スクウェア・エニックス
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
|
| 略称 | スクエニ、SQEX |
| 本社所在地 | 〒160-8430 東京都新宿区新宿6丁目27番30号 新宿イーストサイドスクエア 北緯35度41分47.97秒 東経139度42分30.75秒 / 北緯35.6966583度 東経139.7085417度座標: 北緯35度41分47.97秒 東経139度42分30.75秒 / 北緯35.6966583度 東経139.7085417度 |
| 設立 | 2008年10月1日(1975年9月22日創業) |
| 業種 | 情報・通信業 |
| 事業内容 | コンシューマーゲーム、オンラインゲーム、携帯電話コンテンツの企画・開発・販売・配信、書籍の出版等 |
| 代表者 | 和田洋一(代表取締役社長) 本多圭司(代表取締役副社長・前エニックス社長) |
| 資本金 | 15億円 (2012年3月31日現在) |
| 売上高 | 単独:635億9,800万円 (2012年3月期) |
| 純資産 | 単独:512億4,300万円 (2012年3月31日現在) |
| 総資産 | 単独:773億7,500万円 (2012年3月31日現在) |
| 従業員数 | 単独:1,879人 (2007年9月30日現在) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 | 株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングス 100.0% |
| 関係する人物 | 福嶋康博(名誉会長・エニックス創業者) 本多圭司(代表取締役副社長・前エニックス社長) その他関係人物は#主要クリエイター・広報、#かつて在籍したクリエイターを参照 |
| 外部リンク | http://www.jp.square-enix.com/ |
| 特記事項:従業員数は(旧)株式会社スクウェア・エニックスのもの。 | |
株式会社スクウェア・エニックス(SQUARE ENIX CO., LTD.)は、スクウェア・エニックス・ホールディングス傘下の日本でのゲームソフト制作・開発会社、出版社である。略称はスクエニ、あるいはSQEX。
目次 |
概要 [編集]
2003年(平成15年)4月1日に、株式会社エニックスと株式会社スクウェアの合併により誕生した(合併直前、スクウェアに対して行われたSCEIからの支援、デジキューブ倒産については後述)。
合併については様々な理由が挙げられ、主に以下の通り。
- 映画事業で失敗したスクウェアへの救済措置という考え(実際には合併時点では財務状態は改善されていた)
- 「エニックスお家騒動」に絡む出版事業の衰退
- エニックスは『ドラゴンクエストシリーズ』以外のタイトルの知名度が低いが、スクウェアは『ファイナルファンタジーシリーズ』以外のタイトルも期待度が高いといった補完関係
- エニックスの強いアジア、スクウェアの強い北米、欧州という海外事業の補完関係
- 発売スケジュールの調整で『ドラゴンクエストシリーズ』と『ファイナルファンタジーシリーズ』を衝突させない事での収益機会の確保
- オンラインゲーム、モバイルゲームの時代に備え、両社のコンテンツ資産の有効活用による相乗効果を図った
- 和田社長曰く「将来を見越しての勝ち残りのための攻めの合併」
- エニックスがパブリッシャー(発売元)に、スクウェアがデベロッパー(開発元)に特化した制作体制であったため、これを相互補完する効果
- 多角的メディア・プラットフォーム戦略への体制作り
タイトーの買収については、スクウェア・エニックスに欠けているアーケードゲーム事業への進出を見越したものである。タイトーを買収したことによってアーケードゲームも幾つか製作している。
沿革 [編集]
旧エニックス [編集]
「エニックス」も参照
- 1975年9月22日 - 株式会社営団社募集サービスセンター設立。
- 1980年2月 - 営団社募集サービスセンターの完全子会社として、株式会社営団社不動産設立。
- 1981年8月 - 営団社不動産が、商号を株式会社営団社システムに変更。
- 1982年8月 - 営団社システムが、商号を株式会社エニックスに変更。
- 第一回ゲーム・ホビープログラムコンテストを主催。
- 1983年10月 - 小西六(現コニカミノルタホールディングス)との合弁により株式会社小西六エニックス設立。
- 1987年10月 - 小西六の社名がコニカに変更した事に伴い、小西六エニックスが商号をコニカエニックス株式会社に変更。
- 1988年3月 - エニックスの完全子会社としてエニックスプロダクツ株式会社を設立。
- 1989年1月 - エニックスがコニカエニックスを完全子会社化。
- 1989年4月 - 営団社募集サービスセンターが、子会社3社のエニックス(旧エニックス)、コニカエニックスおよびエニックスプロダクツを吸収合併し、商号を株式会社エニックスに変更(ただし、当時の営団社募集サービスセンターは休業状態であり、実質上の存続会社は旧エニックス)。
- 1991年8月 - 社団法人日本証券業協会に株式を店頭登録(店頭公開)。
- 1999年8月 - 東京証券取引所1部上場。
旧スクウェア [編集]
「スクウェア (ゲーム会社)」も参照
- 1986年9月 - 株式会社スクウェア(以下「旧スクウェア」)設立。
- 1991年4月 - 株式額面金額の変更を目的として、休眠会社を買収して商号変更した株式会社スクウェア(1966年7月11日設立)を存続会社として、旧スクウェアを吸収合併。
- 1994年8月 - 日本証券業協会に株式を店頭登録(店頭公開)。
- 1999年6月 - スクウェアの完全子会社として下記の4社を設立。7月にスクウェアの事業の一部をそれぞれに営業譲渡。
- スクウェアの完全子会社として株式会社スクウェアヴィジュアルワークスを設立。
- スクウェアの完全子会社として株式会社スクウェアサウンズを設立。
- スクウェアの完全子会社として株式会社スクアーツを設立。
- スクウェアの完全子会社として株式会社スクウェアネクスト(後に、株式会社ゲームデザイナーズ・スタジオ、株式会社SQEXを経て、株式会社タイトーと合併)を設立。
- 2000年8月 - 東京証券取引所1部上場。
- 2001年1月 - スクウェアがスクウェアヴィジュアルワークスおよびスクアーツを合併。
- 2002年4月 - スクウェアがスクウェアサウンズを合併。
合併後 [編集]
- 2003年4月1日 - スクウェアとエニックスが合併し、商号を株式会社スクウェア・エニックスに変更(手続き上の存続会社は、エニックス)。
- 2003年7月22日 - 本社を東京都渋谷区代々木四丁目31番8号より東京都渋谷区代々木三丁目22番7号に移転。目黒区の旧スクウェア本社および、出版事業部とで分かれていた本社機能を統合。
- 2003年10月30日 - 野島一成が辞職・独立し、ステラヴィスタを設立。
- 2004年10月 - 皆葉英夫が辞職・独立し、デザイネイションを設立。作曲の植松伸夫が辞職・独立し、SMILEPLEASEを設立。
- 2005年8月22日 - タイトーを株式公開買い付け(TOB)にて買収すると発表。8月23日から9月21日までTOBを実施。
- 2005年(平成17)9月28日 - タイトー株式の93.7%を取得し、連結子会社とする。
- 2006年3月31日 - スクウェア・エニックスの子会社2社の株式会社SQEX(1999年6月設立の完全子会社)とタイトーが合併。完全子会社であったSQEXを存続会社とし、タイトーを産業活力再生特別措置法に基づく金銭交付方式の吸収合併したのち、SQEXからタイトーに社名変更する方式により、タイトーを完全子会社化した。
- 2006年12月 - チョコボ・モーグリ・ラビ・フラミーなどのデザインを手がけた石井浩一を中心とした社員が辞職・独立し、グレッゾを設立。
- 2008年4月 - モバイルコンテンツ部門を専門的に管理・運営を行う株式会社スクウェア・エニックス モバイルスタジオを北海道札幌市に設立。
- 2008年8月28日 - テクモ株式会社に対して、友好的な株式公開買い付けを提案。同社が拒否し、株式会社コーエーとの経営統合協議に入ったため、9月5日に提案撤回。
- 2008年10月1日 - 商号を株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングスに変更。会社分割により、ゲーム事業・コンテンツ事業・出版事業などを承継する(新)株式会社スクウェア・エニックスを設立し、持株会社体制へ移行した。
- 2012年10月1日 - 本社を東京都新宿区新宿六丁目27番30号 新宿イーストサイドスクエアに移転。
社名の由来 [編集]
旧エニックスの由来は、世界初のスーパーコンピュータと言われている「ENIAC」(エニアック)と不死鳥「PHOENIX」(フェニックス)を足したものである。
旧スクウェアは、ゴルフのアドレスやグリップ(構え)で使われる「スクウェア」が由来。スクウェアには「正方形」「広場」「頑固な」「きちんとした」などの意味があり、ゴルフでは飛球線に対して90度に正対している状態を指す。問題に対して逃げ腰ではなく、直視していく企業体を目指す意味で名付けられた。ゲームソフトのクリエーター達が集まる広場「スクウェア」を意味しているのと、旧スクウェアの会社生誕の地である四国(四角形から)への謝意も込められている。
先端機器が整備された製作環境の中で、クリエーター達が豊かな感性と創造力を発揮し、世界に通用するエンタテインメントを提供する国際的企業となる思いが込められている。
合併後の名称が「エニックス・スクウェア」で無く「スクウェア・エニックス」となったのは、「SQUARE ENIXだとEが重なり、社がひとつにまとまった感じがある」「株式交換比率(1:0.85)[1]により、エニックスがスクウェアを吸収合併したという印象を薄らげるためにスクウェアを前に持ってくるという配慮」「エニックス・スクウェアだと、スが連続し発音しづらい」があると思われている[要出典]。「エニックス・スクウェア」だと略称がエニウェア("anywhere"(どこか)と同じになる)となる点も挙げられる。
ゲーム部門 [編集]
開発・発売タイトル [編集]
合併以前の旧エニックス・旧スクウェアそれぞれが開発・発売したソフト、および廉価版「アルティメットヒッツ」「レジェンダリーヒッツ」についてはそれぞれの項目を参照。
開発部門 [編集]
内製のゲームソフト開発の人員は旧スクウェアタイトルに大半が集中され、旧エニックスタイトルは従来通り企画、委託開発の管理のみ行っている。
下記のような事業部制は無くなっており、「FABULA NOVA CRYSTALLIS」、「FRONT MISSION PROJECT」、「World of MANA」、「イヴァリースアライアンス」、「ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル」、「COMPILATION of FINAL FANTASY VII」、「ファイナルファンタジー生誕二十周年企画」などといったプロジェクトごとにチームが結成されている。旧エニックス社員も旧スクウェアソフトのチームに開発スタッフとして名を連ねている事もあり、特にニンテンドーDSタイトルを早期に複数開発できたのはスクウェア・エニックスの合併の大きな成果と言われている。またファイナルファンタジーシリーズをはじめ旧スクウェアのシリーズタイトルにおいても一部開発を外部デベロッパーに委託する作品が見受けられるようになっている。
かつてあった事業部制 [編集]
- 第1開発事業部
- 第2開発事業部
- 部長:河津秋敏
- 代表作:サガシリーズ、ファイナルファンタジークリスタルクロニクル、聖剣伝説 LEGEND OF MANA
- 関連:ゲームデザイナーズ・スタジオ
- 第3開発事業部
- 第4開発事業部
- 部長:松野泰己(発足当時)
- 代表作:ファイナルファンタジーXII、ファイナルファンタジータクティクスシリーズ、ベイグラントストーリー
- 旧クエスト
- 第5開発事業部
- 部長:平田裕介(発足当時)
- 代表作:オールスター・プロレスリングシリーズ、日米間プロ野球、武蔵伝シリーズ
- 大阪事業所所属
- 第6開発事業部
- 部長:土田俊郎(発足当時)
- 代表作:フロントミッションシリーズ
- 旧ジークラフト
- 第7開発事業部
- 元部長:時田貴司
- 代表作:半熟英雄シリーズ、パラサイト・イヴシリーズ、バウンサー、ナナシノゲエム
- 第8開発事業部
- 第9開発事業部
- 第10開発事業部
- モバイル事業部
- 部長:洞正浩
- 携帯電話向けコンテンツの開発
主要クリエイター・広報 [編集]
2012年現在社員として所属するもののみ。50音順。
かつて在籍したクリエイター・広報 [編集]
- 原則として退社後も関わりのある人物。順不同。
主な委託先開発会社 [編集]
- アクセスゲームズ:ロードオブアルカナ
- アルテピアッツァ:DRAGON QUESTシリーズ(PS版IV・VII、PS2版V、DS版IV・V・VI、3DS版VII)
- epics:「ナナシ ノ ゲエム」シリーズ
- キャビア:ドラッグオンドラグーンシリーズ、ドラゴンクエスト 少年ヤンガスと不思議のダンジョン、ニーアゲシュタルト/レプリカント等
- ジュピター:キングダムハーツCOM、すばらしきこのせかい等
- シンクガレージ:ロードオブヴァーミリオンシリーズ、シグマハーモニクス等
- シンク・アンド・フィール:FFXIIレヴァナント・ウイング、ブラッドオブバハムート
- トーセ:ドラゴンクエストモンスターズシリーズ(3DS版を除く)、スライムもりもりシリーズ、ファイナルファンタジーシリーズ(GBA版IV・V・VI、PSP版I・II)等
- トライエース:スターオーシャンシリーズ、ヴァルキリープロファイルシリーズ等
- ハ・ン・ド:チョコボシリーズ等
- マトリックス:ファイナルファンタジーシリーズ(DS版III・IV、FFIVアフターイヤーズ、光の4戦士、FFレジェンズ等)
- メディア・ビジョン:ヘビーメタルサンダー、ケイオスリングス、エストポリス等
- レベルファイブ:DRAGON QUESTシリーズ(VIII、IX)
- ロケットスタジオ:ドラゴンクエストモンスターズバトルロード、超速変形ジャイロゼッター
オンラインゲーム部門 [編集]
旧エニックスでは主にPC向け、旧スクウェアでは家庭用ゲームハードとPC向けのオンラインサービスPlayOnline(以下POL)を展開。合併後も継続して様々なオンラインゲームの開発、運営を行っている。
『ファイナルファンタジーXI』(以下FFXI)が日本、欧米で順調に会員数を獲得していきオンラインゲーム事業は収益の中核となっていった。アジア地域では『クロスゲート』を展開中(日本国内の運営は2007年9月30日 23:59をもって終了)。しかし収益のほとんどが『FFXI』によるものであるため、同作品以外のコンテンツのサービス縮小や撤退が相次いでいる。この流れはPC向けオンラインゲームで顕著だったが、2006年に入ってからはPOL関連コンテンツからも撤退や他社へ運営が移管される作品が現れた。
2007年に発表された『コンチェルトゲート』のようにスクウェア・エニックスがゲームを制作し、運営を他社が担当するといった動きも見せている。
サービス中のタイトル [編集]
- ファイナルファンタジーXI (2002年5月16日-)
- ファイナルファンタジーXIV (2010年9月30日-)
サービス終了タイトル [編集]
- クロスゲート (2001年7月26日-2007年9月30日)
- ディプスファンタジア (2001年12月6日-2005年11月13日)
- テトラマスター (2002年5月16日-2010年12月31日)
- 雀鳳楼 (2002年10月7日-2010年12月31日)
- コスモぐらし 〜オンライン的野菜生活〜 (2003年3月28日-2005年4月25日)
- 疾走、ヤンキー魂。 (2003年5月23日-2004年12月29日) ※2007年冬より運営はゲームポットへ移管
- ジャンクメタル (2004年4月12日-2005年9月30日)
- フロントミッションオンライン (2005年5月12日-2008年5月31日)
- エバークエスト2 (2005年6月16日-2006年6月30日)※2007年現在はSOEが運営中
- ダージュ オブ ケルベロス ファイナルファンタジーVII (2006年1月26日-2006年9月29日)
- ファンタジーアース ザ リング オブ ドミニオン (2006年2月23日-2006年10月30日) ※2006年11月より運営はゲームポットへ移管、「ファンタジーアース ゼロ」に改題
モバイルコンテンツ部門 [編集]
モバイルゲームや着信メロディ配信など携帯電話向けコンテンツの制作を行っている。
主なコンテンツ [編集]
- ファイナルファンタジーモバイル
- ビフォア クライシス ファイナルファンタジーVII(i:2004年9月24日/EZ:2007年4月5日/S!:2007年1月30日、ネットワークアクションRPG)
- ダージュ オブ ケルベロス ロスト エピソード ファイナルファンタジーVII(i:2006年11月6日、ガンアクションRPG)
- クリスタル ガーディアンズ(i:2008年1月28日/S!:2008年4月1日/EZ:2008年6月19日、ディフェンス・シミュレーション)
- ファイナルファンタジーIV THE AFTER 月の帰還(i:2008年2月18日/EZ:2008年5月15日、RPG)
- ドラゴンクエストモバイル
- ドラゴンクエストモンスターズMOBILE(i:2006年5月22日/EZ:2007年4月19日、RPG)
- ドラゴンクエスト モンスターバトルロードMOBILE(i:2008年3月11日/EZ:2008年10月2日、カードゲーム)
- キングダム ハーツ モバイル
- キングダム ハーツ コーデッド(2009年6月3日、アクションRPG)
- 聖剣伝説モバイル
- 聖剣伝説 -ファイナルファンタジー外伝-(i:2006年11月6日/EZ:2007年2月1日/S!:2006年8月16日、アクションRPG)
- 聖剣伝説 FRIENDS of MANA(i:2007年4月16日/EZ:2007年11月8日/S!:2006年10月18日、ネットワークRPG)
- フロントミッションモバイル
- FRONT MISSION2089(i:2005年3月7日/EZ:2005年10月27日、シミュレーションRPG)
- FRONT MISSION2089-II(i:2006年9月15日/EZ:2008年2月21日、シミュレーションRPG)
- スクエニモバイル
- チョコボdeモバイル(i:2007年8月1日/EZ:2006年12月14日、能力ミニゲーム集)
- 魔界塔士Sa・Ga(i:2007年7月2日/EZ:2007年12月13日、RPG)
- いただきストリートMOBILE どんどん開店!増築中!(i:2007年10月1日、ボードゲーム)
- その他
- ドラゴンクエスト 不思議のダンジョン MOBILE(i:2006年8月7日/EZ:2007年4月5日、RPG)
- 他多数
出版部門 [編集]
主に旧エニックスで展開されていた、1988年より開始したドラゴンクエストシリーズの公式ガイドブックやノベライズ作品・ファンブック・ゲームブックの出版が始まりで「ドラゴンクエストIII 新たなる伝説」に掲載された栗本和博の4コマ漫画が好評だった事からドラクエシリーズの「4コママンガ劇場」を1990年に発刊。翌年には漫画雑誌『月刊少年ガンガン』を創刊した。2007年現在は「アルティマニア」等、デジキューブ(2003年11月倒産)が行っていた旧スクウェア系の公式ガイドブックなどの出版物の発行も受け継いでいる。デジキューブ倒産に伴い絶版となっていた一部の書籍や音楽CDも、スクウェア・エニックス名義で再版されている。
ガンガン系各誌は児童誌、少年誌、少女誌の雰囲気が混在する独特の誌面により、「(スクウェア・)エニックス系漫画」というジャンルを確立している。
かつては、「魔法陣グルグル」「南国少年パプワくん」「まもって守護月天!」などの人気作で一世を風靡した連載作家陣のうちの主力作家の一部が、いわゆる「エニックスお家騒動」(担当社員によるマッグガーデン設立およびスタジオDNAによる一賽舎設立への参加)により『月刊ガンガンWING』を中心に多数の所属作家を失うというトラブルもあったが、直後に連載開始された「鋼の錬金術師」が大ヒットし、誌面の弱体化は解消している。
2004年にはスクウェア・エニックス小説大賞(現スクウェア・エニックスライトノベル大賞)を設立し、ライトノベルの発行も行っている。
漫画雑誌 [編集]
- 月刊少年ガンガン 毎月12日発売
- 月刊Gファンタジー 毎月18日発売
- 月刊ガンガンJOKER 毎月22日発売
- ガンガンYG→ヤングガンガン 毎月第1、3金曜日発売
- 月刊ビッグガンガン 毎月25日発売
- ガンガンONLINE 毎週木曜日更新、ウェブコミック誌
- フレッシュガンガン(コーナー、元は少年ガンガン増刊)
- 過去に発行していた漫画雑誌
小説 [編集]
- EXノベルズ(2005年休刊)
- スクウェア・エニックス・ノベルズ(SEN、2005年にEXノベルズを継承して創刊)
- ガンガンノベルズ(2009年にSENを継承して創刊)
マーチャンダイジング部門 [編集]
主に旧スクウェアが外注で展開していたフィギュアやアクセサリー商品を、自社販売に改めた事業部。
販売ルート [編集]
- スクウェア・エニックス ショップ [2](公式通販サイト)
- ARTNIA(アルトニア) [3](公式直営店、カフェ&バー)
商品 [編集]
任天堂との関係 [編集]
ファミリーコンピュータ、スーパーファミコン全盛時代、スクウェアとエニックスの2社は任天堂のサードパーティーとして重要な位置にあった。特にスクウェアは、任天堂との絶大な信頼関係を持っていた小学館(ゲーム・オン!編集部)との合同企画として『ライブ・ア・ライブ』を製作したり、『スーパーマリオRPG』を共同開発するなど、お互いに強い信頼関係を持っていた。
しかしその関係は、任天堂が容量の制約が厳しいカートリッジROMの採用に固執したため、『スーパーマリオRPG』の開発以前から関係に支障をきたし始めていた。『スーパーマリオRPG』以降、信頼関係が崩れ始め、『トレジャーハンターG』を最後に任天堂ハードへのソフトの供給およびNINTENDO64用に開発していた約10タイトルのソフトの開発を中止する。 鈴木尚スクウェア社長(当時)によれば、プレイステーション(PS)に独占供給した際に任天堂の山内社長は「機種の選択という意味では仕方がない」と言ってくれたが、その際にエニックスをPS陣営に誘い、NINTENDO64は駄目だと吹聴し、任天堂との確執を生んでしまった[4]。
翌年、エニックスは『ドラゴンクエストVII』のPSでの開発、発売を発表する。エニックスはPS参入後も任天堂ハード用のソフトを販売した。スクウェアの映画事業における失敗から、既にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)の資本参加を受ける事を決定したものの、任天堂との断絶した関係の回復のために山内溥社長(当時)との交渉を行った。当時の任天堂は、据え置き型ハードのシェアは不振だったが、携帯型ゲーム機とソフトウェア販売の業績は好調であった。そのため、デジキューブで任天堂商品が扱えない事が株主総会で問題となり、「土下座してでも任天堂と和解しろ」という意見に、デジキューブ染野取締役(当時)が「土下座してなんとかなるものなら、いくらでもしますよ」と答えた事もあった。この段階では交渉は決裂していた。
2005年10月には、開発をスクウェア・エニックス、発売を任天堂が担当する『マリオバスケ 3on3』が発表され、スクウェア・エニックスから「これからも任天堂とがっちりコラボレートしていこうと思っている」との旨が語られた。その後も『ファイナルファンタジーIII』(リメイク作品)などのヒット作が生まれた。一時は断絶関係にあった任天堂とスクウェア(現スクウェア・エニックス)は、再び協力体制へと向かっていると見られる。
その他 [編集]
- 第一回ゲーム・ホビープログラムコンテスト(旧エニックス)
- 1982年(昭和57年)国内初のゲームホビーに限定したコンテストを主催した(同年12月20日締め切り)。アメリカの若きソフトウェアのスーパースターの誕生で、ヒット作が続々と誕生して高いロイヤリティを獲得している背景により、日本国内でも才能を最大限に発揮する場としての初めての開催となった。ゲーム作家、ゲームクリエーターを発掘し、すべての作品を翌年1983年に製品化させ話題を集めた。以後プロデュース活動を展開し、初代パソコンブーム、ファミコン全盛時代の創出に大きな影響を与えた。第一回の受賞者にはドラゴンクエストの中村光一、堀井雄二らがいる。
- スクウェアはデジキューブ倒産直前、またはそれ以前からも不正な自社株売却が度々問題視されており、東京証券取引所から査察を受けた事がある。
- 元マイクロソフト日本法人社長であった成毛眞が社外取締役として名を連ねている。(2010年現在)[5]
- 2001年に、旧エニックス、旧スクウェア、ナムコとの間で業務提携が結ばれ、エニックスオーナーの福嶋康博、スクウェアオーナーの宮本雅史、ナムコオーナーの中村雅哉との間で各社の株式の4-5%程度を相互に持ち合う事となった。その結果、スクウェア・エニックスのキャラクター商品をナムコがプライズゲーム用に商品化するなどの協力関係が築かれている。スクウェアの格闘ゲーム『エアガイツ』のアーケード版をナムコが制作した事がある。ナムコのアーケードゲーム『太鼓の達人7』において、ドラゴンクエストの楽曲を使用するなどのコラボレーションが実現している。
- 日本国内市場での新たな戦略として海外ゲームのローカライズ、販売が開始される。以下の理由により非難を浴び続けている。
-
- 『コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア2』ではソフト自体のローカライズの内容や流通過程に疑問符が打たれた。
- 『Just Cause 2』では発売日の夕方にメンバーズログインを必要とするページにて国内版と海外版の差異を公開、海外版では雪に覆われた山が日本語版では正常に表示されなくなるバグを新たに発生させてしまうなど不手際が目立ち、規制項目の遅れについては和田洋一がTwitter上で規制アナウンスの遅れに対する謝罪をするまでに発展した[6]。
- Steamにて配信されている『トゥームレイダー(2013年版)』は配信開始時点では日本語訳と日本語音声が同梱されていたが、何のアナウンスもなくローカライズ部分がアップデートで削除された。現在はDLCにて日本語ローカライズを$30で配信する暴挙に出ており、非難を浴びている。
備考 [編集]
合併前の旧・株式会社エニックスには、ドラゴンクエストシリーズを制作するためだけの専門部署として「ドラクエ課」が存在した。正式名称は「ドラゴンクエスト課」ではなく、「ドラクエ課」が正しい。かつて『ドラゴンクエストVI 幻の大地』が発売された頃にテレビの特集で放送されたことがあり、課の表札も「ドラゴンクエスト課」ではなく「ドラクエ課」となっていた。後年の「第9開発事業部」にあたる。
関連会社 [編集]
- ゲームデザイナーズ・スタジオ
- デジタルエンタテインメントアカデミー
- コミュニティーエンジン
- UIEvolution
- マッグガーデン
- ディーワンダーランド
- T&E SOFT
- タイトー
- アイドス
- 四国銀行(旧スクウェアの元社長・武市智行の出身会社であり、2007年現在も深い関係が続いている。)
- StyleWalker(スタイルウォーカー)
- カプコン
脚注 [編集]
- ^ エニックスとスクウェア、合併比率を変更(ITmedia)2003.1、2009.12.30閲覧
- ^ SQUARE ENIX SHOP
- ^ ARTNIA
- ^ 日経産業新聞2001年10月19日28面記事より
- ^ 役員一覧|会社情報|株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングス
- ^ Twitter / 和田洋一: 申し訳ありませんでした。我々の未熟さからくる配慮不足 ... (2010.06.25 和田洋一)