久高寛之
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | 久高 寛之 |
| 通称 | Sexy Soldier |
| 階級 | フライ級 |
| 身長 | 163cm |
| リーチ | 162cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1985年4月2日(26歳) |
| 出身地 | 大阪府大阪市大正区 |
| スタイル | 右ボクサーファイター |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 29 |
| 勝ち | 19 |
| KO勝ち | 8 |
| 敗け | 9 |
| 引き分け | 1 |
久高 寛之(ひさたか ひろゆき、男性、1985年4月2日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府大阪市大正区出身。元WBCインターナショナル・フライ級暫定王者。グリーンツダボクシングクラブ所属選手としてプロデビュー、2008年5月より仲里・ATSUMIボクシングジム所属。大阪府立港高等学校卒業。
右ボクサーファイター。得意なパンチは右ストレート。リングネームは、HIROYUKI Sexy Soldier HISATAKA。
目次 |
[編集] 来歴
2002年9月15日、プロデビュー戦では白岩洋文(姫路木下)に1RKO負け。
2002年12月23日、デビュー2戦目は近江恵太(倉敷守安)に4R判定負け。
2003年3月9日、西正隼(鍵本エディ)に2RKO勝ち。プロ初勝利を収めた。
2004年9月4日、本田猛(尼崎)に6R判定勝ち、西日本フライ級新人王獲得。
2004年11月21日、萬田千晴(筑豊)に6R判定勝ち、全日本フライ級新人王決定戦西軍代表となった。
2004年12月19日、佐藤常二郎(角海老宝石)に6R判定勝ちを収め、全日本フライ級新人王と同トーナメントのMVPを獲得。
2005年10月19日、後の日本フライ級王者清水智信(金子)に8R判定負け。デビュー3戦目からの連勝は10でストップ。
2005年12月3日、WBA世界ライトフライ級7位のバート・バタワン(フィリピン)に2RKO勝ち。右ストレート一撃で強烈なダウンを奪い、追撃でストップ。後に、このダウンシーンは、スカイAのボクシング中継番組のオープニング映像に使用された。
2006年10月8日、フェデリコ・カツバイ(フィリピン)に10R判定勝ち[1]。
[編集] 日本王座挑戦
2007年4月1日、吉田健司(笹崎)と日本フライ級暫定王座決定戦を行い、10R判定負けで王座獲得ならず。吉田の体格を利したラフな前進に押され、攻勢点を失っての敗戦。
2007年5月25日、敵地タイにて、WBCユースフライ級王者でWBC世界同級1位のポノムランクレック・クラティンデーンジム(タイ)と対戦、健闘するも10R判定負け[2]。
2007年8月25日、フィリピンのマニラにてウェンデル・ハニオラ(フィリピン)に10R判定負け。内容は久高優勢だったが僅差の判定負けとなった[3]。吉田戦から数えて3連敗となった。
2007年12月24日、地元大正区のアゼリア大正にて元東洋太平洋フライ級王者のフセイン・フセイン(オーストラリア)に10R判定勝ち。ポンサクレック、ホルヘ・アルセら世界王者に敗れた以外は負け知らずの強豪に勝利。3連敗から過去最高の大金星を収めた。
2008年5月1日、グリーンツダから、ジムOBで元日本ランカーの仲里義竜が会長を務める仲里・ATSUMIボクシングジムへ移籍。
[編集] 世界王座挑戦
2008年7月30日、国立代々木第一体育館にて、WBA世界フライ級王者坂田健史(協栄)に挑戦したが、大差の判定で敗れ、世界王座獲得はならなかった[4]。
2008年12月13日、大阪・阿倍野区民センターで、2007年西日本フライ級新人王(敢闘賞受賞)の高橋優紀(倉敷守安)とノンタイトル8回戦を行い、2R3分7秒でKO勝ちで復帰を果たした。
2009年5月26日、タイ・ウタラディットでWBA世界フライ級王者デンカオセーン・クラティンデーンジム(タイ)に挑戦。前日計量では王者の測定値が公開されないなどの不審点があり、陣営はJBCを通じてWBAに抗議したが受け入れられなかった[5]。試合は序盤から王者がラビットパンチを繰り返す中、5Rに久高のカウンターで王者が倒れたがレフェリーの裁定はスリップダウン。後半からの王者はクリンチの連続でリング外に久高を押し出すなど荒れた展開となり、終盤にかけては王者に2ポイントの減点があった。スタミナ切れの王者に攻勢を仕掛けるも1-2(115-113、112-115、112-114)の判定で敗れて王座獲得はならなかった。
2010年5月4日、WBCフライ級19位として、タイ・スラートターニーにおいて、WBC同級1位で28戦無敗のポノムランクレック・クラティンデーンジムと日本未公認のWBCインターナショナル・フライ級シルバーベルトを決定戦で争い、8R1分26秒TKO勝ちで約3年越しの雪辱を果たすとともに同ベルトを獲得した[6][7]。
2010年12月23日、大阪府立体育会館にてスーパーフライ級に階級を上げての3度目の世界挑戦。WBA世界スーパーフライ級王者ウーゴ・カサレス(メキシコ)に挑戦し、得意のカウンターでカサレスを窮地に追い込む場面もあったが、全体的には手数と有効打で下回る展開となった末に12R判定負けを喫して王座奪取に失敗した。
[編集] 獲得タイトル
- 2004年西日本フライ級新人王(MVP)
- 第51回全日本フライ級新人王(技能賞)
- WBCインターナショナル・フライ級暫定王座(防衛0=返上)
[編集] 脚注
- ^ 久高判定勝ち Gツダ-比国に2勝4敗 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2006年10月8日
- ^ 久高、タイでユース王座獲得ならず ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年5月27日
- ^ スイコOPBF王座防衛 マニラの日比対抗、わが国は2敗2分 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年8月26日
- ^ 内藤逆転KO、坂田は大差判定 ダブル世界戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年7月30日
- ^ 久高、インチキ王者倒す…WBA世界フライ級 スポーツ報知 2009年5月26日閲覧
- ^ 久高、タイで逆転勝ち! 8回1分26秒TKO ボクシングニュース「Box-on!」 2010年5月4日閲覧
- ^ 世界19位久高が1位をKO 日刊スポーツ 2010年5月5日閲覧
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
| 暫定王座決定戦 対戦者 ポノムランクレック・クラティンデーンジム |
WBCインターナショナルフライ級暫定王者 2010年5月4日 - 2010年(返上) |
次暫定王者 N/A |
