オーレイドン・シスサマーチャイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
オーレイドン・シスサマーチャイ
基本情報
本名 オーレイドン・シスサマーチャイ
通称 Kittipong Jaikajang
The Deadly Candy(死のキャンディー)
Oleydong CP Fresh Mart
階級 スーパーフライ級
身長 161cm
リーチ 156cm
国籍 タイ王国の旗 タイ
誕生日 1985年7月17日(29歳)
出身地 トラン県
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 57
勝ち 55
KO勝ち 21
敗け 1
引き分け 1
テンプレートを表示

オーレイドン・シスサマーチャイ: โอเล่ห์ดง ศักดิ์เสมอชัย: Oleydong Sithsamerchai、男性、1985年7月17日 - )は、タイ王国プロボクサー。第12代WBC世界ミニマム級王者。

ガードの高いサウスポーで、ミニマム級時代は左フックが武器だったが、スーパーフライ級では高速連打が武器。ポンサクレック・ウォンジョンカムなど多くの世界王者を輩出したピヤラット・ヴァシララッタナウォン(Piyarat Vacirarattanawong)がプロモーター兼会長を務めるペッインディー所属。ポンサクレックが実際にオーレイドンを後継者に指名している。

来歴[編集]

2002年9月6日、プロデビュー(初回KO勝ち)。

2002年10月24日、3戦目でWBC世界ミニマム級ユース王座決定戦並びにABCOミニマム級王座決定戦に出場。アルマン・デラクルス(フィリピン)を10回判定に降し、WBC世界ミニマム級ユース王座とABCOミニマム級王座の獲得に成功。ABCO王座は12度防衛し2005年10月に返上。その後、WBCユース王座の防衛回数を16にまで伸ばし、2007年3月、WBCユース王座も返上。

2007年4月6日、WBC世界ミニマム級王座挑戦者決定戦に出場。オマール・ソト(プエルトリコ)と対戦し、2-1で12回判定勝ち。WBC世界ミニマム級王座の指名挑戦権獲得に成功。

2007年11月29日、世界初挑戦。日本角海老宝石ボクシングジムに所属する同国人のWBC世界ミニマム級王者イーグル・デン・ジュンラパンに指名挑戦者として挑み、3-0(115-114、115-113、117-112)で12回判定勝ち。無敗のまま25戦目で世界王者に輝く[1]

2008年6月18日、プーケット県のサパンヒンで戎岡淳一を迎えて初防衛戦を行い、9回1分14秒TKO勝ちで初防衛に成功した。

2008年11月27日、ピッサヌローク県ポンサワン・ポープラムックタイ)と対戦し、終始試合のペースを掴み3-0(120-108、118-110、117-113)の大差判定勝利で2度目の防衛に成功した。

2009年6月1日、3度目の防衛戦で元IBF同級王者のムハンマド・ラクマンインドネシア)と対戦し、7回に偶然のバッティングでラクマンが2度カットをし無傷の王者に規則で2点減点され、ここで試合がストップ。中止された時点で105-103(2人)、106-101と、3ジャッジとも王者の優勢だったため11回負傷判定勝ちを飾り、3度目の防衛に成功した[2]

2009年11月27日、4度目の防衛戦。暫定王者ファン・パラシオスニカラグア)と統一戦を行い、オーレイドンがキャリア初の苦戦を強いられ12回2-0(115-114、116-114、114-114)の僅差判定勝ちを収めパラシオスの偶然のバッティングでの減点に救われた形で4度目の防衛と王座統一に成功した。[3]

2010年3月27日、5度目の防衛戦で日本のリングに初登場(初めてのタイ以外での試合となった)。東京有明コロシアム黒木健孝と対戦し、前回のパラシオス戦に続く苦戦を強いられ11回にダウンを奪われるも12回3-0(113-112、114-112、114-113)の僅差判定勝ちで防衛に成功した[4]

2010年9月3日、6度目の防衛戦。2度目の防衛戦でも対戦した同国人のポンサワン・ポープラムックと対戦。前回とは違い、過酷な減量で前みたいな動きが取れず4Rに足を吊るアクシデントが発生。6回にダウンを奪われあわやストップ負け寸前に追い込まれ、大苦戦を強いられる。アウトボクシングを行い挽回するも12回1-0(2者が114-114、114-113)で引き分け。運よく王座防衛に成功した[5]。しかし、ファンからは大ブーイングが起きると同時に誤審といった声が聞こえた。会場のファンはポンサワンが勝ったという声も上がり、消化不良の試合になった。

2011年2月11日、日本の神戸ワールド記念ホールにおいて、プロ7戦目の新鋭井岡一翔を相手に7度目の防衛戦。2回に左フックでダウンを奪われて精彩を欠き、5回に左ボディブローで2度目のダウンを奪われ、そのままレフェリーストップによるTKO負け。37戦目にして初黒星を喫し、王座から陥落した[6]

その後、減量苦を理由にライトフライ級・フライ級を飛び越え、スーパーフライ級に転向し、苦戦が続いたが、WBCインターナショナルスーパーフライ級王座を獲得。 WBCインターナショナルスーパーフライ級シルバー王座も獲得した。

2012年11月12日、久高寛之と対戦3-0の判定で下し、WBCインターナショナルスーパーフライ級王座の4度目の防衛に成功した[7]

2013年3月29日、ウドーンターニー県のワット・トゥンシームアンでリチャード・ガルシアと対戦し、7回TKO勝ちを収めWBCインターナショナルスーパーフライ級王座の5度目の防衛に成功した。

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ イーグル祖国で陥落 オーレードン新王者に WBCミニマム級戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年11月29日
  2. ^ オーレイドン、元王者に負傷判定勝ち ボクシングニュース「Box-on!」 2009年6月1日
  3. ^ 次は黒木と?オーレードン王座統一-WBCミニマム級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年11月27日
  4. ^ 黒木僅差判定負け 小関は大差判定でV4 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年3月28日
  5. ^ オーレードン、ドロー防衛-WBCミニマム級 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年9月3日
  6. ^ 井岡7戦目で世界つかむ オーレードンを5回TKO  WBCミニマム級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年2月21日
  7. ^ 久高、WBCインター挑戦判定負け-タイ ボクシングニュース「Box-on!」 2012年11月12日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
イーグル・デン・ジュンラパン
第12代WBC世界ミニマム級王者

2007年11月29日 - 2011年2月11日

次王者
井岡一翔