橋本真司

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橋本 真司(はしもと しんじ、1956年 - )は日本ゲームクリエイタースクウェア・エニックス・ホールディングス専務執行役員。スクウェア・エニックス第1制作部コーポレート・エグゼクティブ。駒澤大学卒業。

略歴[編集]

駒澤大学時代の4年間は、徳間書店の『アニメージュ』『ロマンアルバム』『テレビランド』でアルバイトを行なう。卒業後はバンダイに入社。当時のファミコン名人ブームに乗り、橋本名人として同社の営業を担当する。眼鏡が特徴的であったが、実は伊達眼鏡である[1]

その後ゲーム自体のプロデューサーを務めるようになり、1991年にバンダイを退社しコブラチームを設立。同社で引き続きキャラクターゲームの制作を担当する。

1994年、同社がスクウェアの子会社になったのを期にソリッドへと社名変更。それまでの実績を買われ、スクウェアの外注作品を全面的に管理するようになる。

その後はスクウェア本社へと移籍し、『ファイナルファンタジーシリーズ』を手がけるようになる。移籍時期は不明だが、『ブレイヴフェンサー 武蔵伝』(1998年)まではソリッドの名前が確認できるため、その前後と推測される。移籍後も『キングダム ハーツ』、『FF7AC』など、ゲーム業界外の会社が関わるタイトルを手がけることが多い。

また、営業担当執行役員(コーポレート・エグゼクティブ)として旧エニックスの作品にも関わる。

エグゼクティブプロデューサーを務めた『すばらしきこのせかい』(2007年)では、ゲームクリア後のパラレル世界でのシナリオでミニゲームで対決する最後の相手として、名乗りこそはしないが赤いメガネをかけた「名人」という人物が登場した。

2010年からはTwitterのスクウェア・エニックス公式アカウントも担当していたが、2012年8月3日にゲーム開発に専念するためにアカウントの担当を変更したため橋本は担当から外れた[2]

作品[編集]

バンダイ在籍時[編集]

コブラチーム在籍時[編集]

スクウェア・エニックス(旧スクウェア/ソリッド)在籍時[編集]

下記以外にも営業担当執行役員(コーポレート・エグゼクティブ)として多くの作品に参加。

脚注[編集]

  1. ^ 週刊トロ・ステーション第59号より
  2. ^ [1]

参考文献[編集]

  • 『アニメージュ』1998年7月号

関連項目[編集]