リングネーム

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リングネーム (ring name) とは、格闘家プロボクサープロレスラーキックボクサーK-1ファイター、総合格闘技選手)がリングに上がる際を中心に、選手活動・リング外での活動を通じて用いる登録名である。

プロボクサー[編集]

日本ボクシングコミッション(JBC)では、2単語以上を組み合わせたもののみリングネームとして規定している。例として「辰巳八郎」「ベンケイ藤倉」「龍反町」「牛若丸原田」などである。なお、単語数の上限はないため、「池原シーサー久美子」なども見られる。

JBCが2008年の女子ボクシング解禁の際、それまで(「一国一コミッション」の原則を守る為、JBCに合流する形で発展的に解消した)日本女子ボクシング協会において1単語のリングネームを使用していた選手が存在していた。そのため彼女ら上記の規定に伴いリングネーム変更を余儀なくされ、ライカ→風神ライカのように別の単語、あるいはSAKURA→大内さくらのように本名の苗字を冠するか、アヤカ→宮尾綾香のように本名に戻すなどの対処が行われた。

リングネームはプロテスト合格直後に初のボクサーライセンス申請書提出の際にリングネーム記入欄に記載、それ以外の場合もJBCにリングネーム変更届として提出し、認められれば使用できる(ただし、アルファベットや数字は認めていない。本人確認書類として住民票戸籍の提出が義務付けられている為、本名隠す事は不可能)。基本的に所属するボクシングジムにより選手のイメージから名づけられる。

ただし、JBCからボクサーライセンス発給受ける日本国籍有する選手に関しては戸籍上の姓名(本名)でリングに上がり現役時代の副業やボクサー引退後の活動でも本名で通すケースが大半である。

日本国籍有する選手の本名以外のリングネームで最も多いケースは外来語と本名の姓を組み合わせたパターンである。日本ボクシングの父渡辺勇次郎の「ヤング・ワタナベ」にはじまり「ファイティング原田」などで、ほかに外来語と本名の下の名前を組み合わせたケースとして「アポロ嘉男」「パブリック彰彦」「スピーデー章」などがある。ただし、現在は「ファイティング」は原田の偉大な功績を称えJBCで欠名扱いで、現役選手が名乗る事は不可能になっている。

外来語を用いたものは元々、堀口恒男がキャッチフレーズであった「ピストン」と合わせて「ピストン・堀口恒男」からやがて「ピストン堀口」として定着したのが始まりとされており、その後も広く使われている。特に国際ジムにおいてはロイヤル小林ジャッカル丸山クラッシャー三浦レパード玉熊セレス小林トラッシュ中沼など、日本ランカー以上の選手に対して適用するのが慣例となっている。

同じ読み方で表記を変更するケースも多い。新日本木村ジムでは戸籍名より強いイメージを与え縁起を担いで読み方同じで小熊正二→大熊正二、赤木武幸→赤城武幸、日高和彦→飛天かずひこと表記を変更している。また、ヨネクラジムでは会長夫人の姓名判断で松本弘司→松本好二や西澤良徳→西澤ヨシノリ、その米倉健司会長は本名は米倉健治で現役時代は米倉健志とした。さらに同様のケースに宇野直→宇野スナオ(岐阜ヨコゼキ→薬師寺)、角田紀子→つのだのりこ(具志堅)、三迫正廣→三迫将弘三迫)、新田渉世→新田勝世(金子)、金井晶聡→金井アキノリ真正)、磯上修一→磯上秀一トクホン真闘)、長嶋健吾→長嶋建吾(18古河)、高橋直人→高橋ナオトアベ)、河合丈也→河合丈矢カワイ)、川嵜竜希→川崎タツキ草加有沢)、島袋忠司→島袋忠(石川)、小宮山克己→小宮山カツミハラダ)、吉田健司→吉田拳畤ワタナベ)、小林孝康→小林タカヤス川島)、平仲信明沖縄)が一時期名乗った平仲伸章、福島学花形)が一時期名乗った福島仕など。一方、本名の表記を読みやすい漢字に変えたリングネームも存在する(多田悦子など)。変わった事例として輪島公一は試合の時にリングアナウンサーに「わじま・はむいち」と誤読されたことがキッカケで輪島功一に変更している。

また刑事事件を起こし謹慎を経て復帰するごとにリングネームを変更する者もいる、田中敏之→田中健友(ヨネクラ)→五代登(トーアファイティングに移籍)、田中潤→将生潤(ワタナベ)。

これ以外に、姓はそのままで名前だけ変えたもの(ガッツ石松もデビュー当初は本名の鈴木有二で後に鈴木石松に変更、前出の平仲信明が世界タイトル獲得時には平仲明信、露崎元弥→露崎弥太郎、片岡昭雄→片岡昇、鬼塚隆→鬼塚勝也松村謙二→松村謙一、打越秀樹→打越昌弘、桑田弘→桑田義弘、大山悦→大山鋭士、門田新一→門田恭明など)、本名を組み入れないもの(牛若丸あきべぇ<あきべぇは幼少時の綽名>)、出生地の愛称と名前の音を漢字変換したもの(浜崎隆司→鬼ヶ島竜<出生地が香川県高松市女木町>)、姓を変え名は表記を変えたもの(高山孝四郎→阿部幸四郎、佐藤晃→大雅アキラ<全日本新人王決定戦優勝直後の試合から>)、姓名順を逆にして名前の読み方や表記を変えたもの(シゲ福山マサ伊藤真教杉田キンジ天野コウジ有沢カズ有沢岳たかはし大之伸くまなど)、姓を変え名は字も読みも戸籍と一致させたもの(竹下鉄美→松島鉄美、瀬川設男→川益設男、上田成人→大谷成人、坂本幹男→安田幹男。瀬川は初の日本タイトル獲得や長期ブランク明け以降は本名で、上田はプロ2戦目以降は再び本名)、佐藤仁徳の様に姓名表記は一緒ながら名前の読み方変更(さとう・まさのり→さとう・じんとく)も見られる。

大相撲四股名と違い、リングネームの襲名は基本的にしない。数少ない例としてウィリアム・ハリソン・デンプシージャック・デンプシーにあやかって同じリングネームにしている。ただし、引退したり改名により使用されなくなったリングネームの一部を拝借する形で名乗るケースは存在する。内藤純一がモハメド・アリの改宗以前の旧名であるカシアス・クレイにあやかったカシアス内藤、小野寺正明がオサムジムの先輩西島洋介の旧リングネームである西島洋介山にあやかった小野寺洋介山大場政夫(本名)に憧れる木下貴志が大場政夫を育てた帝拳プロモーション経営者長野ハル及び本田明彦の許可を得て改めた大場貴志(所属は姫路木下、戸籍上は変更せず引退後は再び木下貴志)、大場政夫のライバル花形進(本名)が弟子・田中冴美に与えた花形冴美、間所俊晴が自身の担当トレーナー須田芳黄が現役時代に名乗った三船豪から取った三船元などがそれに当たる。米国でもシュガー・レイ・ロビンソンから取ったシュガー・レイ・レナードなどの例が存在する。

桑田勇は戸籍上は桒原勇で、リングネームと本名を一致させる事を検討したが断念、その桑田の愛弟子たる世界チャンピオン浜田剛史(旧名は読み方同じで浜田剛)はリングネームと本名を一致させた。一方、(資産家令嬢と結婚し婿養子となった)上原康恒・(幼い頃両親が離婚し現役中に実父に勘当され実母と和睦した)三谷大和はデビューから本名をリングネームとして使用し戸籍上が遠藤康恒・松岡大和に改姓後も従来のリングネームを使い続け引退後の活動上の通称にも用いた。

日本のジムの所属する外国人選手は、日本人風のリングネームがつけられることが多い。タイ国出身のパニアン・プーンタラット→パニアン奥田、八王子中屋ジムが米国出身者に与えたユージニオ・ゴメス→雄二・ゴメスやチャールズ・ベラミー→チャーリー太田ハワイ出身日系人のポール・タケシ・フジイ→藤猛、八戸帝拳ジムが米軍三沢基地に勤務する選手に対して与えたフレデリック・ロバーツ→リック吉村やマーク・ブルックス→マーク堀越在日コリアンでは通名を使用した洪昌守→徳山昌守や裵在樹→武本在樹や慎鏞旭→大東旭、日常生活でも通名使用せず本名のままのリングネーム李冽理、通名でない金啓徳→千里馬啓徳やその愛弟子朴泰一→帝里木下(ただし自身が生まれ育った韓国でプロデビューした李東春・林在新は西日本のジムに移籍してグレート金山・林小太郎を名乗り、林は前出鬼塚に日本武道館での挑戦時は中継するTBSの要望で再び本名、自身が生まれ育った北朝鮮でプロデビュー崔鉄洙が通算4戦目後楽園ホールで日本国内における初の試合の際は本名をリングネームにした)、ケニア出身のフィリップ・ワルインゲ→ワルインゲ中山メキシコ出身のヘルマン・トーレス→協栄トーレス・大関トーレスやミゲル・アンヘル・ゴンザレス→東京三太やロベルト・ラミレス→仙台ラミレスやロベルト・アルレドンド→チバ・アルレドンドジョー小泉(小山義弘)とのマネジメント契約締結により改名したフィリピン出身のルイシト・エスピノサ→ルイシト小泉やジョマ・ガンボア→ガンボア小泉、フィリピンからの輸入選手では他にロリー・ルナス→ロリー松下やノリト・カバト→スズキ・カバト、旧ソビエト連邦ペレストロイカ路線や日本の参議院議員アントニオ猪木の尽力によってトップアマからプロ入り果たしたユーリ・アルバチャコフやオルズベック・ナザロフが一時期ユーリ海老原(協栄ジムの先輩海老原博幸にあやかる。ただし、その先輩も本名は松田博幸)やグッシー・ナザロフ(協栄ジムの先輩・具志堅用高<本名>より)を名乗っていたのは、その一例である。だがユーリの場合、海老原がロシア語で卑猥な意味の単語「エビ」を連想させる為本人の希望で本名に戻し、さらにマネージャーマック金平が公募し新リングネーム「勇利アルバチャコフ」に変更された。また、オケロ・ピーター(ピーター・オケロ)のように日本人同様姓名順にした例もある。タイ国出身のイーグル・デーン・ジュンラパンはスポンサー京和建物からイーグル京和。台湾(中華民国)出身の林明佳やパキスタン出身のフセイン・シャーの場合は所属先(ロッキー、角海老宝石)の名称に合わせロッキー・リンやフセイン角海老とし、モンゴル出身のラクバ・シンは韓国を拠点としたプロボクサー時代は来日時も本名で横浜さくらボクシングジム所属選手としてラクバ拳士と名乗った。

逆に外国を拠点に活動する日本人選手が日本で試合をする際に外国人風のリングネームを名乗る場合もある。メキシコを拠点とする亀田和毅がかつて名乗った「トモキ・エルメヒカニート・カメダ」、韓国を拠点とした木村隼人が名乗った「柳準人(ユ・ジュニン、Joon in You)」。池田高雄→池田タカオがタイを拠点にした際の「タカオ・チュワタナ」。

JBCルールでは他のプロスポーツや別の格闘技との兼業を禁じているため、他の格闘技から転向した者は上述の規程より前職時代とは別の名をリングネームにする場合が多いが、前職時代と同じリングネーム用いる者もいる(前者には大相撲力士だった郷の山→赤坂義昭、プロレスラーだったZEUS→ゼウス金谷、K-1ファイターから転向した京太郎→藤本京太郎、キックボクサーだったタイソン岡本→岡本泰治の例。後者にはキックボクサーだった田島吉秋須藤信充<本名>や土屋ジョー<本名は異なる>)。

タイではリングネームは選手の所属するジムの名前がつけられたり、スポンサーについた会社や商品名がつけられたりすることがある。サマン・ソーチャトロンウィラポン・ナコンルアンプロモーション。また、デンカオセーン・カオウィチットのように試合のプロモーターが変わる度にリングネームが変わる選手もいる。

プロボクサー時代は本名と同じリングネームで活動しながら引退後に本名と違う芸名でタレント活動する者、プロボクサー時代は本名と異なるリングネームで活動し引退後に本名ともリングネームとも異なる芸名でタレント活動する者もいる(前者が斎藤清作→たこ八郎、浜伸二→島木譲二、北村雅英→トミーズ雅佐藤修→蓮ハルク(俳優活動のみ)。後者が城アキラ→ジョー山中)。一方で、芸能活動と並行する者においても、本名をリングネームとしてそれと異なる芸名を使用する場合もある(高野人母美のTOMOMI、榑井勇輝のKUREI、松本亮のRYO(モデル活動のみ))。

アマチュアボクシングでは本名で選手登録し旧本名以外のリングネームは認められない(日本アマチュアボクシング連盟認可前の女子アマチュアボクシングでは真保輝子が一時名乗った「ハリケーン・輝」など一部リングネームも存在した。山崎静代も本名である)。

プロレスラー[編集]

命名については、格闘家の持つイメージやその団体の売り出し方によって所属団体が付けることが多い。時にはジャンボ鶴田長州力のように公募によって決める場合もある。ギミックを用いる場合は、そのギミックを連想させるような名前が用いられることが多く、ギミック変更のたびにリングネームを変えるレスラーや、武藤敬司のようにギミックによってリングネームを使い分けて試合をするレスラーもいる。また、佐々木健介マサ高梨のように特定の団体においては別のリングネームを用いるレスラーも存在する。女子プロレスでは「強そうなイメージ」ではなく「可愛らしそうなイメージ」を強調するリングネームも存在する(ミミ萩原キューティー鈴木など)。

草創期のプロレスでは力道山ジャイアント馬場アントニオ猪木大木金太郎マッハ文朱など、本名とは異なる独自のリングネームを用いるのがごく普通であった、カタカナ+姓(または名)の2単語組み合わせが多かったため、坂口征二→ビッグ坂口・藤波辰巳→ドラゴン藤波、などの案も出たことがあるが本人の希望で本名のままとなっている。現在日本では本名をリングネームとするプロレスラーの比率が増加している。一方で名字は変えずに名前のみ変える場合があり、古くは山本勝→山本小鉄など、現在では佐野直喜→佐野巧真・飯塚孝之→飯塚高史・倉垣靖子→倉垣翼などの例がある(高田伸彦→高田延彦、尾崎まゆみ→尾崎魔弓、鈴木実→鈴木みのるのように本名と読み方同じで表記を変更したリングネームも。ただし、平田淳二→平田淳嗣は本名そのものを改名している)。アメリカでは本名のファーストネームの一部・ミドルネームを省略したり略称に変えたりしてリングネームとする例が多く、ニック・ボックウィンクルスタン・ハンセンディック・マードックボブ・サップなどが有名である。変わった例として、ストーン・コールド・スティーブ・オースチンは本名が著名なプロレスラーと同姓同名(スティーブ・ウィリアムス)であるため新たにリングネームを採用し、のちに本名の方をリングネームと同じ名前(スティーブ・オースチン)に改名している。

大相撲出身のプロレスラーは、以前は相撲時代の四股名をそのままリングネームとすることが多かった。前出の力道山や豊登天龍源一郎が代表例だが、1980年代以降は相撲出身でも本名を名乗る例が多くなっている(田上明安田忠夫北尾光司など)。ただ依然として四股名由来の人物もおり、輪島大士(帰化後)は四股名と本名が同じで、力皇猛は四股名の同音異字(四股名は力猛)となっている。北尾も大関までは本名で取っていた。一方で若翔洋(WAKASHOYO)→馬場口洋一[1]のように当初四股名を名乗っていたのを本名に改めた例も存在する。特殊なケースとして大鷲透の場合、自身の四股名は朝鷲であり、リングネームは同じく元力士だった父の四股名である大鷲平に由来している。

アメリカでは団体がリングネームを登録商標とすることが多く、団体を離れたレスラーは同じリングネームを名乗れないことが多い。日本でもビッグバン・ベイダー(商標権は新日本プロレス)はUWFインターナショナルへ転出した時にスーパー・ベイダー、のち全日本プロレスに参戦した時にはベイダーに改名している。

なお、リングネームの場合は四股名などと違って基本的に襲名はしない。現在四代目のタイガーマスク高木功が名乗る二代目・嵐、K-1ファイター草津賢治が父のリングネームを襲名した二代目・グレート草津、大分のプロレス団体に所属するVINNIが名乗る二代目・上田馬之助ジョセフ・カビボが名乗る二代目ザ・シークが数少ない例である。赤城マリ子は二代目とされているが、初代は「赤木まり子」と表記が異なっている。1960年代後半から1970年代に大木金太郎百田光雄[2]に「力道山襲名」という話が(大木は朝鮮半島出身で力道山と同郷、百田は力道山の次男という縁から)持ち上がったが、両方とも実現しなかった。これ以外にも長州力の一時引退後に佐々木健介が二代目を襲名するという話があったがこの話も流れた[3]メキシコルチャリブレでは二世レスラーが多いが、例えばエル・サントの息子はエル・イホ・デル・サントスペイン語で「エル・サントの息子」の意、またはジュニア)と名乗っていて、リングネームをそのまま襲名するわけではない。アメリカでは、ザ・デストロイヤーの息子のカート・ベイヤーのように、あえて父親のリングネームではなく本名を名乗る二世レスラーもいる。

近年では、姓または名のどちらかをローマ字表記とする選手も増えている(田尻義博→TAJIRI、小林健太→KENTA、秋野美佳→AKINOなど)。

また、学生プロレスでは下ネタ絡みの名前や既存の著名人、著名なレスラーの名前をもじったリングネームをパロディの一環として用いることが多い。男色ディーノは学生プロレスのリングネームを職業人としてのプロレスでも使用している珍しい例である(「男色ディーノ」自体も漫画「魁!!男塾」の登場キャラクターが由来)。インディーズにおいても泉州力などオマージュとしてリングネームをつけるケースが存在する。また、JWP時代の渡辺えりか橋本真也をもじって「橋本真弥」としていた時期があった。

団体幹部の個人的な趣味で改名させられるケースもある。豊登は改名魔として有名で、前出のアントニオ猪木や山本勝→山本小鉄のほか、佐野浅太郎大熊熊五郎高崎山猿吉といった「被害者」がいる。またWWEビンス・マクマホンは、かつて「ビンス・マクマホン・ジュニア」という名前だったのをジュニアを外した関係で、WWE入りした「ジュニア」が付くレスラーは全員ジュニアの付かない名前に改名させており、ドリー・ファンク・ジュニアすら例外ではなく「ホス・ファンク」に改名した。女子でもJWPでは1999年2月に当時のジュニア選手全員のリングネームの改名を決行し、上記の倉垣翼や橋本真弥の他、日向あずみ輝優優美咲華菜カルロス天野といったリングネームにされている。

プロレスでは演出上試合に負けた選手が強制的にリングネームを改名させられることも多い。望月享→横須賀享[4]→ジミー・ススム、梶ヤマト→梶トマトのように定着する場合もあるが、豊田魔波(豊田真奈美)など条件となった試合に勝利して元のリングネームに戻す方が多い。

プロレスを引退して芸能界に転向する場合、リングネームをそのまま芸名とする場合がほとんどであるが、ストロング小林の場合、芸名を「ストロング金剛」として俳優・タレント活動を展開している。

プロレスにおいてはレスラーのみならず、レフェリーもリングネームを名乗ることがある。ジョー樋口などレスラーから転向した際にリングネームをそのまま使い続けることが多いが、テッド・タナベのようなレスラー経験のない者もリングネームを使用したり、柳下まさみ→Tommyのようにレスラー時代と異なるリングネームを名乗る場合もある。

キックボクサー・総合格闘家[編集]

キックボクシング発案者・創始者野口修は1964年タイ内のルンピニー・スタジアムで空手代表としてムエタイの強豪を倒した中村忠にあやかり第一号選手ともいうべき白羽秀樹を沢村忠と命名。

他に代表的な例が小林雅人→魔裟斗、小比類巻貴之→小比類巻太信、小林悟→土屋ジョー、田島佳代子→田嶋はる、梶原隆治→梶原龍児など。

ムエタイではリングネームは選手の所属するジムの名前がつけられたり、スポンサーについた会社や商品名がつけられたりすることがある。ブアカーオ・ポー.プラムックがその代表例。

海外では、ミルコ"クロコップ"フィリポヴィッチクイントン"ランペイジ"ジャクソンデイヴィッド"タンク"アボットなどニックネームをミドルネームにしている選手が大半(海外のみ使用で日本ではミドルネーム抜きや略称の者の方が多い)だが、近年では日本でも山本"KID"徳郁桜井"マッハ"速人西浦"ウィッキー"聡生など増えてきている。

総合格闘技でもスポンサーの商品名から韓国人選手が「辛拉麺」というリングネームを使用している。

その他[編集]

対戦格闘ゲームにおいても、大会などで本名以外の呼称をリングネームとして名乗る者も多い。ファーストパーソン・シューティングゲーム界では選手を『Naonobu "uNleashed^" Tahara』というようにミドルネームの様に、ゲーム内で使うネーム(ハンドルであり、一種のリングネーム)を入れて書くことが多い。この場合本名が『Naonobu Tahara』で、ハンドルが『uNleashed^』である。

その他の用法についてはペンネームハンドルネームを参照。

出典[編集]

  1. ^ 現在は、プロレス参戦時のみWAKASHOYOを名乗っている
  2. ^ 百田光雄は海外修行中限定で「力道山ジュニア」を名乗った事もある。
  3. ^ 佐々木健介『光を掴め! 佐々木健介自叙伝』メディアワークス、1999年、p129.
  4. ^ 同団体選手の望月成晃との混同を避ける為、リングネームのコントラ・マッチが行われた。

関連項目[編集]