サザエさん (テレビアニメ)
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| サザエさん | |
|---|---|
| ジャンル | ホームドラマ |
| アニメ | |
| 原作 | 長谷川町子 |
| 企画 | 久保田榮一、河野雄一 |
| チーフディレクター | 山岸博 |
| 脚本 | 雪室俊一ほか |
| キャラクターデザイン | 月川秀茂→片野功 |
| 音楽 | 越部信義→河野土洋 |
| アニメーション制作 | TCJ動画センター→エイケン |
| 製作 | フジテレビ、エイケン |
| 放送局 | フジテレビ |
| 放送期間 | 1969年10月5日 - 放送中 |
| その他 | 過去には再放送があった。 |
| コピーライト表記 | ©姉妹社→(財)長谷川町子美術館 |
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『サザエさん』とは、長谷川町子の同名の漫画『サザエさん』を原作とするテレビアニメ。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 歴史
放送は1969年10月5日から、『忍風カムイ外伝』の後番組としてフジテレビで始まり、同局系列のアニメの長寿番組、そして平均視聴率が20%前後という非常に高い部類に属する国民的な番組として現在も続いている。
週1回の固定放送枠を持つアニメ番組では世界一の長寿番組とも言われる。第1回放送の「75点の天才!」ともう1本は、1995年12月31日に放送した“サザエさん大晦日スペシャル”で「びっくりサザエさん」に連動してごく一部が紹介された。
基本放送枠は毎週日曜日の18時30分 - 19時(以下JST)。当初は東芝の単独提供番組だったが、1998年11月から同社が単独提供から筆頭スポンサーに縮小したため、複数社による提供となっている。また、2005年10月2日放送分からハイビジョン制作に移行した。それまでサイドカットで放送されていたアナログ放送では、2009年1月4日放送分より上下に黒帯を付加してのアスペクト比16:9のレターボックスでの放送になった。
アニメは主にエイケン(旧TCJ)が製作。当初は宣弘社(現アド・ギア、宣弘企画)と共同で制作していた。
[編集] 特徴
放送初期は「トムとジェリー」を意識したドタバタ調のギャグアニメ(現代で言えば、ザ・シンプソンズの作風とも良く似ている)であり、それが当時の原作ファンから不評だったため、1975年頃に現在の様なホームドラマ路線に転換した。また、放送当初は登場人物の顔が原作と同じだったが、年月が流れていくにつれて現在の顔になっていった。
1987年以降、夏休みにはFNSの日内で著名タレントがゲスト出演するのが定番となっている。
現在、作品中には携帯電話が登場しているが、磯野家の電話は黒電話のままである。また外部からの電話も専ら公衆電話である。黒電話は、呼び出しベルに合わせて稲妻状の線を発して震えながら受話器の部分が飛び上がるという表現がなされていたが、近年の放送ではこのような描写はなく、普通に呼び出しベルが鳴るだけとなっている。白物家電に関しては各回の放送時点で最新式が使われていると思しき描写が見られる。現在磯野家で使われている家電製品の多くは1975年代前半頃の東芝製品が描かれている。
また、今まで日本で行われた万博には家族全員で行っていた。愛知万博には行かなかったが、2005年4 - 9月期のオープニングでサザエが訪問している。作品中には単独スポンサーであった東芝(1990年の国際花と緑の博覧会は三井グループとの合同)のパビリオンが必ず登場している。
現在放送中のアニメでは珍しくモノラル放送(2006年4月まで、2007年4月以降は唯一。FNSの日放送分については1997年からステレオ放送になった。フジテレビ系列局の地上デジタル放送ではモノラル音声ながらステレオ信号で送出している)であると共に、CMやスペシャルの一部を除いて唯一セル画を制作に使用している作品である。CMやオープニングおよびエンディングアニメについては特番などの特別版を中心にデジタルで制作され始め、2005年10月以降はOP・ED・次回予告のバンク部分がデジタル制作に切り替わった。また、2009年7月からはOPのみ全編デジタルにて制作されている。
人気脚本家の三谷幸喜が最初に執筆したストーリー性のある脚本が本作である。三谷は、計4本の脚本を書き、その1つ「兄思い 妹思い」(作品No.2456、昭和60年放送)は、2005年7月24日放送のFNS25時間テレビで再放送された。
現在、フジテレビの『サザエさん』の公式ページでは、他のアニメと違い、サザエ等のキャラクターを使った画像や動画が一切公開されていない。詳細はサザエさん#著作権問題を参照。
放送開始から現在に至るまで、VHSやDVDといった映像メディアソフトとして発売されたことは一度もなく、海外への輸出もされていない。これは長谷川町子とその遺族の意向により、映像化された作品はソフト化されることはないためだという説がある。
映画も1975年3月にテレビで放映されたもののブローアップ版が上映されて以降、公開されたことはない。
[編集] 放送・視聴率
通常はゴールデンタイム直前の時間帯(18時30分 - 19時)での放送となっているため、改編期での特番による休止はゼロに近い。また大晦日が日曜日の場合でも、通常通り放送されていることもある。逆に正月3が日での休止は特番の影響である。
同局では『SMAP×SMAP』に次ぐ高視聴率であるが、2007年には20%を越える回数が減っているものの、全日帯アニメの中では当番組のみ。
本作の視聴率と東証株価指数の間には連動性があるとの指摘がある。2003年 - 2005年の間の相関係数は-0.86[1]。この関係とは、本番組の時間帯は景気の動向が良い時は外食等で外出しているために視聴率が下がり、逆に景気の動向が悪い時は外食を避け家で過す傾向があることから視聴率が上がる、というもの。
[編集] 最高視聴率
最高視聴率は1979年9月16日放送の39.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。前述の調査でのアニメ番組の視聴率ランキングでは2006年現在、1971年に初めて年間1位を獲得して以来1981年と1990年を除きすべて年間1位を獲得している。
各年ごとの最高視聴率(関東地区、ビデオリサーチ調べ)は以下の通り。
| 年度 | 最高視聴率 | 放送日 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1970年(昭和45年) | 31.0% | 12月20日 | - |
| 1971年(昭和46年) | 35.2% | 1月17日 | - |
| 1972年(昭和47年) | 33.1% | 10月22日 | - |
| 1973年(昭和48年) | 32.8% | 12月2日 | - |
| 1974年(昭和49年) | 34.2% | 1月13日 | - |
| 1975年(昭和50年) | 33.8% | 2月2日 | - |
| 1976年(昭和51年) | 35.2% | 9月26日 | - |
| 1977年(昭和52年) | 36.6% | 11月6日 | - |
| 1978年(昭和53年) | 39.2% | 10月29日 | - |
| 1979年(昭和54年) | 39.4% | 9月16日 | 番組最高視聴率 |
| 1980年(昭和55年) | 38.6% | 3月9日 | - |
| 1981年(昭和56年) | 36.3% | 10月18日 | - |
| 1982年(昭和57年) | 35.7% | 1月24日 | - |
| 1983年(昭和58年) | 32.8% | 2月6日 | - |
| 1984年(昭和59年) | 32.1% | 12月30日 | - |
| 1985年(昭和60年) | 33.6% | 2月17日 | - |
| 1986年(昭和61年) | 34.4% | 12月7日 | - |
| 1987年(昭和62年) | 34.1% | 2月8日 | - |
| 1988年(昭和63年) | 32.7% | 10月30日 | - |
| 1989年(平成元年) | 34.5% | 3月5日 | 1000回記念スペシャル |
| 1990年(平成2年) | 36.4% | 10月28日 | - |
| 1991年(平成3年) | 34.9% | 3月17日 | - |
| 1992年(平成4年) | 33.3% | 1月19日 | - |
| 1993年(平成5年) | 28.9% | 10月10日 | - |
| 1994年(平成6年) | 31.1% | 12月18日 | - |
| 1995年(平成7年) | 33.0% | 3月12日 | - |
| 1996年(平成8年) | 30.3% | 2月18日 | - |
| 1997年(平成9年) | 26.8% | 12月7日 | - |
| 1998年(平成10年) | 26.8% | 2月1日 | - |
| 1999年(平成11年) | 28.2% | 2月14日 | - |
| 2000年(平成12年) | 28.1% | 2月20日 | - |
| 2001年(平成13年) | 25.3% | 3月4日 | - |
| 2002年(平成14年) | 25.6% | 2月3日 | - |
| 2003年(平成15年) | 26.6% | 2月16日 | - |
| 2004年(平成16年) | 24.2% | 7月25日 | - |
| 2005年(平成17年) | 24.2% | 10月30日 | - |
| 2006年(平成18年) | 23.4% | 5月7日 | - |
| 2007年(平成19年) | 21.7% | 2月4日 | - |
| 2008年(平成20年) | 21.7% | 2月3日・12月14日 | - |
[編集] まんが名作劇場 サザエさん
レギュラー放送の他に、1975年4月1日から火曜日19時 - 19時30分にオープニング・エンディングを新規に制作した再放送『まんが名作劇場 サザエさん』(ネット局ごとにスポンサーは異なる)も放送されていた。なお、再放送の第1回は上記の第1回の放送とは異なっていた。又スタート当初は、本放送当時の次回予告を放送していたが、まもなく廃止した。
[編集] 番組の終焉
[編集] 登場人物
詳細は「サザエさんの登場人物」を参照
[編集] 実在のものの登場記録
1994年10月16日放送の25周年記念スペシャルでは、フジテレビのアナウンサーである露木茂、八木亜希子、福井謙二(福井以外は当時)の3人が本人役で出演した。
『FNSの日』の企画で中居正広[2]とナインティナインの2人が本人役を演じたことがある。 さらに2008年は明石家さんまが本人役を演じた。
2007年3月18日放送の1900回突破記念で、サザエ達がスケート場に行ったシーン(『憧れの三回転(前編)(後編)』3本のうちの後半2本)では荒川静香が登場した。
なお、2006年4月22日放送の『もしもツアーズ』では、「サザエさん生誕60周年記念ツアー」と銘打ち(場所は桜新町)、アニメの磯野家に当時の『もしツア』の出演者(坂下千里子、関根勤、キャイ〜ン、KABA.ちゃん、三瓶)がアニメで登場した。更にこの回のラストは、アニメのウド鈴木がエンディングのパロディをやって締め括った。 2008年11月15日もウドが翌日の予告した。
[編集] 声優
- フグ田サザエ…加藤みどり
- フグ田マスオ…近石真介→増岡弘
- 磯野ワカメ…山本嘉子→野村道子→津村まこと
- 磯野カツオ…大山のぶ代→高橋和枝→冨永み〜な
- フグ田タラオ…貴家堂子
- 磯野フネ…麻生美代子、谷育子(2009年6月14日のみ)
- 磯野波平…永井一郎
- 波野ノリスケ…村越伊知郎→荒川太郎→松本保典
- 波野タイコ…逢川亮子→恵比寿まさ子→塚田恵美子
- 波野イクラ・大空カオリ・野沢リカ…桂玲子(一時期、富永み~なが代役)
- 伊佐坂難物…はせさん治→峰恵研→岩田安生
- 伊佐坂軽…山田礼子
- 伊佐坂浮江…潘恵子→冨永み〜な→川崎恵理子
- 伊佐坂甚六…竹村拓
- 穴子さん…たてかべ和也→若本規夫
- 三河屋の主人、泥棒、花沢の父、湯水…若本規夫
- 中島弘…白川澄子
- 花沢花子…秋元千賀子→TARAKO→山本圭子
- 裏のおじいちゃん…峰恵研(一時期:村越伊知郎)→伊井篤史
- 裏のおばあちゃん…白川澄子(一時期:山本圭子)→山田礼子
- 三郎…二又一成
- 先生…峰恵研→はせさん治→峰恵研→沢木郁也
[編集] ネット局
| 放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 放送時間 | 遅れ | 開始時期 |
|---|---|---|---|---|---|
| 関東広域圏 | フジテレビ (制作局) |
フジテレビ系列[3] | 日曜 18:30 - 19:00 | 同時ネット | 放送開始 - |
| 北海道 | 北海道文化放送 | 1972年4月 - [4] | |||
| 岩手県 | 岩手めんこいテレビ | 1991年4月 - [5] | |||
| 宮城県 | 仙台放送 | 放送開始 - | |||
| 秋田県 | 秋田テレビ | 1969年12月 - | |||
| 山形県 | さくらんぼテレビ | 1997年4月 - [6] | |||
| 福島県 | 福島テレビ | 1971年10月 - [7] | |||
| 新潟県 | 新潟総合テレビ | 1975年10月 - [8] | |||
| 長野県 | 長野放送 | 放送開始 - | |||
| 静岡県 | テレビ静岡 | 放送開始 - | |||
| 富山県 | 富山テレビ | 放送開始 - | |||
| 石川県 | 石川テレビ | 放送開始 - | |||
| 福井県 | 福井テレビ | 放送開始 - [9] | |||
| 中京広域圏 | 東海テレビ | 放送開始 - | |||
| 近畿広域圏 | 関西テレビ | 放送開始 - | |||
| 鳥取県・島根県[10] | 山陰中央テレビ | 1970年4月 - [11] | |||
| 岡山県・香川県[12] | 岡山放送 | 放送開始 - [13][14] | |||
| 広島県 | テレビ新広島 | 1975年10月 - [15] | |||
| 愛媛県 | テレビ愛媛 | 放送開始 - | |||
| 高知県 | 高知さんさんテレビ | 1997年4月 - [16] | |||
| 福岡県 | テレビ西日本 | 放送開始 - | |||
| 佐賀県 | サガテレビ | 放送開始 - | |||
| 長崎県 | テレビ長崎 | 放送開始 - [17] | |||
| 熊本県 | テレビくまもと | 放送開始 - | |||
| 大分県 | テレビ大分 | 1975年4月 - [18] | |||
| 宮崎県 | テレビ宮崎 | 1970年4月 - [19] | |||
| 鹿児島県 | 鹿児島テレビ | 1994年4月 - [20] | |||
| 沖縄県 | 沖縄テレビ | 放送開始 - | |||
| 青森県 | 青森テレビ | TBS系列 | 土曜 17:00 - 17:30 | 6日遅れ | 1974年10月 - [21] |
| 山梨県 | テレビ山梨 | 金曜 15:55 - 16:25 | 26日遅れ | 不明 - 2009年3月 2009年7月 -[22] |
|
| 山口県 | テレビ山口[23] | 土曜 10:47 - 11:16 | 不明[24] | ||
| 徳島県 | 四国放送 | 日本テレビ系列 | 木曜 16:00 - 16:30 | 11日遅れ | 不明[25] |
[編集] 補足
- フジテレビ系列以外での放送の場合、アニメスペシャルに組み込まれたり、FNSの日内で本作がスペシャルで放送される場合、放送は休止となる。また、年末の放送では放送内容の調整で、曜日配列によってはフジテレビ系列・同時ネット局より先行放送される場合がある(その場合、次週予告が差し替えまたは予告なしとなる)。2008年7月27日のFNSの日SPでは、クロスネット局のテレビ大分が他の局よりも2分17秒先行放送となった(27時間テレビを放送していないため)。ただし字幕放送なし。
- クロスネット局のテレビ大分・テレビ宮崎で日本テレビ製作のプロ野球日本シリーズ中継が放送される場合は休止となり、休止となった放送分については後日振替放送される。
- 山形県ではさくらんぼテレビジョンの中継局が少ない関係で、一部地域では視聴できない場合がある。
- 現在、この番組は地上波でしか放送されておらず、BSフジやアニマックスを始めとするCSでは放送はされていない。
[編集] 主題歌・挿入歌
オープニングは日曜版が1分40秒(提供紹介部分含む)、火曜版が1分35秒、エンディングは日曜版1分25秒、火曜版1分15秒(予告部分含まず)である。
[編集] 日曜主題歌
- オープニングテーマ
- 『サザエさん』作詞:林春生、作曲:筒美京平、編曲:筒美京平、歌:宇野ゆう子
- 4番まであるが、アニメでは1番と3番を使用している。放送開始時では1番のみだった。
- エンディングテーマ
- 『サザエさん一家』作詞:林春生、作曲:筒美京平、編曲:筒美京平、歌:宇野ゆう子
- 原作の4コママンガを再現したような映像が一部使用されており、フキダシなども再現されている。
- アニメでは、前半はレコード版の2番、後半は3番が使われている。
- テレビ番組「アッコにおまかせ!」(TBS、2000年放送)、ラジオ番組「山下達郎のJACCS CARDサンデーソングブック」(東京FM、2006年5月14日放送)において、この曲と酷似しているとしてThe 1910 FruitGum Companyの「BUBBLE GUM WORLD」が紹介された。
- エンディングの主題歌クレジットでの社名は長らく「東芝レコード」だったが、CDシングル発売を機に「東芝EMI」となり、2007年7月1日放送分より「EMIミュージック・ジャパン」となっている。
- シングル盤
- サザエさん/サザエさん一家(1969年11月10日発売、東芝音楽工業(現:EMIミュージック・ジャパン))
- サザエさん/サザエさん一家(CDシングル版)(1992年9月23日発売、東芝EMI(現:EMIミュージック・ジャパン))
- CDシングル版のジャケットには、登場人物のイラストが一切描かれていない。カラオケも収録されているが、赤坂東児編曲による新録音。
- その他、アニメ主題歌のオムニバスCDにも多く収録されている(ちなみに最近のオムニバスCDでは「ファイト! 赤盤 ~がんばれ! お母さんのアニソン~」(東芝EMI、2006年発売)に収録されている)。
- さらに、iTunes Store、および着うたフルで2006年8月23日から配信されている。
[編集] 火曜主題歌
- オープニングテーマ
- 「サザエさんのうた」作詞:保富康午、作曲:渡辺宙明、編曲:渡辺宙明、歌:堀江美都子
- 「ウンミィのうた」作詞:伊藤アキラ、作曲:宇野誠一郎、歌:古賀ひとみ、ヤング・フレッシュ
- 「愛しすぎてるサザエさん」作詞:杉紀彦、作曲:小林亜星、編曲:あかのたちお 歌:水森亜土、こおろぎ'73
- 「ハッピーディ・サザエさん」作詞:雨宮雄児、作曲:松山祐士、編曲:松山祐士、歌:松尾香
- 「サザエさんのうた」作詞:保富康午、作曲:渡辺宙明、編曲:渡辺宙明、歌:堀江美都子
- エンディングテーマ
- 「あかるいサザエさん」作詞:(株)エイケン、作曲:渡辺宙明、編曲:渡辺宙明、歌:堀江美都子
- 「天気予報」作詞:伊藤アキラ、作曲:宇野誠一郎、編曲:宇野誠一郎、歌:猪股裕子、ヤング・フレッシュ
- 「サザエさん出発進行」作詞:杉紀彦、作曲:小林亜星、歌:水森亜土、こおろぎ'73
- 「ひまわりみたいなサザエさん」作詞:雨宮雄児、作曲:松山祐士、編曲:松山祐士、歌:松尾香
- 「あかるいサザエさん」作詞:(株)エイケン、作曲:渡辺宙明、編曲:渡辺宙明、歌:堀江美都子
- シングル盤
- サザエさんのうた/あかるいサザエさん(1975年4月10日発売、コロムビアレコード(現:コロムビアミュージックエンタテインメント))
- ウンミィのうた/天気予報(1977年6月発売、コロムビアレコード)
- 愛しすぎてるサザエさん/サザエさん出発進行(1979年5月10日発売、コロムビアレコード)
- ハッピーディ・サザエさん/ひまわりみたいなサザエさん(1980年11月発売、東芝EMI(現:EMIミュージック・ジャパン))
[編集] 挿入歌
- 2003年の放送1700回記念の放送では現在のカツオ役の冨永みーなが歌った。
- 『レッツゴー・サザエさん』作詞:北山修、作曲:筒美京平、編曲:筒美京平、歌:加藤みどり
- シングル盤
- カツオくん(星を見上げて)/レッツ・ゴー・サザエさん(1970年8月5日発売、東芝音楽工業)
- 現在、「レッツゴー・サザエさん」は「永久保存版アニメ主題歌大全集」(東芝EMI)で聴くことができる。
[編集] スタッフ
- 原作:長谷川町子
- 監修:小林利雄→不在
- 企画:別所考治、久保田榮一→久保田榮一→久保田榮一、河野雄一→河野雄一(フジテレビ)
- プロデューサー:松本美樹→松本美樹、河野雄一→鈴木吉弘→松崎容子(フジテレビ)、関孝行→毛内節夫→田中洋一→山口秀憲(エイケン)
- チーフディレクター(総監督):山岸博
- チーフアニメーター(総作画監督):月川秀茂→片野功
- アートディレクター(美術監督):大隅敏弘
- カラーディレクター(色彩設計):尾崎孝、鬼沢富士男→尾崎孝→中沢邦夫
- 撮影チーフ(撮影監督):黒崎千伍
- オープニング演出:鳥居宥之
- オープニング美術:草薙
- オープニング仕上・撮影(デジタル工程):ビジュアルアーツプロダクション
- 脚本:雪室俊一、辻真先、山田由香、井上知幸、影山由美、面出明美、曽田博久、隅沢克之、丸尾みほ、富田祐弘、田村多津夫、藤本信行、三谷幸喜、城山昇、柳川茂、西沢七瀬、荒木芳久、 並木敏、馬嶋満、清水東、林民夫、他
- 演出:ながきふさひろ、村山修、村山徹、鳥居宥之、岡田宇啓、森田浩光、山岸博 他
- 音楽:越部信義→河野土洋
- 効果:柏原満
- エンディング演出:長友孝和
- 制作:宣弘社(降板)、フジテレビ、TCJ動画センター→エイケン
[編集] 事件
- 1977年、オープニング映像が流れる際に、『惑星ロボ ダンガードA』の主題歌が誤って流れる放送事故が起きた。当時からフジテレビでは、フィルムに焼き込まれた光学録音の音声を使用する地方局での再放送・遅れ放送と異なり、磁気録音の音声が収録された「シネテープ」をフィルムと同期させたものを初回放映に使用していたが、この時誤って『ダンガードA』のシネテープをセットしてしまったために起きたのが原因とされている。
- 三谷幸喜が脚本を書いた1985年8月18日放送「タラちゃん成長期」の話で、本作の作風から逸脱した展開が当時のプロデューサーの逆鱗に触れ、降板させられた(後に三谷が雑誌のインタビューでその顛末を語っていた。TV番組で語ったことがあり、成人したタラちゃんがオリンピックの水泳で金メダルを取るというもの)。
- 1996年8月25日放送分では、東芝談合事件の影響のため、オープニングの提供表示の「TOSHIBA」の代わりに「SAZAESAN」と表示され、提供読みが一切なかった(提供読みの代わりに、サザエの別の台詞が挿入された)。CMも公共広告機構(現:ACジャパン)に差し替えられた。1987年の東芝機械ココム違反事件の時も同じ措置だった。
- 2000年12月24日放送の「サンタとお約束」で、マスオとサザエがタラオにクリスマスプレゼントを渡すまでの過程が描写されたが、放送後に視聴者から「子供の夢を壊さないで」などと苦情や抗議が殺到した[26]。
[編集] サザエボン問題
1995年 - 1996年頃、サザエとバカボンのパパを合成した「天才サザエボン」や、波平と鉄腕アトムを合成した「鉄腕波平」、波平と安室奈美恵を合成した「アムロ波平」などといったキャラクターグッズが無許可で製作され、修学旅行生が集まる全国の土産物店に卸して販売したものが有名になった。これに対し1997年夏に長谷川町子美術館や赤塚不二夫ら(原告)が著作権・肖像権等の侵害として、企画・販売を担当していた福岡県内の会社を相手に訴訟を起こした。これに対し会社側は「関西固有のギャグ・パロディー文化によってもたらされたもので著作権侵害の意図はない」等と反論したが、裁判所は原告の訴えを認めて会社に販売禁止を命令、グッズは絶版となり、会社は2000年1月27日に破産した。
なお「サザエボン」等の起源はいくつかの説や経緯がある。1つは大阪の阪急電鉄、十三駅前西商店街で「TOY魔人」という露天商である。このTOY魔人は単独で売っていた「サザエさん」や「バカボンのパパ」のキーホルダーを自作で組み合わせて加工し細々と販売していた。これが関西はじめ全国区のテレビ番組で何度も放映された。商店街脇にある路地はこれに因み「波平通り」と名づけられた。当初、赤塚不二夫もこの発想に感心しTOY魔人に関しては静観する姿勢であった。しかし上記の福岡の会社がTOY魔人の合体製品を真似て、大量に製作販売するようになり、状況が一変した。なおこの問題が大きく報じられた後は、TOY魔人は公に販売する事を自粛している。これらの顛末について説明するサイト[1]もある。また、ダウンタウンの松本人志が大阪・毎日放送の『4時ですよーだ』のコーナーで披露したイラストネタが先との説もある。いずれにしても福岡の業者はこれらのアイディアを借用してTシャツなど多角的にグッズを商品化して全国的に販売したものである。
[編集] スペシャル版
過去何度かスペシャルとして放送された回があった。宇宙にいるサザエさん一家と地球のサザエさん一家との話(1991年「新春!サザエさん一家の初夢旅行」)や、一家でハワイに行く話などである。
1000回記念スペシャルは昭和天皇崩御に配慮した放送自粛で放送が延期となり、後日『1000回突破記念スペシャル』として放送された。
2008年11月16日に『放送40周年[27]記念スペシャル』を放送。サザエとマスオとの出会いや昔の磯野家のエピソード、更にはノリスケとタイコのお見合い話が披露され、2本目はフネの実家がある静岡県の三島市を舞台にした話が描かれた。エンディングでは、以前募集していたサザエの衣装コンテストの優秀作品が紹介された。最後はいつも通り、一家が別荘に入るシーンだった。
スペシャル版は18時から1時間で、そのため18時台前半のアニメ「ちびまる子ちゃん」は休止となる。
[編集] オープニング
現在のオープニング曲は前奏はないが、放送開始当初は前奏が最初に入り、1番の部分のみ使われていた。また、オープニングアニメーションやタイトルロゴも異なっていた他、「朝日新聞連載中」とクレジットされていた。
オープニングでの各地方の紹介は1974年から行われてきた。2000年からは1つの県に絞って半年間(一部例外あり)流す方式に改めている。内容は季節に合わせ3か月ごとに変更している。2000年からの新方式では、紹介を希望する県や自治体から協力費を受けている。2001年の愛媛紹介で愛媛県が補正予算で計上した事業費が630万円。2002年の岐阜紹介で岐阜県と県観光協会が制作費として負担した金額が約700万円。2007年の愛媛紹介で松山市などが計上した協力費が840万円。2007年の富山紹介で富山市が補正予算で計上した事業費が840万円。2008年の山口紹介で山口県が支払った協力費が630万円。2009年の新潟紹介で新潟県が予算に計上した協力費が800万円など。なお、オープニングは提供を含めて1分40秒(オープニング曲自体が1分30秒、地方紹介部分が1分10秒ほど)であるが、日曜日の同時間帯に60秒のCMを半年間放送した場合には最低でも9600万円以上必要とされるため、費用対効果の高い観光PRとして注目されている[28]。
東芝単独提供時代には、市街地のシーンに必ずといっていいほど「TOSHIBA」の看板が掲げられていた。
FNSの日内で放送される際のオープニングでは、普段のものとは違うアニメが使われる。
- サザエさんのオープニング訪問地
[編集] 次回予告
次回予告では毎週、サザエによる出だしのセリフの後、サザエ以外のサザエさん一家のうち1人(タマを除く)が声で登場、コメントのあと次回放送の3本を紹介する。このローテーションは固定されている。
出だしは通常「さ〜て、来週のサザエさんは?」だが、特番などで次回の放送予定が再来週以降になってしまう場合には「さ〜て、次回のサザエさんは?」と変化する。年末最後の放送の場合は、「さ〜て、来年のサザエさんは?」となる。その際、サザエはリモコンでテレビのスイッチを入れるしぐさをする。2004年10月10日や、2006年10月15日の予告編は、翌週がプロ野球・日本シリーズ中継のため休止だったが、出だしのセリフは「来週」のままだった。
予告の最後にはサザエが手にじゃんけんのグー・チョキ・パーの絵が付いた棒を持ち、「じゃんけんポン! うふふふふふふ」の声と共に3つのうちのどれか1つを視聴者に見せる。予告の最後が次回のサザエさんのとき、「じゃんけんポーン! うっふふふふふふ」になる。
じゃんけんをする時にサザエが付けているエプロンは、場合によって変わる事もある。例えばフジテレビがバレーボール国際試合を中継する期間中は、エプロンにバボちゃんがあしらわれているバージョンが放送される。
ちなみに、明石家さんまがゲストとして出演した2008年のFNSの日の次回予告でも明石家とサザエさんは共演している。「最初はグー」と明石家が言った後にサザエさんが「じゃんけんポン!! うふふふふふふ」と言い、それに合わせて明石家が「エヘ、エヘヘヘヘヘヘ」と笑っている。
なお次回予告のパロディは、上記の通り『もしもツアーズ』でアニメのウド鈴木が2度行ってるが、『ちびまる子ちゃん』『こちら葛飾区亀有公園前派出所』『ONE PIECE』と合わせて放送した3時間スペシャルの時は、『サザエさん』エンディングの直後に、『こち亀』の両津勘吉がパロディをやった事が何度か有る。
[編集] 予告最後の演出が変更になった理由
1991年10月13日放送分までは、予告の最後にサザエが豆等を投げ食いしていたところを視聴者に見つかり、慌てて隠すシーンで喉に詰まらす仕草をして「んが、ん、ん」とも「んがっくっく」とも聞こえるような声を発していた。
後に東北大学医学部附属病院耳鼻咽頭科(現:東北大学病院耳鼻咽喉科)と国立小児病院小児科の医師から、投げ食いを子供が真似て気管を詰まらせると最悪の場合死亡事故につながると指摘され、実際に小学6年の男児が真似をして死亡する事故が1990年頃に発生。その後、1991年10月20日放送より現在のじゃんけんに変更された。その際、エイケンは「少しでも危険があるものを放映するわけにはいかない」とコメントした。
[編集] 劇場版
上記の通り、1975年3月15日に『東宝チャンピオンまつり』内で「送辞を読むぞー!」がブローアップ上映された。40年弱にわたる放送の中で、劇場で上映されたのはこれが唯一。
- 劇場用のため、次回予告は丸々カット。OPはラストの磯野家のジャンプ&提供読み上げはカットされた。
- 併映は『メカゴジラの逆襲』『はじめ人間ギャートルズ』『アルプスの少女ハイジ』『新八犬伝』『アグネスからの贈りもの』の5本。
[編集] その他
- サザエは一度も同じ服を使い回したことがない。同じように見える時があるが、デザインや柄が必ず違っている。
- 磯野家にある家電品等の民生品は基本的に昭和50年代のままらしい。パソコンやテレビゲームは多少は登場している。なお、ハイビジョン液晶テレビ等の現在の家電品が登場するなど、作中に現代の雰囲気を少し織り交ぜている。東芝のショールーム用に上映された後、2002年1月13日に一般放映された「磯野家ゆめの一週間」では、携帯電話などの最新家電を一気に登場させ、それらに振り回された磯野家は今のままが一番であるという結論を出した。また、カシオペアやE257系、700系新幹線も登場したことがある。
- カツオやワカメの学校における進級には触れられないが、かつての話でカツオは、修学旅行に行ったこともあった。
- 磯野家には割と泥棒が入る(特に毎年の節分時に鬼の面をつけて入られる)。泥棒役の声優はアナゴ役の若本規夫が多い。カツオが泥棒を飲ませて酔わせたこともある。
- 年中行事を題材とした回が必ず組み込まれる。また、家族旅行、ボーナスなどの話題は毎年繰り広げられている。視聴者にとっては歳時記的な位置付けを果たしているともいえる。
- 年末の放送が終わる際、毎年磯野家一家が来年の挨拶をしている。
- 東芝が単独提供だった頃の東芝科学館では、一般住宅を模したセットの中でサザエの着ぐるみが登場し、家電の説明をしていた。その際、コンパニオンが「サザエさーん」と呼びかけると「はーい、サザエでございまーす」とサザエが登場した。
- 1995年1月16日、『HEY!HEY!HEY!』に宇野ゆう子が出演して本番組の主題歌を歌った。このときサザエ役の加藤みどり、カツオ役(当時)の高橋和枝が応援ゲストとして登場した。2004年5月3日に放送された『HEY!HEY!HEY!この10年で最もヒットしたのは誰だ? ゴールデンウィーク特別企画不滅の名曲ベスト100』の10位に本番組の主題歌が入賞した。
- Bパートを短くして、Cパートとの間に毎週季節ごとの題材に沿った2分程度の4コマ漫画を繫いだ作品が放送されていた時期があった。予告編でも4本の話が放送されると紹介されていた。背景などはかなり省略されていたものの、「原作に近い」との高評価もあった。
- 1992年にサザエさん達が見ていたテレビの中で『にこにこぷん』のキャラクターが登場した(キャラクターの声優は同じ)。
- 1993年8月、嘉門達夫が、サザエさんの登場人物の人物像やエピソードなどを歌ったシングル『NIPPONのサザエさん』を発売し、話題を呼んだ。
- 2005年10月2日の放送より、タラオのエンディング表記名が「タラ」から「タラオ」に変更された。
- 製作側の手違いにより作品No.5777の話は、2006年9月24日放送の「町内のファッションリーダー」と、2006年10月1日放送の「柿の実の熟れる頃」の2話存在する。
- 2009年6月14日の放送では、フネ役の麻生美代子が急病のため代役として谷育子が声を担当した(翌週には復帰)。このことは6月16日のひるおび(TBS系)でも取り上げられた。また、放送内容も変更され、前の週の次週予告では予告があった「母さんのセーラー服」が2週間後の6月28日に延期され、代わりに6月21日放送予定だった「男たちのランチタイム」(作品NO.6190)が前倒しで放送された[29]
[編集] スポンサー関連
前述している通り、開始当初は東芝一社提供番組だったが、1998年11月から同社を含む複数社提供に変更された。
- 番組開始時刻には日清食品がカウキャッチャーのCMを放送しているため、開始時間は実際よりも30秒遅い。
- 複数社提供となってからは作中にも配慮がある。
- サザエさん一家のCM出演はきわめて少なかったが、かつての東芝のCMには度々出演していた。複数社提供以降は、JAバンクのCMキャラクター[30]に起用されたり、コカ・コーラのCMに出演したりと拡大している。かつては日本電信電話公社(現NTTグループ)のCMにも出演したことがあり、後にマイラインのCMにも出演している(複数社提供になってNTTコミュニケーションズが一時期スポンサーに入った)。
[編集] 提供読み
- 放送開始当初から東芝ロゴ変更(1979年)まで
- オープニング
- サザエ「提供は、東芝でございます。カラーでお送り致します」(フジテレビが全編カラー化後は無くなる)
- 東芝ロゴ変更(1979年)から1998年10月まで
- オープニング
- サザエ「明日を作る技術の東芝が、お送り致します」→「エネルギーとエレクトロニクスの東芝が、お送り致します」タラちゃん「いたしま〜す!」「ドンッ」(最後の音は太鼓音だが、季節と絵柄によって様々な音が用いられていた)
- エンディング
- アナウンサーによる提供読み「明日を作る技術の東芝が、お送り致しました」→同じく「エネルギーとエレクトロニクスの東芝が、お送り致しました」→タラちゃん「ママ〜!」サザエ「エネルギーとエレクトロニクスの東芝が、お送り致しました」タラちゃん「またね〜!」
- 初期エンディングはブルーバックに白抜きで「Toshiba 明日を作る技術の 東芝」(Toshibaはいわゆる東芝傘マーク)→「TOSHIBA」と表記、後のエンディングは「E&Eの東芝」をバックにドレス姿のサザエさんが登場(最後にはタマがサザエさんのドレスのスカートから出てきて、下駄をはいていたサザエさんは顔を赤らめるというアニメーションだった)。
- アナウンサーによる提供読み「明日を作る技術の東芝が、お送り致しました」→同じく「エネルギーとエレクトロニクスの東芝が、お送り致しました」→タラちゃん「ママ〜!」サザエ「エネルギーとエレクトロニクスの東芝が、お送り致しました」タラちゃん「またね〜!」
- 複数社提供(1998年11月)以降
サザエ「この番組は、東芝と、ご覧のスポンサーの提供でお送りしま〜す」(開始) サザエ「この番組は、東芝と、ご覧のスポンサーの提供でお送りしました〜」(次回予告後・終了前)
- 提供バックは、オープニング・エンディングともに花の絵である。当初のエンディングの提供バックは一家が電車に乗っているアニメーションだった。
- アニメスペシャルの場合は、提供読みが「ここからのアニメスペシャルは〜」に変更される(それ以外は同じ)。
- 1時間スペシャルの場合は全社読み上げとなり、表示自粛の花王もスポンサー表示と読みを行っている(時々カウキャッチャーの日清食品も表示)。
- FNSの日内のアニメスペシャルとして放送されるときは、表示のみで提供読みはない。
[編集] 脚注
- ^ 2005年の大和総研のレポート
- ^ 中居は、2000年台前半(詳細年失念)の「FNSの日」内のSPで、役者を目指す若者の役で出演していた。
- ^ テレビ大分及びテレビ宮崎はクロスネット局
- ^ 1972年の北海道文化放送開局まで、札幌テレビ(日本テレビ系列・フジテレビ系列クロスネット局。但しFNN非加盟)で放送していた。放送時間は火曜日19時30分 - (2日遅れ)
- ^ 放映当初はIBC岩手放送(TBS系列)によりフジテレビと同時ネットされていたが、『ふしぎなメルモ』放映開始と同時に打ち切られた。その数年後に同局でフジテレビ系火曜再放送版での1年遅れでの放映を再開した。曜日・時間は月曜日17時30分→日曜日8時→火曜日19時(1年遅れ)。その後、1991年に岩手めんこいテレビが開局し、移行している。
- ^ 当初は山形テレビの放映だったが、同局が1993年にテレビ朝日系列にネットチェンジした際に打ち切りとなり、その後テレビユー山形(TBS系列)で時差ネットされていた(1997年3月まで。土曜日17時30分 - 18時)。1997年、フジテレビ系のさくらんぼテレビジョンが開局により移行となった。
- ^ 福島テレビが1971年10月から現在まで放送しているが、JNNにも加盟していた時代は、この時間帯にTBS系の全国ネット番組を同時ネットしていたため日曜10時30分 - 11時に1週間遅れで放映されていた。JNNを脱退した1983年10月から同時ネットとなった。
- ^ 1975年9月まで、新潟放送(TBS系列)にて月曜日18時 - (1日遅れ)に放送していた。
- ^ 放送開始4日前に開局
- ^ 当初は島根県のみ
- ^ 島根県では、山陰中央テレビ開局まで山陰放送(TBS系列)にて木曜日18時 - (4日遅れ)に放送していた。
- ^ 当初は岡山県のみ
- ^ 岡山県では、放送開始半年頃からテレビ岡山(岡山放送の旧名。開始当時はNETテレビ - テレビ朝日系とのクロスネット局)も西日本放送と同一時間に放送開始。テレビ岡山は、相互乗り入れの数年前までこの枠で放送を続けるも途中からフジ同一ネットへ変更。
- ^ 当初、香川県では日本テレビ系列の西日本放送が土曜日18時 - (6日遅れ)に放送していたが、1976年3月で打ち切られた。その後同県は1979年に岡山県との電波相互乗り入れが開始され、徐々に山間部でも見られるようになっていった。
- ^ 1975年にテレビ新広島が開局するまで、広島テレビ(日本テレビ系列・フジテレビ系列クロスネット局)で放送していた。当初は火曜日18時 - (2日遅れ)、途中中断の後月曜日18時 - (1日遅れ)で放送再開。
- ^ 当初は、日本テレビ系列の高知放送により放映されていた(1981年頃までは木曜日19時 - 19時30分。以降1997年3月までは月曜19時 - 19時30分)。最初は本放送ながらオープニングの最後を一部編集の上、ローカルスポンサーの提供によるの放送だったが、月曜日に移行と同時にフジテレビ系列局とおなじ東芝提供による時差ネットとなった(『FNSの日』に該当する週は代替として火曜再放送版を臨時放映し、ブルーバックによる東芝提供テロップを自社出しして対応していた)。なお、同時間帯に日本テレビ系列のナイター中継や特番が組まれた際も、年末年始でない限りは本番組の放送が優先された(ナイターや特番については19時30分飛び乗り、若しくは短縮再編集版を放送)。1997年よりその年開局した高知さんさんテレビに移行した。ちなみに同局の開局を控え、1996年秋改編を境に高知放送からフジテレビ系の番組の殆どが姿を消したが、本番組はネットセールス枠であったことから、さんさんテレビ開局直前まで高知放送での放映が継続された(『ライオンのごきげんよう』も同様の措置)。
- ^ 1991年に日本テレビ系列の長崎国際テレビが開局するまでは、テレビ長崎が日本テレビ系列にも加盟していた関係で、一時本来の放送時間を日本テレビ系の同時ネット枠としていたため、1970年代前半まで時差ネットだったことがある。その為、季節の話題が最小限ずれないように、年末年始においては、キー局よりも先行放送を行ったが、年明け後に師走やクリスマスの話題が放送され、つじつまが合わないことが起こっていた。後に、同時ネットを行い、日本テレビ系列の番組は飛び乗りの形となった。
- ^ テレビ大分が1975年から現在まで放送しているが、日本テレビ系列のほかテレビ朝日系列にも加盟していたこともあり放送日時は改編期で何回か移動している。他のネット局が再放送をしていた火曜19時に、本放送を東芝のスポンサードネットで2日遅れで放送していたこともある。大分朝日放送がテレビ朝日系列で開局して2系列クロスとなった現在は同時ネットに落ち着いている。また、火曜の再放送を夏休みの午前中に集中放送したこともある。
- ^ 1970年からテレビ宮崎で放送されており、日曜本放送は当初から同時ネットされているが、火曜再放送は1980年代は平日の夕方に時差ネットしていた時期がある。(後には、火曜再放送版も同時になる)
- ^ 当初TBS系列の南日本放送により日曜17時 - 17時30分(1983年 - 1984年9月は木曜19時 - 19時30分)に1週間遅れで放映されていた。また、土曜夕方に火曜再放送版も放送していた時期があった。これは鹿児島テレビがフジテレビ系ではあった一方で日本テレビ系列局でもあり、本来の時間帯が、一時日本テレビとの同時ネット枠であり、それ以外の枠も確保できなかったためである。また南日本放送が手放さなかったためという説もある。ただ、『FNSの日』に内包された場合のみ鹿児島テレビで放送された。(なお、クロスネット時の1992年10月と1993年3月のスペシャルドラマ・サザエさんも、系列局の鹿児島テレビが放送)1994年に日本テレビ系列局として鹿児島読売テレビが開局したのに伴いクロスネットが解消され、フジテレビの単独系列局となった鹿児島テレビに移行した。
- ^ 開始当初は土曜日18時 - 18時30分に放送されていたが、同時間帯に毎日放送製作のアニメ番組を同時ネットするため2004年4月から2008年3月まで17時30分 - 18時で放送し4月から「報道特集NEXT」の開始に伴い現在の時間に変更した。
- ^ 以前は日曜日10時 - 10時30分に、2008年4月からは土曜日6時45分 - 7時15分にて放送されていたが、2009年4月に『みのもんたのサタデーずばッと』放送開始に伴い打ち切りとなったが、2009年6月30日に『レディス4』の放送を打ち切った事に伴い、現在の時間に変更した。
- ^ 1987年9月まではフジテレビ系列とのクロスネット局
- ^ 当初は山口放送(日本テレビ系列→日本テレビ系列・テレビ朝日系列クロスネット局)にて火曜日19時 - (2日遅れ)放送していたが、1979年10月にテレビ山口へ移行、木曜日19時 - 19時30分→日曜17時 - 17時30分→日曜午前10時台前半を経て現在の放送日時に移動している。また、火曜版も土曜17時 - 17時30分→平日夕方に放送された事がある。※本放送版が東芝一社提供でなく、ローカルスポンサーだった時代に、オリジナルのオープニングがあったという説があるが、実際はサザエさんがスポンサーを読み上げる時にブルーバックになるだけで、それ以外は全く変わらない。
- ^ 放送時間は幾度か変更されている。一例として、1980年前後の時期には17時30分 - 18時とされていた(この頃まで、四国放送ではエンディングの提供クレジットを「徳島東芝商品販売株式会社」としていた)。なお、徳島県のほぼ全域は在阪局・岡高局をネットしているため、日曜日は関西テレビまたは岡山放送を通じて視聴できる地域が多い。
- ^ 参考リンク
- ^ 放送40周年を迎える年(40年目)に突入した事を記念するものであり実際の放送40周年は2009年10月になる
- ^ 朝日新聞2007年6月7日、読売新聞2007年6月15日、中国新聞2008年4月5日、毎日新聞2009年4月4日
- ^ エイケンホームページ
- ^ JAバンクは、現在本番組の1時間前に放送されている日テレ系「笑点」のスポンサー。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
[編集] 番組の変遷
| フジテレビ系列 日曜日18:30枠 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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サザエさん
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| フジテレビ系列 火曜日19:00枠 | ||
|
まんが名作劇場 サザエさん
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ローカル枠
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