宮崎亮 (ボクサー)

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宮崎 亮
基本情報
本名 宮崎 亮
通称 浪速乃番長
階級 ライトフライ級
身長 155cm[1]
リーチ 158cm[2]
国籍 日本の旗 日本
誕生日 1988年8月20日(25歳)
出身地 大阪府堺市
スタイル ボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 24
勝ち 20
KO勝ち 11
敗け 1
引き分け 3
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宮崎 亮(みやざき りょう、1988年8月20日 - )は、日本プロボクサー群馬県太田市生まれ、大阪府堺市出身。
井岡ボクシングジム・プロフェッショナル所属。第32代日本ライトフライ級王者。
第31代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。第22代WBA世界ミニマム級王者。興國高等学校卒業。

同じ井岡ジムに所属する井岡一翔とは高校の同期。担任トレーナーは一翔の父である井岡一法。

来歴[編集]

15歳で井岡ジムに入門し[3]、アマチュアボクシングでは高校2年時の2005年にインターハイフライ級優勝などの実績を残した。

高校3年時の2006年12月24日、アゼリア大正でプロデビュー。フライ級4回戦に2RKO勝利を収めた。この後、兵庫・大阪での3試合に出場し2勝 (1KO) 1分となった。2007年10月14日、大阪府立体育会館第2競技場で所属ジム会長の井岡弘樹が初主催した第1回チャンピオンズヒートのメインイベントとして橋本泰治(尼崎)と51.8kg契約8回戦を行い、3-0の判定勝利を収めた。その後、大阪での2試合に出場1勝 (1KO) 1分となった。

2008年6月22日、大阪府立体育会館第2競技場で第3回チャンピオンズヒートのメインイベントとしてタイ王国ミニマム級王者ガオフラチャーン・シッサイトーンと49.4kg契約10回戦を行い、3-0の判定勝利を収めた[4]久高寛之らとスパーリングをして臨んだこの試合後、OPBF東洋太平洋及び日本ランキングにランク入りを果たした。同年11月24日、大阪府立体育会館第2競技場でOPBF東洋太平洋ミニマム級12位・日本ライトフライ級11位として山田卓哉(真正)と50.0kg契約10回戦を行い、9R3-0(90-80、90-82、87-84)の負傷判定勝利を収めた[5]

2009年4月12日、大阪府立体育会館第1競技場でOPBF東洋太平洋ミニマム級14位・日本ライトフライ級9位として楠浩明(グリーンツダ)とフライ級8回戦を行い、初回2分57秒TKO勝利を収めた。同年7月22日、自身初の後楽園ホールでOPBF東洋太平洋ミニマム級12位・日本ライトフライ級9位として齋藤伸之助(白井・具志堅)とライトフライ級8回戦を行い、初回0分34秒TKO勝利を収めた[6]。宮崎はこの試合に対し、東日本ボクシング協会の平成21年7月度月間敢闘賞を受けた。

2009年10月12日、後楽園ホールでWBA9位・WBC9位の日本ライトフライ級王者嘉陽宗嗣(白井・具志堅)に日本同級6位として挑戦。10R1分13秒、3-0(97-94、98-94、99-94)の負傷判定勝利で同王座を獲得し、井岡ジム開設8年目にして初の王者となった[7]。2010年2月21日、日本ライトフライ級1位の滝澤卓を迎えて松下IMPホールで行われた初防衛戦では開始34秒にダウンを奪い、3Rには自らがダウンする展開の中、3Rに偶然のバッティングでカットした滝澤の左側頭部からの出血がひどくなって、4R0分55秒に試合が止められ、負傷引き分けで王座を防衛した[8]

2010年6月14日、後楽園ホールでWBA12位・WBC8位のOPBF東洋太平洋ライトフライ級王者家住勝彦(レイスポーツ)にWBA9位・WBC9位として挑戦。自身の日本王座は懸けずに対戦し、8R2分41秒TKO勝利でOPBF東洋太平洋ライトフライ級王座を獲得した[9][10]。宮崎はこの試合に対し、東日本ボクシング協会の平成22年6月度月間最優秀選手賞を受けた[11]。2010年8月20日付で日本王座を返上した[12]

2010年10月21日、神戸文化ホールにてOPBF東洋太平洋ライトフライ級12位の戎岡淳一(明石)と対戦し、試合は挑戦者を一方的なペースで支配していたが9回に相手のパンチで右目上をカットしたもののそこから陣営の指示に従い、左を基調としたボクシングで立て直し11回に左ボディーで効かせた後すぐに左フックを当てたところで試合が終了11回TKO勝利でOPBF王座の初防衛に成功した、またスコアシートでは9回以外はすべて王者がポイントをとっていた[13]

2011年6月12日、大阪市のIMPホールで、OPBF東洋太平洋ライトフライ級15位のドニー・マバオフィリピン)と対戦、多彩なパンチで相手を圧倒し大差判定勝ちで順当に下しOPBF王座の2度目の防衛に成功した[14]

2011年10月2日、OPBF東洋太平洋ライトフライ級1位のヘルソン・マンシオ(フィリピン)と指名試合を行い、試合は序盤から挑戦者を速い動きで翻弄し4回開始早々右ストレートを叩き込んで相手をマットに沈め4回26秒KO勝利で3度目の防衛に成功、試合後はテレビインタビュー中にうれし泣きをし勝利を喜んだ[15]

2011年12月31日、僚友井岡一翔の世界戦の前座で登場、ゲーンペッ・シップーペッタイ)とノンタイトル8回戦を行い、3回TKO勝利で格下相手に力量の差を見せつけた[16]

2012年6月20日、大阪ボディメーカーコロシアムでOPBF東洋太平洋ライトフライ級13位のマイケル・ランデロ(フィリピン)と試合を行いKOは出来なかったものの3-0の大差判定で下し、自身の無敗記録を20に伸ばした[17]

2012年12月31日、大阪・ボディメーカーコロシアムにて元WBA世界ミニマム級王者でWBA世界ミニマム級4位のポンサワン・ポープラムック(タイ)とWBA世界ミニマム級王座決定戦を行い、2-1(113-114、116-112、116-111)の判定勝ちを収め、悲願の世界王座獲得に成功した[18]

2013年5月8日、ボディメーカーコロシアムにてWBA世界ミニマム級7位のカルロス・ベラルデメキシコ)と初防衛戦を行い、5回2分22秒TKO勝ちで初防衛に成功した[19]

入場曲は角田信朗の『よっしゃあ漢唄』で、初防衛戦では角田が生歌唱した[20]

2013年6月1日、WBAからWBA世界ミニマム級暫定王者でWBA世界ミニマム級1位のヘスス・シルベストレ(メキシコ)との指名試合の交渉を開始し、同月30日までに対戦交渉がまとまらなければ興行権の入札になるとの通告を受けた[21]

2013年9月11日、ボディメーカーコロシアムにてWBA世界ミニマム級暫定王者でWBA世界ミニマム級1位のヘスス・シルベストレ(メキシコ)とWBA世界ミニマム級王座統一戦を行う[22]。試合前会長である井岡一法氏がこの試合をクリアしたら100万円のボーナスを支給すると明言した[23]。試合は宮崎が2-0(114-114、115-114、115-113)の僅差判定勝ちを収めWBA世界ミニマム級王座の統一に成功した(記録上は2度目の防衛)[24][25]。試合後、「もうミニマム級には悔いはない」と話し、ライトフライ級転向を表明した[26]。その後、2013年12月にWBA世界ミニマム級王座を返上した[27][28][29]

2013年12月31日、ボディメーカーコロシアムにてIBF世界ライトフライ級6位で元IBF世界ミニマム級王者ファーラン・サックリンの息子ファーラン・サックリン・ジュニア(タイ)とノンタイトル10回戦を行うが、減量に苦しみ前日計量時自力で歩くこともできず、試合当日は出場したが3回2分22秒KO敗けでプロ初黒星を喫した[30]

2014年1月10日、WBAが最新ランキングを発表し、WBA世界ライトフライ級6位にランクインした[31][32]

2014年2月5日、WBAが最新ランキングを発表し、宮崎はWBA世界ライトフライ級15位圏外となり、WBA世界ライトフライ級15位以内から名前を消した[33][34]

2014年3月13日、WBAが最新ランキングを発表した。宮崎はWBA世界ライトフライ級15位圏外だった[35]

2014年3月27日、JBCが最新ランキングを発表し、宮崎は日本ライトフライ級4位にランクインした[36][37]

戦績[編集]

  • アマチュアボクシング:34戦30勝 (21KO・RSC) 4敗
  • プロボクシング:24戦20勝 (11KO) 1敗3分

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

受賞歴[編集]

  • 堺市栄誉賞(2013年)[38]

脚注[編集]

  1. ^ 宮崎亮プロフィール J-BOXWEST 西日本ボクシング協会ボクシングニュース
  2. ^ 井岡一翔&宮崎亮 検診結果 ボクシングニュース「Box-on!」2012年12月29日
  3. ^ 宮崎が嘉陽下す、初挑戦で新王者に(2/2ページ) サンケイスポーツ 2009年10月13日閲覧
  4. ^ 宮崎 10回判定勝ち 西日本ボクシング協会 ボクシングニュース 2008年6月23日閲覧 [リンク切れ]
  5. ^ 宮崎亮9回負傷判定勝ち…無敗記録「9」に伸ばす スポーツニッポン 2008年11月25日閲覧
  6. ^ 宮崎、後楽園初登場を一撃KOで飾る ボクシングニュース「Box-on!」 2009年7月22日閲覧
  7. ^ 井岡ジム初! 宮崎が“恩返し”の王座奪取 デイリースポーツ 2009年10月12日閲覧
  8. ^ 宮崎が負傷引き分けで日本王座防衛 デイリースポーツ 2010年2月21日閲覧
  9. ^ 宮崎亮が王座獲得 日刊スポーツ 2010年6月14日閲覧
  10. ^ 宮崎がTKO勝ち…ライトフライ級 スポーツ報知 2010年6月15日閲覧
  11. ^ ボク6月最優秀選手賞に2冠王者宮崎亮 日刊スポーツ 2010年7月8日閲覧
  12. ^ 井岡「KOで決めたい」10・10日本タイトル挑戦決定 スポーツニッポン大阪版 2010年8月27日閲覧
  13. ^ 宮崎V1「世界戦も勝てる」/ボクシング 日刊スポーツ 2010年10月22日閲覧
  14. ^ 宮崎倒せず OPBF王座2度目の防衛 ボクシングニュース「Box-on!」] 2010年6月13日閲覧
  15. ^ 宮崎がマンシオKOでV3/ボクシング 日刊スポーツ 2010年10月2日閲覧
  16. ^ 宮崎“世界前哨戦”物足りないKO勝ち デイリースポーツ 2012年1月1日閲覧
  17. ^ 宮崎判定で東洋4度目防衛/ボクシング 日刊スポーツ 2012年6月21日閲覧
  18. ^ 一翔の盟友・宮崎が王座獲得 判定勝利 デイリースポーツ 2012年12月31日閲覧
  19. ^ 宮崎5回TKO!初防衛成功/ボクシング 日刊スポーツ 2013年5月8日閲覧
  20. ^ 角田信朗氏:「よっしゃあ漢唄」と国歌高らかに デイリースポーツ 2013年5月9日閲覧
  21. ^ AMB ordena negociar Ryo Miyazaki vs Jesús Silvestre WBA公式サイト 2013年6月1日
  22. ^ 宮崎亮9・11に世界ミニマム級王座統一戦 日刊スポーツ 2013年7月26日
  23. ^ 宮崎、勝って“ミニマム退職金”もらう デイリースポーツ 2013年9月7日
  24. ^ 宮崎が薄氷の勝利、2度目の防衛に成功 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年9月11日
  25. ^ Ioka retains and Miyasaki is absolute champion WBA公式サイト 2013年9月11日
  26. ^ 一夜明け井岡、宮崎 ともに一つ上狙う デイリースポーツ 2013年9月16日
  27. ^ 宮崎 WBAミニマム級王座返上、2階級制覇目指す スポーツニッポン 2013年12月26日
  28. ^ Ryo Miyasaki relinquished title and moves up division WBA公式サイト 2013年12月27日
  29. ^ 宮崎が王座返上“たこ焼き王子”に デイリースポーツ 2013年12月27日
  30. ^ 減量失敗の宮崎、3回KO負け Boxing News(ボクシングニュース) 2013年12月31日
  31. ^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト 2013年1月10日
  32. ^ 仲村がWBAランクイン、宮崎はL・フライ級へ Boxing News(ボクシングニュース) 2013年1月11日
  33. ^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト 2014年2月5日
  34. ^ WBAランキング、江藤大が再ランク、宮崎は圏外へ Boxing News(ボクシングニュース) 2014年2月5日
  35. ^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト 2014年3月13日
  36. ^ JAPAN BOXING COMMISSION JAPAN NATIONAL RATINGS 日本ボクシングコミッション(JBC) 2014年3月27日
  37. ^ 亀田大毅が日本4位に 最新日本ランキング発表 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年3月28日
  38. ^ 世界制覇の井岡、宮崎が堺市表敬”. デイリースポーツ (2013年2月6日). 2013年2月21日閲覧。

外部リンク[編集]

前王者
嘉陽宗嗣
第32代日本ライトフライ級王者

2009年10月12日 - 2010年8月20日(返上)

空位
次タイトル獲得者
井岡一翔
前王者
家住勝彦
第31代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者

2010年6月14日 - 2012年10月(返上)

空位
次タイトル獲得者
小野心
空位
前タイトル保持者
井岡一翔
第22代WBA世界ミニマム級王者

2012年12月31日 - 2013年12月(返上)

空位
次タイトル獲得者
ヘッキー・ブドラー