コウジ有沢

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コウジ 有沢
基本情報
本名 有澤 幸司
階級 スーパーフェザー級
身長 173cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 1971年7月22日(40歳)
出身地 埼玉県草加市
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 40
勝ち 34
KO勝ち 24
敗け 4
引き分け 2

コウジ 有沢(こうじ ありさわ、1971年7月22日 - )は、日本の元プロボクサー。本名は有澤 幸司、デビュー当初のリングネーム有沢 幸司(ありさわ こうじ)。埼玉県草加市出身。元日本スーパーフェザー級王者(通算11度防衛)。

引退後は実家でもある草加有沢ボクシングジムのトレーナーを行っている。一方、ザ・おやじファイトにてレフェリーも務める。

カズ有沢は双子の兄。父は元協栄ボクシングジム所属選手で先代の草加有沢ジム会長の有澤茂則で、会長職を引き継いだ有澤好男は叔父、父方の祖父は同ジム初代会長有澤二男。

埼玉県立八潮南高等学校卒業。

目次

[編集] 来歴

1992年3月7日、草加有澤所属でプロデビュー。岡田基を相手に4回判定勝ち。

1995年日本スポーツ出版社から発売された具志堅用高の教則ビデオに出演。1996年4月8日後楽園ホールでのダイヤモンドグローブ古城賢一郎を相手にチャンピオン・カーニバル、日本スーパーフェザー級王座決定戦を行い、2回KO勝ちで同王座を獲得。その後、5連続KO防衛。

1998年3月29日、日本スーパーフェザー級王座6度目の防衛戦で前年の世界挑戦を引き分けた畑山隆則を挑戦者に迎える。両国国技館で開催されたこの試合は「究極の日本タイトルマッチ」と呼ばれ、日本タイトルマッチとしては破格となる両者500万円のファイトマネー(+勝者はパジェロ)が支払われ、両選手入場後には君が代吹奏も行われた(通常、世界タイトルマッチ以外では国歌吹奏は行われない)。両者は序盤から壮絶な打撃戦を展開し、9回TKO負けで有沢は王座転落。有沢から王座を奪った畑山は、次戦で世界王座を獲得している。

1998年12月14日、パンサー柳田と日本スーパーフェザー級王座決定戦を行い、10回判定勝ちで王座奪還、平仲信敏との2度の試合を含め6度防衛。

2001年3月12日、キンジ天野を相手に7度目の防衛戦を行い、10回判定負けを喫し王座転落。

2004年1月10日、本望信人の保持する日本スーパーフェザー級王座に挑戦し、10回判定負け。王座獲得ならず。

2005年12月13日、ピチット・ゴコーンカランジムに2回KO勝ち。この試合を最後に現役引退。この引退試合の前座で小口雅之がヅラ騒動を起こし、一躍有名人となった。後に飯田覚士との対談で、コウジは「あの日は俺の引退試合だったのに、小口がカツラで話題を持っていってしまった。あれじゃああの興行の主役は誰だったのか分からない」と冗談めかして話していた。[要出典]

2007年7月26日、DEEP GLOVEにおいて大嶋記胤とのボクシングエキシビションマッチ(2分3R)を行った[1]

2007年10月28日、club DEEP in Zepp Sendaiにおいて阿部忠彦とのボクシングエキシビションマッチ(2分3R)を行った[2]

2008年6月15日、DEEP GLOVE 2において大嶋記胤とのボクシングエキシビションマッチ(2分3R)を行った[3]

2008年9月20日、DEEP GLOVE 3において元WBA世界スーパーフライ級王者ヨックタイ・シスオーとのボクシングエキシビションマッチ(3分3R)を行った。

2009年、舞台「きら星の磁力 〜It's too soon to give up〜」で俳優デビュー。

[編集] 獲得タイトル

  • 第33代日本スーパーフェザー級王座(防衛5回)
  • 第36代日本スーパーフェザー級王座(防衛6回)

[編集] 脚注

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

空位
前タイトル保持者
三谷大和
第33代日本スーパーフェザー級王者

1996年4月8日 - 1998年3月29日

次王者
畑山隆則
空位
前タイトル保持者
杉田竜平
第36代日本スーパーフェザー級王者

1998年12月14日 - 2001年3月12日

次王者
キンジ天野
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