今田耕司

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今田耕司
本名 今田耕司
ニックネーム 今ちゃん
生年月日 1966年3月13日(45歳)
出身地 日本の旗 日本大阪府大阪市
血液型 A型
身長 174.7cm
方言 大阪弁
最終学歴 清風高等学校定時制課程普通科
出身 NSC大阪4期生
芸風 漫談コント
事務所 吉本興業東京本社
活動時期 1985年 -
同期 130R(NSC4期)
東野幸治,木村祐一(数ヵ月後輩)
現在の代表番組 やりすぎコージー
アナザースカイ
開運!なんでも鑑定団
ノブナガ
過去の代表番組 今田ハウジング
たけしの誰でもピカソ
あいのり
配偶者 未婚

今田 耕司(いまだ こうじ、1966年3月13日 - )は、日本お笑いタレントである。愛称は今ちゃん

大阪府大阪市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。

身長174.7cm、体重68kg。

目次

[編集] 略歴

  • 実家は導善寺という本門法華宗の寺である。父は会社員と住職を兼業。
  • 1981年、全寮制の日生学園に入学。しかし、寮から脱走しそのまま中途退学した。今田が在籍していた当時は、朝4時起床、校外への外出は春休み、二十日間の夏休み、冬休み、のみで、寮生活は上級生が下級生を奴隷のように扱い、暴力、リンチは日常茶飯事という厳しい校風であった。本人曰く、暴力は何とか我慢出来たが、ゲイの先輩に自慰を手伝わされたことに精神的に耐えられず、逃げ出そうと決心した。偶然にも後に芸人として先輩後輩の関係になる浜田雅功も同校卒業生である。なお、浜田も何度か寮を脱走している。
  • その後、清風高等学校定時制課程普通科に入学。昼間は日本一若い店長になることを目標にしてラーメン屋で働いていた。
  • 1985年、定時制高校の卒業後は「手に職をつけるため」として専門学校の入学を検討するが、入学料がどこも高く悩んでいた。その中で、最も入学料が安かった学校として、「吉本総合芸能学院」(以下、NSC)に目が留まり、入学を志す(当時NSCの入学料は5万円程度だった)。その後NSC4期生として入学。同期には130Rほんこん板尾創路)がいる。デビュー時は、ほんこんとお笑いコンビ『ダブルホルモンズ』(当時ほんこんは「骨付きカルビ」、今田は「上ロース」という芸名だった)を組み活動。
  • 1986年、ダブルホルモンズを解散しピン芸人として活動を始める。解散の理由の一つとして「普段から時間にルーズな今田に腹を立てていたほんこんが、ある日今田の家を訪ねた際に、今田がバドワイザーのミニボトルを片手に酔っ払っている姿を見て失望したため」という話があるが、この説について今田自身は「ほんこんが訪ねてきたことやバドワイザーがあったことは事実だが、酔っ払っている姿に失望して解散というのは東野幸治の創作である」と、2009年1月14日放送の『今ちゃんの『実は…』』で否定ている。
  • 1989年、「4時ですよーだ」終了後、東野幸治らと共に吉本新喜劇の補強メンバーとして活動。時には座長として舞台をこなす。
  • 1990年にダウンタウンを慕い東京進出。「ごっつええ感じ」で全国的な知名度を獲得する。以来ダウンタウンの番組出演のほか、Wコウジとして司会などで活躍した。
  • 1991年正解るんです」(CBCテレビ制作)に東野幸治と共に出演、ローカル深夜番組にもかかわらず熱狂的ファンを集めた。以降東野幸治と共に、2011年現在に至るまでCBCテレビでレギュラー番組を持っている。
  • 1995年、「いつかまた逢える」に出演。初めてのキスシーンを大塚寧々と演じた(現在キスシーンはこれのみ)。
  • 2007年、不定期の特番として放送されていた日本テレビ系バラエティ番組「今田ハウジング」が、3月7日から水曜19:58~20:54の時間帯にて1年間、レギュラー放送された。自身初のゴールデンでの冠番組となった。
  • 2008年以降、朝日放送系バラエティ番組、「今ちゃんの「実は…」」で司会を務める。番組内の新たな言葉を生み出し番組内のウィキペディア辞書に登録するコーナー、そして本物のウィキペディアに書き込まれた人物の真相を確かめるミニコーナーがあった。
  • 現在は多数のレギュラー番組に出演しているほか、ルミネtheよしもとで新喜劇の座長も務めている。
  • 2008年4月28日発売の『週刊現代』に、今田が未成年の女性に飲酒を無理強いさせたうえで淫行に及んだ、と掲載された記事をめぐり、今田本人と所属事務所である吉本興業は「事実無根で名誉を棄損」として、講談社に対して損害賠償及び謝罪広告の掲載を求め提起、名誉毀損などで提訴していた件について、講談社側が2009年10月26日発売の同誌に謝罪広告を掲載し、11月6日付で今田宛の損害賠償金550万円と遅延損害金を支払ったため同日付で訴訟を取り下げた。

[編集] 人物

[編集] 趣味・嗜好

  • 動物が好きであり、笑っていいとも!にて過去にペットを15匹飼っていたことを明かした。小学生時代は飼育小屋の鶏の卵を許可を得て自宅に持ち帰り、孵化させ鶏にまで育て上げた。
  • キレイ好き(潔癖症)で知られ、酔って自宅に戻った後でも部屋の掃除と洗い物は欠かさないほど。掃除グッズおたくでもある。
    • 飲み会の席では、グラスやテーブルについた水滴をすぐにおしぼり等で拭く癖がある。若手芸人と飲みに行った際もその癖が出るため、明石家さんまからは「若手が恐縮するからやめろ」と注意されているが、本人は「別に迷惑をかけているわけではないから」といってやめる気はない模様[1]
    • だがノリで言ったことがすぐウィキペディアに載ってしまうことに懸念があり、上記のことに関しても自分はそれほど潔癖症ではなく、むしろ千原ジュニアが潔癖症で、あらゆる菌がダメだと語っている。[2]
    • 木村祐一が今田の家で食事を作った際、木村がキャベツを刻んでは今田がそのカスを捨てる、木村が刻んでは今田が捨てる、木村刻んで今田捨てるを間断無く繰り返した結果、本人曰く「キムのデビュー以来20年以上の付き合いの中でも聞いたことのないぐらいの大声」で、「後でまとめてやりますさかいに!!!」と木村にキレられた。
    • 後輩芸人が今田の家に招かれ、トイレを借りた。その際にほろ酔いの今田に冗談の口調で「汚す(小便を便器周辺に撥ねさせる)なよ!」と笑顔で言われた。しかしその後輩が結局撥ねさせてしまった。それを拭き取ろうとトイレットペーパーを1回引いた瞬間に「汚したやろ!」と怒声が響いた。今田曰く「男が小便をしようとトイレに行ってトイレットペーパーの音を立てるのは撥ねた小便を拭き取る以外に理由がない」。
  • ブルース・リーの大ファン。自宅にはブルース・リーのフィギュアやポスターが部屋中のいたるところに整然と飾られており、自らが「ブルース・リーBAR」と呼ぶスペースまである。
  • 芸能ゴシップが大好きであり、東野幸治と共に「吉本のゴシップ兄弟」を自称している。東野曰く「今田の兄貴は難しい漢字は全てゴシップ誌で学んだ」。
  • 大の桜田淳子のファンであったことを番組で明かした。
  • 漫画愛好家であり、自宅に漫画を読むための部屋を持ち、複数の漫画雑誌も購読している。またアニメ通であり、「IQサプリ」の収録中えなりかずきと「エヴァンゲリオン」のヒロインについて盛り上がったことがある。また、本人はアニメ映画「マインドゲーム」の主演(声優として)を果たしている。
  • 趣味はピアノで、テレビ番組で坂本龍一の「メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス」や久石譲の「Summer(映画『菊次郎の夏』テーマソング)」を番組で演奏したこともある。テイトウワのプロデュースで「KOJI1200」(後に「KOJI-12000」)として歌手活動を行っていた頃のインタビューでは、ニューウェーブへの造詣の深さが語られており、音楽的なセンスを持ち合わせていることが伺える。その知識を買われ、お笑い芸人にもかかわらず『TK MUSIC CLAMP』にゲスト出演、小室哲哉と対談した。またビートたけしとも交流があり、たけしからピアノをプレゼントされた逸話は有名。
  • 今中慎二に似ているということで「今田・東野のCMコウジ園」のオープニングでユニフォームを着て左投げのものまねをした事がある。
  • 格闘技好きとしても知られ、パンクラスの道場に足を運んでは身体を鍛えている(これが縁で、パンクラスに参戦していた頃の須藤元気が『誰でもピカソ』に出演したことがあった)他、「今田道場」を創設して松本晃市郎を輩出した。また、テレビ収録の空き時間に筋トレをしている姿が岡村隆史らによって目撃されており、それが若々しく見える秘訣ではないかと推測されている。
  • 前述のように、高校時代にラーメン屋で働いていたこともあり、野菜の千切りが非常に得意である。
  • 映画『ブラックレイン』のオーディションで吉本にもオファーがあり、会社命令により他の吉本芸人ともどもオーディションを受けるも本人は乗り気でなく、オーディションでも自身の質問に対し、コメディアンである事を伝えると外国人スタッフから「コメディアンなら何か面白い事をやってみろ」と要求されるも外国人に自分のギャグを披露しても伝わるわけがないと思った今田が「いや、ボクは別にいいです」と答えたところ、質問したスタッフが不思議そうな表情を浮かべながら「お前はチャンスがいらないのか?」と云われた。

[編集] 交友関係

  • 東野幸治とはデビュー当時に舞台で知り合い、意気投合。「4時ですよーだ」などで2人でコントを披露して以降、多くの番組で東野と共に司会を務めた。東野と共に『Wコウジ』と称されているがコンビではない。
  • 福山雅治とは1992年に自身のラジオ番組にゲストとして招待して以来の古い付き合いであり、福山のアルバム『SING A SONG』では今田が収録全曲のレビューを執筆した。時々アダルトビデオの交換をする仲でもある(文化放送Come on FUNKY Lips!』にてゲストの福山が事実を認める)。
  • 杉本有美とは同じ小、中学校の先輩後輩である。彼女の口から、今田の自宅である道善寺の前が通学路だった事を、2008年3月8日放送『IQサプリ』で初共演を果たした際に明かされた。

[編集] 評価

  • 日経エンタテインメント!』(日経BP社)2009年2月号におけるインタビューにおいて、「(2008年の)今田の好調ぶりを支えるのは抜群のトーク力。とりわけ『生放送に強い』というのが業界内での認識だ」と評されている。これについて今田は「生放送は好き。もともと収録放送の番組でも生放送のつもりで向き合っている」と語っている。また自身のトーク力について「大阪でダウンタウンさんの生放送の番組(『4時ですよーだ』)に出してもらったり、デビューして1年目くらいから生放送にしか出ていなかったから鍛えられた」と自己分析している。
  • 『ごっつええ感じ』のコント、「MR.BATER」において松本人志から「そんなんやから週刊誌に『ダウンタウンの腰巾着』て書かれるんや」「二線級のタレント」などとからかわれたことがある。しかし実際のところ今田に対する松本の評価は「生涯で稼ぐ金額は今田の方が(松本自身より)上やないかなあ」「今田の方がこの先(自分より)メジャーになる」と言わしめるほど高いもので[3]放送室でも「松本軍団の中で誰が一番優秀か」と問われた松本は「せやねぇ、うちは厳しいよ。でも今田かな」と答えている。
  • 週刊プレイボーイで連載中の「松本人志の怒り」の中で、トーク力を千原ジュニアと共に認められており、松本は「(この2人は)食いっぱぐれる事は無い」と評価している。
  • 松本からそのような評価を受けている今田であるが、他のタレントとは異なり、自身が出演する番組においてむやみにギャラを引き上げないよう交渉しているとの話がある。元々はたくさんの番組に出演したいという理由で抑えてきたものであったが、2008年後半以降放送業界に不況の波が押し寄せ、高額ギャラを受け取っている大物司会者などのリストラが始まっている今日において、この姿勢が今後有利に働いてくるのではないかとも見られている[4]
  • 2000年9月に、フジテレビの『明石家マンション物語』代表として、明石家さんまらと『めちゃイケ』内のコーナー「しりとり侍」に出演したときは、さんまとの丁々発止のやりとりでレギュラー陣を圧倒し、「さんま兄さんはすごいが、それを光らせた若頭(今田)があってこそ」と感心させた[3]。またナインティナインからは「お笑いお化け」とも称される。
  • ガダルカナル・タカは今田をライバル視しており、「やしきたかじんの番組」で「芸能人の中で、この人には勝てないと思うのは誰?」という質問に今田を挙げている。また、今田が若手時代のころにタカが大阪の番組で共演し、「東京の番組には来てもらいたくないなあ」と今田の実力を高く評価していた。
  • 2004年島田紳助謹慎騒動に伴い、幾つかの番組は紳助の代役として今田に白羽の矢を立てた。それらの番組で今田は予想以上の働きぶりを見せ、特に『開運!なんでも鑑定団』での代役司会ではテレビ東京菅谷社長から絶賛されるなど、彼のタレントとしての能力の高さを世間に再認識させた[3]。そして2011年8月に芸能界を引退した紳助の後任として正式に鑑定団の司会者に就任した[5]
  • オリコンによる「好きな司会者ランキング」では2009年は7位[6]、2010年は3位[7]

[編集] 主な活動

[編集] テレビ

単発

[編集] 過去の出演番組

[編集] CM

[編集] テレビドラマ

[編集] ラジオ

[編集] 舞台

  • ルミネtheよしもと新喜劇座長
  • 尋常人間ZERO(2008年)
  • 愛Pod(2009年)
  • 愛Pod 才能は努力では手に入らないのですか?(2010年)
  • NGワードライフ(2011年)

[編集] 映画

[編集] 著書

[編集] CD

  • 親父の唄~ラスベガスバージョン(今田耕司・東野幸治名義、BMGファンハウス、1993年)
  • チュンチュンワールド〜おげんきたいそう(大和田りつこ、岡崎裕美、今田耕司、東野幸治、池谷幸雄、こどもコーラス元気隊名義、日本コロムビア、1994年発売。NHK「みんなのうた」)
  • SO・YA・NA
    • SO・YA・NA(WEST END×YUKI from O.P.D.名義、1995年)
    • SO・YA・NA グレーテストヒッツ(WEST END×YUKI from O.P.D. 名義、1995年)
    • フォークがSO・YA・NA(WEST END×YUKI from O.P.D. 名義、1995年)
      EAST END×YURI 」の楽曲「DA・YO・NE」を大阪弁でカバーした企画もののCD。「EAST END×YURI」のパロディー企画物ユニット「WEST END(今田耕司、東野幸治)×YUKI」を結成し、1995年にEPICソニーから発売された。「SO・YA・NA グレーテストヒッツ」では、1曲目と6曲目を石野卓球が手がけている。「フォークがSO・YA・NA」とアレンジバージョンが作られ、そして「DA・YO・NE」の方言カバーのご当地ソングを集めたCDアルバムにも収録されている。
  • テイ トウワプロデュース作品リスト
    • ナウ ロマンティック(KOJI1200名義、1995年)
    • I LOVE AMERICA(アメリカ大好き!)(KOJI1200名義、1996年)
    • I LOVE AMERICA REMIX(アメリカ大リミックス!)(KOJI1200名義、1996年)
    • DUET!! (KOJI-12000名義、原万紀子とのデュエット、1997年)
    • DISGUSTING(KOJI-12000名義、1998年)

[編集] 脚注

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  1. ^ 新春大売出し!さんまのまんま』(関西テレビ系)2010年1月2日放送分
  2. ^ QuickJapan82号より
  3. ^ a b c 今村荘三『お笑い通』浪速社、2007年。
  4. ^ 出典・日刊サイゾー 2009年1月29日号記事
  5. ^ 「ヘキサゴン」打ち切り 「鑑定団」は今田に正式決定スポーツニッポン 2011年9月15日
  6. ^ “好きな司会者ランキング、1位は「島田紳助」”. オリコン. (2009年1月29日). http://career.oricon.co.jp/news/62545/full/ 
  7. ^ “「好きな司会者」ランキング、島田紳助が2連覇、今田耕司も初のTOP3に”. オリコン. (2010年1月12日). http://career.oricon.co.jp/news/72263/full/ 

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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