ヌコシナチ・ジョイ
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | ヌコシナチ・ジョイ |
| 通称 | Mabere |
| 階級 | ミニマム級 |
| 身長 | 168cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1983年1月1日(30歳) |
| 出身地 | 南アフリカ・東ケープ州 |
| スタイル | サウスポー |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 25 |
| 勝ち | 23 |
| KO勝ち | 16 |
| 敗け | 1 |
| 引き分け | 0 |
| 無効試合 | 1 |
ヌコシナチ・ジョイ(Nkosinathi Joyi、1983年1月1日 - )は、南アフリカ共和国のプロボクサー。元IBF世界ミニマム級王者。
目次 |
ファイトスタイルと特徴 [編集]
ジョイはミニマム級屈指の技巧派ではあるものの強打者にもスイッチできるのが最大の利点。 スタミナは無蓄蔵でスピードもありタフで、ディフェンス技術も兼ね備え、攻撃技術も成熟しておりポイントを多くとっていくのを主眼に置いている。強打にスイッチした場合はボディショットを軸に強打をまとめていく。ミニマム級では選手層が薄いため現在でもミニマム級最強との評価もある。 南アフリカをホームで戦っているが欠点は試合枯れ。その影響は2010年、2011年でたった1試合しか戦っていないが2012年になってからはアクティブさを取り戻し3試合戦っている。
来歴 [編集]
2002年4月28日、南アフリカ共和国・クイーンズタウンにてプロデビュー。
2004年4月24日、空位の南アフリカミニマム級王座を1R1:32KO勝ちで獲得。同王座は6度防衛。
2006年11月4日、空位のIBO世界ミニマム級王座決定戦でアルマン・デラクルス(フィリピン)と対戦し、2RKO勝ち。
2007年11月16日、IBO防衛戦でブンブン東栄(ガブリエル・プマール)(フィリピン)と対戦し1R2分31秒KOで勝ち。
2008年6月27日、IBO防衛戦でサミー・グティエレス(メキシコ)と対戦し5回にダウンを奪われたが、ダウンを奪い返し7回TKO勝ち。
2008年11月22日、IBO防衛戦でロレンソ・トレホ(メキシコ)と対戦し2R0:48KO勝ち。
2009年6月26日、IBO世界ミニマム級挑戦者決定戦で前王者フローレンテ・コンデス(フィリピン)と対戦し、3-0 (120-107, 120-107, 119-108) の判定勝ちで勝利した。
2010年3月26日、世界初挑戦でラウル・ガルシア(メキシコ)と対戦し、3-0 (119-109, 119-109, 118-110) の判定勝ちで勝利しIBF世界ミニマム級王座を獲得した。
2011年1月29日、IBF世界ミニマム級タイトルマッチで高山勝成(日本)と対戦。3ラウンドに偶然のバッティングによって高山が右側頭部をカットしたため無効試合となった[1]。
2012年3月30日、高山勝成と再戦し、3-0の判定勝ちで王座を防衛した。
同年9月1日、自身初の海外での防衛戦でメキシコ初登場。シナロア州にてIBF同級8位で"小さな竜"の異名を持つマリオ・ロドリゲスと対戦したが7回、ボディショットによるダウンを奪われそのまま10カウント。KO負けで自身初黒星を喫し、王座から陥落した。ロドリゲスは世界2度目の挑戦で、王座獲得に成功した[2]。ジョイのダウンは4年ぶり。
同年12月8日、イーストロンドンにあるムダントシンコンベンションセンターにて、ウォルター・ロハス(アルゼンチン)とWBAインターナショナルミニマム級暫定王座決定戦を行った。ロハスは83%のKO率を誇る強打者でここ最近はフライ級で戦うことが多かった。急激な減量に苦しんだロハスを初回ボディショット一発でダウンを奪い、レフェリーがカウントを途中でストップをコールしTKO勝ちを収め王座獲得と同時に再起に成功。マリオ・ロドリゲスにリマッチのオファーを出したが交渉はすぐに決裂しWBAの王座奪取を目標に切り替えた。
獲得タイトル [編集]
脚注 [編集]
- ^ 高山無念 3回NCでIBF王座獲れず ボクシングニュース「Box-on!」 2011年1月30日
- ^ ジョイ、逆転KO負け IBFミニフライ級 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年9月2日
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
| 前王者 ラウル・ガルシア |
第17代IBF世界ミニマム級王者 2010年3月26日 - 2012年9月1日 |
次王者 マリオ・ロドリゲス |
