亀田和毅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

亀田 和毅
基本情報
本名 亀田 和毅
通称 トモキ・エルメヒカニート・カメダ
階級 バンタム級
国籍 日本
誕生日 1991年7月12日(18歳)
出身地 大阪府大阪市
スタイル 右ファイターボクサー
プロボクシング戦績
総試合数 3
勝ち 3
KO勝ち 3
敗け 0
引き分け 0
無効試合 0
  

亀田 和毅(かめだ ともき、1991年7月12日 - )は、日本の男性プロボクサー大阪府大阪市西成区天下茶屋出身。大阪市立天下茶屋中学校卒業。亀田三兄弟の三男で、亀田興毅亀田大毅の弟である。髪型が特徴的。血液型B型。身長170cm、体重55kg。右ボクサーファイター。

目次

人物

  • 亀田史郎が出生届を出すときに「知毅(ともき)」という漢字を勘違いして「毅」で出してしまった、という話がある。
  • 亀田三兄弟の1番下の弟として注目される。かねてより長男の興毅と次男の大毅は「兄弟の中で、一番才能があるのは和毅」と語っている。
  • 2008年北京オリンピックを目指していたが、予選の段階で17歳以上であるとのと年齢制限があったため、この資格を満たさない和毅の出場は不可能となった。
  • 興毅の協栄ジムへの移籍に伴い、東京に転居。東京都葛飾区に本拠地を置いて練習を行っている。転居当初は、和毅は中学生であったが在籍している大阪の天下茶屋中学校から転校した事実はなく、事実上不登校となっていたことから、批判があった。2007年3月14日天下茶屋中学校を卒業[1]

ボクシングデビュー

日本でのアマチュアデビュー断念

2007年4月からは2人の兄と同様、高校には進学せず2007年5月に行われる全日本実業団選手権でアマチュアデビューし、プロライセンスが取得できる17歳になり次第プロに転向する予定であった。しかし2007年3月7日、「髪型の前髪は眉毛まで、後ろ髪はうなじまでとの規則に違反」「(テレビ番組出演などが)アマ資格に抵触する可能性がある」として、JABCルールに則り、アマチュアのリングに上がれない可能性がある旨を、日本アマチュアボクシング連盟が亀田側に通達したとの報道があった[2]。これに対し、和毅は「勝ち続けることで特例で北京五輪に出たる」と語ったが、父親でありトレーナーの亀田史郎は「違反のルールも曖昧。頭髪も社会人らしくないとムチャクチャ言いよる」「好き嫌いで亀田を排除しようとしているとしか思えん」とコメント。和毅を日本国外でデビューさせる意向を示した[3]

メキシコ武者修業へ

メキシコに武者修行に旅立った和毅は2007年8月10日、メキシコのパンチョロサレスジムにて、WBCミニマム級25位のホブ・ソラーノとスパーリングしたが苦戦しラウンドでリングを降りた。9月8日、メキシコで行われたアマチュア大会「グアンテス・デ・オロ」バンタム級リーグ戦(少年の部)の3戦目で、ギゼルモ・トレロと対戦。判定負けの裁定を受けたが再審議が行われ、無効試合となった。同4戦目では、エクトル・モラレスに判定負けをしたが、この試合もまた疑惑の判定として無効試合とされている。この大会では亀田の試合以外でも疑惑の判定が多く、大会運営側が審判団と協議し数試合の判定を無効とする採決が下された。結果、決勝まで勝ち進むものの、レイ・バルガスに判定負けで優勝はならなかった。

この大会途中で一旦帰国した和毅に対し、日本のメディアは、「土つかずの4連勝」「無敗の遠征凱旋」「相手を圧倒」などと報じたほか、参加大会を「ゴールデングローブ」としていた。

プロボクシング

2008年11月21日、メキシコでプロデビュー戦を行い、アレハンドロ・モレノ(メキシコ)と対戦し、2R2分8秒KO勝ちを収めた。

2008年12月8日、国内デビュー戦を行い、アドリアン・ラミレス(メキシコ)と対戦し、2R1分33秒KO勝ちを収めた。

2009年1月24日、ヴィンセント・ペレス(メキシコ)と対戦し、3R36秒TKO勝ちを収めた。

2009年2月6日アルトゥーロ・デルガド(メキシコ)と対戦し、2R2分14秒TKO勝ちを収めた。

戦績

  • プロボクシング:7戦7勝(6KO)無敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 2008年11月21日 2R 2:08 KO アレハンドロ・モレノ メキシコ プロデビュー戦
2 2008年12月8日 2R 1:33 KO アドリアン・ラミレス メキシコ 国内デビュー
3 2009年1月24日 3R 0:36 TKO ヴィンセント・ペレス メキシコ
4 2009年2月6日 2R 2:14 TKO アルトゥーロ・デルガド メキシコ 急遽代役選手[4]
5 2009年3月14日 2R 1:38 TKO アンドレス・トーレス メキシコ
6 2009年4月11日 判定 アライン・ロペス メキシコ
7 2009年5月30日 4R 0:42 TKO 雲林龍広 日本 初の日本人選手との対戦


関連項目

外部リンク

脚注

  1. ^ 和毅が中学校を卒業、式を10分で退席 日刊スポーツ2007年3月15日
  2. ^ 亀田和毅が北京五輪断念、米修行…アマ側“門前払い”スポーツ報知2007年3月5日
  3. ^ 後日、日本アマチュアボクシング連盟の吉森照夫専務理事が、前述の報道に反論。和毅のアマチュアデビューを拒否した事実はなく、ルールを守り品性を保ちさえすれば和毅のアマチュアデビューを歓迎するとのコメントを発表した。これについて亀田史郎は、ノーコメントを貫いている。
  4. ^ 試合前日の計量に予定していた対戦相手が現れず、急遽プロモーターが代役選手を用意