サザエさん (テレビアニメ)

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サザエさん > サザエさん (テレビアニメ)
サザエさん
ジャンル ホームドラマ
アニメ
原作 長谷川町子
総監督 森田浩光(「チーフディレクター」表記)
脚本 雪室俊一城山昇辻真先
浪江裕史牟田桂子小林英造ほか
キャラクターデザイン 月川秀茂 → 片野功 → 国保誠
音楽 越部信義→ 越部信義、河野土洋
アニメーション制作 TCJ動画センター→エイケン
製作 フジテレビ、エイケン
放送局 フジテレビ系列
放送期間 1969年10月5日 -
その他 過去には 再放送があった。
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サザエさん』は、長谷川町子の同名の漫画サザエさん』を原作とするテレビアニメ。別時間で放送されていた『まんが名作劇場 サザエさん』についても参照。

概要[編集]

歴史[編集]

放送は1969年昭和44年)10月5日から、『忍風カムイ外伝』の後番組としてフジテレビで、第1回「75点の天才!」「押し売りよこんにちは!!」「お父さんはノイローゼ」で始まり、2013年(平成25年)時点で、放送年数45年、放送回数2300回以上、放送話数7000話以上の同局系列のアニメの長寿番組で、平均視聴率が20%前後という非常に高い部類に属する国民的な番組として継続中。『忍風カムイ外伝』の後番組は当初『ワタリ』が予定されており、パイロット版も制作されていた。

基本放送枠は、日曜18:30枠(以下JST)と、当初から変動が無く固定されている。

当初は東芝一社提供だったが、1998年(平成10年)11月から同社を筆頭とする複数社提供となっている。

1973年(昭和48年)には4週間分が再放送に切り替えられた。第1次オイルショックによる制作費への影響とされる[1]

1975年(昭和50年)3月映画が公開されており、内容はテレビで放送されたもののブローアップ版であった(詳しくは、#劇場版を参照)。以後、映画版は公開されていない。

1981年(昭和56年)1月4日放送分以降から、登場人物などのサブタイトルコールが追加された。それと同時に作品の解説などもあったが、短期間で廃止されている。

1987年(昭和62年)以降、毎年夏に放送される『FNSの日』でも1コーナー扱いで放送され、その際に著名芸能人(総合司会や主要キャスト)がゲスト声優として出演するのが定番となっている。

2001年(平成13年)9月2日放送分から文字多重放送を実施し、サザエのセリフは黄色で表記されている。

2005年(平成17年)10月2日放送分からハイビジョン制作に移行した。2009年(平成21年)1月4日放送分より地上アナログ放送ではレターボックス(画面上下に黒帯を付加してアスペクト比16:9の画面)での放送になった。

2014年(平成26年)4月6日放送分からステレオ二重音声による解説放送を開始したが、モノラル音源で放送されている現状は変わっていない(即ち、モノステレオ放送)。なお、前座番組にあたる『ちびまる子ちゃん』も同様に解説放送を開始した。

アニメ版製作は、後のエイケン社長・村田英憲の企画で[2]、以後、アニメは主にエイケン(旧TCJ)が制作している。スポンサー枠は当初から老舗の広告代理店である宣弘社(現:電通アドギア)が長らく取り扱い、1985年頃までエイケンと共に製作クレジットされていたが、2000年代にサントリー電通の資本参画を経て2011年4月よりプロモーション広告の製作に特化した電通アドギアへの業態・社名変更に伴い、現在の代理店は不明である。また、エイケンは2002年にADKの子会社となっており、2011年7月3日放送分より同社の松下洋子がプロデューサーとなっている。

コピーライトのクレジット表記は、番組開始から長きに渡り「©姉妹社」と表記されていたが、1993年(平成5年)4月に姉妹社が廃業して長谷川町子作品の著作権管理が長谷川町子美術館に移管して以降は「©()長谷川町子美術館」の表記に変更された。ただし、2010年(平成22年)7月頃からは「(財)」の部分が割愛されて「©長谷川町子美術館」の表記になっている。

2013年9月1日放送時点で放送回数2,250回に達し、同年10月には45周年となることから、同年9月5日にギネスワールドレコーズ社より「最も長く放映されているテレビアニメ番組」として世界記録の認定を受けている[3]

放送開始以来、テレビアニメ業界において、最後までセル画で製作されていたが、2013年9月29日放送分にてセル画フィルム撮影での製作が完全終了し、同年10月6日放送分より製作過程が完全デジタル環境に移行することで、現行のテレビアニメからセル画式製作のアニメが全て姿を消すこととなった[4]

2014年(平成26年)2月2日以降、後座番組となっている『日本語探Qバラエティ クイズ!それマジ!?ニッポン』では、本番組とコラボした演出が行われる。

特徴[編集]

放送初期は『トムとジェリー』を参考にしたドタバタ調のギャグアニメであった、キャラクターデザインのタッチも原作にかなり近いものであった。しかしながら初期のうちにキャラクターデザインは現行デザインに近いものになった。その後ドタバタ調は影を潜めるものの、原作に忠実なギャグ路線は堅持していたが、1975年頃から平穏なホームドラマ路線に転換した。

内容は、季節に合ったものを原作から抽出し組み合わせて物語を構成しており、同じ原作を複数回使用することも一般的となっているが、その際は間隔を3年以上空け、内容も若干変更している[5]。各話、最低でも1本の原作が必ず使用されている[6]年中行事を題材とした回が必ず組み込まれ、家族旅行やボーナスなどの話題は毎年繰り広げられている。磯野邸にはしばしば泥棒が(特に節分時には必ず、仮面を着けて)入る。過去にはカツオが泥棒(泥棒役の声優はアナゴ役の若本規夫が多い)に酒を飲ませて酔わせたこともある。また、カツオやワカメの学校における進級には触れられないが、過去の放送でカツオが修学旅行に参加したエピソードもある。年内最後の放送終了時は、毎年(2007年と2011年、2013年など一部年を除く)、磯野一家が翌年の挨拶をしている。サザエの服装は毎回変更されており、同じ服装が再度使われることはない[6]

制作技法は、通常放送の本編に関しては現行アニメ作品として2013年9月までセル画を制作に使用しており、1話完成するには3ヶ月半の期間が掛かる[5](ただし、2013年10月6日放送分より完全デジタル化。歴史の項参照)。2010年代初頭でもセル画を採用する理由として、制作担当のエイケンは「セル画の映像は微妙に線が揺れ、温かみのある画像になる。それが視聴者に安心感を与える」とこだわりを見せている。また、2000年代頃からのアニメーション作品には珍しく、一話ごとに脚本・作画などのスタッフ名や作品ナンバーを表記している。

しかし、セル画はハイビジョン画像との相性が良くなく、理由として「静電気の影響でが付着して見える」「厚みによる影で輪郭のぼやけがある」「色のばらつきが見える」などがあるため「視聴者から『サザエさん』は他に比べ映像が汚いと苦情が来れば、セル画を断念せざるをえない」との見解も示している[7]。そのような将来への対応のため、通常放送のオープニングおよびエンディングと、CM、FNSの日スペシャル・特番などの特別版については徐々にデジタル制作へ移行しており、2005年(平成17年)10月のハイビジョン化以降はオープニング・エンディング・次回予告のバンク部分がデジタル制作に切り替わり、2009年(平成21年)7月からはオープニングのみ全編デジタルにて制作され、さらに2012年(平成24年)7月からはエンディング部分も全編デジタルにて制作されるようになった。2013年からは月1 - 2回ペースで全編デジタル制作となり、同年10月6日放送分から全編完全デジタル制作に移行することが決定した[8]

フジテレビの『サザエさん』公式サイトでは、他のアニメ番組とは異なり、サザエなどのキャラクターを使った画像や動画が一切公開されていない。詳細はこちらを参照。

長谷川本人とその遺族等の意向により、VHSやDVDといった映像メディアソフトとしては、放送開始から一度も発売されたことはなく、日本国外への輸出もされていない。ただ長谷川町子美術館では過去の映像を放映しており、また、スペシャル番組などで度々昔の映像などが放送されることもあり、フィルムは現存している。

家族旅行[編集]

回数 行き先 タイトル 備考
1 1970年 日本万国博覧会(大阪万博。大阪府 「サザエ万博へ行く」 作品No.110。6月14日放送[9]

2009年11月15日再放送。

2 1972年 北海道札幌市 「それ行けさっぽろ」 作品No.364。1月30日放送。初めて飛行機に乗る(1999年放送「サザエさん一家の珍諸国漫遊記」より)1972年は札幌オリンピックの行われた年[10]
3 1975年 沖縄県 「めんそ〜れ沖縄」 作品No.957。12月14日放送[11]
4 1979年 九州 「サザエさんの夏休み九州旅行」前編・後編 作品No.1525・1526。8月5日放送[12]
5 1981年 京都府 「サザエさんのお正月休み関西旅行」前編・後編 作品No.1747・1748。1月4日放送サブタイトルコール追加の回[13]
6 1981年 長野県 「サザエさんの夏休み信州旅行」前編・後編 作品No.1842・1845。8月9日・16日放送[14]
7 1982年 静岡県神奈川県東京都 「サザエさんの春休み伊豆、箱根、大島」 作品No.1936・1939・1942。3月21日・28日・4月4日放送[14]
8 1982年 徳島県 「サザエさんの夏休み瀬戸内旅行」 [15]
10 1983年 長野県・岐阜県愛知県 「サザエさんの夏休み木曽、高山の旅」、「サザエさんの夏休み郡上八幡、犬山の旅」 作品No.2148・2149[16]
11 1984年 神奈川県 「サザエさんの夏休み箱根からの報告」 作品No.2299[16]
12 1984年 福島県 「サザエさんの夏休み会津磐梯高原穴原温泉旅行」 作品No.2300[16]
13 1984年 福島県いわき市 「サザエさんの夏休み福島いわき旅行」 作品No.2303[16]
14 1986年 青森県秋田県山形県 「サザエさんの夏休み青森の旅」「サザエさんの夏休み秋田、山形の旅」 作品No.2611・2613[16]
15 栃木県群馬県 「サザエさんの夏休み尾瀬日光の旅」 作品No.3054[16]。1993年7月27日再放送。
16 京都府・奈良県・大阪府 「ちょっと気軽に京都・奈良」 作品No.3167[16]。1泊2日。帰る前にマスオの実家に寄る。
17 広島県 「花と海を訪ねて広島紀行」 作品No.3326[16]
18 岡山県 「サザエさん桃太郎と岡山の旅」 作品No.3329[16]
19 徳島県・香川県愛媛県高知県 「サザエさんの春休み四国よいとこ一度は行こう」「サザエさんの春休み 黒潮・皿鉢・四万十の旅」 作品No.3470・3573[16]
20 兵庫県 「サザエさんの春休み港神戸と姫路の旅」 作品No.3727[16]
21 京都府 「サザエさんの夏休み天橋立・京都の旅」前編・後編 作品No.3945・3948[16]
23 栃木県 「磯野家ぶらり栃木の旅」 作品No.4056。1994年に営業開始した真岡鐵道SLもおか」に乗車。
24 熊本県長崎県福岡県佐賀県 「春休み九州旅行 熊本・長崎の巻」「春休み九州旅行 福岡・佐賀の巻」 作品No.4202。1989年建設の福岡タワーから1993年開場の福岡ドームなどを眺める。
25 1996年 石川県福井県 「サザエさん北陸旅行(その1)水あめからUFOまで」「サザエさん北陸旅行(その2)イトヨからザゼンまで」 作品No.4285。10月27日・11月3日放送。
26 1998年 アメリカ合衆国の旗ハワイ 「ドーンと一家でハワイ旅行」 30周年スペシャル。11月1日放送[17]。初の海外旅行(1999年放送「サザエさん一家の珍諸国漫遊記」より)。1994年に登場した「リゾッチャ」に搭乗。
27 2003年 山梨県 「富士山大好き」その1・その2 作品No.5238・5239。2月16日放送[17]
28 2003年 北海道函館市・福島県 「磯野家北へ飛ぶ」 35周年スペシャル。11月9日放送[17]。波平とフネの珊瑚婚式の記念旅行。1999年に営業開始した「カシオペア」に乗車して函館入り。
27 2004年 不詳 「湯けむりぬくもり春の旅」 作品No.5269・5270。1月4日放送[17]
28 2006年 宮城県登米市 「春色ロマンの城下町」 サザエさん生誕60周年スペシャル。作品No.5696・5697。4月2日放送[18]
29 2008年 静岡県 「母さんのふるさと」 40周年スペシャル。作品No.6101。11月16日放送[18]。フネの実家の石田家と母校(小学校)を訪れる。
30 2009年 不詳 「おんせん宿は花ざかり」 FNS26時間テレビ・サザエさんSPの一環として7月26日に放送。作品No.6204。島田紳助が民宿の主人で登場。
31 2010年 富山県 「虹色かがやく夏休み」 作品No.6371。8月29日放送。2006年開業の富山ライトレールに乗車。
32 2011年 福岡県太宰府天満宮柳川市、長崎県島原市島原城)、熊本県熊本市熊本城)・阿蘇 「初旅・初夢・初笑い」 誕生65周年記念(アニメの後にはドラマ版も放映)。作品No.6420。1月2日放送。「放送開始42年にして初!家族揃って里帰り!福岡でお正月」(放送日前後の番組表より)。磯野家はフェリーで九州入り(北九州市門司区新門司港)した。波野一家は先にノリスケの実家に帰省しており、島原城で合流。南阿蘇鉄道高森線にある日本一長い名前の駅「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」が登場。
33 2012年 不詳 「磯野家・海へ行く」前編・後編 FNS27時間テレビ・サザエさんSPの一環として7月22日に放送。作品No.6653・6654。タモリらが出演。
34 2013年 福島県福島市花見山公園)・
会津若松市さざえ堂)・
檜枝岐村
「花と星の福島旅行」前編・後編 放送2200回&45周年前祝いSP。作品No.6902・6903。4月7日放送。
35 静岡県静岡市清水区
三保松原
羽衣伝説 カツオ天女に会う」 サザエさん放送45周年 アニメ&ドラマで2時間半SP。 作品No.6975。12月1日放送。

太字表示の一部については1999年放送「サザエさん一家の珍諸国漫遊記」で取り上げられる。

上記で取り上げたもの以外にも、何度か家族旅行に行っている。

放送・編成[編集]

平常放送時間はゴールデンタイム直前の時間帯(18:30 - 19:00)で改編期特番による休止はほぼ発生しないが、前座番組『ちびまる子ちゃん』同様、ゴールデンタイム番組に比して長時間拡大スペシャル版は少ない。2012年8月5日ロンドンオリンピック陸上女子マラソン直前情報番組(18:00 - 19:00)などのスポーツ中継や、2009年・2010年・2013年には『ちびまる子ちゃんスペシャル』を放送した関係で休止した事例がある。年末年始に日曜日が含まれ大晦日が該当する場合は通常通り放送し、正月3が日は特番編成で休止する場合があるが、2011年1月2日(日曜日)は『生誕65周年記念新春サザエさんスペシャル』と題しアニメ1時間とドラマ2時間半を放送した。

作品編成は独立した内容を3話扱う3本編成だが、3本中に前後編の2部編成が組み込まれる場合がある。過去にはBパートを短くして、Cパートとの間に毎週季節ごとの題材に沿った2分程度の4コマ漫画を繫いだ作品が放送されていた時期があった。予告編でも4本の話が放送されると紹介されていた。なお、この作品にはBGMとして「レッツゴー・サザエさん」が全編にわたり流れていた。2010年12月26日放送分は1本の作品を3パートに分けてとるという特殊な構成をとった。また、話1本は約7分である。

Aパートの冒頭ではポケモンショック発生以後、画面上に「お子さまへ! テレビを見る時は部屋を明るくして、できるだけ離れてみてください」と表示されている。当初はロールスーパーで流れていたが、その後固定表示となっている。

1回の構成について[編集]

  • 2014年3月現在
    • OP→CM→Aパート→CM→Bパート→CM→Cパート→ED→次回予告

平均・最高視聴率[編集]

ビデオリサーチによれば、平均視聴率は1989年(平成元年)1月15日から2008年(平成20年)11月時点で22.3%[5]、最高平均視聴率は1979年(昭和54年)9月16日放送の39.4%(関東地区)、アニメ全体歴代高視聴率2位[注 1]、アニメ番組年間平均視聴率ランキングでは1971年(昭和46年)以降2011年まで、1981年(昭和56年)『Dr.スランプ アラレちゃん』と1990年(平成2年)『ちびまる子ちゃん』を除き1位である。

2014年時点、全日帯レギュラーアニメ中で唯一20%を越える日[19]がある。

本作視聴率と東証株価指数 (TOPIX) の相関係数は-0.86[20]で、本番組放送時間帯は、景気良好時に外食等の外出で視聴率が低下し景気悪化時は出費を避け家庭内で過ごすことから、視聴率上昇に繋がる、と分析し連動性を示唆している。

45周年記念プロジェクト[編集]

2014年にテレビアニメ放送開始45周年を迎えるため、2013年10月から45周年プロジェクトが始動する。

まんが名作劇場 サザエさん[編集]

レギュラー放送の他、1975年(昭和50年)4月1日から火曜日19時 - 19時30分にオープニングとエンディングを新規作成した再放送まんが名作劇場 サザエさん[21]も放送したが、本放送は東芝単独スポンサーであった為、フジテレビ系列外である青森テレビでは日曜日夕方に、IBC岩手放送では月曜夕方にそれぞれ放送した。

1990年8月28日から本放送よりも早く文字多重放送となった。

火曜ワイドスペシャル』が2時間に拡大された場合やプロ野球などのスポーツ中継の場合は休止したが、1991年から1993年ナイター中継が19時30分開始であるためにプロ野球シーズンでも通常通り放送された。

原作者・長谷川町子死去報道後のフジテレビでの放送回は、番組ラストをブルーバックに差し替えて哀悼の意と故人の遺志による放送継続を表した。

火曜版も日曜版同様に高視聴率な人気コンテンツとし22年8ヶ月間にわたり親しまれたが、1997年(平成9年)11月18日打ち切りとなった。ただし関西テレビでは、『さんまのまんま』が前時間帯の月曜19:00から当該時間帯へ移動したため、1996年3月末で一足早く終了している。

前述の『アニメ・サザエさんの秘密徹底解明スペシャル』は「まんが名作劇場 サザエさん」同様に火曜日19時から放送され、「16年ぶりに火曜7時に帰ってきた!」として「まんが名作劇場」枠初代と5代目主題歌「サザエさんのうた」が流れた。

登場人物[編集]

実在する人物・キャラクターの登場事例[編集]

2006年(平成18年)4月22日放送の『もしもツアーズ』では、「サザエさん生誕60周年記念ツアー」と銘打ち(場所は桜新町)、アニメの磯野家に当時の『もしツア』の出演者(天野ひろゆきキャイ〜ン)、ウド鈴木(キャイ〜ン)、坂下千里子関根勤KABA.ちゃん三瓶)がアニメで登場した。さらにこの回のラストは、アニメのウド鈴木がエンディングのパロディをやって締め括った。
(他、2008年(平成20年)11月15日、2010年(平成22年)12月25日放送にも、旅のエキスパートとしてサザエがアニメで参加した。)[22]

ウド鈴木のみ、2013年12月1日に放送された観月ありさ主演の実写ドラマ版(パート4)では占い師役を演じており、『もしツア』の出演者の中では、唯一アニメ版とドラマ版の両方関わっている。

キャスト[編集]

出演期間 フグ田サザエ フグ田マスオ 磯野カツオ 磯野ワカメ フグ田タラオ 磯野波平 磯野舟
1969.10.5 1970.1.25 加藤みどり 近石真介 大山のぶ代 山本嘉子 貴家堂子 永井一郎 麻生美代子[注 2]
1970.2.1 1976.3.28 高橋和枝
1976.4.4 1978.9.24 野村道子
1978.10.1 1998.5.10 増岡弘
1998.5.17 2005.3.27 冨永みーな
2005.4.3 2014.2.9 津村まこと
2014.2.16 現在 茶風林[23]
解説放送

スタッフ[編集]

現在
  • 企画 - 河野雄一(フジテレビ)
  • プロデューサー - 情野誠人(フジテレビ)、一色弘安
  • 原作 - 長谷川町子
  • 脚本 - 雪室俊一 ほか
  • 音楽 - 越部信義河野土洋
  • チーフアニメーター - 国保誠
  • アートディレクター - 大隅敏弘
  • カラーディレクター - 中沢邦夫
  • チーフディレクター - 森田浩光
  • 制作担当 - 芝原豊
  • 制作協力 - リバティアニメーションスタジオ、ぎゃろっぷ、太観アニメ
  • 制作 - フジテレビ、エイケン

音楽[編集]

オープニングは日曜版が1分40秒(提供紹介部分含む)、火曜版が1分35秒、エンディングは日曜版1分25秒、火曜版1分15秒(予告部分含まず)である。

日曜主題歌[編集]

オープニングテーマ
『サザエさん』作詞:林春生、作曲、編曲:筒美京平、歌:宇野ゆう子
  • アニメ放送時には1番と3番が使用されているが、1990年(平成2年)には東芝蛍光灯『メロウ5』発売に合わせて、「明るい〜」というフレーズで始まる4番が追加されたヴァージョンも使われた。この際、3番のアウトロ直前は「今日もいい天気」に変更された。
  • 当初、スタッフは宇野ではなく由紀さおりに主題歌を依頼するつもりだったが、由紀が「夜明けのスキャット」で再デビューすることになり、それと重なることになるため断念したと言う[29]
  • 歌唱者である宇野にはアニメ放送時に流される分の印税は入らず、放送開始時に行われたレコーディングの際のギャラも3000円(当時の大卒初任給は3万円)だったという[30]
エンディングテーマ
『サザエさん一家』作詞:林春生、作曲、編曲:筒美京平、歌:宇野ゆう子
  • 原作の4コママンガを再現したような映像が一部使用されており、フキダシなども再現されている。
  • アニメ放送時には2番が使用されている。1番ではなく2番が使用されているのは、磯野家が平屋であるにもかかわらず1番の歌い出しが「二階の窓を 開けたらね」となっているためである[30]
シングル盤
  1. サザエさん / サザエさん一家(1969年11月10日発売、東芝音楽工業(現・ユニバーサル ミュージック合同会社/EMI Records Japanレーベル) )
  2. サザエさん / サザエさん一家(CDシングル版)(1992年9月23日発売、東芝EMI)
CDシングル版のジャケットには権利上、登場人物のイラストが一切描かれていない。カラオケも収録されているが、赤坂東児編曲による新録音。
番組エンディングの主題歌クレジットにおけるレコード会社名表記は、開始当初は「東芝レコード」だったが、CDシングル発売時(1992年)に「東芝EMI」[注 7]、東芝資本撤退時(2007年)に「EMIミュージック・ジャパン」と変更している。さらに、ユニバーサル ミュージックとの経営統合時(2013年)に「ユニバーサル ミュージック」に変更している。ただし、経営統合以降も2013年7月まで「EMIミュージック・ジャパン」と表記されたままであった。[注 8]
その他、作曲者である筒美京平の作品を集めたCDや、アニメ主題歌のオムニバスCDなどにも収録される機会が多い(オムニバスCDの収録例としては『ファイト! 赤盤 〜がんばれ! お母さんのアニソン〜』(東芝EMI、2006年発売)などがある)。
さらに、iTunes Store、および着うたフルEZwebYahoo!ケータイiモード)で2006年8月23日から配信[注 9]されている。
「サザエさん」「サザエさん一家」のTVサイズバージョン(21世紀初頭現在使用されているもの)は、オムニバスCD『エイケン アンソロジー 1963〜1972』(トライエム、2001年発売)に収録されている。

火曜主題歌[編集]

オープニングテーマ
  1. サザエさんのうた」作詞:保富康午、作曲、編曲:渡辺宙明、歌:堀江美都子
  2. ウンミィのうた」作詞:伊藤アキラ、作曲:宇野誠一郎、歌:古賀ひとみ・ヤング・フレッシュ
  3. 愛しすぎてるサザエさん」作詞:杉紀彦、作曲:小林亜星、編曲:あかのたちお、歌:水森亜土こおろぎ'73
  4. ハッピーディ・サザエさん」作詞:雨宮雄児、作曲、編曲:松山祐士、歌:松尾香
  5. サザエさんのうた」作詞:保富康午、作曲、編曲:渡辺宙明、歌:堀江美都子
エンディングテーマ
  1. あかるいサザエさん」作詞:(株)エイケン[31]、作曲、編曲:渡辺宙明、歌:堀江美都子
  2. 天気予報」作詞:伊藤アキラ、作曲、編曲:宇野誠一郎、歌:猪股裕子、ヤング・フレッシュ
  3. サザエさん出発進行」作詞:杉紀彦、作曲:小林亜星、歌:水森亜土、こおろぎ'73
  4. ひまわりみたいなサザエさん」作詞:雨宮雄児、作曲、編曲:松山祐士、歌:松尾香
  5. あかるいサザエさん」作詞:(株)エイケン、作曲、編曲:渡辺宙明、歌:堀江美都子
シングル盤
  1. サザエさんのうた / あかるいサザエさん(1975年4月10日発売、コロムビアレコード
  2. ウンミィのうた / 天気予報(1977年6月発売、コロムビアレコード)
  3. 愛しすぎてるサザエさん / サザエさん出発進行(1979年5月10日発売、コロムビアレコード)
  4. ハッピーディ・サザエさん / ひまわりみたいなサザエさん(1980年11月発売、東芝EMI)

挿入歌[編集]

  1. 『レッツ・ゴー・サザエさん』作詞:北山修、作曲・編曲:筒美京平、歌:加藤みどり
  2. 『カツオくん(星を見上げて)』作詞:北山修、作曲・編曲:筒美京平、歌:高橋和枝
  • 現在の次回予告のBGMは、「レッツ・ゴー・サザエさん」のインストゥルメンタル、かつアレンジバージョンである。また、家族旅行編などの際には(過去には2分程の短尺作品の劇中でも)、同曲のカラオケバージョンがBGMとして使用されている。
  • 2003年の放送1700回記念スペシャルの劇中では、現在のカツオ役の冨永みーなが歌う「カツオくん(星を見上げて)」が流れた。
シングル盤
  1. レッツ・ゴー・サザエさん / カツオくん(星を見上げて)(1970年8月5日発売、東芝音楽工業)
  • 「レッツ・ゴー・サザエさん」は、『永久保存版アニメ主題歌大全集』『ぼくらのテレビ探偵団 Vol.3』(いずれも東芝EMI)などのCDに収録されていた。

アルバム[編集]

  • こどものテレビ・ドラマ・シリーズ サザエさん(1971年2月発売、東芝音楽工業)
「サザエさん」「サザエさん一家」「レッツ・ゴー・サザエさん」「カツオくん(星を見上げて)」の4曲、およびドラマ4話で構成。
上記の主題歌・挿入歌(「愛しすぎてるサザエさん」「サザエさん出発進行」の2曲を除く)や「サザエさん」「レッツ・ゴー・サザエさん」「カツオくん(星を見上げて)」のオリジナル・カラオケ、劇中BGMや効果音を収録。当初は2013年10月30日に発売予定だったが、一度中止となっていた[33]。そのため規格品番もTYCN-60001からTYCN-60100に変更されている。

備考[編集]

  • 火曜主題歌の水森亜土の曲がサザエさんのイメージに合わないと言ったクレームが原作者サイドから出たらしい。[34]そのためか前述の通り、サザエさん音楽大全には収録されていない。

各話リスト[編集]

放送局[編集]

2009年6月末からは全都道府県で放送されている。

放送地域 放送局 放送日時 放送系列 遅れ日数 開始時期
関東広域圏 フジテレビ 日曜 18:30 - 19:00 フジテレビ系列 制作局 放送開始 -
北海道 北海道文化放送 同時ネット 1972年4月 -
岩手県 岩手めんこいテレビ 1991年4月 -
宮城県 仙台放送 放送開始 -
秋田県 秋田テレビ 放送開始 - [注 10]
山形県 さくらんぼテレビ 1997年4月 -
福島県 福島テレビ 1971年10月 - 12月
1976年4月 - [注 11]
新潟県 新潟総合テレビ 1975年10月5日 -
富山県 富山テレビ 放送開始 -
石川県 石川テレビ
福井県 福井テレビ 放送開始 - [注 10]
長野県 長野放送 放送開始 -
静岡県 テレビ静岡
中京広域圏 東海テレビ
近畿広域圏 関西テレビ 放送開始 - [注 12]
島根県鳥取県[注 13] 山陰中央テレビ 1970年4月 -
岡山県・香川県[注 14] 岡山放送 放送開始 - 1970年
1976年4月 - [注 15]
広島県 テレビ新広島 1975年10月 -
愛媛県 テレビ愛媛 放送開始 -
高知県 高知さんさんテレビ 1997年4月 -
福岡県 テレビ西日本 放送開始 -
佐賀県 サガテレビ
長崎県 テレビ長崎 放送開始 - [注 16]
大分県 テレビ大分 日本テレビ系列
フジテレビ系列
1975年4月 - [注 17]
熊本県 テレビくまもと フジテレビ系列 放送開始 -
宮崎県 テレビ宮崎 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
1970年4月 - [注 18]
鹿児島県 鹿児島テレビ フジテレビ系列 1994年4月 -
沖縄県 沖縄テレビ 放送開始 -
山口県 テレビ山口[注 19] 土曜 10:45 - 11:15 TBS系列 6日遅れ 1979年10月 - [注 20]
青森県 青森テレビ 土曜 17:00 - 17:30 1974年10月 - [注 21]
徳島県 四国放送 木曜 16:20 - 16:50 日本テレビ系列 11日遅れ 1970年代前半 - [注 22]
山梨県 テレビ山梨 土曜 6:00 - 6:30 TBS系列 20日遅れ 不明 - 2009年3月
2009年6月 -[注 23]
過去に放送した局
放送地域 放送局 放送当時の系列 放送期間 移行した理由
北海道 札幌テレビ 日本テレビ系列
フジテレビ系列
- 1971年12月 北海道文化放送開局により[注 24]
岩手県 IBC岩手放送 TBS系列 - 1971年9月
不明 - 1991年3月(火曜日版)
岩手めんこいテレビ開局により[注 25]
山形県 山形放送 日本テレビ系列 放送開始 - 1970年3月 山形テレビ開局により
山形テレビ フジテレビ系列 1970年4月 - 1993年3月 テレビ朝日系列へネットチェンジにより[注 26]
テレビユー山形 TBS系列 1993年4月 - 1997年3月 さくらんぼテレビ開局により[注 27]
新潟県 新潟放送 放送開始 - 1975年9月 新潟総合テレビへ移行[注 28]
島根県 山陰放送 放送開始 - 1970年3月 山陰中央テレビ開局により[注 29]
広島県 広島テレビ 日本テレビ系列
フジテレビ系列
放送開始 - 不明
1972年10月 - 1975年9月
テレビ新広島開局により[注 30]
山口県 山口放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
- 1979年9月 テレビ山口へ移行[注 31]
香川県 西日本放送 日本テレビ系列 放送開始 - 1979年3月 岡山県との電波相互乗り入れにより、岡山放送に移行[注 32]
高知県 高知放送 - 1997年3月 高知さんさんテレビ開局により[注 33]
鹿児島県 南日本放送 TBS系列 - 1994年3月 鹿児島テレビへ移行[注 34]

フジテレビ系列以外での放送の場合、アニメスペシャルに組み込まれたり、FNSの日内で本作がスペシャルで放送される場合、放送は休止となる。また、年末の放送では放送内容の調整で、曜日配列によってはフジテレビ系列・同時ネット局より先行放送される場合がある(その場合、次週予告が差し替えまたは予告なしとなる)。2007年以降FNSの日特番を放送していないクロスネット局のテレビ大分では2008年7月27日のFNSの日SPでは他の局よりも2分17秒、2009年7月26日のFNSの日SPでは56秒の先行放送、2010年7月25日のFNSの日SPでは20秒遅れ(ただしオープニングと最初のCM枠の時間の長さの違いにより、本編自体は同時刻でのネット)となった。ただし字幕放送はない。

クロスネット局のテレビ大分(TOS)・テレビ宮崎(UMK)で日本テレビ制作のプロ野球日本シリーズ中継が放送される場合は休止となり、休止となった放送分については後日振替放送される。逆に、日本シリーズの中継がフジテレビ制作となり番組自体が休止した場合、それらの局では別番組に差し替えられる[注 35]

BSフジでは2000年12月3日に開局記念特番として一度だけ放送したことがある(ただし、内容はオリジナルのもの)。CSでは一度も放送されていない。

テレビ山梨では、東芝一社提供から複数社提供に変わった時期まで、フジテレビ系列では再放送扱いの『まんが名作劇場 サザエさん』を本放送としていた(放送開始時期は不明)。

事件など[編集]

サザエボン問題[編集]

1995年 - 1996年頃、サザエとバカボンのパパを合成した「天才サザエボン」や、波平と鉄腕アトムを合成した「鉄腕波平」、波平と安室奈美恵を合成した「アムロ波平」などといったキャラクターグッズが無許可で制作され、修学旅行生が集まる全国の土産物店に卸して販売したものが有名になった。これに対し1997年(平成9年)夏に長谷川町子美術館や赤塚不二夫ら(原告)が著作権肖像権などの侵害として、グッズを企画・製造していた福岡県内の会社を相手に訴訟を起こした[注 36]。これに対し会社側は「関西固有のギャグ・パロディー文化によってもたらされたもので著作権侵害の意図はない」などと反論したが、1997年(平成9年)8月裁判所は原告の訴えを認めて会社に販売禁止を命令、グッズは絶版となり、会社は2000年(平成12年)1月27日破産した。

「サザエボン」などの起源はいくつかの説や経緯がある。ひとつは阪急電鉄十三駅前西商店街で、「TOY魔人」という露天商である。このTOY魔人は、単独で売っていた「サザエさん」や「バカボンのパパ」のキーホルダーを自作で組み合わせて加工し細々と販売していた。これが関西を始め全国区のテレビ番組で何度も放映された。商店街脇にある路地はこれにちなみ「波平通り」と名づけられた。当初は赤塚不二夫も、この発想には感心し、TOY魔人に関しては静観する姿勢であった[注 36]。しかし、上記の福岡の会社がTOY魔人の合体製品を真似て、大量に制作販売するようになり、状況が一変した。なおこの問題が大きく報じられた後は、TOY魔人は公に販売することを自粛している[注 37]

スペシャル版[編集]

スペシャル版は通常18時から1時間で、18時台前半のアニメ「ちびまる子ちゃん」は休止となる。サザエさんスペシャルの放送と前後して、「ちびまる子ちゃん」も1時間スペシャルを組むことがあり、その時は「サザエさん」が休止になる。FNSの日による変則編成や放送時間が90分版などに拡大される場合は、19時台にも放送されることもある。スペシャル版は年に1、2回放送されるが、全く放送されなかった年もある。

1000回記念スペシャルは当初1989年1月8日に放送される予定であったが、前日の1月7日に昭和天皇が崩御し、「FNN報道特番[35]」に差し替えられた[注 38]ため延期となった。後日改めて『1000回突破記念スペシャル』として放送された。

2008年(平成20年)11月16日に『放送40周年[注 39]記念スペシャル』を放送。サザエとマスオとの出会いや昔の磯野家のエピソード、さらにはノリスケとタイコのお見合い話が披露(この話は後述の実写ドラマ版の元になった1つの話であり、実写ドラマ版の宣伝も兼ねてほかの話の原作となった話とともに、関東ローカルではあるが再放送された)され、2本目はフネの実家がある静岡県沼津市を舞台にした話が描かれた。エンディングでは、以前募集していたサザエの衣装コンテストの優秀作品が紹介された。最後はいつも通り、一家が別荘に入るシーンだった。

2009年(平成21年)11月15日には、放送開始40周年記念とフジテレビ開局50周年記念として2時間半、アニメと実写版ドラマをひとつのスペシャルとして放送。最初はアニメからはじまり、新作1本「ワカメの七五三」と過去を振り返る「磯野家のアルバム」(ワンシーンのみデジタル制作)、そして1970年(昭和45年)6月14日に放送された「サザエ万博へ行く」が再放送された[注 40]

2010年(平成22年)1月10日の『新春福袋スペシャル』は90分版で放送された。前半は「小噺ぶくろ」(サザエによる新年のご挨拶を除いてデジタル制作)として、七福神に扮した磯野家の家族が1話ずつ出すショートストーリーの話を計7本[注 41]、中盤は「初物話」として、1970年(昭和45年)1月4日放送の「恥をかきぞめの巻」、1973年(昭和48年)12月23日放送の「新しいお風呂」、1985年(昭和60年)7月21日放送の「お隣の大先生」の旧作3本の再放送[注 40]、後半で新作「ポニーちゃんがやって来た」(全編デジタル制作)の1本が放送された[注 42]

2010年(平成22年)3月28日には、『春休みスペシャル』が午後6時から放送された。 内容はお花見の場所取りの話「場所取り王子と桜の精」で、若き波平が登場。もうひとつは三郎が三河屋の夫婦喧嘩に悩む話「雪解けの春」、そしてもうひとつは三郎のおばあさんが登場「北国の春」。また、ウォーキング大会の話「春風からの招待状」(海平も登場)、サザエさんクイズも(これも1作品で)放送された。

2010年(平成22年)8月8日には、11月15日に続き『アニメとドラマで2時間半スペシャル!!』と題してアニメと実写版ドラマをひとつのスペシャルとして放送された。アニメでは、新作「スイカ記念日」とドラマの見どころを紹介する「サザエさんニュース」、ドラマで伊佐坂難物を演じた三谷幸喜が脚本を手がけた1985年(昭和60年)8月11日放送の「妹思い兄思い」が再放送された[注 40]

2010年(平成22年)8月29日には、『夏休みスペシャル』が午後6時から放送された。磯野家が夏休みに富山に旅した話を描いた新作「虹色かがやく夏休み」が放送された。

2010年(平成22年)12月26日には、通常の時間帯で『サザエさん生誕65年記念企画』として、サザエさんの原作誕生から単行本出版までの歩みを描いた「サザエさんうちあけ話」「サザエさん誕生秘話」「サザエさんひのき舞台へ!」が放送された。長谷川町子役は戸田恵子田河水泡役は柴田秀勝が声を当てた。また、この放送では本編の大部分がデジタル制作となっており、通常放送で本編の大部分がデジタルで製作されるのは初めてのことである。

2010年(平成22年)12月30日にはフジテレビで8月8日に放送された「サザエさん2」が関東ローカルで再放送され、ドラマと共にアニメ(「スイカ記念日」、三谷幸喜脚本「妹思い兄思い」)も再放送された。

2011年(平成23年)1月2日には、『サザエさん生誕65年記念企画』の第2弾として「アニメとドラマで3時間半スペシャル」が放送され、アニメのパートではサザエさん一家が福岡県柳川市長崎県島原市熊本県熊本市阿蘇山など九州を旅した話が1時間のスペシャルで放送された。

2013年(平成25年)4月7日には、全編デジタル制作・ステレオ放送による『サザエさん放送2200回&放送開始45周年前祝いSP』が1時間放送され、福島県が舞台となった。

オープニング[編集]

現行のオープニング曲は前奏は短いが、放送開始当初は前奏が最初に入り[注 43]、1番の部分のみ使われていた。また、オープニングアニメーションやタイトルロゴも異なっていた他、「朝日新聞連載中」とクレジットされていた。

オープニングでの各地方の紹介は1974年(昭和49年)から行われてきた。2000年(平成12年)からは1つの県に絞って半年間(一部例外あり)流す方式に改めている。内容は季節に合わせ3ヶ月ごとに変更している。2000年(平成12年)からの新方式では、紹介を希望する県や自治体から協力費を受けている。2001年(平成13年)の愛媛紹介で愛媛県が補正予算で計上した事業費が630万円。2002年(平成14年)の岐阜紹介で岐阜県と県観光協会が制作費として負担した金額が約700万円。2007年(平成19年)の愛媛紹介で松山市などが計上した協力費が840万円。2007年(平成19年)の富山紹介で富山市が補正予算で計上した事業費が840万円。2008年(平成20年)の山口紹介で山口県が支払った協力費が630万円。2009年(平成21年)の新潟紹介で新潟県が予算に計上した協力費が800万円など。なお、オープニングは提供を含めて1分40秒(オープニング曲自体が1分30秒、地方紹介部分が1分10秒ほど)であるが、日曜日の同時間帯に60秒のCMを半年間放送した場合には最低でも9600万円以上必要とされるため、費用対効果の高い観光PRとして注目されている[36]


オープニングの最初には、サザエが「サザエでございまーす。」とあいさつしてオープニング曲が流れる。
オープニングの最後は、サザエ、カツオ、タラオ、ワカメ、少し遅れてタマが果物(春はトマト枇杷、夏はスイカメロン、秋は、冬は林檎蜜柑)の中から出てきた後、磯野家全員が歩いて画面点前へ近づいていき(開始当初からの映像を踏襲しているのでジャンプしているようにもみえる)、最後にサザエが左手を上げて終わるのが現在のパターンである。なお東芝一社提供時代は磯野家全員と共に「TOSHIBA」のロゴが画面点前に近づいてきていた。
背景はブルーバックに花で、季節によって変わる(春は菜花、夏は朝顔、秋はコスモス、冬は)。
なお、放送開始から20年近くはオープニングの最後の果物は、オープニング訪問地の特産物だった(最初に採用されたのは)。また、果物から出てくるシーンにタラオは登場しなかった。

エンディング[編集]

現在のエンディングは最後を除き、原作の話から使われている(ただし、一部で原作から若干変更が加えられた話もある)。オープニングと同じく3カ月ごとに変更している。70年代までは原作と関係ないエンディングであった。

エンディングの最後は、磯野家がサザエを先頭に行進をして別荘まで走って入るパターンである。別荘までの行進のシーンは季節によって3バージョンあり、春と秋はメキシコの民族衣装を着た磯野家が踊りながら行進するものだが、夏はハワイの民族衣装を着た磯野家が踊りながら行進するものとなり、冬はサザエが他の家族の乗るソリを引っ張るというものだった。途中で(春と秋はサボテン、夏はやしの木、冬は雪をかぶった木)場面が切り替わり家族の衣装がハイキング用の服装に変わる。

2010年(平成22年)8月8日放送のドラマとの2時間半スペシャルと2011年(平成23年)1月2日放送のドラマとの3時間半スペシャルでは、ドラマのエンディングの最後の行進を前半はドラマ版の磯野家が行い、後半はアニメ版の磯野家が行った。また、別荘に入るシーンのタイトルが前者は「サザエさん2」、後者は「新春 サザエさん3」となった。

ラスト、磯野家が別荘へ入るシーンの下部には「サザエさん」というタイトルが入るが、エンディングにタイトルが入るというのはこの時期のエイケン作品の恒例であり、前番組『忍風カムイ外伝』から1975年(昭和50年)放送の『イルカと少年』まで行っていた[注 45]。よって、いわゆるエンドカードは番組開始以来存在しない。

次回予告[編集]

次回予告では毎週、サザエによる出だしのセリフの後、サザエ以外のサザエさん一家のうち1人(タマを除く)が声で登場し、名乗ってコメントしたあと次回放送の3本を紹介する。このローテーションは固定されている。ただし、次回がスペシャルの場合はサザエがスペシャルの内容を紹介する。また、サザエが「ご覧の3本です」と次回放送の3本のサブタイトルを表示し、その後にイベントや募集告知などを行う場合もある。

出だしは通常「さ〜て、来週のサザエさんは?」だが、特番などで次回の放送予定が再来週以降になる場合は「さ〜て、次回(再来週)のサザエさんは?」と変化する。年末最後の放送の場合は、「さ〜て、来年(来年最初)のサザエさんは?」となる。その際、サザエはリモコンでテレビのスイッチを入れるしぐさをする。

予告の最後にはサザエが手にじゃんけんのグー・チョキ・パーの絵が付いた棒を持ち、「じゃんけんポン! うふふふふふふ」の声と共に3つのうちのどれか1つを視聴者に見せる。

1991年10月13日放送分までは、予告の最後にサザエがクッキーなどを投げ食いしていたところを視聴者に見つかり、慌てて隠しながら「来週もまた、見てくださいね〜」とナレーションした直後、喉に詰まらす仕草をして「んが、ん、ん」とも「んがっくっく」とも聞こえるような声を発していたが、これは実際は「詰まっちゃった」と言っている。東北大学医学部附属病院耳鼻咽頭科と国立小児病院小児科の医師が投げ食いは、子供がまねると気管をつまらせ呼吸困難になり最悪死亡する危険性があることを指摘。これを受けて長谷川町子の了解を得て変更された。制作会社のエイケンは少しでも危険があるものは放映してはいけないと判断したという[38][39]

劇場版[編集]

上記の通り、1975年(昭和50年)3月15日に『東宝チャンピオンまつり』内で、1971年(昭和46年)3月14日に放送された226話(第76回Aパート)「送辞を読むぞー!」がブローアップ上映された。40年に渡る放送の中で、劇場で上映されたのはこれが唯一。

劇場用のため次回予告、オープニングラストの磯野家のジャンプ、提供読みはカットされた。

併映は『メカゴジラの逆襲』『はじめ人間ギャートルズ』『アルプスの少女ハイジ』『新八犬伝』『アグネスからの贈りもの』の5本。

スポンサー関連[編集]

前述している通り、開始当初は東芝一社提供番組だったが、1998年(平成10年)11月から同社を含む複数社提供に変更された。番組開始時刻には長い間日清食品カウキャッチャーCMを放送していたため、開始時間は実際よりも30秒遅く18時30分30秒開始だったが、2010年(平成22年)10月3日から他のスポンサーと同様にタイムCMを放送するため18時30分00秒開始に変更された。またヒッチハイクCMは各局差し替えのときもあった(過去には資生堂ファイントイレタリーハウス食品などのCMが放送されていた)。

かつての東芝のCMには度々出演していた。複数社提供以降、スポンサーに参入したJAバンクのCMキャラクターに起用されたり、1977年(昭和52年)頃にはコカ・コーラの「HI-C」のCMに出演したほか、スポンサー参入後には「ミディペット」のCMにも出演している。かつては日本電信電話公社(現・NTTグループ)のCMにも出演したことがあり、後にマイラインのCMにも出演している(複数社提供に変更された当初はNTTコミュニケーションズが一時期スポンサーに入っていた)。マイラインの場合はアニメ版ではなく、原作に近いタッチで描かれている。2011年時点で東芝提供のアニメ番組は『サザエさん』が唯一である[注 46]

ラジオ[編集]

このテレビアニメ版のキャスティングで、1977年-1988年3月ごろに、文化放送にて(「マエタケの朝は自由大通り」→「高島忠夫の気ままにジャンボ!!」→「お元気ですか高島忠夫です」フロート番組として)、「連続ラジオまんが おはようサザエさん」が、やはり東芝1社提供で放送された。

内容は、まずサザエが玄関を開けて「お早うございます。サザエです」とコールした後、「レッツ・ゴー・サザエさん」のBGM(スキャット)をバックに「明日を創る技術の東芝がお送りします」とクレジットをして本編に入った。

2013年10月11日には、サザエがDJを務める「サザエさんのオールナイトニッポンGOLD」が、ニッポン放送でOAされた。

書籍[編集]

  • アニメサザエさん公式大図鑑 サザエでございま〜す! 2011年7月20日 扶桑社
  • サザエさんと日本を旅しよう! (アニメ「サザエさん」放送45周年記念ブック) 2013年7月12日 扶桑社

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 歴代1位は『ちびまる子ちゃん』(1990年10月28日放送の39.9%)
  2. ^ 2009年6月14日放送のみ、フネ役の麻生美代子が急病のため谷育子が声を担当した(翌週には復帰)。また、放送内容も変更され、前の週の次週予告では予告があった「母さんのセーラー服」が2週間後の6月28日に延期され、代わりに6月21日放送予定だった「男たちのランチタイム」(作品NO.6190)が前倒しで放送された(エイケン公式サイト 参照)。
  3. ^ 一時期、冨永みーなが代役
  4. ^ 一時期、TARAKOが代役
  5. ^ 一時期、村越伊知郎が代役
  6. ^ 一時期、山本圭子が代役
  7. ^ 実際の社名変更は1973年10月1日。
  8. ^ 東芝資本撤退後のレーベル名でのCDシングル再発売はないが、宇野ゆう子との契約は続いているため、レーベル名は変更しつつ表記を継続している。
  9. ^ さらに2009年10月以降、着うたフルプラス(EZwebのみ)でも配信された。
  10. ^ a b 放送開始4日前に開局。
  11. ^ 福島テレビが1971年10月から同時ネットされていたが、12月で打ち切りになる。その後、1976年4月から日曜日10:30 - 11:00(7日遅れ)に放送再開され、JNNを脱退した1983年10月から同時ネットとなった。
  12. ^ 火曜日版は1996年3月で打ち切り。
  13. ^ 1972年9月21日までは島根県のみ
  14. ^ 1979年3月31日までは岡山県のみ
  15. ^ 岡山県では、放送開始からテレビ岡山(岡山放送の旧名。開始当時はNETテレビ→テレビ朝日系列とクロスネット局)で土曜日18:00 - (6日遅れ)に放送開始。テレビ岡山は、1年後に一度打ち切られるも1976年4月から同時ネットで放送再開した。
  16. ^ 1991年に日本テレビ系列の長崎国際テレビが開局するまでは、テレビ長崎が日本テレビ系列にも加盟していた関係で、開局時から本来の放送時間を日本テレビ系列の同時ネット枠としていたため、1977年3月まで時差ネットだった。そのため、季節の話題が最小限ずれないように、年末年始においては、キー局よりも先行放送を行ったが、年明け後に師走やクリスマスの話題が放送され、つじつまが合わないことが起こっていた。1977年4月から同時ネットとなり、日本テレビ系列の番組は飛び乗りの形となった。
  17. ^ テレビ大分が1975年4月から現在まで放送しているが、当時日本テレビ系列のほかテレビ朝日系列にも加盟していたこともあり放送日時は改編期で何回か移動している。開局当初は日本テレビの『シャボン玉ホリデー』を同時ネットしていたため放送できなかった。1975年4月のネット開始から10年ほどは時差ネット。他のネット局が再放送をしていた火曜日19:00に、本放送を東芝のスポンサードネットで2日遅れで放送していたこともある。また、火曜日版を夏休みの午前中に「夏休みこども劇場」として集中放送したこともある。
  18. ^ 1970年4月からテレビ宮崎で放送されており、本放送は当初から同時ネットされているが、火曜日版は1980年代は平日の夕方に時差ネットしていた時期がある。(後に火曜日版も同時ネットになる)
  19. ^ 1987年9月まではフジテレビ系列とのクロスネット局
  20. ^ 木曜日19:00 - 19:30→日曜日17:00 - 17:30→日曜日午前10時台前半を経て現在の放送日時に移動している。また、火曜日版も土曜日17:00 - 17:30→平日夕方に放送されたことがある。
  21. ^ 開始当初は土曜日18:00 - 18:30に放送されていたが、2004年4月から2008年3月29日まで17:30 - 18:00で放送し(それまで1週遅れのMBS土6枠は放送枠の交換で同時ネットに切り替え)4月5日から「報道特集NEXT」の開始に伴い現在の時間に変更した。また、1980年頃に火曜日版を日曜日夕方に放送していた。
  22. ^ 放送時間は幾度か変更されている。一例として、1980年前後の時期には17:30 - 18:00とされていた(この頃まで、四国放送ではエンディングの提供クレジットを「徳島東芝商品販売株式会社」としていた)。2011年3月31日までは木曜日16:00 - に放送され、2011年4月7日 - 2013年9月は16:23 - 16:53に放送された。
  23. ^ 以前は日曜日10:00 - 10:30に、2008年4月5日からは土曜日6:45 - 7:15にて放送されていたが、2009年3月28日で一時打ち切りとなり、2009年6月30日に金曜日15:55 - 16:25で放送再開、2009年10月2日から2010年3月12日までは金曜日16:00 - 16:30に放送され、2010年4月から現在の時間に変更。
  24. ^ 但しFNNは非加盟。1月からUHBがサービス放送開始のため前年12月をもって打ち切り。火曜日19:30 - (2日遅れ)で放送。
  25. ^ 放送当初は同時ネットで放送されていたが、1971年9月に『ふしぎなメルモ』を放送するため打ち切られた。その数年後に火曜日版で放送再開した。曜日・時間は月曜日17:30→日曜日8:00→火曜日19:00(1年遅れ)。
  26. ^ 同時ネットで放送されていた。
  27. ^ 土曜日17:30 - 18:00で放送。
  28. ^ 月曜日18:00 - (1日遅れ)で放送。
  29. ^ 1969年12月までは日曜日11:00 - 11:30(7日遅れ)、1970年1月から3月までは木曜日18:00 - 18:30(4日遅れ)で放送。
  30. ^ 放送開始当初は火曜日18:00 - (2日遅れ)だったが、一時中断。1972年10月から月曜日18:00 - (1日遅れ)で放送再開。移行直前は金曜日19:00 -(5日遅れ)だった。
  31. ^ 1978年9月まで日本テレビ系列局。当初は火曜日 19:00 - 19:30枠。後に日曜日 18:00 - 18:30枠で先行放送
  32. ^ 当初は土曜日18:00 - (6日遅れ)で放送。また、火曜日版も放送移行まで、木曜日18:00 - (23日遅れ)で放送。
  33. ^ 1981年頃までは木曜日19:00 - 19:30、移行直前までは月曜日19:00 - 19:30で放送。最初は本放送ながらオープニングの最後を一部編集の上、ローカルスポンサーの提供による放送だったが、月曜日に移行と同時にスポンサードネットによる時差ネットとなった(『FNSの日』に該当する週は代替として火曜日版を臨時放映し、ブルーバックによる東芝提供テロップを自社出しして対応していた)。なお、日本テレビ系列のナイター中継や特番が組まれた際も、年末年始でない限りは本番組の放送が優先された(ナイターや特番については19:30に飛び乗り、もしくは短縮再編集版を放送)。同局の開局を控え、1996年秋改編を境に高知放送からフジテレビ系列の番組のほとんどが姿を消したが、本番組はネットセールス枠であったことから、高知さんさんテレビ開局直前まで放送が継続された。
  34. ^ 移行直前まで日曜日17:00 - 17:30(1983年 - 1984年9月は木曜日19:00 - 19:30)に、7日遅れのスポンサードネットで放送されていた。また、土曜日夕方(1988年10月1日から1992年9月26日まで)に、火曜日版も放送していた(南日本放送のフジテレビ系列番販放送枠廃止に伴い、打ち切り)。これは当時、フジテレビ系列の鹿児島テレビが日本テレビ系列とのクロスネット局でもあり、また本来の時間帯に当初、日本テレビとの同時ネット枠(『独占!!スポーツ情報』)を設けていたためである。その後、日曜日18時台の日本テレビ同時ネット枠を1985年3月31日に廃止し、フジテレビ同時ネット枠を確保するも、当時のスポンサーが、『鹿児島県のフジ系列局は、クロスネットが解消されるまでの期間中はMBCでの番販扱いを継続させる』旨の意向を示したという事情もある。このため、1985年4月7日からは、止む無く世界名作劇場の遅れネット枠を木曜日19:00から移動させ、フジテレビ系列時差ネット枠に差し替える形で、1994年3月27日まで放送。ただ、FNSの日内包の場合のみ、鹿児島テレビで放送された(なお、クロスネット時の1992年10月と1993年3月のスペシャルドラマ・サザエさんも、系列局の鹿児島テレビが放送)。1994年4月1日に、日本テレビ系列局として鹿児島読売テレビが開局したのに伴い、クロスネットが解消され、1994年4月3日から世界名作劇場の同時ネット開始とともに、フジテレビの単独系列局となった鹿児島テレビに移行した。また、南日本放送で1992年9月に打ち切られた火曜日版も、鹿児島テレビにて1994年4月5日から同時ネットで1年半ぶりに放送を再開した。
  35. ^ 2009年11月1日がそれに該当し、TOSは「新堂本兄弟」、UMKは「アニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』」を放送。
  36. ^ a b 1997年2月、訴訟の構えを見せ始めた頃の赤塚が、東京スポーツの取材に対して寄せたコメントでは、「オレに被害があるとかじゃなくて、ここで食い止めないと日本の著作権はどうなるの」と、権利を守る重要性を訴える一方で、「でもね〜、オレは本当は悔しいんだ。(「サザエ」と「バカボンのパパ」の)2つを組み合わせるアイデアはすごくおもしろいんだよ。なんでオレが先に思いつかなかったのか残念で。考えてみれば『ウナギイヌ』と同じ発想なんだよね」と、キャラクター「サザエボン」の発想に対しては賛辞を送っていた。上記の赤塚のコメントは発表当時、同紙でも1面トップ扱いで大きく取り上げた。
  37. ^ これらの顛末について説明するサイト もある。
  38. ^ サザエさんに限らず、7日・8日はニュース番組を除いた全ての番組が休止となった。通常編成をしていたのはNHK教育テレビのみ。
  39. ^ 放送40周年を迎える年(40年目)に突入したことを記念するものであり、実際の放送40周年は2009年10月になる。
  40. ^ a b c その際、最初に放送当時の声優キャストが表示された。アニメ版について地上アナログ放送では16:9レターボックスでの放送形態となったため、サイドパネルを設置(左にタイトル、右に放送年月日)。
  41. ^ いずれも「別冊サザエさん」を原作としており、波平が出した「漂流記の巻」(全編デジタル制作)、タラオが出した「美容法の巻」、カツオが出した「健康作りの巻」、マスオが出した「じすいの巻」、ワカメが出した「演芸会の巻」、フネが出した「お見合いの巻」、サザエが出した「私立探偵の巻」。最後はタマが「福」を出して、視聴者に向けて福を撒いた。
  42. ^ なお、この直後に放送された『日本中が熱くなった歴史的瞬間!! 独占!! スポーツ (秘) 映像 今夜限りの解禁スペシャル』(『ジャンクSPORTS』の正月特番。枠は19:58 - 22:24)との接続はステブレレスで行ったが、直後番組との接続がステブレレスになったのは、40年に渡る歴史でも初である。
  43. ^ 1994年の25周年スペシャルの時は、前奏入り。
  44. ^ このオープニングでは、FCGビル(フジテレビ本社)、長谷川町子美術館、サザエさん通りが登場する。
  45. ^ ただし、この間放送された『ばくはつ五郎』『スカイヤーズ5(第2作)』『ジムボタン』では行っていない。
  46. ^ 2008年から2009年までytv制作・日本テレビ系列で放映されたアニメ『ヤッターマン』も東芝提供であった(月曜放送時代)。

出典[編集]

  1. ^ 「サザエさん」アニメ45年…愛され続ける理由 YOMIURI ONLINE 2013年12月2日(読売新聞 11月29日夕刊14面)
  2. ^ 第7回 ラジオの時間・其之壱〜大場徳次氏が語る ... - 宣弘社/月光仮面
  3. ^ 「サザエさん」がギネス世界記録に認定,サンケイスポーツ,2013年9月5日
  4. ^ アニメのセル画、姿消す 「サザエさん」完全デジタル化,朝日新聞デジタル,2013年9月28日
  5. ^ a b c 2008年11月13日放送『FNNスーパーニューススーパー特報・愛し愛され40年 特報!私のサザエさん〜秘話で綴る物語〜 より。
  6. ^ a b 2013年10月、フジテレビ番組審議会(2013年10月12日、新・週刊フジテレビ批評
  7. ^ 消えるTVアニメのセル画 残るは「サザエさん」だけ / 【動画】セル画消滅? テレビアニメでサザエさんが最後 asahi.com(朝日新聞)コミミ口コミ 2007年8月29日
  8. ^ サザエさん:デジタル制作に 「セル画」アニメ消える毎日jp(毎日新聞)2013年9月27日
  9. ^ サザエさん市場
  10. ^ サザエさん市場
  11. ^ サザエさん市場
  12. ^ サザエさん市場
  13. ^ サザエさん市場
  14. ^ a b サザエさん市場
  15. ^ 磯野家の行動記録
  16. ^ a b c d e f g h i j k l 磯野家の行動記録
  17. ^ a b c d 磯野家の行動記録
  18. ^ a b 磯野家の行動記録
  19. ^ トレンドランキング 日経トレンディネット 2009年2月12日
  20. ^ 2005年の大和総研のレポート
  21. ^ ローカルセールス枠でネット局毎にスポンサーが異なる。
  22. ^ もしもツアーズ オフィシャルサイト」ツアーバックナンバー 2006年4月22日、2008年11月15日、2010年12月25日。
  23. ^ “波平役の後任は茶風林さん 「サザエさん」、16日放送分から”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2014年2月10日). http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140210/ent14021004000000-n1.htm 2014年2月10日閲覧。 
  24. ^ 2013年12月8日放送分から担当。それ以前は端役を担当。
  25. ^ ノリスケ役の松本保典のtwitterより。奥さんが替わりました。まあ、声なんですけども(2013年12月13日)お問い合わせがありましたので、お答えしますね。声とはタイコさんです。(2013年12月13日)
  26. ^ 2013年4月 - 9月頃は休演
  27. ^ 2013年12月15日放送分から。同じく伊井が担当していた中島の祖父役も2013年12月8日から引き継いでいる。高桑自身も2013年4月以降モブの老人役を担当していた。
  28. ^ 2013年4 - 9月頃中村浩太郎の代役として主にモブの男性を担当。中村浩太郎復帰後も引き続き担当。
  29. ^ 「サザエさん音楽大全」のライナーノーツ「主題歌・挿入歌についての覚え書き」にて
  30. ^ a b 解禁!暴露ナイト」(テレビ東京2013年6月13日
  31. ^ 「サザエさん音楽大全」の歌詞カードでは保富康午となっている。
  32. ^ サザエさん音楽大全 - UNIVERSAL MUSIC JAPAN
  33. ^ 「サザエさん」主題歌&BGM・効果音集、制作上の都合で発売中止に - TOWER RECORDS ONLINE
  34. ^ 「サザエさんのないしょ話」(データーハウス社)
  35. ^ 新聞のテレビ欄には「ワイドニュース」と記載
  36. ^ 朝日新聞2007年6月7日、読売新聞2007年6月15日、中国新聞2008年4月5日、毎日新聞2009年4月4日。
  37. ^ サザエさん 4月からオープニングに秋田が登場! - AKT秋田テレビ(2014年3月31日) 2014年4月5日閲覧。
  38. ^ 『中日新聞』1991年11月12日付
  39. ^ なお、『銀魂』では坂田銀時がこれと同じパロディをしていた回があったが、クッキーではなくアメを詰まらせている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

フジテレビ系列 日曜夕方18:30 - 19:00枠
前番組 番組名 次番組
忍風カムイ外伝
(1969年4月6日 - 9月28日)
サザエさん
(1969年10月5日 - )
-
フジテレビ 火曜夜19:00 - 19:30枠
おらあガン太だ
(1974年7月2日 - 1975年3月25日)
まんが名作劇場 サザエさん
(1975年4月1日 - 1997年11月18日)
ドラゴンボール(再放送)
(1997年11月25日 - 1998年2月17日)