坂上忍

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さかがみ しのぶ
坂上 忍
生年月日 1967年6月1日(47歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都
国籍 日本の旗 日本
身長 174cm
血液型 AB型
職業 俳優タレント歌手映画監督演出家ギャンブラー
活動期間 1970年 -
主な作品
テレビドラマ
ありがとう』(1973年)
たんぽぽ』(1977年)
天まであがれ!』(1982年)
中卒・東大一直線 もう高校はいらない!』(1984年)
映画
クレイジーボーイズ』(1988年)
就職戦線異状なし』(1991年)

坂上 忍(さかがみ しのぶ、1967年6月1日 - )は、日本俳優タレント歌手映画監督演出家東京都杉並区西荻窪出身。

来歴[編集]

兄(元子役で現在は映画プロデューサーの坂上也寸志[注釈 1])が劇団に入っていたところ、祖母が死んだときに忍が閉じこもりがちになったので[1]、劇団で友達を作らせた方がいいとの教育方針で、3歳から劇団若草に所属した。テレビドラマの子役としてデビューし、天才子役と言われた。

しかし家庭面では、福岡県大牟田市出身でボートレース狂いの父親(作家:坂上精一郎、2012年没)が出版社経営に失敗しての倒産とギャンブル癖で、借金を抱える。杉並区立桃井第三小学校の高学年時から杉並区立荻窪中学校時代にかけて暴力団が自宅まで借金の取立てに押しかける環境で育つ[2]。15歳の時に両親が離婚。中学までで辞める予定が、1億円以上の借金返済のため子役の仕事を続ける。有名人ゆえに学校でたびたびいじめを受け、自殺を考えたことが100回以上あるという[3]。中学卒業後もテレビ・映画・舞台などで活躍も、東海大学付属高輪台高等学校に進んだが中退した[4]

子役イメージから抜け出すのに苦しみ、また生意気という印象で評判を下げたが、映画『クレイジーボーイズ』(1988年)のヤクザ役が転機になったという[5]

2005年6月4日に構成・演出を務める演劇集団「コントレンジャー・オニオンスライス」を旗揚げした。

2009年6月1日、芸能スクール・アーティストの発掘・育成プロダクション「アヴァンセ」キッズアクタープロダクションを開校。それと並行でネオモデルタレントスクールの特別講師も担当している[6]

2012年フジテレビ笑っていいとも!」の『まったく行列のできない人生相談所』コーナーに出演し、歯に衣着せぬ毒舌で脚光を浴びたことをきっかけに[7]、バラエティ番組の出演が相次ぎニホンモニター社『2014上半期タレント番組出演本数ランキング』では、出演番組数216番組・総合16位となった。[8]

人物[編集]

左利き(元は右利きだったが矯正により左利きになった)

父親は福岡県大牟田市出身、母親は山形県山形市出身。

子役のイメージから抜け出すために、80年代に歌手アイドル)として活動。また、バックバンドは自身がボーカルの「OZONE」というバンドだった。

1995年川野太郎宅でのパーティーからの帰宅途中に飲酒運転による器物損壊事件を起こし、警視庁北沢警察署に逮捕される。このとき坂上の自動車には女優の山本未来が同乗しており、スキャンダルとなった。1996年、半年間の謹慎期間中に父の勧めで小説『みのつく女』を執筆・刊行した。この題名は「名前に"み"がつく女」という意味で、坂上自身がそのような女性と交際することが多かったことに由来するという。1997年には『30 thirty』で初めて映画監督を務める。2000年には監督第2作『THE Junk Food Generation』を、2004年11月には監督第3作『John and Jane Doe』を発表した。

私生活では2001年に元客室乗務員と結婚するが、2003年に離婚。離婚理由として、仕事の忙しさから来るすれ違いや、過剰なまでの潔癖症、また10代の頃からボートレース場通いを続けるような坂上のギャンブル好きも挙げられていた。「離婚する人間には自分も含めて欠陥がある」との持論を持つ[9]2014年2月4日放送のテレビ朝日系『ロンドンハーツ』にて、益若つばさに対し「離婚した人間は欠陥がある」「楽屋が隣なのに挨拶に来なかった」「スタッフぞろぞろ連れて何様のつもりなんだ」などと痛烈な批判を浴びせた[10]。ギャンブル好きに関しては麻雀愛好家としても有名で、『THEわれめDEポン』にたびたび出演している。年末にその年稼いだお金を全額競馬やボートレースにつぎ込む行為を20歳の頃から続けているといい、そこでお金がなくならないと勤労意欲が湧かないという[11]

潔癖症が世間に知られるようになり、『明日使える心理学!テッパンノート』では安田美沙子が坂上宅の潔癖生活のリポートをしたが、坂上がルーズな安田に対して散々駄目だしをしていた。そして、それが元で『踊る!さんま御殿!!』では、『ルーズvs潔癖』のテーマで安田vs坂上のバトルが毎回展開されるようになった。タオルも細かく用途が分けられ、1日50枚近く使う。洗濯や風呂の回数も多い。

大の犬好きであり、自宅で多頭飼いしている。要介護老犬を引き取っており、ただ可愛がるだけでなく信念の下で飼っている。坂上のこうした犬に対する姿勢は、子役時代に共演した役者犬のトレーナーから受けた影響に加え、人生で最も飲み歩いていた時期に飼い、ちゃんと世話をすることができないまま手放し、死に目にも会えなかった愛犬(ウェルシュ・コーギー)に対する贖罪の気持ちもあるという[12]

小学生の頃からの熱狂的な東京ヤクルトスワローズのファンであり、対巨人戦の観戦中、巨人ファンと乱闘するなどのエピソードもある[13]

実母は東京都新宿区歌舞伎町で飲食店「ザ・テレビジョン」を経営している[2]

2012年6月17日放送の『行列のできる法律相談所』や同年11月27日放送の『スター☆ドラフト会議スペシャル』、2013年5月3日放送の『中居正広の金曜日のスマたちへ』などで「アヴァンセ」キッズアクタープロモーション所属の生徒達に厳しく指導している背景が放送された。 この厳しい指導の背景には、これまで多くの子役が大人になることで仕事を失っていくという厳しい現実を目の当たりにしてきたことや、自身が監督した映画のオーディションでの子役の画一的な挨拶・演技に対し違和感を覚えたことから、「うわべだけの芝居を教えても、将来まったく役に立たない」との思いがあり、子役に対しても大人の役者と同じ対応をとった上で「追い込んで追い込んでそれがパンって解放されたときに、多分お芝居の面白さとかっていうのは、子供でもちゃんと感じていただけると思ってる」と、その理由を語っている[14]

主な出演[編集]

バラエティ・情報番組[編集]

レギュラー
準レギュラー
過去の出演番組

など多数。

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

オリジナルビデオ[編集]

  • 大予言 復活の巨神(1992年)
  • 侠道1 - 6(2000年-2001年)
  • 実録・日本やくざ列伝 義戦 昇竜編・昇華編(2001年)全2作。
  • 真・雀鬼12 卓上の反逆者たち(2002年)
  • 梁山泊 ファミリー(2003年)

吹き替え[編集]

CM[編集]

監督作品[編集]

舞台[編集]

  • マザーフッカー(脚本・演出)

レコード[編集]

シングル[編集]

  1. 『小学一年生/じゃまするぞ!』(コロムビア、1973年)
  2. 『イルカ音頭』(コロムビア、1975年・沖縄海洋博記念ソング)
  3. 『ブギウギしーちゃん』
  4. 『BIG1/王貞治』(キングレコード、1977年)
  5. 『J.D.BOY/君をリアルに感じて』(50位、35260枚)(作詞:大津あきら、作曲・編曲:後藤次利CBSソニー、1984年5月21日)
  6. 『さよならマンディ/彷徨の時』(39位、24590枚)(作詞:大津あきら、作曲・編曲:後藤次利、CBSソニー、1984年9月1日)
  7. 『MIDNIGHT DANCE(Rebel Yell)(12インチ盤)/DANCE NO YORU NI AI O KAWASOU(Careless Memories)』(60位、9270枚)(作詞・作曲:B.アイドル、S.スティーブンス、日本語詞:坂上忍、編曲:武部聡志、CBSソニー、1985年1月21日・・・ A面:ビリー・アイドルのカバー/B面:デュラン・デュランのカバー)
  8. 『悲しみのモノクローム/LONG HOT SUMMER』(61位、7740枚)(作詞・作曲:NOBODY、編曲:船山基紀、CBSソニー、1985年5月22日・・・後にNOBODYもセルフカバーする)
  9. 『18's Shadow/I'm Not Down』(82位、2180枚)(作詞・作曲:森山達也(THE MODS)、編曲:中村哲、CBSソニー、1985年11月21日)
  10. 『O・Z・O・N・E/Check In』(チャートイン記録なし)(作詞・作曲:坂上忍、編曲:坂上忍 with OZONE・佐々木周(THE MODS)、CBSソニー、1986年7月21日)

アルバム[編集]

  1. 『DRAMATIC 1ST SHINOBU』(CBSソニー、1984年)
  2. 『CHECK IN』(CBSソニー、1984年)
  3. 『SUMMER STORM』(CBSソニー、1985年)
  4. 『TURN THE TIDE』(CBSソニー、1986年)

著書[編集]

  • エッセイ集『地球に落ちてしまった忍』(1984年、小学館)
  • エッセイ集『ひとりごと』(1996年、文藝書房)
  • 小説『みのつく女』(1996年、文藝書房)
  • オリジナルシナリオ『男が優しく眠る時』(1997年、文藝書房)
  • オリジナルシナリオ『こんな女に殺られてみたい』(1997年、文藝書房)
  • 小説『水の中の少女』(1997年、扶桑社)
  • 小説『電話魔』(1998年、双葉社)
  • 麻雀指南書『勝率八割の極意─坂上忍の麻雀兵法』(1998年、ポケットブック社)[16]
  • エッセイ集『偽悪のすすめ 嫌われることが怖くなくなる生き方』(2014年、講談社)

脚注[編集]

出典
注釈
  1. ^ 子役時代には1971年7月17日に公開された大映映画『ガメラ対深海怪獣ジグラ』に出演している。現在、映像作品の企画制作会社である株式会社ピーズインターナショナルの代表取締役。携わった代表的な作品として『わが母の記』がある。

外部リンク[編集]