファン・カルロス・サルガド メキシコの旗 メキシコ WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ
15 2010年5月17日 6R 1:42 TKO アンヘル・グラナドス ベネズエラの旗 ベネズエラ WBA防衛1
16 2010年9月20日 5R 2:27 TKO ロイ・ムクリス インドネシアの旗 インドネシア WBA防衛2
17 2011年1月31日 8R 終了 TKO 三浦隆司横浜光 日本の旗 日本 WBA防衛3
18 2011年12月31日 11R 0:19 TKO ホルヘ・ソリス メキシコの旗 メキシコ WBA防衛4 (王座統一戦)
19 2012年7月16日 3R 1:15 負傷 マイケル・ファレナス フィリピンの旗 フィリピン WBA防衛5
20 2012年12月31日 8R 3:00 TKO ブライアン・バスケス コスタリカの旗 コスタリカ WBA防衛6 (王座統一戦)
21 2013年5月6日 5R 2:15 KO ハイデル・パーラ ベネズエラの旗 ベネズエラ WBA防衛7
22 2013年12月31日 12R 判定3-0 金子大樹横浜光 日本の旗 日本 WBA防衛8
23 2014年12月31日 - - - イスラエル・ペレス アルゼンチンの旗 アルゼンチン 試合前

獲得タイトル[編集]

アマチュア[編集]

受賞歴[編集]

  • プロ・アマチュア年間表彰
    • 2002年度アマチュア部門 努力賞
    • 2003年度アマチュア部門 優秀選手賞
    • 2010年度プロ部門 殊勲賞・KO賞[27]  
    • 2010年度WBAアジア優秀選手賞
    • 2011年度プロ部門 技能賞・KO賞[28]
    • 2011年度WBA年間KO賞
    • 2012年度プロ部門 殊勲賞[29]
    • 2013年度プロ部門 技能賞・年間最高試合賞(=2013年12月31日 WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ 内山高志 vs. 金子大樹)[30]

プロ[編集]

著書[編集]

  • 心は折れない (廣済堂出版、2011年12月)

出演[編集]

俳優として以下の作品に出演している。

映画[編集]

  • 映画「タッチ」(2005年)ボクサー 役。 - プロデビュー戦と2戦目の間に公開された。

カラオケ[編集]

ゲーム[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「現代スーパーボクサー」【10】内山高志(日本、ワタナベ)”. 時事通信 (2012年7月17日). 2011年11月14日閲覧。[リンク切れ]
  2. ^ a b グラナドスやっぱり185センチ!-予備検診 - ボクシングニュース「Box-on!」(2010年5月14日)
  3. ^ a b PROFILE - 内山高志オフィシャルサイト
  4. ^ 25.King's Cup - Bangkok, Thailand - April 4-10 2002”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2014年7月1日閲覧。
  5. ^ 12.World Championships - Bangkok, Thailand - July 6-12 2003”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2014年7月1日閲覧。
  6. ^ Green Hill Tournament (olympic qualifier) Karachi, Pakistan May 6-12, 2004”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2014年7月1日閲覧。
  7. ^ 内山も1位撃破-V5 - ボクシングニュース「Box-on!」(2009年10月3日)
  8. ^ 内山新王者!無敗の最強30歳/ボクシング - 日刊スポーツ(2010年1月12日)
  9. ^ 内山、地元リングでKOV1 WBA世界S・フェザー級戦 - ボクシングニュース「Box-on!」(2010年5月18日)
  10. ^ 内山世界戦全KO勝ち ムクリスを病院送りV2 - ボクシングニュース「Box-on!」 2010年9月20日閲覧
  11. ^ 内山にWBAアジア優秀選手賞記念品贈呈 - ボクシングニュース「Box-on!」 2011年1月14日閲覧
  12. ^ 骨折しながら内山TKO防衛! - スポーツニッポン 2011年2月1日閲覧
  13. ^ 内山、暫定王者ソリスを豪快KO WBA S・フェザー級 - ボクシングニュース「Box-on!」 2012年1月1日閲覧
  14. ^ 「KO賞」受賞の内山がパナマから帰国 - ボクシングニュース「Box-on!」 2012年3月5日閲覧
  15. ^ 内山が負傷引き分けでV5/ボクシング - 日刊スポーツ(2012年7月16日)
  16. ^ 内山が8回TKOでV6 - ボクシングニュース「Box-on!」(2012年12月31日)
  17. ^ 内山V7 悶絶ボディブローで5回KO勝ち - ボクシングニュース「Box-on!」(2013年5月6日)
  18. ^ 内山が日本人初のスーパー王者に昇格へ 日刊スポーツ 2013年5月8日
  19. ^ 内山、ダウン喫するも判定でV8 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年12月31日
  20. ^ 内山高志、河野公平、田口良一 大みそか3世界戦 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年10月16日
  21. ^ ニッポン放送「南原清隆のスポーツドリーム」(3月27日放送)
  22. ^ 1位有冨TKO勝ち 刈谷市の2部興行結果 - ボクシングニュース「Box-on!」(2009年11月22日)
  23. ^ 山崎照朝 (2010年11月16日). “品格も優れた王者・内山” (日本語). 【コラム 撃戦記】. 中日スポーツ. 2010年11月16日閲覧。
  24. ^ WBAチャンプ・内山高志選手 道徳教材に - ウェイバックマシン(2012年7月8日アーカイブ分) - 読売新聞(2012年7月1日)
  25. ^ 内山が野菜ソムリエに - ボクシングニュース「Box-on!」(2013年4月4日)
  26. ^ 内山が作詞家に!V7戦の前日5・5発売 日刊スポーツ 2013年4月23日
  27. ^ MVP西岡、須佐ら 2010年の表彰選手集合!! - ボクシングニュース「Box-on!」 2011年1月26日閲覧
  28. ^ 年間優秀選手決定”. 日本ボクシングコミッション (2012年1月6日). 2012年1月11日閲覧。
  29. ^ MVP井岡、技能 山中、殊勲 内山 2012年間表彰 - ボクシングニュース「Box-on!」 2013年1月7日閲覧
  30. ^ 山中がMVP、KO賞の2冠獲得 技能・内山、殊勲・三浦 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年1月7日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

空位
前タイトル保持者
小堀佑介
第35代OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者

2007年9月8日 - 2009年12月(返上)

空位
次タイトル獲得者
川村貢治
前王者
ファン・カルロス・サルガド
第39代WBA世界スーパーフェザー級王者

2010年1月11日 - 現在

次王者
N/A