ポンサクレック・ウォンジョンカム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
ポンサクレック・ウォンジョンカム
Pongsaklek Wonjongkam.jpg
基本情報
本名 Pongsakol Wonjongkam
พงศกร วันจงคำ
通称 Kol, กร
階級 フライ級
身長 162cm[1]
リーチ 161cm[1]
国籍 タイの旗 タイ
誕生日 1977年8月11日(34歳)
出身地 タイの旗 タイ
ナコーンラーチャシーマー県
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 88
勝ち 83
KO勝ち 44
敗け 3
引き分け 2

ポンサクレック・ウォンジョンカム[2]: พงษ์ศักดิ์เล็ก วันจงคำ: Pongsaklek Wonjongkam、男性、1977年8月11日 - )は、タイ人プロボクサータイ王国ナコーンラーチャシーマー県出身。現WBC世界フライ級王者。

本名はポンサコン・ウォンジョンカムพงศกร วันจงคำ)。ニックネームは本名の最後の1音節のコンまたはゴン[3]ポンサクレック・クラティンデーンジムまたはポンサクレック・シンワンチャーとも。

2006年6月30日、エベラルド・モラレスメキシコ)に4回TKO勝ちで15度目の防衛に成功すると共にミゲル・カントの持つ階級最多防衛記録を更新した。その後、防衛記録を17まで伸ばした。

目次

[編集] 来歴

1994年12月21日、プロデビュー。

1997年3月28日、ムズキシ・シカリ(南アフリカ)を初回KOに降し、WBU世界ライトフライ級王座獲得(1度も防衛することなく返上)。

2001年3月2日、母国でWBC世界フライ級王者マルコム・ツニャカオフィリピン)に挑戦。初回TKO勝ちを収め、王座獲得に成功。

2001年7月15日、初防衛戦で日本のリングに初登場。名古屋浅井勇登と対戦し、5回TKO勝ち。

2002年4月19日、4度目の防衛戦で内藤大助と対戦。世界フライ級タイトル戦史上最短となる初回34秒KO勝ち。

2002年11月26日、6度目の防衛戦で日本のリング再登場。大阪本田秀伸を12回判定に降す。

2004年1月3日、3度目の日本での試合。横浜トラッシュ中沼と対戦し、12回判定勝ち。9度目の防衛に成功。

2004年10月4日、タイプーケットにて元世界ランカーのランディ・マングバットとノンタイトル10回戦契約で対戦。10回判定勝ちを収める。

2005年1月29日、4度目の日本での試合。大阪小松則幸と対戦し、5回TKO勝ち。11度目の防衛に成功。

2005年10月10日、内藤との3年ぶりの再戦(後楽園ホール)。7回負傷判定勝ちで12度目の防衛に成功。

2006年6月30日、エベラルド・モラレスメキシコ)を4回TKOに降し、15度目の防衛に成功。ミゲル・カント(メキシコ)が保持していた世界フライ級王座連続防衛回数最多記録を27年ぶりに塗り替えた[4]。その後、2007年4月6日には清水智信に7回終了時TKO勝ちで17度目の防衛に成功した[5]

2007年7月18日、18度目の防衛戦は自身6度目の日本での試合(後楽園ホール)。過去2度挑戦を退けている内藤と三度対戦。ボクシング史上に残る激戦は判定にもつれこみ、結果、3・3・2差の3-0判定で内藤の勝利。ポンサクレックは6年4か月間保持し続けてきた王座から陥落した[6]

2007年10月24日、王座陥落後の再起戦にて、レイ・メグリニョ(フィリピン)と対戦、3回TKO勝利にて再起を飾る。

2008年3月8日、雪辱・世界王座奪回を懸け、内藤と4度目の対決(両国国技館)。試合はハイレベルの技術戦となり、序盤から中盤にかけなかなかパンチが当たらない展開だったが中盤以降にお互いのパンチが当たりだしヒートアップ。そして一進一退のまま判定となり、結果1-1の三者三様で引き分けとなり、王座奪還に失敗した[7]

2009年1月30日バンコクにてサロム・トラディイラン)とノンタイトル戦を行い、2回TKO勝ちを収める。

2009年4月24日、母国で行われたWBC世界フライ級暫定王座決定戦に出場。のちにWBOで王者になるフリオ・セサール・ミランダ(メキシコ)と対戦し、12回判定勝ち。「暫定」の肩書きこそあるものの、1年9か月ぶりの世界王座返り咲きを果たした。8月28日には升田貴久を6回TKOに降し、初防衛に成功した[8]

2010年3月27日、8度目の日本での試合(有明コロシアム)。前年11月に内藤を破って正規王座を獲得した亀田興毅と王座統一戦を行い、12回判定勝ち(2-0)。2年8か月ぶりの正規王座復帰を果たした(記録上は2度目の防衛成功)。

2010年10月8日、6位の同国人スリヤン・ポーチョックチャイと対戦し、12回判定勝ち。暫定から数えて3度目の防衛に成功した。

2011年7月1日、地元タイのハジャイにて内藤大助の後輩でもある元OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者粉川拓也と対戦し、12回判定勝ち(3-0)。暫定から数えて4度目の防衛に成功した[9]

2011年10月21日、バンコクにて同級1位で元WBC世界ライトフライ級王者で現名誉王者のエドガル・ソーサ(メキシコ)と対戦し、大差判定勝ち(3-0)。暫定から数えて5度目の防衛に成功した[10]

2011年12月23日、バンコクにて向井寛史と6度目の防衛戦を行い、ポンサクレックと向井の両者の頭がぶつかり、1回0分47秒、偶然のバッティングによる負傷判定で引分となりポンサクレックが6度目の防衛に成功した[11]。その日は前座でライトフライ級アドリアン・エルナンデス(メキシコ)がタイのリングに初登場し、ポンサクレックのチームに所属しているコンパヤン・コープラムックと2度目の防衛戦を行い、10回2分31秒KO負けを喫し2度目の防衛に失敗し王座から陥落しコンパヤンが新王者となった。

[編集] 戦績

  • ムエタイ:42戦28勝13敗1分
  • アマチュアボクシング:不明
  • プロボクシング:88戦83勝(44KO)3敗(1KO)2分

[編集] 獲得タイトル

[編集] 脚注

  1. ^ a b レベルが違う?それは27日に分るさ-ポンサクレック ボクシングニュース「Box-on!」 2010年3月24日
  2. ^ 正しい発音は「ワンジョンカム」だが、英語の綴りのまま日本では「ウォンジョンカム」と発音される
  3. ^ タイ語の無気音のKはGに近く聞こえるため、日本での片仮名表記においてGで表される場合もある。
  4. ^ ポンサクレック新記録“V15” ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2006年7月1日
  5. ^ 清水7回TKO負け タイのWBCフライ級戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年4月6日
  6. ^ 内藤殊勲の新チャンピオン WBC世界フライ級戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年7月18日
  7. ^ 内藤、引き分けでベルト死守 WBC世界フライ級戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年3月9日
  8. ^ 升田、ポンサクレックに6回TKOで敗れる ボクシングニュース「Box-on!」 2009年8月28日
  9. ^ 粉川、判定負け ボクシングニュース「Box-on!」 2011年7月1日
  10. ^ ポンサクレックが難敵撃退し王座防衛 WBCフライ級 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年10月22日
  11. ^ 向井博文が新王者になっていたら井岡一翔の持つプロ7戦目での世界戴冠という日本最短記録に並んでいた。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

前王者
ムズキシ・シカリ
第3代WBU世界ライトフライ級王者

1997年3月28日 - 1998年

次王者
マシブレレ・マケプラ
前王者
マルコム・ツニャカオ
第34代WBC世界フライ級王者

2001年3月2日 - 2007年7月18日

次王者
内藤大助
暫定王座決定戦 対戦者
フリオ・セサール・ミランダ
WBC世界フライ級暫定王者

2009年4月24日 - 2010年3月27日

次暫定王者
王座統一により消滅
前王者
亀田興毅
第37代WBC世界フライ級王者

2010年3月27日 - 現在

次王者
N/A
個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語