高山勝成
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | 高山 勝成 |
| 通称 | ライトニングキッド |
| 階級 | ミニマム級 |
| 身長 | 158.5cm[1] |
| リーチ | 158cm[1] |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1983年5月12日(28歳) |
| 出身地 | 大阪府大阪市 |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 29 |
| 勝ち | 24 |
| KO勝ち | 10 |
| 敗け | 4 |
| 無効試合 | 1 |
高山 勝成(たかやま かつなり、男性、1983年5月12日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府大阪市出身。元WBC世界ミニマム級王者、元WBA世界同級暫定王者。JBC傘下時代は、所属をエディタウンゼントジム→グリーンツダジム→真正ボクシングジムと渡り歩いた。2009年より日本ボクシングコミッションの傘下選手でなくなり、IBF・WBOの世界タイトル奪取を目標に活動をしている[2]。
入場曲はKISSの "DETROIT ROCK CITY"。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] JBC傘下時代
中学2年時に友人に誘われジムを見学したのをきっかけに、地元のエディタウンゼントジムに入門。本格的にボクシングを始める。
2000年10月18日、プロデビュー戦に4RTKO勝利を収めた。
2001年12月5日、6連勝で西軍代表として全日本ライトフライ級新人王を山崎光洋(埼玉池田)と争い6R判定で下し、タイトルを獲得。
2002年10月14日、元WBA世界ミニマム級暫定王者ソンクラーム・ポーパオイン(タイ)を10R判定で降し、世界ランク入り。
2003年4月21日、日本ライトフライ級王者畠山昌人(協栄札幌赤坂)にタイトルマッチ初挑戦も、9R逆転TKO負けで王座奪取ならず。その後、グリーンツダに移籍。
2005年4月4日、世界初挑戦。WBC世界ミニマム級王者イサック・ブストス(メキシコ)を12R判定に降し、王座獲得。日本国内ジム出身50人目の世界王者となった。
同年8月6日、元王者のイーグル京和(角海老宝石 タイ出身)を相手に初防衛戦を行うも、12R判定に敗れ、王座陥落。
その後、12月3日に再起を果たした。
2006年3月18日、小熊坂諭(新日本木村)を9R2分8秒・負傷判定3-0で破り日本ミニマム級王座獲得。元世界王者の日本王座獲得は三原正に次ぎ2人目。同王座は防衛戦を行わないまま6月16日に世界挑戦のため返上した[3]。
2006年9月2日、後楽園ホールでWBA世界ミニマム級王者新井田豊(横浜光ジム)に挑戦する予定であったが、王者新井田が8月26日のスパーリングで左肋軟骨を骨折し、新井田戦は2007年4月7日に延期となった[4]。
2006年11月7日、WBA世界ミニマム級暫定王座決定戦で、1位のカルロス・メロ(パナマ)を圧倒し、フルマークの判定(10R負傷判定勝ち)でタイトルを獲得した[5]。
2007年4月7日、後楽園ホールにてWBAミニマム級正規王者新井田豊と統一戦を行うものの、1-2の判定で敗北し、王座から陥落した[6]。直後際どい判定を不服とし引退を表明したが[7]、6月に引退を撤回し再起を表明。同試合で得られる予定であったファイトマネー350万円中330万円が支払われず、グリーンツダジムをJBCへ訴えた。JBCの聞き取りの結果、グリーンツダジムには負債があり支払い能力が無いことが判明、JBCはこの結果、通常のライセンス更新期限(3年)を待たずしての移籍金なしのフリーエージェントでジム移籍を認める異例の決定を下した。
2007年10月2日、同日にプロ加盟申請が受理された真正ジム(山下正人会長)への移籍を果たし[8][9]、10月6日には再起戦をフィリピン国内ランカー相手に戦って10R判定勝ちを収めた[10]。
2008年1月5日、タイミニマム級王者のガオフラチャーン・シットサイトーンに9RTKO勝ち[11]。
2008年4月28日、フィリピンミニマム級4位マーティング・キラキルに9RTKO勝ち。
2008年9月22日、大阪府立体育会館第2競技場にてライトフライ級契約でハビエル・ムリージョ(メキシコ)と対戦し3-0の10R判定勝ちを収めた。当初はファン・ランダエタと世界前哨戦を行う予定であったが右拳の負傷により試合3日前に対戦相手がハビエルに変わった[12]。
2009年7月14日、神戸ワールド記念ホールで前年9月に新井田からWBA世界ミニマム級王座を奪取したローマン・ゴンザレス(ニカラグア)に挑戦。中盤は左ボディでゴンザレスを失速させる場面もあったが、前月の練習中に2度にわたりカットして9針縫った左目上の傷がヒッティングを受けて6Rに開くなどして[13]終盤は追い込まれ、0-3の判定で敗れて2年3か月ぶりの世界王座復帰は果たせなかった[14]。なお、この日は同じ会場で同門の長谷川穂積が自身の保持するWBC世界バンタム級王座の9度目の防衛に成功した。
[編集] JBCからの離脱
2009年11月16日、JBCへ引退届を提出し受理された[15]。2010年5月にはフィリピンのALAプロモーションと契約した上で[16]、5月22日に海外進出第1戦としてフィリピン中部セブ島で同国ライトフライ級ランカーのジェイソン・ロトニーとノンタイトル10回戦を行う予定であったが、ロードワーク中の負傷により中止となった[17]。
2010年9月1日、南アフリカ・ヨハネスブルク郊外でIBF世界3位のツシェポ・レフェレ(南アフリカ)と同9位として対戦。「IBF世界ミニマム級挑戦者決定戦」として行われたこの12回戦で6回TKO勝ち。同王座への挑戦権を獲得した[18]。
2011年1月29日、南アフリカ・ヨハネスブルク郊外のブラクパンでIBF世界ミニマム級チャンピオンのヌコシナチ・ジョイ(南アフリカ)に挑戦。第3ラウンドに偶然のバッティングによって高山が右側頭部をカットし、試合続行不可能と判断したレフェリーが試合をストップ。規定のラウンド数を消化していないため無効試合となり、王座獲得はならなかった[19]。
[編集] 戦績
プロボクシング:29戦24勝 (10KO) 4敗 (1KO)1NC
| 戦 | 日付 | 勝敗 | 時間 | 内容 | 対戦相手 | 国籍 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2000年10月18日 | ☆ | 4R 2:42 | TKO | 中村洋三 | (尼崎亀谷) |
プロデビュー戦 |
| 2 | 2001年4月28日 | ☆ | 4R | 判定 | 國重隆 | (大阪帝拳) |
西日本ライトフライ級新人王トーナメント予選 |
| 3 | 2001年7月22日 | ☆ | 2R 1:30 | KO | 龍岩大器 | (姫路木下) |
西日本ライトフライ級新人王トーナメント準決勝 |
| 4 | 2001年9月13日 | ☆ | 6R | 判定 | 楠浩明 | 西日本ライトフライ級新人王トーナメント決勝戦 | |
| 5 | 2001年10月13日 | ☆ | 6R | 判定 | 大曲大五郎 | (東海) |
中日本・西日本ライトフライ級新人王対抗戦 |
| 6 | 2001年11月18日 | ☆ | 2R 2:04 | TKO | 西村吉史 | (関博之) |
全日本ライトフライ級新人王西軍代表決定戦 |
| 7 | 2001年12月15日 | ☆ | 6R | 判定 | 山崎光洋 | (埼玉池田) |
全日本ライトフライ級新人王決定戦 |
| 8 | 2002年5月5日 | ☆ | 4R 2:32 | TKO | 柏木大作 | (大阪帝拳) |
|
| 9 | 2002年7月13日 | ☆ | 8R 1:43 | TKO | 岡島孝 | (尼崎) |
|
| 10 | 2002年10月14日 | ☆ | 8R | 判定2-0 | ソンクラーム・ポーパオイン | ||
| 11 | 2003年4月21日 | ★ | 9R 2:34 | TKO | 畠山昌人 | 日本ライトフライ級タイトルマッチ | |
| 12 | 2003年12月21日 | ☆ | 3R 1:23 | TKO | サミン・ツインズジム | ||
| 13 | 2004年2月15日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | 藤原工輔 | (鍵本エディ) |
|
| 14 | 2004年8月7日 | ☆ | 10R | 判定2-0 | エルマー・ゲホン | ||
| 15 | 2004年12月8日 | ☆ | 3R 1:48 | KO | ナムチャイ・タクシンイーサン | ||
| 16 | 2005年4月4日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | イサック・ブストス | WBC世界ミニマム級タイトルマッチ | |
| 17 | 2005年8月6日 | ★ | 12R | 判定0-3 | イーグル京和 | (角海老宝石) |
WBC王座陥落 |
| 18 | 2005年12月3日 | ☆ | 8R 0:21 | 負傷3-0 | ロレン・デル・カスティーリョ | ||
| 19 | 2006年3月18日 | ☆ | 9R 2:08 | 負傷3-0 | 小熊坂諭 | (新日本木村) |
日本ミニマム級タイトルマッチ/返上 |
| 20 | 2006年11月7日 | ☆ | 9R 1:30 | 負傷3-0 | カルロス・メロ | WBA世界ミニマム級暫定王座決定戦 | |
| 21 | 2007年4月7日 | ★ | 12R | 判定1-2 | 新井田豊 | (横浜光) |
WBA世界ミニマム級王座統一戦/暫定王座陥落 |
| 22 | 2007年10月6日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | ファビオ・マルファ | ||
| 23 | 2008年1月5日 | ☆ | 9R 1:24 | TKO | ガオフラチャーン・シットサイトーン | ||
| 24 | 2008年4月28日 | ☆ | 9R 3:08 | KO | マーティング・キラキル | ||
| 25 | 2008年9月22日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | ハビエル・ムリージョ | ||
| 26 | 2009年3月12日 | ☆ | 8R | 判定3-0 | ロマート・センティリャス | ||
| 27 | 2009年7月14日 | ★ | 12R | 判定0-3 | ローマン・ゴンザレス | WBA世界ミニマム級タイトルマッチ | |
| 28 | 2010年9月1日 | ☆ | 6R | TKO | ツシェポ・レフェレ | IBF世界ミニマム級挑戦者決定戦 | |
| 29 | 2011年1月29日 | - | 3R | NC | ヌコシナチ・ジョイ | IBF世界ミニマム級タイトルマッチ |
[編集] 獲得タイトル
[編集] 脚注
- ^ a b 神戸のダブル戦 予備検診結果 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年7月11日
- ^ JBC不認可のIBF…高山勝成がランク入り スポニチ Sponichi Annex ニュース 2010年9月3日
- ^ 高山が王座返上 三澤ー小熊坂で決定戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2006年6月18日
- ^ 新井田がケガ 2日の高山戦キャンセル ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2006年8月27日
- ^ 高山、メーロ圧倒 WBAミニマム級暫定戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2006年11月7日
- ^ ミニマム級統一王者に新井田 高山に2ー1判定 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年4月8日
- ^ 高山「引退の方向」 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年4月8日
- ^ 真正ジムの加盟認める 西日本協会 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年10月3日
- ^ 真正ジム、長谷川、高山が会見 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年10月5日
- ^ 高山、石田とも大差判定勝ち 大阪 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年10月7日
- ^ 高山TKO発進 標的はオーレードン ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年1月5日
- ^ 野中がTKOで石田の後継王者に 高山は判定勝ち ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年9月23日
- ^ 高山、無敵王者に判定負け 日刊スポーツ 2009年7月15日閲覧
- ^ 高山、ロマゴン攻略ならず ボクシングニュース「Box-on!」 2009年7月14日
- ^ 引退届の高山が海外での世界挑戦を希望 nikkansports.com 2009年11月18日
- ^ ALA inks Takayama Fightnews.com 2010年5月17日閲覧 (英語)
- ^ 高山が右手首負傷、海外進出初戦中止 日刊スポーツ 2010年5月22日閲覧
- ^ 高山、南アでTKO勝利!-IBF挑戦者決定戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年9月3日
- ^ 高山無念 3回NCでIBF王座獲れず ボクシングニュース「Box-on!」 2011年1月30日
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
| 前王者 小熊坂諭 |
第19代日本ミニマム級王者 2006年3月18日 - 2006年6月16日 |
空位 次タイトル獲得者 三澤照夫 |
| 前王者 イサック・ブストス |
第10代WBC世界ミニマム級王者 2005年4月4日 - 2005年8月6日 |
次王者 イーグル京和 |
| 暫定王座決定戦 対戦者 カルロス・メロ |
WBA世界ミニマム級暫定王者 2006年11月7日 - 2007年4月7日 |
次暫定王者 正規王者新井田豊との統一戦により消滅 |
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