女子ボクシング

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女子ボクシングの試合

女子ボクシング(じょしボクシング)は、女性によるボクシングの試合である。

ボクシングは古くから男性の競技として見なされていたが、女子ボクシングも長い歴史の中で形作られている。

目次

[編集] 歴史

1720年代ロンドンでは既に女子ボクシング興行が行われていたとも言われており、また、アメリカにおける女子ボクシングの試合は、1876年が最初であると記録されている。

1904年セントルイスオリンピックでは公開競技として女子の試合も行われていた。しかしながら、長らく女子ボクシングは禁止された。

1950年代にはイギリス生まれの女子ボクサーバーバラ・バトリックの試合がアメリカで初めてテレビ中継された。

1975年ネバダ州を皮切りに女性のボクサーライセンスが認められるようになり、1993年にはアメリカボクシング協会が女性ボクサーを認定。女子ボクシング時代の幕開けとなる。

1988年スウェーデンで女子アマチュアボクシングが認定された。

1995年ニューヨークゴールデングローブに日系人のディー・ハマグチが女性として初出場。1997年にはアメリカ協会において、女子トーナメントが開催される。

クリスティ・マーチンらの試合がビッグマッチのアンダーカードとして組まれ、次第に人気が高まる。1999年にはモハメド・アリの娘レイラ・アリがデビュー。ジョー・フレージャーの娘ジャッキー・フレージャー・ライドとの対戦でマスコミ報道が過熱し、女子ボクシング人気が不動のものになった。

1990年女子国際ボクシング連盟(WIBF)が設立されて以降女子世界王座認定団体が次々と作られたが、21世紀に入るとWBCWBAなど男子の団体でも女子の王座が設けられるようになった。

2001年には国際アマチュアボクシング協会による世界女子ボクシング選手権大会が開催され、ロンドンオリンピック (2012年)以降の採用も検討中の模様。

[編集] 日本での歴史

日本では大正時代に女優・砂田駒子が夫フランク徳永とともに日本拳闘倶楽部でトレーニングしたのが最初とも言われている。

昭和初期に砲丸投げの選手だった石田正子が。男子ボクサーとスパリングで負けなかったと言われている。相手も決まったが、試合前日になって警視庁条例違反という理由で中止になる。

1950年11月に石倉節子菅間和子が女性同士として初の試合として公開された。翌1951年1月にも2人は対戦したが引き分けに終わった。

その後、長い事女子ボクシングが日本で認められなかったが、1970年代に高築正子がアメリカに渡り、日本人プロ第1号としてリングに上がっていた。帰国後もキックボクシングのリングで試合を行っていた。

また、その頃には三迫将弘三迫ボクシングジム会長三迫仁志の甥)によってボクササイズが考案され、90年代に入ると一躍ブームとなるが、その延長線上として本格的にボクシングを始めたい女性が増え、1996年に第1回全日本女子アマチュアボクシング大会が開催される。

1997年にキックボクサーから転向したシュガーみゆきが日本人初の世界タイトルを獲得し話題となる。その頃よりキックボクシング興行においてボクシングルールの試合を組んでいたが、1999年には日本女子ボクシング協会が結成され、初の女子ボクシング興行が行われる。一時は100人以上の女子ボクサーが所属していた。

2003年には日本アマチュアボクシング連盟が女子の部を設け、女子大会も主催するようになる。

また、2005年以降日本ボクシングコミッション(JBC)でも女子の解禁について検討を開始。一方で同年11月7日には菊地奈々子が日本人初のWBC女子王座を獲得した。2007年には日本プロボクシング協会で女子選手の育成を開始。2008年2月28日に第1回プロテストが行われ、翌日第1期生(B級14人、C級6人)が誕生した。4月27日には公認後初の試合としてカンボジア江畑佳代子がWBC女子ライトフライ級に挑戦した。

5月9日には女子のみでの第1回興行が開催され、以降は男子の興行に女子の試合が挿入される。

7月30日に行われた内藤大助坂田健史ダブルタイトルマッチではアンダーカードとして女子の2試合が組まれ、8月11日には風神ライカ小関桃ダブルタイトルマッチとして公認後初の国内での世界タイトルマッチが組まれる事が決定した。

同年、世界女子選手権に日本から初めて7人の選手を派遣。箕輪綾子のベスト8が最高であった。

2009年2月、東洋太平洋ボクシング連盟(OPBF)が初の女子ランキングを発表、日本の選手は18人がランク入りし、うち5人が各階級1位となった。4月11日に行われる多田悦子の世界初挑戦は名城信男vs冨山浩之介戦との日本初となる男女世界ダブルタイトルマッチとして開催されることが発表された。6月26日には菊地奈々子vs江畑佳代子戦がOPBF女子初代ライトフライ級王座決定戦として実施され、日本人初のOPBF女子王者が誕生する予定である。

[編集] 主な団体

[編集] 世界

[編集] 日本

[編集] JBCによるルールおよびガイドライン

男子との主な相違点を以下に述べる。

  • 1R2分。
  • 日本王座戦は8回戦。
  • 試合前に妊娠検査を義務づける。
  • 1年間の移行措置として、世界ランカーなどは審査の上で32歳を超えていてもプロテストを受けられる。
  • アトム級を設置。

[編集] 日本人世界王者

[編集] 女子ボクサーが所属する日本のジム

女子のみ

男女混合

[編集] 女子ボクシングを題材にした作品

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[編集] その他

  • 韓国ボクシング協会では既に女子を解禁しており、年々その人気は高まっている。韓国国内では男子ボクシング人気が日本以上に低迷しており、現在では女子の試合がメインイベントで男子がその前座となっている事も珍しくない。欧州でも男女世界タイトルマッチが組まれている場合、女子がメインとなることもしばしある。
  • タイの刑務所では、女囚に対する矯正活動の一環としてボクシングを導入している。刑務所内で試合を設定する事もあり、勝てば刑期短縮となる。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク