天満橋駅

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天満橋駅
天満橋駅ビルと八軒家浜船着場(2008年4月16日)
天満橋駅ビルと八軒家浜船着場
(2008年4月16日)
てんまばし - Temmabashi
所在地 大阪市中央区天満橋京町
所属事業者 京阪電気鉄道駅詳細
大阪市交通局駅詳細
所属路線 京阪本線
京阪中之島線
大阪市営地下鉄谷町線

天満橋駅(てんまばしえき)は大阪府大阪市中央区天満橋京町1-1にある、京阪電気鉄道大阪市営地下鉄

旧淀川(大川)に架かる天満橋の南詰に位置する。元は京阪の大阪側ターミナルであったが、路線の新規開業や延長により分岐駅となり、利用者数でも京橋駅淀屋橋駅を下回っている。

利用可能な鉄道路線[編集]

京阪本線と中之島線の相互の乗り換えは、淀屋橋側から中之島側(もしくはその逆)へ向かう場合でない限りは同一ホームで乗り換えることが可能な京橋駅が乗り換え駅として案内されている。

  • 京阪電気鉄道
  • 大阪市営地下鉄

歴史[編集]

元々京阪天満橋駅、明治43年。

1910年、京阪電鉄の開業に伴い大阪側の起点として設置された駅である。当初は高麗橋付近に起点を置く計画であったが、大阪市電との絡みもあり当駅が起点となった。開業当初の駅は電停と変わりのない簡素な物であったが、大正時代にホームの高床化・駅舎の新築がおこなわれ、3面4線の櫛形ホームとなった。昭和初期の1932年には淀川寝屋川との合流部の付け替え工事が行われ、その河川敷の払い下げを受けて3代目駅舎が造られた。この駅舎は櫛型4面6線の旅客用ホームに貨物用ホーム1面1線を加えた構造で、現 OMMビル中央付近に南北に地下道があり、これを境に各ホームの東側を降車ホーム、西側を乗車ホームとして、完全な乗降分離を行なっていた。地下道の南端は土佐堀通北側歩道下にあたるが、この地下道南端に降車用改札口があり、各降車ホームからの乗客は地下道改札口を経て大阪市電・バスに乗り換えていた。現在も残る「京阪東口」の地名はこの降車用改札口に由来していて、OMMビルの東側には京阪天満橋駅東口の名残りである京阪東口と称する交差点バス停があり、京阪東口から天満橋交差点北東角の乗車口までの土佐堀通北側には名店街もあった。

乗車口の南側には1/4円形敷地の駅本屋、北側には3階建の京阪デパート天満橋店があった(1933年開店)。駅本屋には大形庇があり、戦後はひらかた大菊人形などの各種広告に使用された。本屋内中央には円形の切符売場があったが、天井がドーム風に非常に高く建築されており、ひらかた大菊人形開催時には提灯風広告が吊るされるなど、ここでも各種広告が行なわれていた。この駅舎は太平洋戦争・大阪への空襲で全焼したが、戦後修復され京阪本線地下化まで使用された。

1963年4月16日に地下駅に移行した当初は、北側2線(1・2番線)が淀屋橋に通じ、南側2線(3・4番線)が行き止まり式(2・3番線と4番線のホームは車止め部分でつながった櫛形ホーム)という構成で、1番線が淀屋橋からの京都方面、2番線が淀屋橋行、3・4番線が当駅折り返しの京都方面という割り当てになっていた。当初は3・4番線から当駅始発列車が発車する際は下り本線との平面交差を余儀なくされたが、1970年11月1日に当駅と京橋駅の間が複々線化され、立体交差で発着できるようになった。日中は3・4番線は入線する列車が無いため、試運転列車の折り返しや新車の試乗会の発着場などに使われることもあった。

当駅から北側に分岐する形で中之島線の建設が決定すると、当駅のホームの形態を変更する必要に迫られた。その建設工事の進捗に伴い、南側2線の行き止まり部分が貫通式に変更された上で、2006年4月16日に淀屋橋方面へ通じる線路が南側2線に切り替わるとともに、北側2線は中之島線開業まで当駅折り返しの京都方面用として使われた。中之島線の開業までは、1番線に発着する列車は午前中の一部列車のみで、始発列車のほとんどは2番線を使用していたが、2008年8月1日より中之島線での習熟運転が開始されたため、昼間時間帯を中心に当駅始発の一部列車が1番線に変更された。なお、非使用時に1番線は閉鎖されており、休日には全く使われない1番線を利用してラッピング車両などの展示が行われることもあった。

そして、同年10月19日の中之島線開業とともに同線に出入りする列車が北側2線を使うようになった。同時に当駅折り返しの列車の設定は廃止されたが、一部の渡り線は非常用として存置されている。なお、同線開業前日の同年10月18日には、1000系1503Fを使用した出町柳発当駅行普通列車の先頭車前面左側に黄色地黒文字で「天満橋」と表記された行先表示板が掲出された[1]。なお1503Fが充当された理由は、列車番号に「1503」の文字が入っていたためである[2]

なお、京阪では大阪市にあることを強調するために「大阪天満橋駅」と案内することがあったが、2003年秋のダイヤ改正以降「大阪天満橋」の呼称はあまり使われなくなった。また、かつては到着の前の車内放送で「OMMビル松坂屋前」と案内されていた。

地下化以来、駅ビルには松坂屋が入居していたが、2004年5月5日をもって閉店となり、代わって京阪自らが運営する「京阪シティモール」がオープンした。この駅ビルも2012年1月20日都市再生緊急整備地域の指定を受けたため、立て替えが検討されている[3][4]

年表[編集]

駅構造[編集]

京阪電気鉄道[編集]

京阪 天満橋駅
京阪天満橋駅と駅ビルの京阪シティモール(2014年9月撮影)
京阪天満橋駅と駅ビルの京阪シティモール
(2014年9月撮影)
てんまばし - Temmabashi
所在地 大阪市中央区天満橋京町1-1
駅番号 KH03
所属事業者 京阪電気鉄道
電報略号 天(駅名略称)
駅構造 地下駅
ホーム 3面4線
乗車人員
-統計年度-
27,483人/日(降車客含まず)
-2012年-
乗降人員
-統計年度-
55,698人/日
-2012年-
開業年月日 1910年明治43年)4月15日
乗入路線 2 路線
所属路線 京阪本線
キロ程 1.3km(淀屋橋起点)
北浜 (0.8km)
(1.7km) 京橋
所属路線 中之島線
キロ程 3.0km(中之島起点)
なにわ橋 (1.0km)
(1.7km) 京橋*
* 全列車が京阪本線の三条・出町柳方面へ直通

相対式ホーム島式ホームの複合型3面4線の地下駅。中央の2・3番線が島式になっている。ここから東側は、萱島駅・寝屋川信号所まで複々線区間となるが、当駅構内で上下一組となっている複々線は駅を出ると立体交差により方向別の複々線となる(下の配線図を参照)。西側は北寄りの2線(1・2番線)が中之島方面へ、南寄りの2線(3・4番線)が淀屋橋方面へそれぞれ複線で通じている。

駅は京阪シティモールのフロアーと直結しており、改札口コンコースは地下1階、ホームは地下2階にある。改札口は東改札と西改札の2ヶ所あり、谷町線乗り換えの場合は東改札の方が近い。

2008年3月29日、隣接する大川に八軒家浜船着場が開設された。これに伴い、「水陸交通ターミナル」をコンセプトに、駅北側に八軒家浜船着場と直結するエントランス、地下ホームと地上部を結ぶエレベーター、インフォメーションセンターなどが設置された。また船着場の設置に先駆け、3月21日には駅ビル内の飲食店街「パナンテ京阪天満橋」が改装オープンしている。

4番ホームの淀屋橋側には、『先覚志茲成(せんかくのこころざしここになる)』の石碑が飾られている。これは元々地下トンネルのポータル上に飾られていたが、OMMビル竣工に伴いここに移設したものである。

のりば[編集]

ホーム 路線 方向 行先 備考
1 京阪本線 上り 枚方市中書島三条出町柳方面 中之島始発
2 中之島線 - 渡辺橋中之島方面
3 京阪本線 上り 枚方市・中書島・三条・出町柳方面 淀屋橋始発
4 京阪本線 下り 北浜淀屋橋方面
プラットホーム

配線図[編集]

京阪電気鉄道 天満橋-京橋駅間 鉄道配線略図

Nなにわ橋中之島方面

Y北浜淀屋橋方面
京阪電気鉄道 天満橋-京橋駅間 鉄道配線略図
枚方市中書島
三条出町柳
方面
凡例
出典:以下を参考に作成。
* 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』 第59巻第8号 通巻第822号 2009年8月 臨時増刊号、
「特集 - 京阪電気鉄道」、巻末折込「京阪電気鉄道線路配線略図」、2009.6.3現在
* 京阪電気鉄道公式ホームページ「おけいはん.ねっと」- 構内図 - 天満橋駅京橋駅(PDFファイル)



備考[編集]

1基のエレベーターで1番ホームとコンコース改札内を結ぶエレベーター・コンコース改札外と地上を結ぶエレベーターを兼ねていてコンコース階には改札内と改札外の両側にドアが有る。ただし地上から1番ホームへは直通できないようになっており、地上からコンコースで切符を購入して改札を通過して改札内からエレベーターに乗らないとホーム階へは行けないようになっている。

発車メロディの導入駅であるが、下り列車は種別に関係なく、淀屋橋方面には特急用、中之島方面には一般種別用のメロディが流れる。なお、中之島線開業前までは特急用のメロディのみを使用していた。

淀屋橋延伸開業以降は、淀屋橋行きと区別するため天満橋行きの行先表示板は黄色いものを使用していた。

大阪市営地下鉄[編集]

大阪市営地下鉄 天満橋駅
京阪側改札付近
京阪側改札付近
てんまばし - Temmabashi
T21 南森町 (1.2km)
(1.8km) 谷町四丁目 T23
所在地 大阪市中央区谷町1丁目
駅番号  T22 
所属事業者 大阪市交通局大阪市営地下鉄
所属路線 谷町線
キロ程 13.3km(大日起点)
駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
43,062人/日(降車客含まず)
-2013年-
乗降人員
-統計年度-
85,513人/日
-2013年-
開業年月日 1967年昭和42年)3月24日

島式1面2線のホームを持つ地下駅。改札口は北改札と南改札の2ヶ所。京阪天満橋駅へは北改札の方が近い。南改札は地下1階、北改札は地下2階、ホームは地下3階にある。かつては出口専用改札が北側に存在した。

のりば[編集]

ホーム 路線 行先
1 谷町線 谷町四丁目天王寺八尾南方面
2 谷町線 東梅田都島大日方面
プラットホーム


利用状況[編集]

  • 京阪電気鉄道 - 2012年度の1日乗降人員は55,698人である。1992年頃の最ピーク時は1日平均乗降人員が9万人を越えていたが、その後は減少し、2004年度以降は6万人程度で推移している。
    • 2009年11月10日の利用客数は60,653人(『京阪百年のあゆみ』より)。
  • 大阪市営地下鉄 - 2013年11月19日の1日乗降人員85,513人(乗車人員:43,062人、降車人員:42,451人)である[39]
    • 大阪市営地下鉄・ニュートラム全107駅中第11位であり、谷町線では天王寺駅東梅田駅に次ぐ第3位。

各年度の交通量調査による1日乗降・乗車人員数は下表のとおりである。

  • 大阪市営地下鉄のデータは各年度とも交通量調査に基づいた特定の1日における乗降・乗車人員である。
年度別1日乗降・乗車人員 出典:大阪府統計年鑑
年度 京阪電気鉄道 大阪市営地下鉄 出典
乗降人員 乗車人員 調査日 乗降人員 乗車人員
1985年(昭和60年) 83,627 40,475 11月12日 106,255 53,122 [40]
1986年(昭和61年) - -
1987年(昭和62年) 88,348 43,088 11月10日 114,512 57,669 [41]
1988年(昭和63年) - -
1989年(平成元年) - -
1990年(平成02年) 91,767 45,040 11月06日 116,987 59,264 [42]
1991年(平成03年) - -
1992年(平成04年) 93,143 45,393 - [43]
1993年(平成05年) - -
1994年(平成06年) - -
1995年(平成07年) 86,930 42,054 [44] 02月15日 106,591 53,842 [45]
1996年(平成08年) - -
1997年(平成09年) - -
1998年(平成10年) 74,343 36,165 11月10日 98,059 48,865 [46]
1999年(平成11年) - -
2000年(平成12年) 69,037 33,507 - [47]
2001年(平成13年) - -
2002年(平成14年) 64,748 31,260 - [48]
2003年(平成15年) 64,887 31,591 - [49]
2004年(平成16年) 60,986 29,425 - [50]
2005年(平成17年) 61,177 29,614 - [51]
2006年(平成18年) 58,712 28,550 - [52]
2007年(平成19年) 59,164 29,010 11月13日 91,033 45,688 [53]
2008年(平成20年) 60,011 29,561 11月11日 90,453 45,646 [54]
2009年(平成21年) 59,992 29,442 11月10日 91,194 45,906 [55]
2010年(平成22年) 60,653 30,220 11月09日 88,681 44,701 [56]
2011年(平成23年) 58,414 28,270 11月08日 85,315 42,934 [57]
2012年(平成24年) 55,698 27,483 11月13日 86,341 43,403 [58]
2013年(平成25年) 11月19日 85,513 43,062

駅周辺[編集]

駅北側を大川が流れ、駅名の由来となった天満橋が架かる。対岸は天満。京阪の駅は京阪シティモールエディオンなどが入居)や大阪マーチャンダイズ・マートビル(OMMビル)に直結している。

谷町筋以東は大坂城大手前の官庁街となっている。地下鉄の駅は京橋口と大手口どちらの虎口にも近接している。

谷町筋以西は近世以来の商業地である。

路線バス[編集]

大阪市営バスが乗り入れており、大阪駅天王寺駅(あべの橋)、難波駅(なんば)に次ぐ大阪市営バスの4番目の都心バスターミナルの役割を果たしている(操車場も兼ねている)。また京阪前の副名称がある。2008年3月29日までは赤バスの中央ループも乗り入れていた。

かつては近鉄バスの路線が乗り入れていた[59]。また、2003年5月31日までは関西国際空港までリムジンバスも運行していた。

隣の駅[編集]

京阪電気鉄道
京阪本線(淀屋橋 - 京橋間は種別を問わず各駅に停車)
快速特急・特急・快速急行・深夜急行・急行・通勤準急・準急・区間急行・普通
北浜駅 - 天満橋駅 - 京橋駅
※ 快速特急は行楽期の土休日・正月のみ、深夜急行は上りのみ、快速急行は下りのみ、通勤準急は平日下りのみ運転。
中之島線(中之島 - 京橋間は種別を問わず各駅に停車)
通勤快急・快速急行・通勤準急・準急・区間急行・普通
なにわ橋駅 - 天満橋駅 - 京橋駅(京阪本線)
※ 快速急行・準急は平日のみ、通勤快急・通勤準急は平日下りのみ運転。
大阪市営地下鉄
谷町線
南森町駅 (T21) - 天満橋駅 (T22) - 谷町四丁目駅 (T23)
  • ()内は駅番号を示す。

脚注[編集]

  1. ^ 10月18日(土)、最後の天満橋ゆき列車に着脱式の行先表示板を掲出して運転します (PDF) (報道発表資料) - 京阪電気鉄道(2008年10月10日付)
  2. ^ 電気車研究会刊 『鉄道ピクトリアル』2009年8月臨時増刊号(特集:京阪電気鉄道) p.238
  3. ^ 「京阪電鉄/天満橋駅ビル建替(大阪市中央区)検討/都市再生緊急整備地域指定受け」 - 日刊建設工業新聞(2012年1月23日付、見出しのリンク
  4. ^ 大阪市 報道発表(2012年1月23日閲覧)・大阪府 報道発表(2012年1月23日閲覧)
  5. ^ a b c d e 『京阪百年のあゆみ 資料編』 p.135
  6. ^ 『京阪百年のあゆみ 資料編』 p.186
  7. ^ 『京阪百年のあゆみ 資料編』 p.188
  8. ^ 「関西の鉄道」 No.53 p.13
  9. ^ 『京阪百年のあゆみ』 p.744 「念願の京阪百貨店開業」
  10. ^ 『街をつなぐ、心をむすぶ。』 p.65
  11. ^ 『京阪百年のあゆみ』 p.213 「空襲による被害」
  12. ^ 『街をつなぐ、心をむすぶ。』 p.69
  13. ^ 『関西の鉄道』別冊第1巻 「京阪電気鉄道戦後分離独立後の歩み」(関西鉄道研究会 2010年12月20日発行)14.「1500V昇圧」p.68-71
  14. ^ 『京阪百年のあゆみ 資料編』 p.232
  15. ^ 『京阪百年のあゆみ』 p.292 「変電所の増強」
  16. ^ 『京阪百年のあゆみ』 p.370 「優先座席の設置と駅施設の充実」
  17. ^ 『くらしの中の京阪』1979年3月号
  18. ^ 『街をつなぐ、心をむすぶ。』 p.76
  19. ^ 『京阪百年のあゆみ』 p.370 「優先座席の設置と駅施設の充実」
  20. ^ 『くらしの中の京阪』1989年9月号
  21. ^ 『くらしの中の京阪』1989年1月号
  22. ^ 『京阪百年のあゆみ』 p.443には「1.2番線もホームが19メートル延長された」との記述あり。
  23. ^ 『くらしの中の京阪』1992年5月号
  24. ^ 『くらしの中の京阪』1994年5月号
  25. ^ 『くらしの中の京阪』1994年12月号
  26. ^ 『くらしの中の京阪』1995年2月号
  27. ^ 『くらしの中の京阪』1995年5月号
  28. ^ 『くらしの中の京阪』1995年6月号
  29. ^ 『くらしの中の京阪』1996年7月号
  30. ^ 『くらしの中の京阪』1998年9月号
  31. ^ 『京阪百年のあゆみ 資料編』 p.260
  32. ^ 『京阪百年のあゆみ』 p.539 「駅施設の改良」
  33. ^ 『K PRESS』2007年8月号 p.16「くらしのなかの京阪」
  34. ^ a b 『K PRESS』2008年3月号 p.16「くらしのなかの京阪」
  35. ^ 『K PRESS』2008年4月号 p.4
  36. ^ 『K PRESS』2008年4月号 p.16「くらしのなかの京阪」
  37. ^ 『K PRESS』2009年8月号 p.7
  38. ^ 『K PRESS』2009年10月号 p.16「くらしのなかの京阪」
  39. ^ 路線別駅別乗降人員 - 大阪市交通局(2013年11月19日調査、2014年4月8日閲覧)
  40. ^ 大阪府統計年鑑(昭和61年) (PDF)
  41. ^ 大阪府統計年鑑(昭和63年) (PDF)
  42. ^ 大阪府統計年鑑(平成3年) (PDF)
  43. ^ 大阪府統計年鑑(平成5年) (PDF)
  44. ^ 1996年に行われた調査であるが、会計年度上は1995年度となる。
  45. ^ 大阪府統計年鑑(平成8年) (PDF)
  46. ^ 大阪府統計年鑑(平成11年) (PDF)
  47. ^ 大阪府統計年鑑(平成13年) (PDF)
  48. ^ 大阪府統計年鑑(平成15年) (PDF)
  49. ^ 大阪府統計年鑑(平成16年) (PDF)
  50. ^ 大阪府統計年鑑(平成17年) (PDF)
  51. ^ 大阪府統計年鑑(平成18年) (PDF)
  52. ^ 大阪府統計年鑑(平成19年) (PDF)
  53. ^ 大阪府統計年鑑(平成20年) (PDF)
  54. ^ 大阪府統計年鑑(平成21年) (PDF)
  55. ^ 大阪府統計年鑑(平成22年) (PDF)
  56. ^ 大阪府統計年鑑(平成23年) (PDF)
  57. ^ 大阪府統計年鑑(平成24年) (PDF)
  58. ^ 大阪府統計年鑑(平成25年) (PDF)
  59. ^ 京橋を経て鶴見区の諸口(のちに浜南口。車庫があった)、さらに東大阪市の機械団地、大東市大阪産業大学や朋来住宅(三洋電機大東事業所の近く)まで運行していた。
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参考文献[編集]

  • 開業90周年記念誌『街をつなぐ、心をむすぶ。』 - 京阪電気鉄道、2000年10月
  • 開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』『京阪百年のあゆみ 資料編』 - 京阪電気鉄道、2011年3月
  • 駅置き広報誌『くらしの中の京阪』 各号
  • 駅置き広報誌『K-PRESS』内「くらしの中の京阪」 各号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]