風神ライカ

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風神ライカ
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基本情報
本名 来家 恵美子
階級 ライト級
身長 163cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 1976年1月24日(38歳)
出身地 京都府
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 34(JBCによる女子公認前後の通算)
勝ち 25
KO勝ち 10
敗け 8
引き分け 1
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風神ライカ(ふうじんライカ、女性、1976年1月24日 - )は、日本のアマチュアキックボクサー、元プロボクサー。本名は来家 恵美子(らいか えみこ)。OPBF東洋太平洋女子ライト級王者。世界王座三階級制覇を達成し、女子の試合を日本ボクシングコミッション(JBC)に公認させるまでに隆盛させた大きな功績を持つ。日本での女子プロボクシングの礎を築いた。京都府出身。

人物[編集]

京都府立農芸高等学校大垣女子短期大学卒。

旧リングネームは「ライカ」。なお、ライカという名は本名(苗字)と、伝説の女子ボクサー「ルシア・ライカ」にあやかって付けられた。

2009年まで山木ジム(現アルファボクシングジム)に所属。この時期にスーパーライト級IFBA)、ライト級(WIBA)、フェザー級(WIBA)の世界王座三階級を制覇した。JBC公認後は竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジムに移籍し、東洋太平洋王座を獲得した。

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

事情あって両親に育てられることがなかった。そのため1979年から高校卒業まで児童養護施設で育つ。短大では、工場で働きながら歯科衛生士を取得。卒業後歯科衛生士として京都府内の歯科医に勤務。

高校時代に、漫画「はじめの一歩」を読んでボクサーに憧れるものの、社会人になるまで何かしていたわけではなかった。1998年8月に地元京都のB・BOXジム(現WOZボクシングジム)に入門。アマチュアとしてデビューした。1999年全日本アマチュアでは最優秀選手に選ばれた。

JWBC時代[編集]

下積み時代[編集]

1999年JWBC設立を受け東京に移住。山木ジムに移籍。同ジムはチャンピオン候補生として生活費込みで面倒を見続けた。

2000年5月8日、JWBC興行にてプロデビューを白星で飾る。リングネームはライカ北沢タウンホールで大沼慶子を2RTKOで下す。

このころから畑山隆則の指導を受けるようになる。

日本王者[編集]

2002年1月、自伝「私は「居場所」を見つけたい」を新潮社から刊行。

2002年2月3日、北沢タウンホールで行われた「JWBCダブルタイトルマッチ Fighting Girls Part1」に出場。日本初代女子フェザー級王座決定戦で菊川未紀(フェザー級2位)を10R判定3-0で下し初代女子フェザー級王者となった。

2002年4月29日には初国際戦を経験。現役世界王者のレイラ・マッカーターアメリカ / IFBA世界フェザー級王者)と対戦し、0-2の判定負け。プロ初黒星となった。

2002年9月7日、ベネット・ローレン(オーストラリア / WIBA同級世界5位)と対戦。2R0分27秒でセコンドがタオル投入したためTKOで勝利。

世界王座獲得[編集]

2002年12月18日、代々木競技場第2体育館で行われたWIBA世界フェザー級タイトルマッチ(2分10R)で、シャロン・アニオス(オーストラリア)に挑戦。10R判定2-1で辛くも世界王座を獲得した。

2003年11月30日に初防衛戦を行い、前王者シャロン・アニオス(同級1位)と再戦。10R判定2-0で下し、世界王座の初防衛に成功。

2004年5月23日、六本木ヴェルファーレで、シェルビー・ウォーカー(アメリカ)を相手に2度目の防衛戦を行い、2RTKOで防衛に成功。

2004年9月18日、京都府立体育館で、ミッシー・フィオレンティーノ英語版(アメリカ / 同級世界4位)を10R判定3-0で下し3度目の防衛に成功。

その後、タイトルを返上し1階級上のスーパーフェザー級に転向。2005年3月13日に六本木ヴェルファーレで行われたWIBA世界スーパーフェザー級王座決定戦に出場。チーベル・ホールバック(アメリカ / 同級世界2位)に10R判定0-3で負け王座獲得に失敗した。

再び世界王者に[編集]

さらに2階級上げると、2006年5月20日に韓国全羅北道井邑市の井邑国民体育センターで行われたIFBA世界スーパーライト級王座決定戦に出場。ジュン・ウォンミン(韓国)に3-0で判定勝ちし、新王者となった。

2006年12月15日、新宿FACEの「女拳闘士・最強祭」にてテリー・ブレアー(アメリカ)とのWIBA世界ライト級王座決定戦に臨み3-0の判定勝利、三階級制覇を成し遂げた。

2006年12月、WBCFスーパーフェザー級2位となった。

2007年4月13日、カナダアルバータ州エドモントンにて、ジェレーナ・ムルジェノビッチとのWBCFスーパーフェザー級選手権試合に挑むが、大差の判定負けを喫した。

2007年11月10日、自主興行「風神見参 ライカタイフーン」を新宿FACEで開催し、WBC女子世界ライト級王者アン・マリー・サクラートとWIBA世界ライト級防衛戦を行う。2分10Rを戦い抜き、2-0の判定勝ち。この興行のポスターは、「はじめの一歩」作者の森川ジョージが描いた。サクラートはこの敗戦がきっかけで保持していたWBC王座を剥奪された。

JBC時代[編集]

JBCデビュー[編集]

2008年2月28日に行われたJBCプロテストを受験し合格。なお、JBCでは名だけのリングネームは認められないため、自主興行の興行名「風神」を入れて「風神ライカ」にリングネームを改めた。

2008年5月9日、後楽園ホールで行われた女子プロボクシング立上げ記念興行「G Legend」ではメインイベントに抜擢され、アマチュア世界選手権銀メダリストでプロ無敗のナタリー・ブラウンと対戦。判定勝ちを収めた。

2008年8月11日、後楽園ホールにて、剥奪により空位となっていたWBC女子世界ライト級をかけてサクラートと再戦を行ったが、大差の判定負けで王座奪取はならなかった。それに伴いWIBA同級王座も剥奪された。

2009年3月3日、オリビア・ペレイラ・ゲルーラとの再起戦に挑んだが、スプリットデシジョンで敗れた(ゲルーラは次の試合でWBC世界王座を獲得)。

移籍・東洋太平洋王座獲得[編集]

2009年6月17日、竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジムに移籍[1]

2009年7月3日、WBA・GBU女子ライト級王座に挑戦(ラスベガス)。王者レイラ・マッカーターは、プロ初黒星を許した相手であったが、再度0-3の判定負けを喫した[2](このうちGBUはJBC未公認タイトルである)。

2009年12月6日、大阪でパンチップ・ムアン・ウボンを4回KOで退け再起に成功。

2010年4月1日、ラムドゥアン・サイカムを3回KOで退けJBC公認および移籍後初の連勝[3]

2010年9月24日、ブロンウィン・ウィリーに判定勝ちを収め、OPBF東洋太平洋女子ライト級初代王者となった[4]。女子の試合がJBC公認されてから彼女にとって初の戴冠となった。

2011年4月4日、OPBF女子スーパーフェザー級王者水谷智佳とのノンタイトル8回戦に挑み、4RKO勝利。

世界再挑戦[編集]

2011年9月22日、WBC女子同級王座挑戦者決定戦として因縁のジェレーナ・ムルジェノビッチと約4年半ぶりの対戦。しかし判定で敗れる。

2012年3月22日、後楽園ホールでのフラッシュ赤羽興行(東洋太平洋スーパーミドル級タイトルマッチ清田祐三VS松本晋太郎)にて、WBA女子世界ライト級王者エリカ・ファリアスとエキシビション。

2013年8月15日、韓国・ソウルにて元WBA世界フェザー級王者崔賢美とのWBA女子世界スーパーフェザー暫定王座決定戦に挑んだが、0-3判定でまたしても王座を逃した。

引退[編集]

この試合後に引退勧告を受け[5]、年明けて38歳の誕生日翌日の2014年1月25日にブログ上で引退表明[6]。アマチュア時代から15年に及ぶボクシング生活に幕を下ろした。

キック転向[編集]

現在は前職の歯科衛生士に復職し、並行してキックボクシングや総合格闘技のトレーニングに励み格闘家への転向を目指している。

2014年8月3日、ゴールドジムサウス東京アネックスで開かれたアマチュアキックボクシング大会「KAMINARIMON」にエントリーし、3-0の判定で勝利[7]

戦績[編集]

  • プロボクシング:34戦 25勝 10KO 8敗 1分
  • うちJBC公認後:13戦 8勝 3KO 5敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 2000年5月8日 3R 1:17 TKO 大沼慶子(シーザー) 日本の旗 日本 プロデビュー戦
2 2000年9月21日 6R 判定0-1 小泉かおり(白龍) 日本の旗 日本
3 2000年12月12日 6R 判定3-0 安知薫 韓国の旗 韓国
4 2001年3月2日 6R 判定2-1 菊川美紀(名古屋BS) 日本の旗 日本
5 2001年7月20日 3R 1:15 TKO 張替美佳 日本の旗 日本
6 2002年2月3日 10R 判定3-0 菊川未紀(桶狭間) 日本の旗 日本 日本女子フェザー級タイトルマッチ
7 2002年4月29日 8R 判定0-2 レイラ・マッカーター アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
8 2002年6月9日 3R TKO 張替美佳 日本の旗 日本
9 2002年9月7日 2R 0:27 TKO ベネット・ローレン オーストラリアの旗 オーストラリア
10 2002年12月18日 10R 判定2-1 シャロン・アニオス オーストラリアの旗 オーストラリア WIBA世界フェザー級タイトルマッチ
11 2003年6月25日 8R 判定2-0 ジェリー・サイツ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
12 2003年11月30日 10R 判定2-0 シャロン・アニオス オーストラリアの旗 オーストラリア WIBA世界フェザー級タイトルマッチ
13 2004年5月23日 2R 1:59 TKO シェルビー・ウォーカー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WIBA世界フェザー級タイトルマッチ
14 2004年9月18日 10R 判定3-0 ミッシー・フィオレンティーノ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WIBA世界フェザー級タイトルマッチ
15 2005年3月13日 10R 判定0-3 チーベル・ホールバック アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WIBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ
16 2005年10月1日 8R 判定3-0 ベリンダ・ララキュエント アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
17 2006年5月20日 10R 判定3-0 鄭元美 韓国の旗 韓国 IFBA世界スーパーライト級タイトルマッチ
18 2006年6月10日 4R 1:30 KO 高橋洋子(巴組) 日本の旗 日本
19 2006年12月15日 10R 判定3-0 テリー・ブレア アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WIBA世界ライト級タイトルマッチ
20 2007年4月13日 10R 判定0-3 エレナ・マジェノビッチ カナダの旗 カナダ WBC女子スーパーフェザー級タイトルマッチ
21 2007年11月10日 10R 判定2-0 アン・マリー・サクラート アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WIBA世界ライト級タイトルマッチ
22 2008年5月9日 6R 判定2-0 ナタリー・ブラウン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
23 2008年8月11日 10R 判定0-3 アン・マリー・サクラート アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBC女子ライト級タイトルマッチ
24 2009年3月3日 8R 判定1-2 オリビア・ペレイラ・ゲルーラ カナダの旗 カナダ
25 2009年7月3日 10R 判定0-3 レイラ・マッカーター アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBA女子ライト級タイトルマッチ
26 2009年12月6日 4R 1:48 KO パンチップ・ムアン・ウボン タイ王国の旗 タイ
27 2010年4月1日 3R 2:09 KO ラムドゥアン・サイカム タイ王国の旗 タイ
28 2010年9月24日 10R 判定3-0 ブロンウィン・ウィリー ニュージーランドの旗 ニュージーランド OPBF女子ライト級王座決定戦
29 2011年4月4日 4R 1:54 KO 水谷智佳(宮田) 日本の旗 日本
30 2011年9月22日 10R 判定0-3 ジェレーナ・ムルジェノビッチ カナダの旗 カナダ WBC女子スーパーフェザー級王座挑戦者決定戦
31 2012年7月11日 6R 判定3-0 シンシア・ムニョス メキシコの旗 メキシコ
32 2012年10月28日 2R 1:10 KO バス・ソータマチャック タイ王国の旗 タイ
33 2013年3月12日 8R 判定3-0 クリスティーナ・サンチェス メキシコの旗 メキシコ
34 2013年8月15日 10R 判定0-3 崔賢美 韓国の旗 韓国 WBA女子世界スーパーフェザー暫定王座決定戦

獲得タイトル[編集]

著書[編集]

風神ライカを取り上げた映画[編集]

  • 日本女子プロボクシングの夜明け 〜伝説の始まり〜 (JWBC時代のドキュメンタリー)

DVD[編集]

  • 風神見参 ライカタイフーン 女子ボクシング世界3階級制覇 ライカ自主興行 (自主興行の試合を収録)
  • 日本女子プロボクシングの夜明け 〜伝説の始まり〜 (上記の映画)

風神ライカを取り上げたテレビ番組[編集]

  • TBS「いのちの響
  • NHK「アスリートの魂『生きるためリングへ ボクシング 来家恵美子』」(2013年4月8日、BS1)
  • NHK「アスリートの魂『決意のリング ボクシング 来家恵美子』」(2013年9月2日、BS1)

風神ライカをモデルとしたドラマ[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
N/A
初代JWBCフェザー級王者

2002年2月3日 - 2002年(返上)

空位
次タイトル獲得者
菊川未紀
前王者
シャロン・アニオス
第2代WIBA世界フェザー級王者

2002年12月18日 - 2004年(返上)

空位
次タイトル獲得者
マルセラ・アクーニャ
空位
前タイトル保持者
マリーシャ・スジョー
第3代IFBA世界スーパーライト級王者

2006年5月20日 - 2008年

空位
次タイトル獲得者
N/A
空位
前タイトル保持者
カーラ・ロー
第5代WIBA世界ライト級王者

2006年12月15日 - 2008年(返上)

空位
次タイトル獲得者
ローラ・エル・ハラビ
空位
2010年創設
初代OPBF東洋太平洋女子ライト級王者

2010年9月24日 - 現在

次王者
N/A