オマール・ナルバエス

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オマール・ナルバエス
Omara Narvaez.jpg
基本情報
本名 オマール・アンドレス・ナルバエス
通称 El Huracán(ハリケーン)
階級 スーパーフライ級
身長 160cm
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
誕生日 1975年7月10日(39歳)
出身地 アルゼンチンチュブ州トレレウ
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 46
勝ち 43
KO勝ち 23
敗け 1
引き分け 2
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獲得メダル
アルゼンチンの旗 アルゼンチン
男子 ボクシング
世界ボクシング選手権
1997 ブダペスト フライ級
1999 ヒューストン フライ級
パンアメリカン大会
1999 ウィニペグ フライ級

オマール・アンドレス・ナルバエスOmar Andrés Narváez、男性、1975年7月10日 - )は、アルゼンチンプロボクサーチュブ州トレレウ出身。第12代WBO世界フライ級王者。第16代WBO世界スーパーフライ級王者。
アマチュアボクシングで培ったテクニックをベースにした攻防兼備のアウトボクサー。アルゼンチン代表として1996年アトランタオリンピック2000年シドニーオリンピックの2度のオリンピック出場をしている。「El Huracán(ハリケーン)」の愛称を持つ。弟のネストール・ナルバエスはフライ級の世界ランカーで、5人兄弟共にボクシング選手。2012年に弟ネストールのチームに同行し初来日を果たしている。

来歴[編集]

アマチュア時代[編集]

1975年にアルゼンチンで生まれ、早くからアマチュアボクシングを始めた。

1996年にはバルセロナオリンピックにフライ級代表として出場、ホアン・グズマンに勝利するも2回戦で敗退[1]

1997年ハンガリーブタペストで開催された1997年世界ボクシング選手権大会にフライ級(51kg)で出場し銅メダルを獲得[2]

1999年パンアメリカン競技大会にフライ級(51kg)で出場、決勝でホセ・ナバーロを破り優勝[3]テキサス州ヒューストンで開催された1999年世界ボクシング選手権大会にフライ級(51kg)で出場、銀メダルを獲得[4]

2000年、アメリカ大陸予選にフライ級(51kg)で出場するが準決勝でダニエル・ポンセ・デ・レオンに敗退[5]シドニーオリンピックにもフライ級代表として出場、2回戦でウクライナウラジミール・シドレンコに敗れた[6]。このオリンピック出場を最後にプロボクサー転向を目指す。

プロボクサー転向・フライ級時代[編集]

2000年12月1日にアルゼンチンでプロデビュー。すべてアルゼンチン国内での試合であったが、11戦全勝を記録。

2002年7月13日、12戦目でWBO世界フライ級王者アドニス・リバスに挑戦し、7回にリバスからダウンを奪うなど終始ナルバエスペースで進み、12回判定(117-109が2者、119-109)勝ちでリバスを完封し無敗のまま世界王座を獲得した。

2002年9月13日、後のIBF世界ライトフライ級王者ルイス・アルベルト・ラサルテと対戦し、10回2分27秒失格勝ちを収め初防衛に成功した。

2002年12月14日、自身初の海外での試合でイタリアサルデーニャ州クアルトゥ・サンテーレナにあるプラゼッロ・デッロ・スポルトにて、アンドレア・サリッツの挑戦を受けた。タフなサリッツの技巧に苦戦するも2-1(116-112、116-113、112-116)の僅差で後半に追い上げたサリッツを振り切り2度目の防衛に成功した。

2003年6月7日、ブエノスアイレスエスタディオ・ルナ・パルクにて、6年振りの世界挑戦となるエベラルド・モラレスと対戦し、初回にダウンを奪って先制。その後5回にダウンを追加し最後はレフェリーストップを呼び込み3度目の防衛に成功した。

2003年8月9日、サルデーニャ州カリャリにあるヴィラジミウスにて、アンドレア・サリッツの2度目の挑戦を受け3者三様の1-1(116-112、114-114、113-115)の判定ドローで4度目の防衛に成功した。

2003年11月14日、パリパレ・オムニスポール・ド・パリ・ベルシーにてアレクサンデル・マクムフドフと対戦した。試合は終始ナルバエスがコントロールし効果的にパンチを集め、10回終了時にマクムフドフのコーナーが棄権を申請し5度目の防衛に成功した。

2004年3月6日、レジナルド・マルティンス・カルヴァルホと対戦し、ブラジル最短となる8戦での世界奪取を目指すカルヴァルホを相手に序盤からプレッシャーをかけてロープに追い込み、最後は連打をまとめてレフェリーストップがかかり8戦での奪取の夢を打ち崩して6度目の防衛に成功した。

ノンタイトル戦を4試合こなす。

2005年12月5日、1年9ヶ月ぶりの世界王座防衛戦。フランスのル・カネにあるパレ・オムニスポールにて、国内トップアマチュア選手だったバーナード・アイノンと対戦し、13戦全勝のアイノンを初回から圧倒し、10回にダウンを奪って突き放した。結果11回44秒TKO勝ちを収め7度目の防衛に成功した。最後は連打にさらしてレフェリーが手数が出なくなったアイノンを救い出す形でストップした。

2006年8月5日、コルドバ州コルドバにあるスペル・ドモ・オルフェオにて、レクソン・フローレスと対戦し、タンクの異名を取ったフローレスのタフに苦しめられたが、結果3-0(120-108、119-109が2者)と完封と言える快勝で8度目の防衛に成功した。

2006年10月14日、ワルベルト・ラモスと対戦し、9回にダウンを奪って、1者は大差をつけるも2者が4点と3点差の僅差の3-0(115-111、117-109、115-112)で9度目の防衛に成功した。

2007年3月10日、フランスのル・カネにあるラ・パレステラにて、シドニーオリンピックでライトフライ級金メダルを獲得した元WBA世界ライトフライ級王者ブライム・アスロウムフランス)と対戦した。試合は、2回にダウンを奪って最後までペースを握り、3-0の判定勝ち(118-109、117-110、116-111)で10度目の防衛に成功した。

2007年9月14日、マルロン・マルケスと対戦し、試合は終始互角で進むも、4回に入ると一方的にナルバエスが打ちまくりそのままレフェリーが試合を止めた。4回2分47秒TKO勝ちを収め11度目の防衛に成功した。

2008年1月25日、後のIBF世界ライトフライ級王者カルロス・タマラと対戦した。試合は強打のタマラを完全に封じて3-0(119-109が2者、120-108)とタマラを大差完封し12度目の防衛に成功した。

2008年5月9日、スペインのリングに登場。ガリシア州ビーゴにある、パベロン・セントラルにてイヴァン・ポゾと対戦し、試合は小さな戦士の異名を持つポゾが好戦的でナルバエスを苦しめた。中盤になるとナルバエスがパンチを散らしてポゾを封じ7回終了時にポゾ陣営の棄権により、13度目の防衛に成功した。

2008年9月20日、アレハンドロ・エルナンデスと対戦し、終始エルナンデスを封じて3-0(119-110、117-111、116-112)の判定勝ちを収め14度目の防衛に成功した。

2009年2月7日、22戦全勝のレイオンタ・ウィットフィールドと指名試合を行った。試合は終始ナルバエスがペースを一方的に握ってウィットフィールドに何もさせなかった。最後は連打をまとめにまとめてレフェリーストップ。10回50秒TKO勝ちで15度目の防衛に成功した。

2009年6月26日、オマール・ソトメキシコ)の挑戦を受け、11回KO勝ちで16度目の防衛に成功した[7]。その後2階級制覇に挑戦するため、WBO世界フライ級王座を返上した。

スーパーフライ級時代[編集]

2010年5月15日、ブエノスアイレスエスタディオ・ルナ・パルクにて、ホルヘ・アルセの王座返上に伴い行われたWBO世界スーパーフライ級王座決定戦でエバース・ブリセノと対戦し、3-0(117-108、117-108、118-107)の判定勝ちを収め、フライ級に続く2階級制覇に成功した。

2011年2月12日、ブエノスアイレスにてビクトル・ザレタメキシコ)と対戦し、3-0(119-108、120-107が2者)の大差判定勝ちで初防衛に成功した[8]

2011年4月16日、無敗の指名挑戦者セサール・セダと対戦し、12回判定勝ちを収めて2度目の防衛に成功した[9]

2011年6月11日、ウィリアム・ウリナと対戦し、6回にウリナが減点されるとペースがナルバエスに傾き結果3-0(3者とも117-110)の判定勝ちで3度目の防衛に成功した。

2011年10月22日、アメリカマディソン・スクエア・ガーデン・シアター にてWBC・WBO世界バンタム級王者ノニト・ドネアに挑戦したが、12回判定(0-3)負けで王座獲得はならず、プロ38戦目で初黒星を喫した[10]

2012年4月21日、サンフアンのエスタディオ・アルド・カントーニでランキング2位の指名挑戦者ホセ・カブレラと対戦し、8回と10回にカブレラが減点されて自滅に近い形になり、3-0(118-108が2者、120-106)と10点差以上の完封で4度目の防衛に成功した。

2012年10月20日、ブエノスアイレスエスタディオ・ルナ・パルクにてジョニー・ガルシア(メキシコ)と対戦。当初は10月17日に行われる予定だったが前日の16日に父が亡くなる不幸があり3日延期された。試合は終始ナルバエスがペースを握ると7回にダウンを奪って先制。11回に立て続けに3度ダウンを奪い、この試合4度目のダウンでガルシアが力を失ったように失神ダウンしレフェリーがその場でストップをかけた。11回2分55秒KO勝ちでWBO世界スーパーフライ級王座の5度目の防衛に成功した[11]

2012年12月15日、トゥクマン州トゥクマンデビッド・キハノプエルトリコ)と対戦し、3-0(120-106、119-109、120-108)の大差判定勝ちを収め6度目の防衛に成功した[12]

2013年5月25日、ブエノスアイレスエスタディオ・ルナ・パルクにて、WBO世界スーパーフライ級1位のフェリペ・オルクタ(メキシコ)と対戦し、2-1(115-113が2者、110-118)の判定勝ちで7度目の防衛に成功した[13]。試合後オルクタのセコンドについていたイグナシオ・ベリスタインは判定に不満を漏らした。

2013年8月24日、チュブ州トレレウのヒムナシオ・ムニシパル N°1でWBO世界スーパーフライ級15位の久高寛之仲里ジム)と対戦し、10回1分26秒TKO勝ちを収め8度目の防衛に成功した[14][15][16][17]

2013年12月21日、ブエノスアイレスのヴィラ・ラ・ナータ・スポーティング・クラブでWBO世界スーパーフライ級9位でWBO世界スーパーフライ級ユース王者のダビ・カルモナと対戦し6回にダウンを奪い、あわやカウントアウト寸前まで追い詰めると7回に連打をまとめカルモナ陣営のタオル投入で試合終了し、9度目の防衛に成功した[18]

2014年5月17日、コルドバ州ヴィヴァ・マリアのアウフィテアントロ・ムニシパルでWBO世界バンタム級ユース王者のアントニオ・ガルシアと対戦し、ボディショット一撃で悶絶KOを奪い試合終了。4回3分KO勝ちを収め10度目の防衛に成功した[19]

2014年9月19日、アルゼンチンのコルドバ州で7度目の防衛戦で苦戦したWBO世界スーパーフライ級1位の指名挑戦者フェリペ・オルクタと再戦し、2-0(116-112が2者、114-114)の判定勝ちを収め11度目の防衛に成功した[20]

2014年12月30日、東京体育館で元WBC世界ライトフライ級王者井上尚弥大橋ジム)と12度目の防衛戦を行う予定。また前座では、弟のネストールが尚弥の弟の拓真と対戦する予定で井上vsナルバエスの兄弟対決が実現することになった[21]

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 26.Olympic Games - Atlanta, USA - July 20 - August 4 1996”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2014年11月3日閲覧。
  2. ^ 9.World Championships - Budapest, Hungary - October 18-26 1997”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2014年11月3日閲覧。
  3. ^ 13.Panamerican Games - Winnipeg, Canada - July 22 - August 8 1999”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2014年11月3日閲覧。
  4. ^ 10.World Championships - Houston, USA - August 20-27 1999”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2014年11月3日閲覧。
  5. ^ American Olympic Qualifications - Tampa, USA - March 27 - April 1 2000”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2014年11月3日閲覧。
  6. ^ 27.Olympic Games - Sydney, Australia - September 17-30 2000”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2014年11月3日閲覧。
  7. ^ ナルバエス自己記録更新のV16! WBOフライ級 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年6月28日
  8. ^ ナルバエス、大差でS・フライ級初防衛 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年2月13日
  9. ^ ナルバエスV2、不敗挑戦者撃退 WBO世界J・バンタム級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年4月17日
  10. ^ ドネア、ナルバエスに完勝 次は西岡挑戦? ボクシングニュース「Box-on!」 2011年10月24日
  11. ^ ナルバエス、父の死乗り越えV5 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年10月21日
  12. ^ ナルバエスがボクシングレッスン V6成功 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年12月17日
  13. ^ ナルバエスV7 オルクタに2-1勝利 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年5月26日
  14. ^ Omar Narvaez Routs Hiroyuki Hisataka In Ten Rounds Boxingscene.com(英語) 2013年8月25日
  15. ^ 久高、敵地でTKO負け=4度目挑戦も失敗-WBO・Sフライ級 時事通信 2013年8月25日
  16. ^ 【BOX】久高、引退も 4度目世界挑戦TKO負け スポーツ報知 2013年8月26日
  17. ^ 詳報 ナルバエスV8 久高10回TKO負け ボクシングニュース「Box-on!」 2013年8月26日
  18. ^ ナルバエスV9 メキシカンを一蹴 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年12月23日
  19. ^ ナルバエス、2階級で10連続防衛達成 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年5月18日
  20. ^ アブリルがフィンランドで防衛、ナルバエスV11 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年9月21日
  21. ^ 井上尚弥、2階級アップで名王者ナルバエスに挑戦 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年11月6日

外部リンク[編集]

前王者
アドニス・リバス
第12代WBO世界フライ級王者

2002年7月13日 - 2010年(返上)

空位
次タイトル獲得者
フリオ・セサール・ミランダ
空位
前タイトル保持者
ホルヘ・アルセ
第16代WBO世界スーパーフライ級王者

2010年5月15日 - 現在

次王者
N/A