テクモ

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テクモ株式会社
TECMO,LTD.
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種類 株式会社
市場情報
東証1部 9650 2009年3月26日上場廃止
本社所在地 102-0073
東京都千代田区九段北4丁目1番34号
設立 1967年7月31日
2010年3月15日(新法人)
業種 情報・通信業
事業内容 パーソナルコンピュータ・家庭用ビデオゲーム機用ソフトウェアの企画・開発
代表者 阪口 一芳(代表取締役社長)
資本金 900万円
決算期 3月31日
主要株主 コーエーテクモゲームス 100%
関係する人物 柿原彬人(創業者)
板垣伴信(元社員)
外部リンク http://www.tecmo.co.jp/
※現在は2010年3月31日までの情報アーカイブサイトになっている。
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テクモ株式会社英称Tecmo,Ltd.)は、かつて存在したコンピュータゲームソフト会社。コーエーテクモホールディングス傘下だった。家庭用ゲームソフト、業務用ソフトの開発に加え、近年ではオンラインゲームモバイルコンテンツの開発に注力していた。2010年3月設立の新会社の旧社名はテーカン

かつてはアミューズメント施設の運営事業も行っていた。

沿革[編集]

  • 1964年9月 - 帝国管財株式会社設立。
    当初は建築物管理(ビルメンテナンス)を行っていた。以降、以下に記すようにビルメンテナンス→テナント・店舗管理→自社で店舗運営→ゲームセンターなどアミューズメント事業→アーケードゲームテレビゲームと事業を変えて行く。
  • 1967年7月31日 - 日本ヨット株式会社設立。後に、ヨットなど船の管理→動産管理→不動産管理→ビル管理という流れから、下記の合併を行うことになる。
  • 1969年7月業務用アミューズメント機器の販売を開始
  • 1970年3月直営アミューズメント施設の第1号を千葉県姉ヶ崎のボウリングセンター内に開設
  • 1977年10月 - 帝国管財株式会社が株式会社テーカン東京都中央区本社所在)と商号変更。
  • 1981年3月 - 米国(ロスアンゼルス)に現地法人U.S.TEHKAN,INC(現・TECMO KOEI AMERICA Corporation)を設立
  • 1981年4月 - 業務用アミューズメントソフトの自社開発作品第1号『プレアデス』を発表
  • 1982年12月6日 - 日本ヨット株式会社が、テーカンエレクトロニクス株式会社に商号変更。このためテクモは創業年月日などの履歴については日本ヨット側を引き継いでいる。
  • 1985年4月19日 - 株式会社テーカン(同名別会社)設立。本社を設立時の東京都墨田区吾妻橋から東京都千代田区神田東松下町に移転。
  • 1985年6月 - 株式会社テーカン(東京都中央区本社所在)の事業を、株式会社テーカン(東京都千代田区本社所在)へ営業譲渡
  • 1986年1月8日 - 株式会社テーカンから、テクモ株式会社に商号変更。
  • 1986年 - ファミリーコンピュータ向けソフト開発事業に参入する。それまでのアミューズメント施設運営事業やアーケードゲーム開発事業から、家庭用ゲームソフト事業主体の事業構造に転換を行う。
  • 1986年1月 - 対戦用ゲーム初、トラックボール使用のサッカーゲーム『テーカン・ワールドカップ』発売
  • 1986年4月 - 自社開発家庭用ゲーム第1号『マイティボンジャック』(FC)発表“ゲーム偏差値”等の新機軸を取り入れたアクションパズルゲーム
  • 1987年9月 - 業界初の相撲ゲーム『つっぱり大相撲』(FC)発売
  • 1987年4月1日 - 株式の額面変更を目的として、株式会社テーカンエレクトロニクスがテクモ株式会社を吸収合併し、株式会社テーカンエレクトロニクスからテクモ株式会社に商号変更。東京都千代田区神田須田町に本社を移転。
  • 1988年7月 - 東京都千代田区九段北に本社を移転。
  • 1988年12月 - 業務用アクションゲーム『忍者龍剣伝』(米国版『NINJA外伝』)発売
  • 1989年2月 - 米国版アメリカンフットボールゲーム『TECMO BOWL』(NES)発売
  • 1992年12月 - 株式を店頭登録(現ジャスダック)。
  • 1993年1月 - ゲーム用娯楽機器の製造、販売、賃貸及び輸出入を目的として、東京都千代田区に子会社 テクモソフトプロダクツ株式会社を資本金1000万円をもって設立
  • 1993年12月 - 浜松研究開発センター竣工
  • 1994年8月 - 子会社 テクモソフトプロダクツ株式会社の商号を株式会社テクモエイトに変更
  • 1996年3月 - 市川アネックス開設
  • 1996年7月 - トラップシミュレーションゲーム『刻命館』(PS)発売
  • 1996年9月 - 3Dジョッキーレーシングゲーム『ギャロップレーサー』(PS)発売
  • 1996年11月 - 業務用3D対戦格闘ゲーム『デッドオアアライブ』発売
  • 1997年7月 - モンスター育成シミュレーションゲーム『モンスターファーム』(PS)発売
  • 1997年10月 - 3D対戦格闘ゲーム『デッドオアアライブ』(SS)発売
  • 1998年8月 - 本社第2ビル開設
  • 1999年4月 - 「モンスターファーム ~円盤石の秘密~」 アニメ放送開始
  • 2000年3月 - 東京証券取引所第2部に上場。
  • 2000年8月 - 麹町オフィス開設
  • 2001年3月 - 東京証券取引所第1部に上場。
  • 2001年10月 - 代表取締役会長柿原彬人、代表取締役社長中村純司が就任。
  • 2002年 - パチンコ・パチスロ液晶ソフト受託開発事業に本格参入。パチスロ機メーカーのネットと事業提携を行う。
  • 2002年4月 - アミューズメント施設運営事業を、テクモウェーブ株式会社(現・株式会社コーエーテクモウェーブ)に営業譲渡。
  • 2002年9月 - 子会社 株式会社お台場王国設立。子会社 株式会社テクモエイト(現・株式会社コーエーテクモウェーブ)の本部オフィスを市川アネックス(千葉県船橋市二子町)から秀和三番町ビル(東京都千代田区三番町)に移転
  • 2002年10月 - 兵庫県伊丹市のショッピングセンター「ダイヤモンドシティ テラス(現・イオンモール伊丹テラス)」内に「テクモピアフォーレ(伊丹店)」オープン
  • 2003年1月 - スポーツゲーム『DEAD OR ALIVE Xtreme Beach Volleyball』(Xbox)発売
  • 2003年3月 - 日本ビルオフィス開設
  • 2003年4月 - 奈良県奈良市のショッピングセンター「ならファミリー」内に全身シール機コーナー「テクモピア オロスコポ(奈良ファミリー店)」オープン
  • 2003年7月 - 栃木県宇都宮市のショッピングセンター「FKDショッピングモールインターパーク」内に「テクモピアロックダム(インターパーク店)」オープン
  • 2004年3月 - アクションアドベンチャーゲーム『NINJA GAIDEN』(Xbox)発売
  • 2004年7月 - 子会社 株式会社テクモエイトの商号をテクモウェーブ株式会社に変更、本部オフィスを秀和三番町ビル(東京都千代田区三番町)から日本ビルディング九段別館(東京都千代田区九段北)に移転
  • 2004年8月 - 子会社 テクモウェーブ株式会社が株式会社ゼットプロジェクト(現・CWS Brains 株式会社)を買収、子会社化
  • 2004年12月 - 沖縄県豊見城市のショッピングセンター「マックスバリュ豊見城店」内にアミューズメント施設「テクモピアフォレスタ」をオープン
  • 2005年4月 - 子会社 テクモウェーブ株式会社本店の所在地を東京都千代田区九段北4丁目1番3号日本ビルディング九段別館10階に移転
  • 2005年7月 - ホラーアクションアドベンチャーゲーム『零~刺青の聲~』(PS2)発売
  • 2005年9月 - パチスロシミュレーター『タッチde楽勝!パチスロ宣言 リオデカーニバル』(DS)発売
  • 2005年11月 - 栃木県宇都宮市のショッピングセンター「インターパークショッピングビレッジ」内にアミューズメント施設「てくもぴあゆうらく工房」をオープン
  • 2005年12月 - アクションゲーム『KARAKURI』(PSP)発売
  • 2006年1月 - 代表取締役社長に安田善巳が就任。
  • 2006年2月 - 中期経営計画『テクモビジョナリー2010』を策定。
  • 2006年4月 - アイボリービル拠点開設
  • 2006年7月 - 代表取締役会長の柿原彬人が逝去。
  • 2006年8月28日 - SeedCとの業務提携契約を締結。
  • 2006年10月10日 - SeedCの共同でグローバル&オープンのオンラインゲームプラットフォーム「Lievo」のサービスを開始。
  • 2006年10月 - 東京都江東区のショッピングセンター「アーバンドックららぽーと豊洲」内にアミューズメント施設「テクモピアラグジィ」と「ハローキティのドレミファ島」をオープン
  • 2006年12月 - ゴルフアクションゲーム『スイングゴルフ パンヤ』(Wii)発売。リアルタイムストラテジーゲーム『Heroes of Annihilated Empires Episode I ~黄泉の国 アトランティス~』(PC)発売
  • 2007年3月 - 代表取締役会長に柿原康晴が就任。
  • 2007年4月 - パチスロシミュレーター『楽勝!パチスロ宣言 リオパラダイス』(PS2)発売
  • 2007年6月 - アクションゲーム『NINJA GAIDEN Σ』(PS3)発売
  • 2007年10月 - サスペンスアドベンチャーゲーム『DS西村京太郎サスペンス 新探偵シリーズ「京都・熱海・絶海の孤島 殺意の罠」』(DS)発売
  • 2008年8月29日 - 株式会社スクウェア・エニックスよりTOBによる子会社化の提案を受ける。
  • 2008年8月31日 - 代表取締役社長の安田善巳が辞任。
  • 2008年9月1日 - 代表取締役会長兼社長に柿原康晴が就任。
  • 2008年9月4日 - スクウェア・エニックスからのTOB提案を拒否する。株式会社コーエーとの経営統合協議を開始。
  • 2008年11月 - ロールプレイングゲーム『ノスタルジオの風』(DS)発売
  • 2008年11月18日 - コーエーと統合契約書を締結。
  • 2009年1月 - 代表取締役社長に阪口 一芳就任
  • 2009年3月31日 - SeedCとの業務提携契約を解消し、Lievoの運営から撤退。
  • 2009年4月1日 - コーエーと共同持株会社コーエーテクモホールディングス株式会社」を設立。テクモはコーエーテクモホールディングスの完全子会社となる。
  • 2010年2月25日 - 4月1日をもって、コーエーに権利義務全部を承継させ解散することを公告[1]
  • 2010年3月15日 - 株式会社テーカン設立(4月1日付けでテクモ株式会社に商号変更)。
  • 2010年4月1日 - (旧)テクモがコーエーに吸収合併され、ゲーム事業統括会社として株式会社コーエーテクモゲームス発足。(新)テクモ株式会社は開発機能を担う子会社となる。
  • 2011年4月1日 - 開発部門の効率化を図る為にコーエーテクモゲームスに統合され、開発機能としてのテクモは消滅した。

開発チーム[編集]

主力タイトル[編集]

下記では家庭用ソフトで販売本数の多いソフトを記す。

デッドオアアライブ(ACPSSSDCPS2XboxXbox 360)(1996~)
3D対戦格闘ゲーム。シリーズ累計800万本販売。
忍者龍剣伝NINJA GAIDENΣDragon Sword2Σ2)(AC・FC・GB・Xbox・Xbox 360・PS3DS)(1988~)
忍者アクションゲーム。シリーズ累計770万本販売。
テクモボウル(AC・FCSFCMD)(1987~)
アメリカンフットボールゲーム。米国でのテクモの知名度を一気に高めた。シリーズ累計650万本販売。
モンスターファームシリーズ(PS・PS2・GBAWIN ・DS)(1997~)
CDによるモンスター再生で一世を風靡した育成シミュレーションゲーム。シリーズ累計350万本販売。
ギャロップレーサー(AC・PS・PS2・WIN)(1996~)
競馬アクションレーシングゲーム。シリーズ累計250万本販売。
(PS2・Xbox・Wii)(2001~)
和風ホラーアクションアドベンチャー。シリーズ累計130万本販売。

その他のゲームタイトル一覧[編集]

また、テクモ社長が兼任して作られた子会社の『サリオ』ブランドで、セガ・マークIII時代のセガの唯一のサードパーティとして「アルゴスの十字剣」「ソロモンの鍵」を発売した。

コーエーとの経営統合[編集]

2006年1月、みずほコーポレート銀行出身の安田善巳が社長に就任した。 しかし安田の在任中に、前任社長中村純司による退職金訴訟、プロデューサー板垣伴信への元女性社員によるセクハラ訴訟、板垣による成功報奨金未払い訴訟、労働組合による従業員への未払い残業代訴訟など、テクモに対する訴訟が頻発することになる。

そのさなかの2008年8月31日に一身上の都合により社長の安田が辞任する。後任の社長には創業者の柿原彬人の次男である柿原康晴が就任した。だが康晴の本職は外科医だった。

これらの一連の問題は、社外からは経営不安として印象づけられてしまう。

2008年8月29日、スクウェア・エニックスが、1株あたり920円でテクモ株の株式公開買い付けの提案を行う。 しかしスクウェア・エニックスが発表した買い付け価格は、直前の6月23日に行った自社株買い価格1,091円すら下回っていた。 テクモ取締役会は、9月4日に株式公開買い付けへの非賛同表明を行う。そして創業者同士の親交が深かったコーエーとの合併を選択する。

2009年1月26日、康晴は再び会長専任となり、社長にはみずほ証券出身の阪口一芳が就任した。 2009年4月1日、コーエーとの持株会社である「コーエーテクモホールディングス」を設立した。

訴訟[編集]

役員退職慰労金訴訟[編集]

  • 2007年2月14日 - 元代表取締役社長中村純司が、テクモに対し役員退職慰労金1億6990円の支払いを求める訴訟を提起した、とのリリースをテクモが発表する[2]
  • 2007年4月3日 - 同年3月28日付で和解が成立した、とのリリースをテクモが発表する[3]

セクハラ訴訟[編集]

  • 2006年8月4日 - 板垣伴信が常務執行役員 ハイエンドプロダクション本部長から、執行役員 ハイエンドプロダクション本部長になり、謎の降格と話題になる[4][5]
  • 2006年9月10日 - 元女性社員が、上司である板垣伴信セクハラを受け、会社に訴えたものの逆に辞めさせられたと主張して、テクモと板垣に対する民事訴訟を提訴する。テクモは「元社員(女性社員)が私情をはらす目的で行った行為であり、セクハラではないとの結論に至った」としているが、「執行役員(板垣伴信)と元社員(女性社員)とその関係者にも公私を混同した行為があったことと、本件のため同人らが社内に無用の混乱を招き支障を来したことから、同人らの反省を促すため同人らを降格(2006年8月)ならびに減給処分にいたしました。」としている[5][6]
  • 2007年12月5日 - 東京地方裁判所は、板垣がセクハラ行為を行った事実はないとの判決を下す。また「この判決により、一部報道メディアに掲載されたセクハラ記事の内容は虚偽であることが証明された」とのリリースをテクモが発表する[7]
  • 2008年2月8日 - 元社員が判決を不服として控訴する[8]
  • 2008年3月1日 - 板垣が執行役員 ゲームプロダクション本部長から執行役員 Team NINJA部長に降格になる[9]
  • 2008年4月1日 - 板垣が執行役員 Team NINJA部長からクリエイティブオフィサー Team NINJA部長に降格になる[9]
  • 2008年5月22日 - 東京高等裁判所は、原告女性の請求を棄却する判決を下す。テクモはニュースリリースにて「当社社員の行為は、セクハラにはあたらないとの認定がなされました。」としているが、同時に「裁判を通じ、当時、職場において社会通念上容認し難い行為が繰り返し行なわれていたことが明らかになりました。」ともしている[10]

未払い成功報酬・不当発言訴訟[編集]

  • 2008年5月14日 - 板垣伴信は、成功報酬が未払いであるとし、また安田善巳が板垣の評価を不当におとしめる発言をしたとして、テクモと安田に対し合計1億4800万円の支払いを求める訴訟を起こす。また板垣は2008年7月1日付でテクモを退社すると公表する[11]
  • 2008年5月22日 - 板垣の訴状がテクモに送達される[11]
  • 2008年6月18日 - テクモは板垣を解雇する。板垣はこれを不当解雇として、訴訟の賠償請求額を1億6400万95円に引き上げる[12]
  • 2008年8月31日 - 安田が一身上の都合により代表取締役社長ならびに取締役を辞任する[13]
  • 2010年2月26日 - コーエーテクモホールディングスと板垣の間で和解が成立する。和解条件は公表されていないが「円満に和解が成立した」としている[14][15]

残業代未払い訴訟[編集]

  • 2008年6月16日 - 労働組合の執行役員2名が未払残業代の支払いを求め提訴する。原告は手続上の不備(裁量労働制を導入するためには、労働者の過半数を代表する者との書面による協定が必要)があったため、裁量労働制自体が無効であると主張する。
  • 2008年9月1日 - 和解。
  • 2008年9月から10月 - 和解直後である2008年9月から10月にかけて組合員全員が自主退職し、2009年3月時点でテクモの労働組合は存在しなくなる[16]

脚注[編集]

  1. ^ 合併公告 (PDF)”. テクモ株式会社 (2010年2月25日). 2010年2月25日閲覧。
  2. ^ 役員退職慰労金の請求について -2007年2月14日テクモニュースリリース
  3. ^ 和解による訴訟の解決に関するお知らせ -2008年4月3日テクモニュースリリース
  4. ^ 人事異動について -2006年8月4日テクモニュースリリース
  5. ^ a b 「DOA」より過激だったセクハラ技…東京地裁で裁判中 -ZAKZAK 2006/11/07
  6. ^ 訴訟に関する一部報道について -2006年11月17日テクモニュースリリース
  7. ^ 訴訟判決について -2007年12月5日テクモニュースリリース
  8. ^ 訴訟事件の判決に対する控訴について -2008年2月8日テクモニュースリリース
  9. ^ a b 人事異動に関するお知らせ -2008年3月3日テクモニュースリリース
  10. ^ 訴訟事件の控訴判決について -2008年5月23日テクモニュースリリース
  11. ^ a b 板垣伴信氏、テクモを退社。未払い報酬および慰謝料を請求して同社を提訴 - ITmedia 2008年6月3日配信
  12. ^ *Here's The Documented Evidence Itagaki Submitted Against Tecmo - ゲーム系ブログサイトkotaku(英語サイト)に掲載された裁判所に提出した証拠資料と声明文(日本語)より。
  13. ^ *代表取締役の異動に関するお知らせ - 2008年8月20日テクモニュースリリース
  14. ^ 板垣伴信氏とテクモの訴訟で和解が成立(ファミ通.com)
  15. ^ 和解による訴訟の解決に関するお知らせ -2010年2月26日コーエーテクモホールディングスニュースリリース
  16. ^ 2009年3月公開のテクモの有価証券報告書 -「労働組合の状況」の項には、和解直後である2008年9月から10月にかけて組合員全員が自主退職したため、テクモに労働組合は存在しないと記されている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]