サマン・ソーチャトロン
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | Saman Sriprated |
| 階級 | ライトフライ級 |
| 身長 | 160cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1969年8月2日(43歳) |
| 出身地 | |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 55 |
| 勝ち | 46 |
| KO勝ち | 35 |
| 敗け | 8 |
| 引き分け | 1 |
サマン・ソーチャトロン(Saman Sorjaturong、1969年8月2日 - )は、タイ出身の元プロボクサーで、元WBC・IBF世界ライトフライ級王者。WBC王座は10度の防衛に成功した。軽量級だが、強打が持ち味であった。
目次 |
来歴 [編集]
1989年12月24日、プロデビュー。
1993年7月3日、世界初挑戦。敵地でWBC世界ストロー級王者リカルド・ロペス(メキシコ)に挑むが、2回TKO負け。その後、1階級上のライトフライ級に転向。
1995年7月15日、世界再挑戦。アメリカ・ロサンゼルスでWBC・IBF統一世界ライトフライ級王者ウンベルト・ゴンザレス(メキシコ)に挑む。ダウン応酬の大激戦となり、6回にはあわやKO負けというところまで追い詰められる(この回終了後、レフェリーから「次の回でストップする」との予告も受けた)。しかし、迎えた7回、「捨て身」とも言える猛攻で逆襲に転じ、王者の顔面に右の強打を叩き込みダウンを奪う。流血で顔を赤く染めながら辛くも立ち上がった王者に対し、さらなる追撃を浴びせレフェリーストップ。この瞬間、30戦目にして世界王者に輝いた。
11月に初防衛成功後、IBF王座を返上。以降はWBC王者として通算10度の防衛に成功する(9度目の防衛戦では日本のリングに初登場。5度目の防衛戦の相手だった八尋史朗を4回TKOで返り討ちにする)。
1999年10月17日、11度目の防衛戦。敵地で崔堯三(韓国)と対戦し、12回判定負け。4年あまり保持した世界王座を明け渡した。
2001年1月30日、雪辱・世界王座返り咲きを懸け崔に再挑戦するも7RKOで返り討ち。
2002年2月2日、後楽園ホールで1年ぶりの再起戦。田中光輝とノンタイトル戦を行い、3回TKO勝ちを収めた。その後、4月12日に再起第2戦を行うも10回判定負け。以降、3年間試合から遠ざかる。
2005年2月22日、3年ぶりの復帰戦。WBCの下部組織であるABCOスーパーフライ級暫定王者デビッド・ナコンルアンプロモーション(タイ)に挑むが、4回TKO負け。
2005年6月20日、日本で3度目の試合。後楽園ホールで亀田興毅と対戦し、初回KO負け。この試合を最後に引退した。
戦績 [編集]
- 46勝(35KO)8敗1分
獲得タイトル [編集]
- WBC世界ライトフライ級
- IBF世界ライトフライ級
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
| 前王者 ウンベルト・ゴンザレス |
第20代WBC世界ライトフライ級王者 1995年7月15日 - 1999年10月17日 |
次王者 崔堯三 |
| 前王者 ウンベルト・ゴンザレス |
第7代IBF世界ライトフライ級王者 1995年7月15日 - 1995年(剥奪) |
空位 次タイトル獲得者 マイケル・カルバハル |