太陽の塔
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太陽の塔(たいようのとう)は、1970年に大阪府吹田市で開催された日本万国博覧会(EXPO'70・大阪万博)の会場に、芸術家の岡本太郎が制作した芸術作品であり建造物。
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[編集] 概要
太陽の塔は、大阪万博のテーマ館のシンボルとして建造され、万博終了後も引き続き万博記念公園に残された。岡本太郎の代表作の1つである。
塔の高さは65m、底の直径は20m、顔の直径は12mであり、上部の黄金の顔の直径10.6m(未来を表す)黄金の顔の目の直径2m、正面胴体部の顔(現在を表す)、背面に描かれた黒い顔(過去を表す)の3つの顔を持つ。
さらに地下にも顔(地底の太陽)があったが、現在行方不明となっている。
黄金の顔の目にはサーチライトのように光を放つキセノン投光器が取り付けられているが、万博終了後に老朽化の雨漏りによる地下室の浸水、水没が原因である電気系統故障の為、現在は点灯できない。
万博開催中はパビリオンのひとつとして塔の内部に入る事ができたが、万博終了後は永らく一般非公開とされていた。2003年以降は不定期に一般公開されていたが、改修のため2007年3月31日をもって終了となった。2010年の日本万国博覧会開催40周年記念事業で再公開の予定。 この終了後の一般公開の際、著作権上の関係から内部の撮影は禁止となっていた。また消防法の関係(非常口がないため)から、塔内の見学は1階のみで上層階へは上がれない。
建物の老朽化が問題になってきており、一部で取り壊し案も出ていた。しかし、もはや太陽の塔は大阪城・通天閣に並ぶ大阪のシンボルとなっており、公的資金を投入してでも残すべきとする意見もある。1994年には表面の汚れを落とすなどの大規模改修が行われた。これは、万博開催25周年記念の目玉でもあったが、資金は公園へのアクセスとなる大阪高速鉄道(大阪モノレール)の万博記念公園駅西側に整備された車庫用地の売却益で賄われたもの。今後は2010年の再公開に向けて再び内部・外部の改修・補強が行われる。
2007年10月、万博公園の中にある鉄鋼館で開催したイベントで太陽の塔の修復前の赤色の稲妻と緑色のコロナにあたるタイルが限定で発売された。
ピカソの絵に似ているという指摘がある(ヴァロリスの平和の殿堂のための戦争 1952年)。
[編集] 万博当時の太陽の塔
太陽の塔は、丹下健三が設計した『お祭り広場』中央(やや南寄り)に、広場を覆う銀色のトラスで構築された大屋根から塔の上半分がつき出す形で建てられ、テーマ館の一部となっていた。そのさまからテーマ館サブプロデューサーであった小松左京(SF作家)が石原慎太郎の小説太陽の季節の中の障子を破る場面を連想し、それを聞いた岡本太郎が「太陽の~」という命名をしたとされる。
万博会期中は、観客は「過去」の展示部分であるテーマ館の地下部分から、透明のトンネル状の通路を通って太陽の塔内に進入したが、万博終了後この通路は撤去されており、通路跡はコンクリートでふさがれているが、その跡は今でもはっきりと確認できる。
塔の右腕の内部に設置されたエスカレーターは、大屋根(空中テーマ館)につながっていた(現在、腕の開口部はふさがれている)。また、塔の西側と東側には、同じく岡本太郎作のオブジェ「母の塔」、「青春の塔」が立てられていた。
[編集] 生命の樹
『太陽の塔の内部につくられている高さ45メートルの「生命の樹」は、生命を支えるエネルギーの象徴であり、未来に向かって伸びてゆく生命の力強さを表現している。』(当時のパンフレットより)
この「生命の樹」は、単細胞生物から人類が誕生するまでを、下から順に<原生類時代>、<三葉虫時代>、<魚類時代>、<両生類時代>、<爬虫類時代>、<哺乳類時代>にわけて、その年代ごとに代表的な生物の模型によって表していた。当時「生命の樹」の枝には約300体の模型が取り付けられており、これらのうちの一部は電子制御装置により、動いていた。なお、これらの模型は円谷プロが製作を行った。
内部はエスカレーター、もしくは展望エレベーター(国賓専用)で一階から上層部まで、登りながら見学することができた。
塔内には現在も「ここから並んで60分です」と示されたサインボードがあり、往時の賑わいを伝えている。
[編集] 塔内の展示計画
[編集] 展示模型
- 海ユリ
- ポリプ
- アメーバ
- クラゲA
- クラゲB
- ボルボックス
- 三葉虫
- オルトセラスペルキドウム
- キルトセラスデクリオ
- マキ貝
- アンモナイト
- ベンモウ虫
- オーム貝
- サソリ
- ドレパトスピス
- ボスリオピス
- 魚類 A B C
- マストドンザウルス
- クリプトクレドウス
- メソザウルス
- ブロントザウルス
- トラコドン
- エダフオザウルス
- プテラノドン
- ザウロボダ
- マンモス
- ゴリラ
- オナガザル
- オランウータン
- テナガザル
- チンパンジー
- ネアンデルタール人
- クロマニヨン人
[編集] 音響
- 地底の唄(男声、低音コーラス)
- 波の音
- (文字不明)
- 恐竜の叫び声
- 混声コーラス(8チャンネルマルチレコーダー使用)
- 効果音(5分、1サイクル)
- 交響曲「生命の讃歌」(作曲: 黛敏郎)
- 天上の歌(女声、高音コーラス)
[編集] 歴史
- 1970年3月15日:日本万国博覧会開会(~9月13日)。
- 1970年4月26日:太陽の塔の右目部分に男が登り篭城(5月3日逮捕)(アイジャック事件)。
- 1975年1月23日:太陽の塔 撤去反対の署名運動があり、永久保存が決まる。
- 1994年11月:老朽化に対応し改修工事(~1995年3月)。
- 2000年4月:30周年展開催。「岡本太郎とEXPO'70」展 ―太陽の塔からのメッセージ―」
- 2003年10月:太陽の塔の内部一般公開(1970人)(一般への内部公開は万博閉幕以来初)。
- 2004年3月:内部公開(第2回目)。
- 2004年9月:「黄金の顔」の両目のライトが34年ぶりに点灯する。ただし外部からコードで引き込んだ自動車用のライトとバッテリーを用いた(愛知万博プレイベント)。
- 2009年1月19日:映画「20世紀少年」第2章の公開に関連してのイベントが行なわれた。このイベントでは2つの顔などに映画の「ともだちの塔」をモチーフとした装飾が総工費8000万円をかけてこの日に限り施された。
- 2009年6月16日:吹田操車場跡で公開予定の新幹線0系電車が塔南側の道路を通過して搬入されるのに合わせ、通常夜11時まで行っているライトアップを車輌が通過する同日未明まで延長。高度経済成長の象徴を対面させる演出を行った。


