帯広市

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おびひろし
帯広市
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 十勝総合振興局
団体コード 01207-6
面積 618.94km²
総人口 168,677
住民基本台帳人口、2012年12月31日)
人口密度 273人/km²
隣接自治体 芽室町幕別町音更町
更別村中札内村
新冠町平取町日高町
市の木 シラカバ
市の花 クロユリ
市の鳥 ヒバリ
帯広市役所
市長 米沢則寿
所在地 080-8670
北海道帯広市西5条南7丁目1番地
帯広市役所
外部リンク 帯広市

日本地域区画地図補助 01630.svg

帯広市位置図(北海道)

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

北緯42度55分16.99秒東経143度11分59.96秒

北緯42.921386度 東経143.199989度
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帯広市(おびひろし)は、北海道十勝総合振興局管内にある十勝総合振興局所在地で、十勝地方の拠点都市。人口は道内第6位、都市圏人口は道内第4位で道東最大の都市圏人口を有する。[1]

目次

概要 [編集]

帯広の街は、官主導の屯田兵や旧幕府家臣による開拓ではなく、静岡県出身の依田勉三率いる晩成社一行が1883年(明治16年)5月に入植したのが開拓の始まりである。その後の開墾は冷害虫害など苦難の連続であったが、1895年(明治28年)に北海道釧路集治監十勝分監(通称十勝監獄。現在の緑ヶ丘公園一帯)が開設されると、受刑者によって大通が整備されていき、市街地が形成されていった。

十勝地方の農産物の集散地として栄えている。一時、自衛隊第五師団の旅団化[2]に伴う人員削減や周辺町村への人口流出[3]等により人口が漸減していたが、2010年(平成22年)以降は回復基調である[4]

考古学的に特筆するものとしては、土器で煮炊きした世界最古(1万4000年前)の痕跡とされているものが帯広市内の遺跡群(大正遺跡群)で見つかっている[5]

都市名の由来 [編集]

アイヌ語「オペレペレケプ」(川尻が幾つにも裂けている所)または「オベリベリ」(オペレペレケプの和人なまり)からといわれている。

地理 [編集]

東北海道西端の十勝平野のほぼ中央に位置する。市街は計画的に整備されており、帯広駅を中心に碁盤目状の区画が四方に広がるが、大通公園から北東、北西、南東、南西に対角線方向の道路(火防線)が設けられている。

  • 1891年(明治24年)北海道庁によって帯広を基点として帯広・十勝の植民地区画の設計を開始。
  • 1892年 帯広市街地の基礎となる壮大な碁盤目状の街区整備が行われたことにより開発は本格化する。900間四方を大画、参百間四方を中画、さらにこれらを六分割して小区画とした。これを入植者に1戸分として貸付する。
  • 1893年(明治26年) 最初から都市としての機能を備えるため、市街地の区画整理・市街予定地区画(殖民地区画)が行なわれ、1900 戸分を測設、その後順次市街地が開放されていく。現在の石狩通(国道38号)と大通(国道236号)の交差点と基点にして60間の大区画と中央部6間の道路用地をとり東西に2分しさらにそれぞれを6間間隔で10等分したものを162坪で1戸分とした。大区画を北海道開拓時代に札幌市で始めた区画割りを帯広にも適用、1ブロックは通りを除いて1辺60間(109m程度)の正方形で条と丁目で示し、さらに12間幅の火防線を配置するなどの近代的な都市整備を実施した。これは鉄道線予定地や停車場の予定地も見込んだ計画で、また当初から、斜めの道路と格子状の道路の交わる箇所に消防署を配置する計画となっていた。開拓当時計画され幻となった十勝川河口都市も帯広市と同様の殖民区画の都市計画形態であり道路配置はそっくりで、現代でも殖民区画の都市計画がかいまみられるのは珍しい。火防線が交わる交差点は6差路となり、交通事故もしばしば起きた。現在では交差点の手前で幹線と合流するように付け替えが行われている。
  • 1896年(明治29年) 貸付停止となっていた十勝植民区画地を解除。
  • 1897年(明治30年) 国有未開地の開墾入植を奨励するための「北海道国有未開地処分法」が公布され、終戦直後まで実施する殖民地選定事業によって大量移民が始まる。このとき入植地の区画は300間 (546m) 四方の中区画と、その中をさらに150間×100間の小区画6個に分け、この5町歩 (ha) が1戸の割当てとなった。また圃場のまわりには防風林が設けられ、日高山脈から吹き降ろす強風対策のほか、入植当時は燃料対策としても保持されていく。これらが十勝の代表的な農地景観である300間区画の圃場と幾何学的に並んだ木々が溶け込み、新緑の春、秋の紅葉、冬の雪景色など四季折々の美しい景観を提供することになる。
  • 1918年(大正7年)「区画測設心得」で、「防風林は50間以上100間以内の幅を存置すること」と規定。
  • 1919年(大正8年)には「殖民地選定心得」で防霧林という考え方を取り入れ、「現に林相をなさざるも将来植樹造林によりて防風若しくは防霧林の設定を必要と認めたもの」として、森林状態をなしていない場合は防風林予定地としてあらかじめ土地利用区分上は防風林に算入させ、保安林制度の拡充とともに国有保安林に編入していく。
  • 1905年(明治38年) - 1907年(明治40年) 札幌方面と釧路方面とを結ぶ鉄道が開通したことで、十勝の拠点都市として発展を遂げる。


気候 [編集]

帯広市
気候表(説明
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
42
 
-2
-14
 
 
30
 
-1
-13
 
 
49
 
3
-7
 
 
60
 
11
0
 
 
80
 
18
5
 
 
85
 
20
10
 
 
94
 
24
15
 
 
139
 
25
16
 
 
139
 
21
12
 
 
91
 
15
4
 
 
68
 
8
-2
 
 
40
 
1
-9
気温(°C
総降水量(mm)
出典:[1]

ケッペンの気候区分では亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属し、内陸部にあることから気候は寒暖の差が激しく、夏は30℃以上、冬は-20℃以下になる事も少なくない。また、冬季を中心に市街地では郊外との気温差が大きくヒートアイランド現象が顕著な都市気候も併せ持つ。なお、市内の気象観測地点は気象庁により市街地の帯広測候所と郊外の帯広空港にある帯広泉(アメダス)に設置されてる他、帯広市農業技術センターでも川西、広野、幸福、桜木、清川など市内各地で気象観測を行っている[6]

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3月は実質的には冬に等しく、冬型の気圧配置が崩れ、相次ぐ低気圧の通過により大雪となることが多く、十勝では大雪は冬の終焉と春到来の兆しとなる。過去には1970年3月17日に過去最深積雪の177 cmを記録している。本格的な春は4月になって迎え、雪解けは急速に進む。春は日照時間も多く、年間で最も乾燥する季節であり、時折強風が吹く。ゴールデンウィークを過ぎると日中の気温は20度を超え始める。

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6月下旬になると、気温は急速に上がり始める。帯広の盛夏時の日中は北海道では最も気温が上がり、フェーン現象が起こると真夏日になることも多い。平均真夏日日数10.5日と最高気温極値の37.8℃(1924年7月12日)は道内気象官署では1位となっているなど、猛暑日になることもあり、近年では2010年(平成22年)6月26日には36.0℃を記録している。しかしながら、気温が高くでもからっとした天候であり、特に朝晩は冷涼となり日中が30度を超えても、朝晩は15度前後まで下がることが多いなど非常に過ごしやすい。また、一概に夏が暑いわけではなく、太平洋の海霧の発生が内陸部にまで達すると、真夏でも日照不足や低温となることもあり、かなり涼しくなる時期がある。夏は時に局地的な大雨をもたらすなど天候は不安定である。

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秋は晴天が続き、日照時間も多いが、年によっては9月には台風が通過し、大雨をもたらす時期でもある。秋の訪れは早く、初霜は10月9日。早霜の記録は1913年9月14日となっている。9月の半ばも迎えると周囲の山々や峠では雪が降り始め、帯広市内でも10月下旬から11月初めには初雪を迎える。急速に気温が下がるために帯広の紅葉のシーズンは短く10月中旬の1週間ほどである。

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冬には風の弱い快晴の日も多く穏やかな気候であり、冬季の日照時間の平年値は545.0時間と道内気象官署では最も多い。降雪量も北海道としては少ない分類にあるが、2月中旬以降は低気圧の通過により大雪となることもある。快晴の日は放射冷却現象により強く冷え込み、測候所がある市街地でも最低気温が-15℃以下の日が非常に多く、-20度以下になることも少なくない。1902年(明治35年)1月26日には最低気温-38.2℃を記録しており、気象官署の中では日本観測史上2位である。しかし、都市化の影響で、帯広測候所の最低気温は急上昇しており、-20度以下の観測日数は激減し、冬季の最低気温は120年間で約7.8℃も上昇し[7]、下記で示される1961~1990年平年値と比べても、1月の最低気温は1.0℃、2月は1.2℃も上昇している。そのため、郊外と市街地では最低気温が5度~10度近くの差となることもあるなどヒートアイランドが顕著で、2000年以降の帯広測候所の観測極値は-26.7℃(2000年1月27日)であるが、十勝川を挟んだ帯広のベットタウンの音更町では同日に-32.1℃を観測しているなど、郊外では-30度前後まで下がることも少なくない。また、冬季の朝晩はヒートアイランド以外にも風向きや風の強弱により数キロ離れただけで気温差が10度以上なったり、また郊外では1時間以内に5~10度近くの乱高下を繰り返すことも珍しくないなどの変動差が大きいなど、放射冷却型の特徴を持つ。 一方、日中は晴れるために比較的気温が上がり、日較差が時に20度を超えることもある。


帯広 (帯広測候所) 1981–2010年平均, 極値 1892年–現在の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 8.0
(46.4)
14.7
(58.5)
20.3
(68.5)
31.7
(89.1)
33.4
(92.1)
36.0
(96.8)
37.8
(100)
37.0
(98.6)
34.4
(93.9)
27.7
(81.9)
23.5
(74.3)
16.0
(60.8)
37.8
(100)
平均最高気温 °C (°F) −1.9
(28.6)
−0.6
(30.9)
4.0
(39.2)
11.9
(53.4)
17.6
(63.7)
20.8
(69.4)
23.5
(74.3)
25.2
(77.4)
21.5
(70.7)
15.6
(60.1)
8.0
(46.4)
1.1
(34)
12.2
(54)
日平均気温 °C (°F) −7.5
(18.5)
−6.2
(20.8)
−1
(30)
5.8
(42.4)
11.1
(52)
14.8
(58.6)
18.3
(64.9)
20.2
(68.4)
16.3
(61.3)
10.0
(50)
3.2
(37.8)
−3.7
(25.3)
6.8
(44.2)
平均最低気温 °C (°F) −13.7
(7.3)
−12.6
(9.3)
−6
(21)
0.6
(33.1)
5.7
(42.3)
10.3
(50.5)
14.5
(58.1)
16.4
(61.5)
12.1
(53.8)
4.8
(40.6)
−1.5
(29.3)
−8.9
(16)
1.8
(35.2)
最低気温記録 °C (°F) −38.2
(−36.8)
−36
(−33)
−35.2
(−31.4)
−18.3
(−0.9)
−7.9
(17.8)
−1.9
(28.6)
1.3
(34.3)
2.1
(35.8)
−4.7
(23.5)
−10.6
(12.9)
−20.3
(−4.5)
−34.2
(−29.6)
−38.2
(−36.8)
降水量 mm (inch) 42.8
(1.685)
24.9
(0.98)
42.4
(1.669)
58.9
(2.319)
81.0
(3.189)
75.5
(2.972)
106.4
(4.189)
139.1
(5.476)
138.1
(5.437)
75.0
(2.953)
57.6
(2.268)
46.1
(1.815)
887.8
(34.953)
降雪量 cm (inch) 59
(23.2)
37
(14.6)
42
(16.5)
9
(3.5)
1
(0.4)
- - - - -  9 47
(18.5)
201
(79.1)
平均降雪日数 16.7 15.8 16.5 6.6 0.5 0.0 0.0 0.0 0 0.2 7.0 13.6 76.8
 % 湿度 70 68 66 66 69 79 83 82 79 73 68 68 73
平均月間日照時間 183.4 190.1 217.8 194.5 192.3 152.8 117.6 128.9 143.0 175.0 166.7 171.3 2,033.2
出典 1: 平年値(年・月ごとの値) 気象庁
出典 2: 観測史上1~10位の値( 年間を通じての値) 気象庁

沿革 [編集]

  • 1893年(明治26年) - 河西、河東、上川3郡各村戸長役場が置かれる。
  • 1901年(明治34年) - 下帯広村8村戸長役場に改称。
  • 1902年(明治35年)4月1日 - 下帯広村と荊苞(ばらとう)村が合併し二級町村制施行、帯広町となる。
  • 1915年(大正4年)4月1日 - 伏古村の一部を併合。一級町村制施行。
  • 1919年(大正8年) - 十勝毎日新聞の前身となる帯広新聞が設立、発行される。
  • 1933年(昭和8年)4月1日 - 市制施行、帯広市となる。同時に市章を制定する。[8]
  • 1933年(昭和8年)8月 - 初代市長に渡部守治が就任。
  • 1936年(昭和11年)11月 - NHK帯広放送局が開局(ラジオ第1放送、コールサインJOOG。但し、送信所は河東郡音更町にある)。
  • 1942年(昭和17年)2月 - 2代市長に橋本東三が就任。
  • 1946年(昭和21年)1月 - 3代市長に奥野小四郎が就任。
  • 1947年(昭和22年)4月 - 4代市長に佐藤亀太郎が就任(帯広市では初の民選市長となる)。
  • 1949年(昭和24年) - 帯広高校(現在の帯広柏葉高校)が夏の甲子園出場。
  • 1950年(昭和25年)4月 - NHK帯広放送局にラジオ第2放送が開局(コールサインJOOC)。
  • 1952年(昭和27年) - 帯広市にて水道事業開始。
  • 1952年(昭和27年)3月4日 - 十勝沖地震が発生(死傷者217人、家屋全壊311戸)。
  • 1955年(昭和30年) - 第1回七夕祭りが開催。
  • 1955年(昭和30年)6月25日 - 佐藤亀太郎市長が急死。
  • 1955年(昭和30年)8月6日 - 5代市長に吉村博が就任。
  • 1955年(昭和30年)8月 - 北海道放送(HBC)帯広放送局が開局(HBCラジオ、コールサインJOHW。但し、送信所は中川郡幕別町にある)。
  • 1957年(昭和32年)4月1日 - 河西郡川西村及び大正村を編入。
  • 1959年(昭和34年)4月1日 - 北海道帯広南商業高等学校が開校。
  • 1959年(昭和34年) - 帯広三条高校が夏の甲子園出場。
  • 1959年(昭和34年)12月 - NHK帯広放送局に総合テレビジョンが開局(コールサインJOOG-TV)。
  • 1962年(昭和37年)- 帯広三条高校が夏の甲子園出場(2度目)。
  • 同年10月 - NHK帯広放送局に教育テレビジョンが開局(コールサインJOOC-TV)。
  • 1963年(昭和38年)7月31日 - 帯広動物園が開園。
  • 1963年(昭和38年)7月 - HBC帯広放送局にテレビ放送局が開局(HBCテレビ、コールサインJOHW-TV)。
  • 1963年(昭和38年)7月 - 札幌テレビ放送(STV)帯広放送局が開局(STVテレビ、コールサインJOWL-TV。但し、送信所は河東郡音更町にある)
  • 1964年(昭和39年)1月 - 帯広中央公園にて第一回帯広氷まつりが開催。
  • 1964年(昭和39年)3月 - STV帯広放送局にラジオ放送局が開局(STVラジオ(現在は分社)、コールサインJOWM)。
  • 1964年(昭和39年)9月27日 - 青少年科学館と児童文化センターの機能を併せ持つ帯広市児童会館が開館。
  • 1964年(昭和39年)12月 - 帯広空港(現 陸上自衛隊十勝飛行場)が開港。
  • 1964年(昭和39年)12月 - NHK帯広放送局にFM放送が開局(コールサインJOOG-FM)
  • 1965年(昭和40年) - 帯広三条高校が夏の甲子園出場(3度目)。
  • 1968年(昭和43年) - 国体スケート大会が帯広で開催(2回目)。
  • 1969年(昭和44年) - 北海道テレビ放送(HTB)帯広送信所が開局(但し、送信所は河東郡音更町にある)。
  • 1972年(昭和47年) - 北海道文化放送(UHB)帯広送信所が開局(但し、送信所は河東郡音更町にある)。
  • 1972年(昭和47年)9月9日 - 市旗を制定する。[9]
  • 1974年(昭和49年)4月21日 - 6代市長に田本憲吾が就任。
  • 1980年(昭和55年)4月1日 - 北海道帯広緑陽高等学校が開校。
  • 1981年(昭和56年) - 新 帯広空港が開港(現 とかち帯広空港)
  • 1981年(昭和56年) - 帯広工業高校が夏の甲子園出場。
  • 1982年(昭和57年) - 百年記念館 開館(帯広市開基100年を記念し、建設)。
  • 1982年(昭和57年) - 帯広農業高校が夏の甲子園出場。
  • 1985年(昭和60年) - 十勝毎日新聞系列のケーブルテレビ放送局・帯広シティーケーブル(OCTV)が開局。
  • 1986年(昭和61年) - 帯広三条高校が夏の甲子園出場(4度目)。
  • 1987年(昭和62年)2月2日 - 国鉄広尾線が廃線となる。
  • 1987年(昭和62年)3月23日 - 国鉄士幌線が廃線となる。
  • 1987年(昭和62年) - 帯広北高校が夏の甲子園出場。
  • 1987年(昭和62年) - エフエム北海道(AIR-G')帯広送信所が開局(但し、送信所は河東郡音更町にある)。
  • 1988年(昭和63年) - 帯広市営バスターミナルが廃止。
  • 1988年(昭和63年) - 帯広市民会館が閉館。
  • 1989年(平成元年) - 第44回 国体冬季大会(はまなす国体スケート・アイスホッケー大会)が開催。
  • 1989年(平成元年) - 帯広駅南口に帯広市民文化ホールが開館。
  • 1990年(平成2年)4月21日 - 7代市長に高橋幹夫が就任。
  • 1991年(平成3年) - 北海道立帯広美術館が開館。
  • 1992年(平成4年) - 帯広市役所本庁舎が新築(地上12階、地下1階)。
  • 1992年(平成4年)7月25日-8月23日 - 緑の地球博「みどりいむ'92」が開催。
  • 1993年(平成5年) - エフエム・ノースウェーブ(NORTHWAVE)帯広送信所が開局(但し、送信所は河東郡音更町にある)。
  • 1997年(平成9年) - 中小小売商業高度化事業(TMO)構想が始動。
  • 1998年(平成10年)1月17日 - JR北海道バスの帯広市内バス22系統が全線撤退廃止。十勝バス・北海道拓殖バスが継承。
  • 1998年(平成10年)4月21日 - 8代市長に砂川敏文が就任。
  • 2001年(平成13年) - 帯広三条高校が夏の甲子園出場(5度目)。
  • 2003年(平成15年) - 帯広市民文化ホールを帯広市が買収。
  • 2004年(平成16年)9月下旬 - 10月上旬 - WRCラリージャパンが初の十勝開催。
  • 2005年(平成17年) - 帯広市立病院が閉院。
  • 2006年(平成18年)3月3日 - 新帯広市立図書館が開館。
  • 2007年(平成19年)10月1日 - NHK帯広放送局と民放4局(HBC・STV・HTB・UHB)が地上デジタル放送開始(送信所は河東郡音更町十勝川温泉の近くにある十勝ヶ丘に置かれた。またアナログ放送では未開局だったテレビ北海道(TVh) は2011年11月7日に開局した。[10][11])。
  • 2008年(平成20年)2月7日-市の人口が16万9895人となり、14年ぶりに17万人割れになったと市が公表。
  • 2010年(平成22年)4月21日 - 9代市長に米沢則寿が就任。

経済 [編集]

十勝地方の産業経済の中心地。卸売業・小売業の年間商品販売額は8,927億円(2007年)で札幌旭川に次ぐ規模である[12]。 また、札幌を除く道内主要都市と同じく帯広も小売業販売額や事業所数が減少しているが、その減少数は道内他都市と比べ緩やかである [13]。 その一方で、モータリゼーションの進行に伴い市街地が拡散・ロードサイド型店舗の相次ぐ出店により中心市街地の空洞化が進んでいる。その為、現在[いつ?]の帯広中心市街地はホテル飲食店マンション公共施設が多い。

産業 [編集]

帯広を含む十勝の農業は大型農業機械による大規模畑作経営が中心である。市内の農家1戸あたりの平均耕地面積は約24haで、北海道の平均17.41ha、全国の平均1.57haを大きく上回っており、カロリーベースの食料自給率は約280%(約48万人分)と人口の割に非常に高い。主な作物は小麦ジャガイモビートで、近年[いつ?]長イモごぼうといった、この地域特産の野菜の生産も進んでいる。全国的にも知名度の高い菓子製造会社六花亭柳月クランベリーは、帯広市に本社を置いている。

立地企業 [編集]

商業施設 [編集]

大規模百貨店・スーパー [編集]

家電量販店 [編集]

ホームセンター [編集]

  •  ホーマック西帯広店
  •  ホーマック帯広南町店
  •  ホーマックスーパーデポ稲田店
  •  ジョイフル エーケー帯広店
  •  グッドー 白樺店

衣料品店 [編集]

  •  ユニクロ帯広店
  •  ユニクロフレスポ帯広稲田店
  •  ファッションセンター しまむら西帯広店
  •  ファッションセンター しまむら柏林台店
  •  ファッションセンター しまむら弥生店
  •  洋服の青山帯広店
  •  洋服の青山帯広北店
  •  はるやまチェーン帯広店
  •  はるやまチェーン帯広西5条店
  •  アオキ帯広いっきゅう店
  •  西松屋 帯広白樺通店

書店 [編集]

  • くまざわ書店帯広店
  • くまざわ書店帯広藤丸店
  • 宮脇書店帯広店
  • ツタヤ帯広大通店
  • ヴィレッジヴァンガード帯広店
  • 札幌弘栄堂書店帯広店
  • ザ・本屋さんキャンパ店
  • 帯広喜久屋書店
  • 合格堂書店 帯広店
  • ブックオフ帯広西5条店

農協 [編集]

  • 帯広市川西農業協同組合(JA帯広かわにし)
  • 帯広大正農業協同組合(JA帯広大正)

郵便 [編集]

  • 上帯広郵便局
  • 帯広大通郵便局
  • 帯広鉄南郵便局
  • 帯広電信通郵便局
  • 帯広東六条郵便局
  • 帯広東十一条郵便局
  • 帯広西二条郵便局
  • 帯広西二条南郵便局
  • 帯広長崎屋内郵便局
  • 帯広西六条郵便局
  • 帯広西八条郵便局
  • 帯広西十三条郵便局
  • 帯広緑ヶ丘郵便局
  • 帯広緑南郵便局
  • 帯広白樺郵便局
  • 帯広西十七条郵便局
  • 帯広柏林台郵便局
  • 帯広南町郵便局
  • 帯広自由が丘郵便局
  • 帯広西二十条郵便局
  • 帯広開西郵便局
  • 帯広つつじが丘郵便局
  • 帯広大空郵便局
  • 愛国簡易郵便局
  • 幸福簡易郵便局
  • 帯広西七条簡易郵便局
  • 帯広西十八条簡易郵便局
  • 帯広西二十一条簡易郵便局


宅配便 [編集]

西帯広センター
帯広南センター
帯広ニュータウンセンター
帯広東センター
帯広中央センター・帯広新緑センター

金融機関 [編集]

帯広市内に本支店等を置く金融機関は以下のとおり。

行政機関 [編集]

警察 [編集]

消防 [編集]

姉妹都市・友好都市・提携都市 [編集]

日本国外 [編集]

日本国内 [編集]

国の施設 [編集]

独立行政法人等 [編集]

地域 [編集]

人口 [編集]

Demography01207.svg
帯広市と全国の年齢別人口分布(2005年) 帯広市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 帯広市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
帯広市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 131,568人
1975年 141,774人
1980年 153,861人
1985年 162,932人
1990年 167,384人
1995年 171,715人
2000年 173,030人
2005年 170,580人
2010年 167,860人
総務省統計局 / 国勢調査

教育 [編集]

大学 [編集]

専修学校 [編集]

高等学校 [編集]

中学校 [編集]



小学校 [編集]


特別支援学校 [編集]

学校教育以外の施設 [編集]

住宅団地 [編集]

  • 大空団地(集合住宅ではなく、民家から成る住宅街)
  • 道営住宅緑西団地
  • 道営住宅柏林台団地
  • 道営住宅柏林台2団地
  • 道営住宅大空2団地
  • 道営住宅大空公園団地
  • 道営住宅東町団地
  • 道営住宅西帯広団地
  • 道営住宅緑ヶ丘団地
  • 道営住宅新緑団地
  • 道営住宅新緑第2団地
  • 道営住宅中央団地
  • 道営住宅柏林台中央団地

交通 [編集]

空港 [編集]

就航路線 [編集]

国内線 [編集]

鉄道 [編集]

かつては士幌線広尾線が通っていたが、現在はともに廃止されている。

(西帯広駅-柏林台駅間に所在する貨物ターミナル)

バス [編集]

かっては釧路行(十勝バス・くしろバス)が運行されていた。 また、年末年始等の季節運行で北見行が運行されていた。

JR北海道バスも路線バスを運行していたが、十勝バス・北海道拓殖バスに路線を引き継ぎ撤退している。

道路 [編集]

道東自動車道 音更帯広ICの所在地は音更町である。


医療 [編集]

救急医療 [編集]

  • JA北海道厚生連 帯広厚生病院(十勝圏救命救急センター併設)
  • 社会福祉法人北海道社会事業協会帯広病院(帯広協会病院)
  • 財団法人北海道医療団 帯広第一病院
  • 社会医療法人北斗 北斗病院
  • 医療法人社団博愛会 開西病院
  • 医療法人社団刀圭会 協立病院
  • 医療法人社団啓和会 黒澤病院
  • 帯広市医師会夜間急病センター

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事 [編集]

帯広市周辺のものも含む。

文化財 [編集]

登録有形文化財(建造物) [編集]

  • 双葉幼稚園園舎

重要無形民俗文化財 [編集]

  • アイヌ古式舞踊 - 帯広カムイトゥウポポ保存会

名勝 [編集]

道指定 [編集]

  • 札内川流域化粧柳自生地 - 道指定天然記念物
  • 大正のカシワ林 - 道指定天然記念物
  • 帯広畜産大学農場の構造土十勝坊主 - 道指定天然記念物

帯広市指定文化財 [編集]

  • 十勝監獄石油庫 - 旧北海道集治監十勝分監油庫、緑ヶ丘公園
  • 依田勉三直筆の書「留別の詩」 - 帯広百年記念館蔵
  • ランダーの油絵 - 帯広百年記念館蔵
  • 暁遺跡出土遺物 - 帯広百年記念館蔵
  • 八千代A遺跡出土遺物 - 帯広百年記念館蔵
  • 十勝鉄道蒸気機関車4号客車コハ23号
  • ロープ伝導式手押豆播機 - 帯広百年記念館蔵
  • 帯広カムイトウポポ保存会 - 帯広市生活館

文化・教育施設 [編集]

  •  とかちプラザ
  •  図書館
  •  市民文化ホール
  •  帯広市民ギャラリー
  •  百年記念館
  •  百年記念館埋蔵文化財センター
  •  野草園
  •  動物園
  •  植村直己記念館
  •  児童会館
  •  岩内自然の村
  •  帯広の森市民農園サラダ館
  •  さくらんぼ工房
  •  フレンドリー工房
  •  コスモス工房
  •  あおぞら工房
  •  上帯広からまつ工房
  •  生活館(ふくろうの館)
  •  川西健康増進センター
  •  おびひろグリーンステージ

パークゴルフ場 [編集]

帯広市の東隣にある幕別町はパークゴルフの発祥地として知られている。 以下が帯広市内のコース。

  •  札内川第1
  •  札内川第2
  •  札内川第3
  •  札内川川西
  •  帯広の森運動公園
  •  十勝川平原
  •  十勝川親水
  •  啓北公園
  •  伏古別公園
  •  十勝川公園
  •  帯広の森・ふるさとの森
  •  帯広の森・林間コース
  •  あづさ公園
  •  柏林台公園
  •  西帯広公園
  •  緑ヶ丘公園
  •  大空公園
  •  大正公園
  •  帯広川緑地
  •  大正泉公園
  •  戸蔦農村公園
  •  清川農村公園
  •  以平農村公園
  •  くりりんセンター
  •  ポロシリ高原
  •  ポロシリ自然公園拓成

レジャー [編集]

スポーツ施設 [編集]

  •  総合体育館
  •  帯広の森体育館
  •  帯広の森スポーツセンター
  •  明治北海道十勝オーバル
  •  帯広の森アイスアリーナ
  •  帯広の森第二アイスアリーナ
  •  帯広の森スポーツセンター
  •  緑ヶ丘公園市民リンク
  •  帯広の森野球場
  •  伏古別公園野球場
  •  帯広の森平和野球場
  •  南町球場
  •  十勝川河川敷運動施設
  •  札内川河川敷運動施設(清流大橋下流)
  •  帯広の森陸上競技場
  •  帯広の森テニスコート
  •  南町テニスコート場
  •  自由が丘公園庭球場
  •  明治北海道十勝オーバル(中地広場)
  •  すぱーく帯広
  •  帯広の森市民プール(スインピア)
  •  帯広の森弓道場・アーチェリー場
  •  南町ゲートボール場
  •  帯広の森クロスカントリーコース
  •  明治北海道十勝オーバル(健康増進多目的室)
  •  帯広の森研修センター(トレーニング室)
  •  とかちプラザ(トレーニングルーム)
  •  帯広の森研修センター

祭り・イベント [編集]

  • 氷まつり(1月下旬 3日間開催)
  • ゆめ気球とかち(2月中旬)
  • 帯広桜祭り(5月 第2日曜)
  • 十勝健康マラソン(6月下旬)
  • 七夕祭り(8月上旬 開催)
  • 勝毎花火大会(8月中旬)
  • 道新十勝川花火大会(8月)
  • 平原まつり(8月14・15・16日を中心に3日間開催)
  • 国際農業機械展 in 帯広(8月下旬。4年に1度開催、次回開催予定は2014年)
  • ツール・ド・北海道(9月 - 10月)
  • 世界ラリー選手権 ラリージャパン
    • ラリーヘッドクオーターやサービスパークが設置される。
    • 2006年よりスーパーSSがサービスパークに隣接して設置される。
  • 帯広菊まつり(10月末 - 11月頭)
  • 帯広市イルミネーション(11月中旬 - 翌年2月中旬)

その他 [編集]

  • 豚丼中華ちらし発祥の地とされている。
  • 老舗の柳月、六花亭に加え、中堅のクランベリーや新進洋菓子店が増え、お菓子の街としても知られるようになった。

出身、ゆかりのある有名人 [編集]

学術 [編集]

文化・芸術 [編集]

芸能 [編集]

マスコミ [編集]

スポーツ [編集]

その他 [編集]

関連項目 [編集]

脚注 [編集]

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外部リンク [編集]

行政
観光