放送禁止用語
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放送禁止用語(ほうそうきんしようご)は、テレビやラジオといったマスメディアにおいて、何らかの理由によりその放送における使用を禁じられている言葉のこと。
日本では俗に放送局などの自主的な判断、例えば公序良俗に反するなどの理由により、用いない、もしくは用いることに一定の制限を設ける、すなわち自主規制する言葉のことを示す。放送自粛用語さらに放送コードに引っかかる(抵触する)言葉などともいう。
[編集] 概要
放送は通信と異なり、不特定多数に一斉に情報を伝達することを目的とするものである。このため、その社会的責任は重く、その内容には正確性に加え「健全なもの」が求められる。当然、放送に用いる言葉はこれを阻害するものであってはならない。
国により違いはあるが、言論・表現の自由が認められている国であれば、概ね「公序良俗」に反する、すなわち差別的あるいは侮蔑的、卑猥、犯罪を肯定しこれを模倣・助長させる意味などを持つ言葉などで、放送の中立性・健全性を阻害する、もしくはその恐れのあるものについて、「放送に用いるのに不適切な言葉」として「解釈」、規制の対象とし、放送に用いない、あるいは放送に用いることに一定の制限を設けるものとしている。しかし、その判断を行う主体はまちまちで、それぞれの国の歴史的経緯などが反映され、国家として法令に「放送禁止用語」を定めている国もあれば、全く自主的なものとしている国もある。なお、国家により、言論、表現の自由が認められていない、あるいは制限を課されている国においては、明確な放送禁止用語が存在する。戦前・戦中の日本もそうであった。
戦後日本では、戦前・戦中の放送の国家統制の結果の反省の上に立ち、放送の社会的責任、使命を自覚してそれを遂行することは、放送に対する国民の信頼を保持し、公権力の介入を排除して放送事業者の表現の自由を確保し、放送の自主性を貫くためにきわめて重要なことであるとされ、放送事業者は放送法の定めるところに従い、それぞれ、放送番組の憲法とも言うべき、番組基準(放送基準)(俗にこれを放送コードと呼ぶ)を定め、各放送事業者の自己責任においてこれを運用する。この番組基準の下に「放送に用いるのに不適切な言葉」は取り扱われる。すなわちその判断は、放送局が自ら行い、自ら規制し、中立で健全な放送を維持するものであり、従って厳密には日本の放送において、放送禁止用語というものは存在せず、あくまでも番組基準の「解釈」の中に存在するものである。つまり、第三者によって「禁止」されるものではなく、放送局及び制作担当者の現場判断で放送に用いるか、あるいは「自粛」するかを決めるものであることから「放送自粛用語」とも言われている。
なお、言葉に限らず「表現」、すなわちひとつひとつの言葉は不適切なものではないが、これを組み合わせた「内容」が不適切なものとなるようなコメント、歌や映像なども規制の対象となる。過去、要注意歌謡曲なるものが存在したが、現在は廃止になっている。ただし、電波法に抵触し、放送事故をまねく内容を含むものについては今でも放送されないか、該当部分をカットして放送される(例えばモールス信号による効果音で「SOS」の扱いには注意するなど。必要な場合には、具体的に「VVV」の連続や、架空の問題のないモールス電文に置きかえられる)。また近年、個人情報の保護に関する法律が制定、施行されたことにより、これに抵触する、あるいはその恐れのあるものについて、新たに規制の対象となっている(自動車のナンバープレートなどが代表的である。放送内容上、必要のない個人情報を含む映像、コメントなどについて細かく対象となる)。その他、従来、NHKで規制されていた商標などの取り扱いについて、民間放送局(民放)でも規制強化の方向にある。
「自主規制」であることから、第三者により規定された「放送禁止用語リスト」というものがあるわけではなく、テレビ・ラジオ業界ともに、それぞれの番組基準の解釈に従い、「絶対禁止」から「注意を要する」までの段階分けしたリストなどを作り、これに世論動向や番組の種類(教養、娯楽などの分類)、時間帯による視聴者、聴取者層の変化などの要素を加えて判断・規制を行っていることが多い。このため、例えば「注意を要する」の用語、あるいは表現を含んだものについては、時間帯・番組ジャンルなどによって視聴者、聴取者の年齢層などが異なることを考慮し、いわゆるゴールデンタイムでは駄目でも深夜帯では許されるものなどがある。
なお、民放の広告放送(CM=コマーシャルメッセージ)については、表現を含めたより多くの規制があり、「事前考査」を経て放送される。金融関係、煙草、医薬品、医薬部外品、いわゆる健康食品などがその代表例である。
日本にはあくまでも自主規制として放送禁止用語が存在するが、日本と同様に言論、表現の自由を認めているドイツでは、ナチズムのプロパガンダ及びこれに類する行為が、ドイツ国内の刑法により禁じられていることから、自主規制に加えて処罰の対象となる正式な「放送禁止用語」や「放送禁止表現」が存在する。すなわち、国家社会主義ドイツ労働者党(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei)を肯定的に扱ういくつかの言葉や表現で、特に同党のハーケンクロイツ(Hakenkreuz)(鉤十字)や、いくつかのシンボルに対する規制は厳しく、基本的に学術目的など以外に用いることはできない。近年になって、反ナチズムの高揚を目的とし、同党を明確に犯罪団体として侮蔑的に扱うことを条件に、やや規制が緩和されている。なお刑法により禁じられていることから、この規制は放送のみならず、出版、インターネットなども広く対象となっている。独語版ウィキペディア『de:Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei』での鉤十字の扱いなどを参照のこと。
今日、言論、表現の自由が保証されている多くの諸外国では「発言者の自由と責任」についての大衆の意識が高く、不適切な言葉や表現を用いる発言者に対し、直接、その責任を問う風潮が定着してきており、放送局に対しては、不適切な発言や表現をする者や不適切な言葉や表現を含む番組素材を必要もなく安易に放送に使うことについての責任を問われる傾向にある。このことから「放送内容の考査」が強化される一方、放送局自らが多くの言葉について細かく規制することはなくなりつつある。言論・表現の自由が保証されている諸外国と日本では歴史的経緯が異なることもあるが、近年になって緩和されているものの、依然として多くの言葉や表現について放送局が細かく規制を加え、場合によってはその存在自体をないものにするという点で、今日、日本の放送局は言論・表現の自由が保証されている諸国の放送局の中で特異な存在ともなりつつある。
[編集] 具体的な取り扱い
[編集] 通常番組
出演者が番組収録中に不適切な発言をした場合は編集でその前後を含めて全てカットするか、不適切な発言部分のみを無音もしくは「ピー音」などに置き換えて放送する。バラエティ番組では喘ぎ声や銃声、サイレンなどを使うパターンもある。
番組にもよるが、いわゆる口パクではなく口元にテロップ処理する場合もある。ただし生放送では不適切な発言がそのまま放送されてしまうため、その後司会者などが訂正もしくはお詫びのコメントを読む、あるいはテレビであればテロップにより訂正もしくはお詫びのコメントが出される。しかしながら放送の社会的責任の重さから、深刻なものについては不適切な発言をした出演者を直ちに降板させたり、番組そのものを打ち切りとしなければならなくなる場合もある。
これを防ぐためアメリカなどでは生放送でも数秒~10秒の時差(ディレイ)をつけて放送(en:Broadcast delay)し、突発的な発言やパフォーマンスが出た時には音声または映像をその場でカットするシステムが構築されている。日本でもショップチャンネルなど一部のチャンネルで同様のシステムが採用されている。また、例外として過去の『さんま&SMAP!美女と野獣のクリスマススペシャル』や『ムハハnoたかじん』などに司会者などがピー音で発言を隠す番組があった。
[編集] ドラマ・映画・古典落語
編集によって作品性や芸術性が大きく損なわれる内容のものでは、その前後に「一部不適切な表現があるが、作品の芸術性を尊重しそのまま放送する」などの断り書きを表示ないし告知した上で、該当部分を修正せず放送することがある。
また、時代背景を表す上でその表現が不可避であると認められる場合にも同様の措置が取られることがある。
[編集] テレビアニメ
1970年代までに制作された古いテレビアニメなどの再放送では突如として会話が途切れることがある。例としては『巨人の星』における「僕の父は日本一の日雇い労働者です!」という星飛雄馬のセリフや『空手バカ一代』における「アボリジニの土人の酋長ウポルさん」という飛鳥拳のセリフなどがある。
これは制作された当時は問題にされなかった言葉や表現が、現在では使用を自粛すべきと判断されそのシーンの音声を消して放送しているためである。前出の『巨人の星』と同じ梶原一騎原作(「高森朝雄」名義)で同時期に制作・放送された『あしたのジョー』についてもリクエストが多く、同様の扱いでCS放送などで幾度となく再放送されているがフジテレビ721(現在はフジテレビTWO)やアニマックスで放送した際に「めっかち」・「脳タリン」・「きちがい」などの語句をことごとくカットした結果、作品として成立しなくなったとの批判を受ける結果となった。また、著作権の一種でもある著作者人格権との関連もあってカートゥーンネットワークでは「原作者のオリジナリティを尊重し…」の注釈を入れた上で該当語句をノーカットで放送した。
近年制作されたアニメでは原作で問題とされるセリフや用語が登場している場合、そのセリフや名前などを脚本・構成段階で削除または変更するため会話などが途切れることはほとんどない。しかし放送するのに問題があると判断され、一部の局にて該当部分の音声を消して放送するケースも見られる(『BLACK LAGOON』、『北へ』第1話、『Φなる・あぷろーち』第10話、『うみねこのなく頃に』など)。
また、一部の作品(主にギャグアニメ)ではこうした「自粛や自主規制、放送禁止」を逆手にとってネタにする(あえて抵触する言葉を使い、「ピー音」で視聴者にはっきり分かるように隠す[1])ものもある(『銀魂』など)。
[編集] 例外的に禁止用語を用いる例
例えば「原則的に禁止」とされる以上の言葉であっても、その言葉、あるいは表現を含む文学、芸術作品などを取り上げる場合、あるいは、差別・侮蔑用語そのもの(言葉の暴力の問題に関する内容など)を取り上げる場合などでは、その必要性から、例外的に用いることがある。ただしその内容、放送時間帯などには特別な配慮がなされ、また、同じものでも番組により扱いが異なる。
TBSラジオ『BATTLE TALK RADIO アクセス』の2002年2月5日放送のテーマだった「井伏鱒二翻訳の『ドリトル先生』に差別表現で訂正要求。過去に書かれた名作での差別表現は変更したほうがいいと思いますか?」という内容のトーク内で、この発言で嫌な思いをしましたなどと説明するため、例外的に禁止用語を発言してもよいとして発言したことがある。なお、途中で何度も「今日の放送では、説明をするのに必要な場合に、通常では禁止用語になることを言いますが、誰かを差別しようという意図はありません」と説明がなされた。
フジテレビ系列でかつて放送された番組『北野ファンクラブ』のお下劣バンド亀有ブラザーズの替え歌は深夜放送ということもあり編集なしでそのまま毎週放送された。しかしTBS系列の昼2時からのワイドショーで北野武の特集で亀有ブラザーズに関して取り上げた際には、替え歌の不適切な部分はすべてピー音で編集された状態で放送された。
[編集] 抱える問題
そもそも人の思想・思考による言論、表現とはある特定の目標、目的を持っているものであり、厳密な中立性などを保つことは困難、ゆえに思想・思考、言論、表現の自由は保障されなければならないのである。しかしながら「社会」を持つ人は、ゆえに時として利害関係を生じることになる。ここには「自由」と「責任」の関係が成立する。特に大衆を対象とする放送で、安易に全てをありのまま自由に表現することは、言論、表現の自由が保障されていればなおさら、容易に当事者間、第三者間での利害関係を生みやすく、好ましくないというのは、国際的にほぼ共通した認識である。このことから「放送の責任」としての言論、表現の規制が各国で行われる。
さて、放送における言論、表現の自由を制限し「放送の責任」を果たすためには、当然その「根拠」が必要となるが、戦後日本の放送においては、元来曖昧で流動する「公序良俗」の概念と、放送は一般に電波を利用することから、電波法第1条にある、極めて広い概念である「公共の福祉増進」からはじまる各条項にその根拠を求めた。このため日本国憲法に保障された言論・表現の自由とは自然に矛盾が生じる。加えて『放送禁止用語はこの言葉とこの言葉…』などと特に規定されたものはなく、あくまでも放送局の判断により、言葉や表現に対して自主規制がなされているため、ともすれば「言論・表現の自由」と「言論・表現による暴力」が表裏一体の関係になること、さらに「言葉は生き物」であることなどから「放送に不適切な言葉や表現」の解釈などに関する論争は絶えず、場合によっては法廷闘争にまで至ることがある。
現在のところ日本の放送業界では、類似の環境のイギリスで1962年に出された、ピルキントン委員会報告書にある「よいテレビ放送の三大要素」の指摘(以下記述)が、「今なお妥当性を失わない見識」として位置付けられている。無論これはラジオにも適用されるものとされている。
1.番組の企画と内容は可能なかぎり広い範囲の題材の中から選択するという大衆の権利を尊重するものでなければならない。
2.題材のこの広い範囲のあらゆる部分で質の高いアプローチとプレゼンテーションがなされなければならない。
3.これは何よりも重要なことであるが、テレビという強力なメディアに従事する人々はテレビには価値や道徳規準に影響を及ぼす力があり、また、すべての人びとの生活を豊かにする能力があることを十分意識しなければならない。放送事業者は、大衆のさなざまな好みや態度に注意を払い、それらを知っていなければならない。同時に、それらを変化させ成長させていく力があることを自覚し、その意味で指針を大衆に示すようにしなければならない。
[編集] 表現の自由との関わり
「表現の自由」も参照
ひとつひとつの言葉や表現には問題はなく、言論・表現の自由の範囲にあるものと判断され、自主規制の対象とならなかったものでも、結果として問題になるものがある。このような例で高度なものについては対応が困難であるのが現実である。最近の例では、橋下徹弁護士(現大阪府知事)が「たかじんのそこまで言って委員会」(讀賣テレビ放送系)で刑事被告人の弁護人に対する懲戒請求を視聴者に呼びかけたことから、弁護人に対して懲戒請求が殺到、この弁護人より業務妨害として提訴され、一審で原告勝訴となる事態に至っている。また過去には逆に、アナウンサーが余った放送時間を使ってアドリブで話した内容が、言論・表現の自由の範囲を逸脱しており、自主規制すべき内容であったとされて会社から懲戒処分を受けたことから提訴、原告勝訴となった例もある。
一方、差別糾弾を表面的に回避する手段の一つとして、商業メディアでは差別用語の言いかえが行われており、主にアメリカで行われているそれをポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)と呼ぶ。日本では、差別用語の一部もしくは全部の言いかえに反対する立場からこの差別用語の言いかえを言葉狩りとして批判する向きもある。
差別に反対する側からも「単なる言いかえでは現実を覆い隠すのみだ」とする批判もある。同様の批判は、英語圏でもポリティカル・コレクトネスに対して行われている。また、当然ながら単なる言いかえで意味するところは同じであるため、言いかえた言葉が、時期を経て、また差別用語とされるようになることが多い。
[編集] 過剰な自主規制
「よいテレビ放送の三大要素」の指摘によれば、すなわち番組の制作は「題材」「質」「人」ということであり、特に「人」の問題は強調されるべきものであるが、日本では法廷闘争を恐れるあまり、この本質的な3つの関係を特に深く鑑みることなく、特に1980年代後半から1990年代初期にかけて、前述のポリティカル・コレクトネスの動向に倣い、言葉や表現の表面的な規制のみが過剰に行われたと言われている。
この時期を象徴するような例としては、「奴隷」、「下人」などの史実語をその使用目的のいかんを問わず禁止する、ごく普通に用いられる言葉でも、使い方によっては問題となるものは徹底して規制する、例えば「狂う」という言葉を極端に嫌い、「時計が狂っていた」というセリフを消音、いわゆる「四つ(指)」とは全く無関係なちあきなおみの『四つのお願い』の放送禁止、子供のセリフ「唖(おし)の振りをしていた」を「緘黙児(かんもくじ)の―」と修整する、さらには洋画の戦争ドラマの再放送では、敵が使った閃光弾について「目眩ましを使ってきた」というセリフを、「目眩まし」→「めくら(盲目)まし」ととらえられるので消音措置といった自主規制が繰り返された(なお当時、「唖」「めくら~」についての制限は現在ほどのものではなかったため、過剰なものととらえられた。現在はどちらも厳しく制限されているため、このふたつについては消音措置されることが多い)。
素人出演の生放送番組で、素人ゲストが職業を聞かれて「百姓です」と答えたところ、リポーターが慌てて「ちょっと不適切な表現があった」と釈明する場面もあった。また、景山民夫の回想では、「屯田兵」も一時自粛対象になっていた時期もあった。
なおこの動きは、制作したものをそのまま発売するのが普通であったビデオソフトなどにも波及し、問題になりそうなセリフ部分を消音・音声処理した上で発売するといったケースが増えた。
当時、この動きは日本社会全体の動きであり、こういった過剰な自主規制は、世論を反映したものであったわけであるが、前述のように、差別、侮蔑等の問題の本質と向き合わず、以前よりある差別語、侮蔑語のみを「ないもの」として、表面的に回避することは、新たな差別、侮蔑語を生み出す、あるいは汎用の言葉の組み合わせにより、新たなかたちの差別を生む結果につながる恐れがある。「めくらはめくらでも可能な範囲で~」という表現を「目の見えない方は目の見えない方でも可能な範囲で~」としたところで、本質的に全く変わりはない。
この問題点が指摘、反省され、過剰な自主規制の動きが沈静化するまでにはかなりの期間を要し、「常識的な範囲」にまで落ち着いた(戻った)のは1990年代中頃であった。
その後もこの「常識的な範囲の自主規制とは?」についての議論は絶えなかったが、2003年7月25日、日本放送協会(NHK)制作「プロジェクトX~挑戦者たち~」内差別発言(「東京ドーム・奇跡のエアー作戦」の中で「士農工商、テント屋」という言葉が放送された。)問題について、部落解放同盟中央本部とNHKとの最終的な話し合いが持たれ、NHKが「NHKの放送番組における差別表現について。」という回答文書を提出した。この回答にあたり、当時の出田編成局長が代表して、「ある言葉を使うか否かにのみ走らないようにしたい。」「社会に対する放送の役割、人材育成も含め、さまざまな番組の実現に努力したい。」と決意表明を行い合意決着した。ここにいわゆる「言葉狩り」に対する否定的結論が出され「放送内容との関係を第一とした各言葉の規制」という方向性が再確認された。
以降、民放を含めて言葉そのものよりも、放送内容の規制に重点が移り、従来問題とされなかった言葉がその「用法」に注意が必要であると判断されて追加される一方、それぞれの言葉については、その規制の程度が緩くなったものが多く、結果、放送しない言葉自体は少なくなり、前述のラジオ番組のように以前は使わなかった言葉を放送の趣旨や文脈の上から必要と判断し、大胆に用いるケースもみられるようになった。しかし一方では「内容との関係が第一」となったことから、より一層、圧力団体などの過敏な反応を恐れたり、部落問題などのデリケートな話題に触れることを嫌い、世論動向などとはあまり関係なく、これらに関連した言葉や表現の規制は緩めない、あるいは対象となる言葉や表現を使うデリケートな内容の番組の制作自体を見合わせる、医療系の番組などでは、コメントや患部の映像などを、その内容のいかんにかかわらず杓子定規にカットする、報道番組などでは、問題となりそうな内容のものについて、他局の動向を観て一斉に似たような内容で追従するといった、すなわち放送局自身の「身の安全」のための規制が増えている。これはデジタル化のための莫大な支出やインターネットの普及による収入減などにより人員を削減、(例えば民放各局であれば、1990年当時と比較すると、2008年時点でおよそ半分程度まで人員が削減されている)最も重要な「人」に問題が生じていることも一因と言われている。こういった実態から、自ら必要と判断した場合には、自ら責任を持ち、自ら大衆に伝えるという、言論機関としての本姿の弱体化、すなわち自らの発言に自ら責任を持てないがために、あたりさわりのない放送内容のみを流す「事なかれ主義」が表面化していることを危機視する向きもある。
[編集] 放送禁止用語として扱われる言葉の例
放送禁止用語の扱いは「関係者限り」であり、具体的なリストなどが公開されることはない。NHKはその放送ガイドラインに「放送の用字・用語・発音は、「NHK新用字用語辞典」「NHKことばのハンドブック」および「NHK日本語発音アクセント辞典」に準拠する。」と明記、すなわち「放送可能用語」について公開している。
従って以下は、あくまでも「公開資料などから推定される範囲」のものであり、実在するリストなどの詳細、すなわち実在の放送局の見解などとは、くい違う可能性があることに注意されたい。
[編集] 1.日本語の例
概ね、NHK、日本民間放送連盟(民放連)放送基準の「解釈」が根拠となる。方言も対象となることがあるため、各放送局でそれぞれ検討してリストを作り、運用している例が多い。( )内に放送基準にある、概ね根拠となる該当条項をそれぞれ示す。
なお、各民放の放送基準は概ね民放連放送基準に準拠したものであるため、日本には概ね2つの放送基準があることになるが、基本となる部分に大差はないため、用語については、NHK、民放ともにほぼ同じ解釈、取り扱いとなる。しかし、NHKはいわゆる「公共放送」、民放は「商業放送」であることから、取り扱う内容について差があり、結果としてNHKのほうが「より厳しい」というものになる傾向がある。ただし近年の傾向として、前述の「事なかれ主義」が民放によくみられるようになったことから、社会問題を扱うような放送内容では、一昔前と逆転、NHKのほうがむしろ大胆に言葉を用いると感じられるようにもなっている。
実施上、曖昧な「公序良俗」「公共の福祉増進」の概念に依るのは困難であることから、概ね、各言葉の規制の根拠を成すものは、放送基準にある「法と政治」、すなわち「法令を尊重し、その執行を妨げる言動を是認するような取り扱いはしない。」「国の機関が審理している問題については慎重に取り扱い、係争中の問題はその審理を妨げないように注意する。」「人種、民族、国民に関することを取り扱うときは、その感情を尊重しなければならない。」であり、結果、それぞれ対象となる言葉は、各法令、頻発する事件や国内外の複数の司法判断などを根拠としたものになる。
[編集] あいのこなどの個人の出生などに関する言葉(人権など)
- 「あいのこ」は、過去、人と物の両方に使われていた。明治以降、特に子供に対して差別が顕著になり、現在でも差別を目的として用いられる恐れがあるとされていることから、ほぼ全面的に禁止となっている。なお、この言いかえで近年まで「混血」という言葉が用いられていたが、近年の国際化に伴い、この言葉も差別を目的として用いられる恐れがあるとされたことから、原則的に禁止となった。現在のところ、人の場合には「ハーフ」、物の場合には「ミックス」あるいは「ハイブリッド」という言葉に置きかえられることが多い。
[編集] アカなどの政治に関する言葉(人権など)
- 「アカ」は、日本共産党党員および信奉者、さらに旧日本社会党とその流れをくむ社会民主党支持者・関係者を侮蔑する意味で用いられる恐れがあるとされること、また、放送においては政治に関する各言葉は正確であることが必要であり、原則的に禁止となっている。ただし、左派への歴史的な弾圧の事実を伝える放送内容の場合などでは用いられることがある。
- 関連して「日共」は、かつて日本共産党の略称だったが、現在は同党を侮辱する意味を持つことがあるとされること、略称として使用されていないことから、通常使わない言葉になっている(現在の略称は共産党・共産)。同種の語に、“中華民国こそ中国大陸の正統政府である”という立場からの中共(中国共産党)。なお、“ソ共”(ソビエト連邦共産党)は存在しない語句である。
[編集] あばずれなどの女性に関する言葉(人権)
- 「あばずれ」は、特に女性に対し「品行」が悪く厚かましいという意味で侮蔑的に用いられる恐れのある言葉とされ、ほぼ全面的に禁止となっている。例外的に映画などで使われることがある。
- 「売れ残り」は、30代後半以上の年齢で結婚歴のない人(特に女性)に対して侮蔑的な意味を持って用いられる恐れがあるとされ、慎重に扱うべき言葉とされているが、本来の意味、すなわち物品(商品)に対して用いる場合については、常識的な範囲で連想を招く恐れがない限り、問題なしとされる。また、ドラマなどのストーリー上、どうしても用いる必要がある場合などでは、慎重な扱いを条件として用いられる。
[編集] インチキ~・デタラメ~などの社会的制裁などを目的とする言葉(人権・報道の責任)
- 他の差別、侮蔑語とは異なり、個人や団体などの犯罪行為などに対する「社会的制裁」を目的として、過去、警察発表の直後から、「インチキ~商法」、「デタラメ~団体」、「うそつき~」などといった用い方がなされていたが、近年、これらはみな、極めて慎重に扱うべき言葉、用法とされた。特に複雑な事件となったものなどについては、その司法判断などがなされていないうちに用いることはなくなり、「単なる事実の報道」になってきている。「公共的事項」「公益性」「真実性」の三要素が揃えば、司法判断などを待つ必要はなく、非難、糾弾できるのであるが、「公共的事項」「公益性」はともかく、従来、警察などの公的機関の発表は「真実と信じるに足る相当の理由」=「真実性の担保」とされてきたものが、近年の判決で崩れ、たとえ警察などの公的機関の発表であっても、放送局が別途「確実な裏付け取材」をし「真実性」を証明できない限り、名誉毀損に問われる恐れが生じたためである。なお、明らかに社会的制裁などを目的としないものは問題ない。
- なお、よく用いられていた言葉に、「お灸をすえる」があるが、これは医療行為をあらわす言葉でもあることから、鍼灸師の団体からの意見により、新たに慎重に用いる言葉もしくは注意を要する言葉となり、このような目的には使われなくなった。
[編集] インディアンなどの人種、民族、国家などに関する言葉(人権・法と政治・報道の責任など)
- 「インディアン」とは、アメリカ先住民族のことを示すが、歴史的な経緯により、侮蔑、差別的な意味を持つことや、元来、ヨーロッパ人が、アメリカ大陸をインドと間違えたことを起源とする誤ったもの、また「インド人」「インドの」を意味する英語表記と混同するなどの理由により、1990年代前半頃を境に原則的に禁止となった。クリーブランド・インディアンスなど、固有名詞の一部として用いられているものなどについては問題ないが、アメリカ先住民族のことを言う場合には原則的に禁止で、正確にネイティブ・アメリカンなどと言う。
- また「エジプト人」は、エジプト・アラブ共和国の民族に対する侮辱あるいは差別と誤解される恐れがあるとされたことから、原則的に禁止となった。より限定的な意味の別語である「コプト人」「アラブ人」のどちらか一方に置きかえられる(「エジプト」の項を参照)。ただし、これは同じ意味の言いかえではない。「コプト人」「アラブ人」のいずれも「エジプト人」とは等しくなく、これらの言葉を「エジプト人」の意味で使うことはできない。「エジプト人」という言葉を使えないということは、「エジプト人」という概念そのものを表現できないということである(日本人という概念を使えないのと同様)。なお、古代エジプトの民族に関連する放送内容の場合には問題ない。
- 非定住型民族を指す「ジプシー」も、エジプト・アラブ共和国の民族に対する侮辱あるいは差別と誤解される恐れがあるとされたことから、原則的に禁止あるいは慎重に扱うべき言葉となった。近年『DQ4』(スクウェア・エニックスのロールプレイングゲーム)がPS・DSでリメイクされた際、「ジプシーの姉妹」というセリフが「踊り子の姉妹」に変更されたのはそのため。太陽にほえろ!で三田村邦彦演じる原昌之がその呼び名で呼ばれているが、制作当時は問題とされなかった。現在地上波ではジプシー刑事のシーンはカットされている(ただし、CS放送では放送している)。また、ゲーム『ポケットモンスター』の初期作品(『赤・緑・青・ピカチュウ』、『金・銀・クリスタル』において「ジプシージャグラー」というトレーナーが登場する[2]など、差別的でほぼ全面的に禁止とされるべきものという認識はされていないのが現状である。
- その他、北極圏先住民族の総称である「エスキモー」は、一時、原則的に禁止とされていたが、現在は概ね、通常使わない言葉もしくは注意を要する言葉とされている。「イヌイット」または「イヌイト」と言いかえられていたことがあるが、これはエスキモーの特定の部族を指すことなどから現在では推奨されていない。「エジプト人」と同様に概念そのものについて表現できないことから、現在のところ「北極圏に住む~族」といった表現がなされている。森永乳業がアイスクリームのブランドとして使用しており、かつてはCMの最後に「by エスキモー」というフレーズを流していたが、一時、ほとんど使われなくなっていた。しかし、最近になって再びCMなどでも使われるようになり、森永乳業の公式ホームページでは、「エスキモータウン」や eskimo.jp などのように使用されている。
- ユダヤ人に対する別称である「ジュー」は、同民族への侮蔑、ナチス・ヒトラー礼賛につながり、また、サイモン・ウィーゼンタール・センターなどからの強硬な抗議を受ける恐れがあるとされ、ヨーロッパなどでは、ほぼ全面的に禁止とされる、あるいは法令により禁じられた正式な放送禁止用語とされている。日本では通常用いない言葉とされている。
- 「外人」は、外国人の略称として個人的な会話などでは日常茶飯事で使われているが、原義は「グループ外、縁もゆかりも無い人」であり、主に正確性の点から、用いない言葉である。より正確な「外国人」や「(国家)人」を用いる。ただ、日本語を話すことのできる外国人タレントが自分のことを指して「外人」と言うような場合には、特にカットされずにそのまま放送されることがある。エリア88では、外部の人間ばかりを集めて編成した部隊という意味から「外人部隊」と称されていた。「フランス外人部隊」に至っては軍部隊の正式名称・固有名詞であるため修整不能である。
- 「黒ん坊」は、ネグロイド(黒人)または「夏に日焼けした肌の子」のこと。黒人に対する差別的、侮蔑的な意味を持つことがあるとされ、現在、ほぼ全面的に禁止となっている。また、かつては海水浴場などで「黒ん坊大会」などと銘打ったイベントが開かれていたこともあったが、現在では言葉そのものがほとんど使われていないこともあり、通常用いない言葉としている例も多い。
- また、コーカソイド(白人)もしくは西洋人に対する差別、侮蔑語とされる、「毛唐」(「毛」(頭髪)が「唐」(中国の王朝としての「唐」ではなく、東アジア以外のという意味合い)、つまり金髪・赤毛・栗毛の意味。金髪・赤毛・栗毛。)も、ほぼ全面的に禁止となっている。
- 「ダッチ」は、オランダの英称だが「ダッチマン」・「ダッチワイフ」など、侮蔑的、卑猥な意味で用いられていたという歴史的経緯から、原則的に禁止となった。近年レミー・ボンヤスキー(オランダのK-1選手)のリング・フレーズ「フライング・ダッチマン」が使用できなくなったのはこのような事情に配慮してのものであるが、視聴者が限定される深夜番組などでは現在もカットされずにそのまま放送されているケースもある。例えば、1997年8月1日深夜に放送された『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)の名物コーナー「空耳アワー」で「ダッチワイフ」という言葉を使った作品がそのまま取り上げられ、関西地区2008年10月29日深夜に放送された『にけつッ!!』(読売テレビ系)では「ダッチワイフ」という発言がそのまま放送され、2006年2月13日深夜に放送された『メッセ弾』(テレビ大阪)でも「ダッチワイフ」という歌詞を連呼する楽曲をかけて出演者もそれを連呼するシーンが見られた。しかし同じネタをゴールデンタイムで話す際には「いわゆるお人形さん~」のような言い換えを用いる等の配慮がされている。なお、ダッチロールやダッチオーブン、ダブルダッチなど、侮蔑的意味を持っていないものについては問題ない。
- 「土人」は、かつてアイヌ民族や、主に熱帯地域の住民を侮蔑する意味で用いられた言葉のため、ほぼ全面的に禁止となっている。鈴木史朗がニュース番組で臨時ニュースの原稿を読む際、縦書きで「十一人」と書きなぐられた文字を見て「土人」と読んでしまうミスを犯したことがある。ただし、差別・侮蔑を伝えるための使用は問題なく、むしろ正確に大胆に使われる。「原住民」は注意を要する言葉。台湾原住民などの用い方は問題ない。
- 「ジャップ」・「ニップ」は、自国日本人に対する侮蔑語であるため、通常用いない言葉。過去に新谷かおるが週刊少年サンデー上で「ジャップ」というタイトルのスパイ漫画を連載し始めたが、各所からのクレームにより連載途中でタイトルを変更するという珍現象が起こった事がある(変更後のタイトルは「バランサー」) ただし演出効果を求めたり宣伝として映画の内容を伝えるためにあえて使用するケースもあり、北野武監督作品「BROTHER」の名シーン「ファッキンジャップくらいわかるよバカヤロウ」と言うセリフがこれに当たる。
- 「酋長」は、ほぼ全面的に禁止もしくは原則として禁止とされているが、他により正確な言葉があり、現在では言葉そのものがほとんど使われていないことから、用いない言葉としている例も多い。
- この他に「支那」・「朝鮮」などがある。
- 例は少ないが、独立した国家・政府として日本国政府が認めていないものに対しては「~国」あるいは「~政府」という言い方をしない。「台湾政府」は、1972年の日中国交樹立以後、日本国政府は台湾政府を認めていないことから、使わない言葉となっている。現在、「台湾当局」で統一されている。
- 日本を含め、各国の政府機関などの名称は正確に用いる。例えば自衛隊は諸外国から軍隊視されていることから、海外の英語放送などで、例えば陸上自衛隊のことを「ジャパニーズアーミー」(Japanese Army)とされることがあるが、日本には戦力不保持を定めた日本国憲法第9条第2項により、軍隊は存在しないため、原則として「自衛隊」(Self Defense Force)としている。「ジャパニーズアーミー」は、日本では大日本帝国時代の帝国陸軍の英称として用いられる。また当時の帝国陸軍、帝国海軍の総称は現在、「旧日本軍」として統一されている。
- 他に正確性の点から注意を要するとされている言葉として「部」がある。中国語や朝鮮語[3]では、中央政府の行政機関として使う場合、省を意味する語だが、日本語では中央省庁の組織の一部門を意味する表現で使用されているため、部から省に置きかえられる(例:国防省、公安省など。外交部は丸ごと外務省になる)。
[編集] 裏日本などの地理用語(人権・家庭と社会)
- 「裏日本」は、本州の日本海側に面した地方のことであるが、侮蔑的に用いられる可能性があるとされていること、その対義語である「表日本」がほぼ使われなくなり、普通に「日本海側」「太平洋側」という、わかりやすい言葉が使われるようになって久しいことなどの理由により、使わない言葉となっている。「南洋群島」などもほぼ同じ。
[編集] うんこなどの排泄物に関する言葉(表現上の配慮)
- 以前はほぼ全面的に禁止か、慎重に扱うべき言葉とされ、用いる場合でも正式な医学用語の必要最小限度の使用に限るとされていたが、現在では注意を要する言葉として扱われているものが多くなっている。すなわち排泄は生物のごく自然な生理現象のひとつであり、これらをほぼ全面的に禁止して、いちいち必要以上に言い回しを変えるなどの措置は、本来の自然な生理現象を、かえって不快の感じを与えるような下品、卑猥な表現としてしまう危険性が高く、むしろ放送内容における、用い方の配慮が必要であるという解釈がなされている。具体的な例では、放送時間帯により使い分けがなされることが挙げられる。例えば、正午を挟んだ時間帯では禁止されないまでも、伏せ字にされたり「食事中の方々に迷惑をかけた」という趣旨のお詫びが行われることがある。
[編集] えた・非人などの部落差別に関する言葉(人権)
- 「えた」・「非人」は江戸時代に完成された身分制度、すなわち士農工商よりも下に置かれた身分の人のこと。差別、侮蔑的なものとして用いられる恐れがあるとされることから、原則的に禁止となっている。以前は、ほぼ全面的に禁止となっていたが、2003年7月25日、NHK「プロジェクトX~挑戦者たち~」内差別発言に関するNHK回答が示されて以降、部落差別問題を扱う放送内容の場合、史実に忠実で差別を助長しないものであることを条件として用いられるようになった。他の部落差別に関する言葉もほぼ同様の扱いである。
- 具体的には、例えば「特殊部落」は歴史的に部落差別問題を隠蔽する政治的な意図のある言葉で、通常使わない言葉であるが、部落差別問題を取り扱う内容の番組では、明確に被差別部落の意味として用いる。被差別部落に対し、歴史的にこの言葉が公権力の側ですら差別的に使われたため、本来、差別的意味のない「部落」までも差別的意味を持つ(被差別部落を連想させる)ととらえられるようになり、以前はほぼ全面的に禁止となっていたが、部落差別問題に対し「寝た子を起こすな」はむしろこれを助長する一因でもあり、言葉のみを規制しても問題の解決にはならないことから、今日、古いドキュメンタリー番組の再放送などではノーカットで放送されることもあるようになった。
- なお「部落」は東北地方などでは「村落」などと同様の意味で問題なく使用されている言葉であるが、現在でも慎重に扱うべき言葉となっている。また関西地方で部落の意味として用いられる「在所」も概ね慎重に扱うべき言葉とされているが、方言であること、普通に「地区」「地域」といった言葉を用いるほうがわかりやすいため、使われなくなってきている。1969年にフォークソンググループ・赤い鳥が発売した『竹田の子守唄』の歌詞の中に含まれていたが、これが一部で被差別部落のことを歌った曲と見られ、長い間自粛されていたが、1990年代以降は自粛されなくなっている。
- ただし「四つ(四つ指・四つ足)」については、暴力団関係の言葉でもあるとされ、ほぼ全面的に禁止となっている。ヨツユビリクガメ(動物)などは問題ない。
[編集] オナニーなどの性に関する言葉(性表現など)
- 根拠例として、民放連放送基準11章には「性に関する事柄は視聴者に困惑・嫌悪の感じをいだかせないように注意する。」「全裸は原則として取り扱わない。肉体の一部を表現するときは、下品・卑猥の感をあたえないように特に注意する。」とあり、これに該当するもしくはその恐れのあるものは、ほぼ全面的に禁止となっている。問題の性質上、抽象的な根拠にならざるを得ず、男女ともに多くの対象となる言葉がある。
- 「性」はごく自然なものであり、これをいたずらに歪めて表現することに問題の本姿が存在する。性交渉、自慰行為といった言葉を用いる必要がある場合、最も「放送人の良識」により判断すべきものであるという解釈がなされている。すなわち具体的には「自分の家族、子供といっしょに視聴できるものであるかどうか。」ということが判断基準としてよく語られ、同じ言葉でもケース・バイ・ケースで判断される。
- 代表的な「セックス」はかつて厳しく規制されていた言葉であるが、バブル期以降はそのまま放送されることが常態化した。(『東京ラブストーリー』の「カンチ、セックスしよう」など。ただし、このセリフのインパクトは大きかったと言われる)。常態化したのは、明石家さんまが、『H(えっち)』という言葉に言い換えたことによるところが大きい。これは日本の放送において、「一大発明」であった。
- 「セックス」は日本では「性交渉」の意味として一般にとらえられるということから厳しく制限されていたのであるが、性交渉はこの言葉の持つ意味のひとつにしか過ぎないことは周知の事実である。この言葉を厳しく制限することは、より強く原意を曲げることにもなりかねない。しかし当時の世論感情はまだ必ずしもこれを受け入れられる状況にあるとは言えず、「性交」などとんでもない、やや緩い「性行為」ですら反発があり、古語を用いる、あるいは「男女の関係」「夫婦生活」「赤ちゃんができること」といった言い回しで回避せざるを得ないのが実態であった。しかしこれらはやはり「隠語」であり、少しでも用い方を誤ると、直ちに下品、卑猥な感じとなることから、各放送局で議論は絶えず、結論の出せない状況にあった。この突破口として考え出されたのが、世間一般で本来、「変態」の隠語であり、明るくややいたずらな「スケベ」に加え、適度な羞恥心を持つ性交渉のニュアンスを持つものに転じ、本来の意味として用いられなくなっていた「えっち」を、思い切って放送に用いることであった。
- これを機に「セックス」は本来の広い意味を持つ言葉として、慎重に用いられるようになっていった。ただ現在でも日本では性交渉に限局した用いられ方が多いことから、この言葉を用いる表現内容全体に下品・卑猥の感をあたえないように配慮がなされている。なお現在でもNHKでの扱いは、民放よりもやや厳しい傾向にあるが、性教育や性関連の相談等の番組では、むしろ民放よりも大胆に用いられることがある。
- 一般的によく知られているものとしては性器の俗称があるが、例えば男性器の俗称である、「キンタマ」(金玉=睾丸)などは、現在は慎重に用いる言葉もしくは注意を要する言葉となっている。放送時間帯などによって扱いが異なる。かつては青少年が視聴することの多いゴールデンタイムでほぼ全面的に規制されていたが、1990年代以降は特に規制されることはなくなってきている。ただし女性器と同様に男性器そのものの映像などは現在もほぼ全面的に禁止されている(ジャッカスの劇場版が放送できないのはこのため)。
- NHKと民放では、扱いに若干の差がある。NHKでは現在でもいわゆる「放送問題用語」の1つとされているようであるが、2007年12月31日に放送された第58回NHK紅白歌合戦では、紅組司会・中居正広と白組司会の笑福亭鶴瓶がショートコントをしていた冒頭場面において、笑福亭鶴瓶がSMAPが歌う曲の「弾丸ファイター」を「睾丸ファイター」と言い放った例もある。ビートたけしはラジオ番組「ビートたけしのオールナイトニッポン」中では規制を避けるために、ひっくり返した「タマキン」などをよく用いた。
- 一方、女性器の俗称である「まんこ」は、現在でもほぼ全面的に禁止となっており、放送のみならず、成年コミックやアダルトゲームでも、大抵「お○○こ」といった伏字にされる。松本明子が生放送で叫び、謹慎処分となった例がある(四文字言葉事件)。しかしながら、一方で「ちんこ」のほうは規制がなく、ジェンダーの面から差別的との意見が多い。
- かつて、プロ野球の助っ人外国人選手として大毎オリオンズに在籍したフランク・マンコビッチ選手が、登録時にフランク・マニーという登録名に変更させられた、あるいは沖縄県の「糸満港」を「いとまんぎょこう(糸満漁港)」と言いかえた例もある。これらは名前・固有名称であり、変更することによりそのいきさつを知る視聴者に、むしろ下品・卑わいの感を連想させる、さらに人名であれば、人権の尊重規定に抵触する恐れすらあることから、現在ではそのまま放送することが多い。ただ、全く同じ音である沖縄本島にある漫湖などについては、前後関係でこの言葉のみが突出し、視聴者、聴取者を驚かせる恐れがある場合には、前後に適切な表現を入れる、あるいはイントネーションを変えたりテロップで表記することで対処することがある。また、マンキヴィッツなどに訳を改める場合もある。
- 九州地方の方言である「ぼぼ」については、猿の赤ちゃんを意味する飛騨地方の観光客のお土産のひとつ「さるぼぼ」もあるということから、良識の範囲として放送されることも多い。
- ~万個や~万戸は数量の表現であり、問題はない。同様にロシアのヤキマンコ通り、スイスのレマン湖なども問題はない。
- あのねのねの『つくばねの歌』のサビはレコード版では暈しつつも○ンコという歌詞があるため放送禁止の歌と言われた。
- つボイノリオの『インカ帝国の成立』は、インカ帝国創設者とされる伝説の英雄マンコ・カパックの功績を讃えた歌であるが、ラジオ放送ではピー音が入れられた。(すでに1970年代には歌詞が存在していたとされるが、2000年代まで未発表だったためいわゆる「放送禁止歌」を逃れた。)なお、限定版シングルでは、この自主規制バージョンが「学校放送向け」バージョンとして収録されている。
- 「北野ファンクラブ」の替え歌コーナー「亀有ブラザーズ」などでは、西城秀樹「YOUNG MAN」の替え歌「コーマン」など、ひっくり返した呼称が用いられた。
- その他「きらきらアフロ」で松嶋尚美が「万古焼」が読めずに「まんこやき」と連呼したなどのケースがある。「まんこ」はともかく、これは「誤った内容の放送」となるため、DVD版では当該発言箇所にピー音が被せられている。
[編集] おまわりなどの特定の職業に関する言葉(人権・法と政治など)
- 「おまわり」は警察官に対する侮蔑語。通常用いない言葉であるが、放送内容が犯罪を模倣し、助長させる恐れのないものであれば、映像作品などで用いられることがある。(アニメ『AKIRA』など)。なお、「おまわりさん」とするのは問題ない。他に「サツカン」「ポリ公」「マッポ」など多くあるが同じ。一部の漫画・アニメやドラマでは使用されていた(加瀬あつしの漫画「ポリ公マン」など)。また、雑誌Optionでは「K察」、「オマーリ」などの表現を用いていた時期もある。
- 「スチュワーデス」は、客室乗務員の女性を指すが、アメリカでの言い換えの風潮や、女性差別であると抗議を行う団体などがあることから、通常用いない言葉になった。フライトアテンダントと言いかえることが多い。他に「看護婦→看護師」「保母→保育士」の言いかえなどがある。トーク番組などでは勢いを削がないために音声はカットせずそのまま流し、テロップで「キャビン(フライト)アテンダント」などと注釈表記する、といった配慮を行っている場合もある。
- 「鉄砲撃ち」は、銃器を用い、狩猟などを行う人に対する差別、侮蔑語であることから、ほぼ全面的に禁止。もっとも日本の場合、銃器に関する規制が極めて厳しく、正確な言葉がそれぞれにあることから、使わない言葉となっている。
- 「出稼ぎ」は、関東もしくは関西方面在住の東北地方出身労働者及び在日の日系外国人労働者などに対し、差別を目的として用いられる恐れのある言葉とされるようになったことから、現在、慎重に扱うべき言葉となっている。
- 「土方(どかた)」は、土木・建築に従事する作業員などに対する差別的、侮蔑的言葉として、以前はほぼ全面的に禁止となっていたが、現在は概ね慎重に扱うべき言葉となっている。現在はガテン系という言葉も存在する。なお姓としての土方(ひじかた)などは問題ない。
- 「床屋」は、江戸時代、売春を副業としていた店があったという俗説があるため、以前はほぼ全面的に禁止となっていたが、現在は概ね慎重に扱うべき言葉となっており、内容によってはそのまま放送されることも多い。
- 「百姓」は、百の姓という意味で、何ら差別的な意味合いはない。国民(人民)が本来の意味。北宋時代の書物に『百家姓』というものがある。当時の中国における代表的な姓を集めたもので、宋の始祖である太祖・趙匡胤の姓で宋朝の国姓である趙が最初に挙げられている。農家の人が自らこう呼ぶこともよくある。むしろ他人が呼び捨てにするのが“失礼”にあたる、というのが現在の見解で、注意を要する言葉。「お百姓さん」とすれば問題ない。
- 「~屋」は、一般的に注意を要する言葉。商店やサービス業などの日銭が入る職業を軽蔑するような用い方は禁止。「~屋さん」は問題ない。
- テレビ朝日系で放送されたドラマ「菊次郎とさき」では、ドラマホームページおよび各放送のエンディングで『「塗装業」を「ペンキ屋」と表現するように、昭和30年代に一般的に使用されていた名称・呼称を使用しています』とのテロップを流した。
[編集] かたわなどの身体障害者に関する言葉(人権・表現上の配慮)
- 「かたわ」は、身体障害者全般に対する差別、侮辱語とされ、ほぼ全面的に禁止となっている。「不具者(ふぐしゃ)」も同じ。
- 「あきめくら」は視覚障害者の障害の様態を示す言葉として、文学作品中にも登場することのある言葉であるが、視覚障害の様態を示す場合、医学的に正確性を欠き、概ね差別的、侮蔑的なものとしてとらえられること、また瞼は開いているのに目が見えない様から転じて、文字の読み書きのできない人、さらには物事を見ていながら気がつかない人のことを差別的、侮蔑的に言うものであることから、ほぼ全面的に禁止となっている。なお、この言葉を使っている文章の場合、言葉のみの言いかえをしても、差別的、侮蔑的な意味が残ることが多く、たとえ文学作品であっても、この言葉が使われている文章部分を全てカットすることが多い。「めくら」についても、視覚障害の様態を示す場合、それぞれの様態について正確な言葉があること、また目が見えない様から、物事の道理や本質がわからない、分別がない、デタラメといった意味を持つようになった言葉であることから、ほぼ全面的に禁止となっている。
- 「めくら」という読みは非常に差別的、侮蔑的な意味合いが強いとされることから、視覚障害の様態を示す目的以外の「めくら~」などについても原則的に禁止か、極めて慎重に扱うべき言葉とされている。さらに「めくら」という言葉のみを避けた「~の目はふしあな」などの言い回しについても、ほぼ全面的に禁止となっている。「盲判(めくらばん)」などといった言葉は国会中継などで放送されてしまうケースもある。また「鶴瓶上岡パペポTV」で、「国会中継での『盲判』という発言はなぜカット(言い換え)されないのか」という話題が出た際にも、トークの内容を伝えるために例外的にそのまま放送されたことがある。
- 「めくら」の読みを持つ言葉は今日、慣用句、固有名詞などであっても、言いかえのきくものはできるだけ言いかえられるようになっている。例えば「めくらじま」であれば「紺無地の木綿織物」などと、一般的により分かりやすい言いかえができることから、ほぼ全面的に禁止とされている。今日、言いかえのできない動物の名称などに限ってそのまま放送されることが多い(「メクラウナギ」など。ただし各学会などでも改名が進められており、「メクラウナギ」は2007年、「ホソヌタウナギ」とされ、使われなくなった)。
- なお、「もうもく」という読みについては、今日、タイトルなどではそのまま、本編などでは「目が見えない」といった使い分けがなされている例が多い。
- 他に片目が不自由である意味の「めっかち」は、ほぼ全面的に禁止となっているが、言いかえのひとつである「独眼」は慎重に扱うべき言葉とされ、さらに「片目の英雄」の意味の「独眼竜」などは全く問題ない。
- 肢体不自由者に対する差別、侮蔑語とされる「びっこ」、「ちんば」なども、ほぼ全面的に禁止となっている。
- 関連して、「片手落ち」などがある。「片手落ち」の原義は「片-手落ち」(片方のみ裁断される不当な手落ち)である。NHK大河ドラマ『元禄繚乱』で「片落ち」と言いかえられたことから「言葉狩り」と非難の声もあったが、特に肢体不自由者に対しては、古代ギリシアのユウェナリスの「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」(It is to be prayed that the mind be sound in a sound body) を、ナチス・ドイツをはじめとする国家が軍国主義を推し進めるため恣意的に改竄した「健全な精神は健全な身体に宿る」が、差別的意味を持って今でも用いられる恐れがあり、(なお「健全なる精神は健全なる身体に~」の表現もほぼ全面的に禁止となっている)「片手-落ち」と解釈されかねないことから、ほぼ全面的に禁止となっている。さらに「手落ち」や、交通機関、交通手段がないことを示す「足がない」なども、通常用いない言葉となっている。
- 発話障害者に対する差別、侮辱語とされる「唖(おし)」も、ほぼ全面的に禁止となっている。ゴルゴ13の劇中のセリフが差し替えられているのはこういう事情から。
- 関連して「どもり」も、ほぼ全面的に禁止となっている。2005年放送の『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』のトークで浜田雅功が発言。生放送ではなかったため音声は編集されていた。
- 聴覚障害者に対する差別、侮蔑語とされる「聾(つんぼ)」も、ほぼ全面的に禁止となっている。聾学校は2007年度より、盲学校・養護学校とあわせ特別支援学校とされた。「めくら」と同様に「つんぼ桟敷」などは、ほぼ全面的に禁止。
- 「障害者」も、「害」の字を問題として、官公庁等での書きかえが一部でなされていることから、テロップなどでは「障がい者」とされることもあるようになっている。これはもともと正しくは「障礙者」であるが、「礙(碍)」が当用漢字に含まれていないために同音の漢字による書きかえによって置きかえられた経緯をもつためである。
- なお、「~障害を持つ」は、本来の意味で用いる場合には問題ないが、注意を要する言葉とされ、現在、NHKでは「~障害がある」に言いかえている。
[編集] かったいなどの容姿などに関する言葉(人権・表現上の配慮)
- 「かったい」は、ハンセン病のらい腫(結節)が現れている人のこと。地方では1950年代まで用いられていた。日本ではハンセン病患者への法的対応があまりに遅れたこともあり、改めてほぼ全面的に禁止としている場合が多い。
- 「小人(こびと)」は背の低い人に対する侮辱語でもあるため、慎重に扱うべき言葉とされている。「チビ」なども同様。文学作品などの放送では慎重に用いられることがある。ただし自分の家族のうち年少者にあたる子供のことを特に指して「うちのチビが~」と使用するような場合などは問題ない。
- 「せむし」は、ほぼ全面的に禁止となっている。この規制は世界的名作であるユーゴー『ノートルダム・ド・パリ』の別の邦訳『ノートルダムのせむし男』の題名が使用できない、などといった問題をかかえる。ディズニー映画は邦題を『ノートルダムの鐘』とした。また、日本国内向けに表示される英題も『The Hunchback of Notre Dame』(Hunchback=せむしの意)から『The Bells of Notre Dame』と変更されている
- いわゆる「斜視」を示す「ロンパリ、眇(すがめ)、ひんがら目(ひんがらめ)、藪睨み(やぶにらみ)」はほぼ全面的に禁止となっている。なお「ロンパリ」は、目が「ロンドン」と「パリ」それぞれ別々の方向を向いているような様からつけられた差別的俗語。
[編集] 気違いなどの精神障害者に関する言葉(人権・表現上の配慮)
- 精神障害者がその回復期に「きちがい(気違い)」という語句をテレビなどで耳にすることにより、その回復が遅れる恐れが指摘されていること、医学的に「気が違う」というのは、もはや荒唐無稽な話であるなどの理由から、ほぼ全面的に禁止となっている。また米軍基地などの敷地外を意味する「基地外」が「気違い」に通じることから「基地の外」と言いかえられることが多い。
- 関連した、「狂う」は、以前は極めて慎重に用いるもしくはほぼ全面的に禁止とされていたが、元来、人、動物、物に広く用いる言葉であり、この措置がかえって精神障害者に対する差別や偏見を助長する恐れがある事から、現在は慎重に扱うべき言葉もしくは注意を要する言葉となっている。
- さらに「精神分裂病」は、かつて病名の1つとして用いられていたが、現在では正式に存在しない病名であり、また精神障害者に対する侮辱あるいは差別と誤解される事から、使わない言葉となった。現在では、統合失調症と言う。
- 「白痴(はくち)」は、かつて用いられていたが、現在は慎重に扱うべき言葉となっている。田原総一朗が菅直人にテレビ番組で発言されて不快感を示したのが代表例。ドストエフスキーや坂口安吾の作品のタイトルに使われることがある。
- ぎっちょなどの個人の個性や趣向などに関する言葉 (人権・表現上の配慮など)
- 「ぎっちょ」は、左利きの人に対する差別的意味を持ち、これを助長する恐れがあるということから1990年代の初め頃から、ほぼ全面的に禁止となった。また「ぎっちょ」は昆虫のキリギリスのことでもあり、左利きの人に対して、その意味で「キリギリス」と言うのは禁止。
- 新しい言葉で「オタク」がある。従来より「~は病的な~だ」あるいは「~は~バカ」という表現について規制がある。岡田斗司夫が1996年5月に発表した著書『オタク学入門』によると、この言葉は当時のNHKの「放送問題用語」に指定されていた。現在は概ね、注意を要する言葉、すなわち差別、侮蔑的に用いなければ、基本的に問題はない言葉とされている。
[編集] 組(家庭と社会)
[編集] 支那など(法と政治)
- 「支那」は中国及びその人民(国民)、さらには華僑などに対する侮蔑的、差別的意味を持つ言葉とされている。英語の「CHINA」同様、秦を語源とする言葉。かつてはほぼ全面的に禁止となっていたが、一時、規制がかなり緩和された結果、中国に批判的な人が偏見的に再び用いる恐れがあるとされ、現在は再び規制が強化、慎重に扱うべき言葉となっている。
- また、中国人に対する蔑称である「チャンコロ」、「ポコペン」は、ほぼ全面的に禁止となっている。漫画『ケロロ軍曹』がテレビアニメ化・メディア展開された際、地球のことを「ペコポン」と変更したのはこういった事情による。
[編集] 将棋倒し(人権)
- 日本将棋連盟などからの意見で、新たに慎重に用いる言葉もしくは注意を要する言葉となった。
[編集] 正室・側室(人権・法と政治・家庭と社会)
- 皇室の制度上は現在も存在するが、男尊女卑の肯定が憚られる現在では、慎重に扱うべき言葉となっている。寛仁親王の側室発言は皇族という身分から社会的非難には至らなかったが、かわりに評判を落とすという代償を払っている。
[編集] 贅六(ぜいろく)などの個人の出身に関する言葉(人権)
- 「贅六」は、「丁稚」を意味する「才六」の江戸訛りで、上方出身者に対する侮蔑語。今でも愛知県以西(特に関西地方)の人に対して用いられる恐れがあるとされ、ほぼ全面的に禁止となっている。近年、放送では方言も尊重されるようになったため、他にも対象となる言葉が増えている。
[編集] 知恵遅れなどの知的障害者に関する言葉(人権)
- 「知恵遅れ」は、過去、用いられていたこともあったが、知的障害者に対し差別的、侮辱的意味をもって用いられる恐れがあるようになったとされ、ほぼ全面的に禁止となった。隠語である「脳タリン」などは、放送に限らず、知的障害者を表すものとして用いることが憚られるようになったことから、さらに厳しい扱いとされている。「無能」「バカ」「ボケ」「アホ」などの言葉を、知的障害者に対して用いることも同様。
- 従来、学校などでの授業内容の理解度の低い人などに対して用いられていた「落ちこぼれ」が、知的障害者に対して用いられる恐れがあるようになったとされ、極めて慎重に用いる言葉とされた。従来の、学校などでの授業内容の理解度の低い人などに用いる場合に限り、「いわゆる落ちこぼれ~」という用い方をする。知的障害者に対して用いることは(知的障害者に対する差別、侮蔑を批判する放送内容であっても)なくなっている。
[編集] 朝鮮など(法と政治・報道の責任など)
- 「朝鮮」は、慎重に扱うべき言葉、正確に用いなければならない言葉とされている。朝鮮民族に対して、差別的、侮蔑的に用いられることがある、また日本統治時代の過去や北朝鮮が朝鮮を正式名称にしており、混同される可能性があるため。大韓民国を「南朝鮮」・「南鮮」と呼ぶといった蔑称に加えて、近年では「朝鮮民族」・「朝鮮語」のように差別的意図を含まない表現も回避される傾向が強い(北朝鮮はこれらの呼称を公式に使用している)。ただし、朝鮮日報や朝鮮ホテルなど固有名詞及び文化に関する記述であれば問題ない。
- 北朝鮮を示す地理用語である「北鮮」も、侮蔑的な意味合いで使用されたことから、ほぼ全面的に禁止となった。ただ、現在では死語となり、使わない言葉になっている。
- 「バカチョン」は本来は「馬鹿で頭が悪い」ことを示す表現であったが、「馬鹿な朝鮮人」の意味で用いられることがあり、さらに古くからの朝鮮民族に対する差別、侮蔑語であるとの主張があるためにこの表現自体がほぼ全面的に禁止となっている。なお、この言葉を含む言葉は「馬鹿な朝鮮人の~」という意味に解釈されうるため、併せてほぼ全面的に禁止となっている。60年代から70年代にかけて自動露出カメラ(コンパクトカメラの頁を参照)が俗に「バカチョン」または「バカチョン・カメラ」と呼ばれていた。このバカチョンは「バカでもチョンと押せば使える」という意味だったが、「バカでもチョンでも使える」という意味に簡単にとらえられること、「バカ」という言葉も注意を要する言葉であることから、当初から各々、正式名称が用いられた。
- 「バカチョン」と同様に「チョン」も、本来は朝鮮民族とは関係のない蔑称であったが、後にこの語が朝鮮民族に対する差別、侮蔑語としての意味も持つようになったことから、朝鮮民族の呼称として解釈されうる蔑称としての使用がほぼ全面的に禁止となっている。
- 過去の歴史から、朝鮮民族やその文化などに対する差別、侮蔑は多く、例えば言葉自体に差別的、侮蔑的意味のない「キムチ」や「ニンニク」であっても、「キムチ臭い」、「ニンニク臭い」などは、朝鮮民族やその文化に対する差別的、侮蔑的な意味を持つことから、このような表現を朝鮮民族やその文化に対して用いることは、ほぼ全面的に禁止されている。
- ダチョウ倶楽部は以前多人数のコント集団「キムチ倶楽部」として活動していたが、ソウルオリンピックなどの当時の社会情勢を考慮して現在のグループ名に改名した[4]。
[編集] 通信制高校または定時制高校(人権など)
- いわゆる「落ちこぼれ」の通う学校という、全く誤った認識が生じている恐れがあるとされ、近年、概ね慎重に扱うべきもしくは注意を要する言葉とされた。高等学校の種類のひとつに過ぎず、通常「通信制・定時制であること」をわざに伝える必要はない。また一方で生徒募集の学校紹介などでは明確に伝える必要があることから議論中。
[編集] トルコ・モーテル(法と政治など)
- 過去、国名以外に、ソープランドの意味で「トルコ」という言葉が用いられていた。改称により現在、性風俗関連の法律に「トルコ」の言葉はない。よって、「トルコ風呂」・「トルコ街」・「トルコ密集地」など、性産業に関連する場合について、通常使わない言葉となっている。『戦国自衛隊』(秋田書店プレイコミック)が世界文化社によってリメイクされた際、劇中のセリフ「川崎堀の内のトルコよく通ったもんだが」というセリフが「川崎堀の内のソープランドよく通ったもんだが」に変更されたのはそのため。もっとも、この作品が最初に発表された時代には「ソープランド」という言葉が存在していないが、そういった面での違和感はまったく考慮しないようである。『嫌われ松子の一生』など、昭和後期の時代背景を重視した作品でまれに劇中で使われることがある。
- 誤用した結果、通常使わない言葉となったものの代表が「モーテル」であろう。自動車で旅行する人のためのホテルのことであり、卑猥な意味はなく、英語では普通に用いられている。ところが日本にはもともと「モーテル」はなく、俗に「連れ込み宿」などと呼ばれていたラブホテルの利用が、自動車によるものが多くなったことから、言いかえとして「モーテル」を用い、当時の世相と相まって結果、卑猥な意味を持つようになったようである。
[編集] 奴隷など過去に存在し、侮蔑、差別目的として用いられた史実語など(人権・法と政治など)
- 概ね注意を要する言葉。史実語としての使用は問題ない。他にも「屯田兵」、「番太」などがある。
- 一方、戦後の占領統治下の日本で外国人、主に在日米軍将兵を相手にした売春婦(私娼)を指す俗語である「パンパン」は、転じて性風俗関係者を侮辱する言葉となっている恐れがあるとされていることから、現在でも、ほぼ全面的に禁止もしくは極めて慎重に扱うべき言葉となっている。
- 他に、戦中、戦争に反対する人を“政府に逆らう者”として罵る意味で使われた「非国民」などは、現在の日本国政府を言論により批判する人に対して用いてはならない。
[編集] ホームレスなどに関する言葉(人権・法と政治・表現上の配慮など)
- 近年、ホームレスが社会問題となったことから、定まった住所・職業などがなく、さまよい歩く者のことを示す「浮浪者」が、ほぼ全面的に禁止となった。ほぼ同義のドイツ語の「ぼろ、古着」(Lumpen)からきている、浮浪者、失業者を示す「ルンペン」は、現在のところ、慎重に扱うべき言葉とされている。どちらも必要な場合、「住所不定無職」などの語を用いて言いかえることが多い。過去の一部のドラマ(『裸の大将放浪記』など)があまり再放送されないのは「ルンペン」のセリフが頻発するため。また、ヒット曲「ブルーシャトー」の替え歌の一部に♪静かニンジン、眠ールンペン♪の言う部分があるが、現在ではそのまま放送されることが多い。
- やや関連する、「乞食」は、通常用いない言葉となっている。こちらは「現在の日本においては、生活保護が行き届いているために物乞いで生計を立てる人は理論的に存在しない。よってこれは死語であり、存在しないものを指す言葉は放送に用いるべきではない」という理論に基づく[5]。ただし『王子とこじき』という作品であれば問題なく、また軽犯罪法第1条22項でも「こじきをし、又はこじきをさせた者」と記載されているため、法令の条文や法律用語で使うのであれば問題はない。
- また「ドヤ」は、慎重に扱うべき言葉となっている。かつてはほぼ全面的に禁止となっていた。使われない言葉となりつつあり、「いわゆるドヤ」という形で用いられることがある。
[編集] 薬品など(法と政治・報道の責任・家庭と社会・表現上の配慮・犯罪表現・広告の責任など)
- 視聴者の生命・財産に直結するものであること、関連する法令等がそれぞれあることなどから、他のものとは異なり、かなり具体的な判断基準を持って日常的に最も多く、また最も細かく規制が行われている「自主規制の代表」である。いわゆる薬品(医薬品、医薬部外品)に限らず、医療用具、化粧品、いわゆる健康食品、危険物(消防法)、火薬類(火薬類取締法)、高圧ガス(高圧ガス保安法)、病毒をうつしやすい物質など、広く規制対象となっている。多くの具体的な細目規定があり、禁止対象となる言葉・表現は場合によってそれぞれ異なる。例えば劇物、毒物などであれば、視聴者が放送から情報を得て、比較的容易に入手可能なものの名称などが放送禁止となる。農薬などのCMがほとんど放送されないのはこのためである。一方、放射性物質などは、入手が極めて困難であるため、そのまま放送される。以下代表的な規定例を挙げる。
- 放送にあたっては、各薬品等に関する各法令などを遵守する。
- 事件報道においても、劇物・毒物・麻薬類などの名称などの使用は必要最小限度のものとし、例えばメタンフェタミン、アンフェタミンなどの具体的名称は特に必要のない限り「覚せい剤」とする。劇物・毒物・麻薬類などの具体的な合成方法などの放送は禁止する。
- 薬品を用いた犯罪などの模倣を防ぐため、刑事ドラマなどでは、できるだけ「薬殺シーン」などの表現をしない。表現する場合であっても、実在する具体的な薬品・手口などを示さない。またどうしても必要がある場合には可能な限り、架空の薬品・手口などを設定する。しかし架空の薬品や手口などを設定したものなどであっても、致死量、中毒量などのコメント・表現などには細心の注意を払い、視聴者が実在の薬品・手口などを容易に特定・推定できるものにしない。
- 薬品を用いた犯罪などの捜査、解決を妨げる、実在の薬品の検出・分析方法などに関する具体的内容の放送はしない。
- 医薬品、医薬部外品、いわゆる健康食品などの分類、名称、効能、用法、副作用などの内容の放送は薬事法などに定めるところに従い、特に正確なものとしなければならない。
- この他、煙草について近年、規制が極めて厳しくなり、以前用いられていた「気分爽快」「至福のひととき」など、これを肯定的に扱う言葉や表現が禁止された。また酒に関する言葉、表現にも制限が課されている。
- この自主規制が守られないと、極めて多くの視聴者や社会に直接的な混乱や被害を与える危険性が高い。関西テレビ放送の「発掘!あるある大事典Ⅱ」事件は、番組全体としてこれらの自主規定を無視したものであると言わざるを得ず、結果、視聴者・社会に与えた混乱、被害は甚大なものとなった。
[編集] わかりにくい言葉
- NHKではいわゆる「放送問題用語リスト」ではなく、放送ガイドラインに「難解な言葉や専門用語、一般的でない外来語などは、避けるかできるだけ言いかえるようにする。」と明記、さらに「放送の用字・用語・発音は、「NHK新用字用語辞典」「NHKことばのハンドブック」および「NHK日本語発音アクセント辞典」に準拠する。」としている。民放各社も概ねこの3つの本に依っていることから、日本語の実質的な放送禁止用語はこの3つの本により規定されているということにもなる。
[編集] 2.外国語での例
日本の外国語放送は日本語のものと概ね同様に扱われるが、海外では法令に定める正式な放送禁止用語とされている場合もある。
以下、英語を例にして述べるが、今日、言論・表現の自由が保証されている多くの諸外国では「発言者の自由と責任」についての大衆の意識が高く、国際的な放送禁止用語とされる「汚れた7言葉」(The Seven Dirty Words)の不適切な使用にしても、その言葉を放送した放送局ではなく、発言者に対して直接、その責任を問う風潮が定着してきており、放送局に対しては、不適切な発言や表現をする者や不適切な言葉や表現を含む番組素材を必要もなく安易に使うことについて責任を問われる傾向にあること、対立する意見については放送局の判断よりも、大衆の意見・判断を尊重すべきであるという考えから、討論形式の番組構成によるといったことなどから、例えば人種差別主義者のゲストなどが"Nigger"などと発言しても、特に放送禁止とならないなど、実質的に"Fuck"以外の言葉は放送禁止とされないようになってきている。さらにFuckにしても、適宜、その部分が効果音などによって消去されるのみで、出演者がその言葉を発言すること自体は特に禁止されてはいない。すなわち放送禁止用語の扱いは放送局ではなく、「発言者の責任」で行われることが多いことから、「自身の発言に責任を持てない出演者」などに限り、放送局の判断で消音措置などが行われることが多い。このことから言論・表現の自由が保証されている諸外国では、出演者の不適切な発言や表現により放送局が損害を被った場合、その出演者に対して放送局が損害賠償を求めて提訴する、あるいは逆に放送局の「勝手な判断」により消音措置などをされた結果、自らの主張が正しく大衆に伝わらなかったとして、放送局が出演者から提訴されるといった例もある。
"The Seven Dirty Words"
- shit(=糞)
- 罵倒語として使用される場合には子供が聞くには適さないということで、概ね午後9時~翌早朝を除き、放送禁止。
- piss(=小便)
- これは一般に使われているため、特に放送禁止とされる言葉ではないが、用法に注意されることがある。
- fuck(=性交、馬鹿)
- 有名な放送禁止用語で、俗に「Fワード」とも呼ばれる。効果音などで処理される。
- cunt(=女性器)
- cocksucker(=フェラチオ、ホモセクシュアル、気違い)
- motherfucker
- 間抜け、見下げ果てた野郎。字義的には「母子相姦する:奴」という意味のキリスト教文化圏としては最悪の侮辱表現の一つ。
- tits(=女の乳房)
「内容第一、自己責任」であることから、英語のみならず、例えば『天空の城ラピュタ』のアメリカ向け英語版の題は、"La puta"がスペイン語で"「売春婦」"を意味する言葉であることから、ヒスパニック系視聴者に配慮して『Castle in the Sky』とされている。また、"Nigger"は、黒人を侮蔑する言葉で、俗に「Nワード」とも呼ばれるが、当然、黒人をこの言葉で侮辱することを肯定的に扱うような放送内容はありえず、人種間対立が脚本に組み込まれている番組などでは用いられる。
なお楽曲については、本旨に問題がなくても、短い楽曲であるがために、視聴者、聴取者にその本旨が正確に伝わらない可能性があることから、アメリカ合衆国では、歌詞や効果音に侮蔑語、差別語などが使われている場合、その部分のボーカル音をカット編集したり「ピー音」を入れることが多い(特にクリア・チャンネル・コミュニケーションズ傘下のラジオ局においてこの傾向が強い。英語版ウィキペディア『en:KIIS-FM』にある「Editing」も参照のこと)。
[編集] 参考文献等
- 「日本放送協会番組基準」 日本放送協会
- 「2008年 NHK新放送ガイドライン」 日本放送協会
- 「日本民間放送連盟放送基準」(北陸放送)
- 「NHK新用字用語辞典」 日本放送協会
- 「NHKことばのハンドブック」 日本放送協会
- 「現代用語の基礎知識2008」 自由国民社
- 「放送ハンドブック」 社団法人日本民間放送連盟編 東洋経済新報社
- 「放送禁止歌」 森達也著・デーブ・スペクター監修 解放出版社
- 「メディアの倫理と説明責任制度(アカウンタビリティ・システム)」クロード・ジャン・ベルトラン著 前澤 猛 訳 明石書店
- 「人格権侵害と言論・表現の自由」 村上孝止著 青弓社
- 「プライバシーと出版・報道の自由」 青弓社編集部著 青弓社
- 「ビデオジャーナリストの挑戦」 神保哲生著 ほんの本
- 「「言葉狩り」と出版の自由」 湯浅俊彦著 明石書店
- 「表現の自由と検閲を知るための辞典」 インデックス・オン・センサーシップ編 田島泰彦 監修 滝 順子 増田恵里子 丸山敬子 訳 明石書店
- 「解放新聞」2003年8月25日 解放新聞社
- 「発掘あるある大辞典II 捏造事件についての見解」2007年1月26日 日本民間放送労働組合連合会中央執行委員会
- 「関西テレビ放送再生委員会答申書」 関西テレビ放送再生委員会
- 「放送が禁止された歌」 山口真也 伊佐常利 沖縄国際大学
- 「テレビ 今そこにある危機・放送作家とその責任」 日本放送作家協会「放送を考える会」
[編集] 脚注
- ^ 字幕放送では「…」と表現される場合が多い。
- ^ 『ファイアレッド・リーフグリーン』以降では「ジャグラー」に変更されている。
- ^ かつては北朝鮮でも使用していたが、1998年の社会主義憲法により部(부)から省(성)に変更された。
- ^ テレ朝チャンネルダチョ・リブレ第49回放送時にメンバーの上島竜兵が発言。
- ^ 景山民夫 『極楽TV』 新潮社、1990年6月。ISBN 978-4101102139
[編集] 関連項目
- 放送禁止
- 表現の自主規制・自己検閲
- 菊タブー
- 差別用語
- 報道におけるタブー
- 自主規制
- 放送倫理・番組向上機構
- レイティング
- 森達也
- 放送事故
- つボイノリオ
- やしきたかじん
- 明石家さんま
- 茶目子の一日
- 蔑称
- 桂萬光
- 紅萬子
- 政見放送削除事件
- 日本における検閲

