天満橋駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
天満橋駅
天満橋駅ビルと八軒家浜船着場(2008年4月16日)
天満橋駅ビルと八軒家浜船着場
(2008年4月16日)
てんまばし - Temmabashi
所在地 大阪市中央区
所属事業者 京阪電気鉄道駅詳細
大阪市交通局駅詳細
所属路線 京阪本線
京阪中之島線
大阪市営地下鉄谷町線

天満橋駅(てんまばしえき)は大阪府大阪市中央区にある、京阪電気鉄道大阪市営地下鉄

大川(旧淀川)に架かる天満橋の南側に位置する。

淀屋橋駅の開業や、西日本旅客鉄道(JR西日本)との乗り換え駅である京橋駅があることから利用者数は両駅に比較すると少ないが、それでも京阪の大阪側のターミナル駅の一つである。

目次

[編集] 利用可能な鉄道路線

京阪本線と中之島線の相互の乗り換えは、淀屋橋側から中之島側(もしくはその逆)へ向かう場合でない限りは同一ホームで乗り換えることが可能な京橋駅が乗り換え駅として案内されている。

  • 京阪電気鉄道
  • 大阪市営地下鉄

[編集] 駅構造

[編集] 京阪電気鉄道

京阪 天満橋駅
京阪天満橋駅と駅ビル京阪シティモール(2006年11月8日撮影)
京阪天満橋駅と駅ビル京阪シティモール
(2006年11月8日撮影)
てんまばし - Temmabashi
所在地 大阪市中央区天満橋京町
所属事業者 京阪電気鉄道
電報略号 天(駅名略称)
駅構造 地下駅
ホーム 3面4線
乗降人員
-統計年度-
59,992人/日
-2009年11月10日-
開業年月日 1910年明治43年)4月15日
乗入路線 2 路線
所属路線 京阪本線
キロ程 1.3km(淀屋橋起点)
北浜 (0.8km)
(1.7km) 京橋
所属路線 中之島線
キロ程 3.0km(中之島起点)
なにわ橋 (1.0km)
(1.7km) 京橋*
* 全列車が京阪本線の三条・出町柳方面へ直通
中之島線トンネル貫通後の京阪天満橋駅1・2番線(2008年4月17日)

相対式ホーム島式ホームの複合型3面4線の地下駅。中央の2・3番線が島式になっている。ここから東側は、萱島駅・寝屋川信号所まで複々線区間となる。

北側の2線(1・2番線)が中之島方面へ、南側の2線(3・4番線)が淀屋橋方面へ通じている。

京阪シティモールのフロアーと直結している。改札口コンコースは地下1階、ホームは地下2階にある。改札口は東改札と西改札の2ヶ所。谷町線乗り換えの場合は東改札の方が近い。

2・3番ホーム上にのみ売店がある。かつては1番ホームにもあったが、中之島線建設に伴う配線変更工事(後述)に先立って2006年4月15日に閉店した。

2008年3月29日、隣接する旧淀川(大川)に八軒家浜船着場が開港した。同年3月21日に改装された駅ビル内の飲食店街「パナンテ京阪天満橋」に加えて、八軒家浜船着場に合わせた改装が完成した。2007年5月着工、総投資額約12億8千万円(計画)。これにより、「水陸交通ターミナル」をコンセプトに、駅北側に八軒家浜船着場と直結するエントランス、地下ホームと地上部を結ぶエレベーター、インフォメーションセンターなどが設置された。

4番ホームの淀屋橋側には、『先覚志茲成(せんかくのこころざしここになる)』の石碑が飾られている。これは元々地下トンネルのポータル上に飾られていたが、OMMビル竣工に伴いここに移設したものである。

[編集] のりば

ホーム 路線 方向 行先 備考
1 京阪本線 上り 枚方市中書島三条出町柳方面 中之島始発
2 中之島線 - 渡辺橋中之島方面
3 京阪本線 上り 枚方市・中書島・三条・出町柳方面 淀屋橋始発
4 京阪本線 下り 北浜淀屋橋方面

[編集] 配線図

京阪電気鉄道 天満橋-京橋駅間 鉄道配線略図

Nなにわ橋中之島方面

Y北浜淀屋橋方面
京阪電気鉄道 天満橋-京橋駅間 鉄道配線略図
枚方市中書島
三条出町柳
方面
凡例
出典:以下を参考に作成。
* 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』 第59巻第8号 通巻第822号 2009年8月 臨時増刊号、
「特集 - 京阪電気鉄道」、巻末折込「京阪電気鉄道線路配線略図」、2009.6.3現在
* 京阪電気鉄道公式ホームページ「おけいはん.ねっと」- 構内図 - 天満橋駅京橋駅(PDFファイル)



[編集] 備考

1基のエレベーターで1番ホームとコンコース改札内を結ぶエレベーター・コンコース改札外と地上を結ぶエレベーターを兼ねていてコンコース階には改札内と改札外の両側にドアが有る。ただし地上から1番ホームへは直通できないようになっており、地上からコンコースで切符を購入して改札を通過して改札内からエレベーターに乗らないとホーム階へは行けないようになっている。

発車メロディの導入駅であるが、下り列車は種別に関係なく、淀屋橋方面には特急用、中之島方面には一般種別用のメロディが流れる。なお、中之島線開業前までは特急用のメロディのみを使用していた。

淀屋橋延伸開業以降は、淀屋橋行きと区別するため天満橋行きの行先表示板は黄色いものを使用していた。

[編集] 大阪市営地下鉄

大阪市営 天満橋駅
京阪側改札付近
京阪側改札付近
てんまばし - Temmabashi
T21 南森町 (1.2km)
(1.8km) 谷町四丁目 T23
所在地 大阪市中央区谷町1丁目
駅番号  T22 
所属事業者 大阪市交通局大阪市営地下鉄
所属路線 谷町線
キロ程 13.3km(大日起点)
駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗降人員
-統計年度-
90,453人/日
-2008年-
開業年月日 1967年昭和42年)3月24日

島式1面2線のホームを持つ地下駅。改札口は北改札と南改札の2ヶ所。京阪天満橋駅へは北改札の方が近い。南改札は地下1階、北改札は地下2階、ホームは地下3階にある。かつては出口専用改札が北側に存在した。

[編集] のりば

ホーム 路線 行先
1 谷町線 谷町四丁目天王寺八尾南方面
2 谷町線 東梅田都島大日方面


[編集] 利用状況

  • 京阪電気鉄道
    • 2009年11月10日の利用客数は59,992人(『京阪百年のあゆみ』より)。
    • 2007年度の1日平均の利用客数は約58,712人(大阪府統計年鑑より)。
  • 大阪市営地下鉄
    • 2008年度の乗車人員1日平均は45,646人、降車44,807人で両者を合わせた乗降人員は90,453人である[1]
    • 大阪市営地下鉄・ニュートラム全107駅中11位であり、谷町線では天王寺駅東梅田駅に次いで3位。

[編集] 駅周辺

駅北側を旧淀川が流れ、駅名の由来となった天満橋が架かる。ただし、地名としての「天満橋」はやや離れている。京阪の駅は、京阪シティモールミドリ電化などが入居)や大阪マーチャンダイズ・マートビル(OMMビル)に直結している。

駅の南側の谷町筋より東の地域は大阪城の西淵にあたり、官庁街や学校が立地する。

谷町筋の西側は近世以来の商業地である。

駅北側の旧淀川対岸は天満の街であり、造幣局がある。

[編集] バス

大阪市営バスが乗り入れており、大阪駅天王寺駅(あべの橋)、難波駅(なんば)に続く大阪市営バスの4番目の都心バスターミナルの役割を果たしている(操車場も兼ねている)。また京阪前の副名称がある。2008年3月29日までは赤バスの中央ループも乗り入れていた。

かつては近鉄バスの路線が乗り入れていた[2]。また、2003年5月31日までは関西国際空港までリムジンバスも運行していた。

[編集] 歴史

[編集] 京阪電気鉄道

1910年京阪電鉄の開業により大阪側の起点として造られた駅。計画時は大阪市電への乗り入れが予定されていたため通り抜けを考慮した対向ホームだけの駅とした。大正時代にホームの高床化・駅舎の新築がおこなわれ、昭和初期1932年に淀川・寝屋川の合流部の付け替え工事に伴い3代目駅舎が造られた。この駅舎は櫛型4面6線構造で、現 OMMビル中央付近に南北に地下道があり、これを境に各ホームの東側を降車ホーム、西側を乗車ホームとして、完全な乗降分離を行なっていた。地下道の南端は土佐堀通北側歩道下にあたるが、この地下道南端に降車用改札口があり、各降車ホームからの乗客は地下道改札口を経て大阪市電・バスに乗り換えていた。現在も残る「京阪東口」の地名はこの降車用改札口に由来していてOMMビルの東側には京阪天満橋駅東口の名残りである京阪東口と称する交差点バス停があり、京阪東口から天満橋交差点北東角の乗車口までの土佐堀通北側には名店街もあった。

乗車口は、南側に1/4円形敷地の駅本屋と北側に3階建の京阪デパート天満橋店があった(1933年開店)。駅本屋には大形庇があり、戦後はひらかた大菊人形などの各種広告に使用された。本屋内中央には円形の切符売場があったが、天井がドーム風に非常に高く建築されており、ひらかた大菊人形開催時には提灯風広告が吊るされるなど、ここでも各種広告が行なわれていた。この駅舎は太平洋戦争・大阪への空襲で全焼したが、戦後修復され京阪本線地下化まで使用された。

1963年4月16日に地下駅に移行した当初は、北側2線(1・2番線)が淀屋橋に通じ、南側2線(3・4番線)が行き止まり式(2・3番線と4番線のホームは車止め部分でつながった櫛形ホーム)という構成で、1番線が淀屋橋からの京都方面、2番線が淀屋橋行、3・4番線が当駅折り返しの京都方面という割り当てになっていた。当初は3・4番線から当駅始発列車が発車する際は下り本線との平面交差を余儀なくされたが、1970年11月1日に当駅と京橋駅の間が複々線化され、立体交差で発着できるようになった。日中は3・4番線は入線する列車が無いため8000系の試運転の折り返しや、鉄道友の会の6000系10000系の試乗会の発着場、鉄道友の会による6000系のローレル賞授賞式が行われたりした。

しかし、当駅から北側に分岐する形で中之島線の建設が決定すると、当駅のホームの形態を変更する必要があった。その建設工事の進捗に伴い南側2線の行き止まり部分が貫通式に変更された上で、2006年4月16日に淀屋橋方面へ通じる線路が南側2線に切り替えるとともに北側2線は中之島線開業まで当駅折り返しの京都方面用として使われることになった。なお、切り替え当日にダイヤ改定が行われ、従来ラッシュ時のみであった折り返し列車が昼間時にも運転されるようになり、昼間時は主に当駅 - 萱島間の区間急行が設定されていた。

中之島線の開業までは、1番線に発着する列車は午前中の一部列車のみ(2007年1月27日のダイヤ修正後は平日朝の準急4本・区間急行2本・普通1本の計7本のみ)となっていたこともあり、結果として始発列車のほとんどが2番線を使用していたが、2008年8月1日より中之島線での習熟運転が開始されたことに伴い昼間時間帯を中心に当駅始発の一部列車が1番線に変更された。なお、非使用時に1番線は閉鎖されていた。休日には全く使われない1番線を利用してラッピング車両などの展示が行われることもあった。

そして、同年10月19日の中之島線開業とともに同線に出入りする列車が北側2線を使うようになった。同時に当駅折り返しの列車の設定は廃止されたが、一部の渡り線は非常用として存置されている。なお、同線開業前日の同年10月18日には、1000系1503Fを使用した出町柳発当駅行普通列車の先頭車前面左側に黄色地黒文字で「天満橋」と表記された行先表示板が掲出された[3]。なお1503Fが充当された理由は、列車番号に「1503」の文字が入っていたためである[4]

なお、京阪では大阪市にあることを強調するために「大阪天満橋駅」と案内することがあったが、2003年秋のダイヤ改正以降「大阪天満橋」の呼称はあまり使われなくなった。また、かつては到着の前の車内放送で「OMMビル松坂屋前」と案内されていた。

2012年1月23日、京阪が、当駅上に建つ天満橋駅ビルの建替を検討していると報道された[5]。当駅周辺地域が同1月20日付で都市再生緊急整備地域の指定を受けたため[6]

[編集] 年表

[編集] 隣の駅

京阪電気鉄道
京阪本線(淀屋橋 - 京橋間は種別を問わず各駅に停車)
北浜駅 - 天満橋駅 - 京橋駅
  • 定期ダイヤでは特急・急行・準急・区間急行・普通が両方向、深夜急行が上りのみ、快速急行・通勤準急が下りのみ乗り入れるが、臨時列車運転時などはこの限りではない。
中之島線(中之島 - 京橋間は種別を問わず各駅に停車)
なにわ橋駅 - 天満橋駅 - 京橋駅(京阪本線)
  • 定期ダイヤでは快速急行・準急・区間急行・普通が両方向、通勤快急・通勤準急が下りのみ乗り入れるが、臨時列車運転時などはこの限りではない。
大阪市営地下鉄
谷町線
南森町駅 (T21) - 天満橋駅 (T22) - 谷町四丁目駅 (T23)
  • ()内は駅番号を示す。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 大阪府統計年鑑 統計データ 9-5 大阪市営高速鉄道(地下鉄・ニュートラム)駅別乗降人員 - 大阪府
  2. ^ 京橋を経て鶴見区の諸口(のちに浜南口。車庫があった)、さらに東大阪市の機械団地、大東市大阪産業大学や朋来住宅(三洋電機大東事業所の近く)まで運行していた。
  3. ^ 10月18日(土)、最後の天満橋ゆき列車に着脱式の行先表示板を掲出して運転します (PDF)」京阪電気鉄道 2008年10月10日 報道発表資料
  4. ^ 参考文献:電気車研究会刊 『鉄道ピクトリアル』2009年8月臨時増刊(特集:京阪電気鉄道)号 238頁より。
  5. ^ 2012年1月23日 日刊建設工業新聞
  6. ^ 大阪市 報道発表(2012年1月23日閲覧)、大阪府 報道発表(2012年1月23日閲覧)
  7. ^ a b c d e 出典・京阪電気鉄道開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』資料編135頁
  8. ^ 出典・京阪電気鉄道開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』資料編186頁
  9. ^ 出典・京阪電気鉄道開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』資料編188頁
  10. ^ 出典・「関西の鉄道」№53、13頁
  11. ^ 出典・京阪電気鉄道開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』744頁「念願の京阪百貨店開業」
  12. ^ 出典・京阪電気鉄道開業90周年記念誌『街をつなぐ 心をむすぶ』65頁
  13. ^ 出典・京阪電気鉄道開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』213頁「空襲による被害」
  14. ^ 出典・京阪電鉄開業90周年記念誌「街をつなぐ 心をむすぶ」の69頁より
  15. ^ 出典・「『関西の鉄道』別冊第1巻 京阪電気鉄道戦後分離独立後の歩み」(関西鉄道研究会 2010年12月20日発行)14.「1500V昇圧」68-71頁より
  16. ^ 出典・京阪電気鉄道開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』資料編232頁
  17. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』292頁「変電所の増強」
  18. ^ 参考文献・『京阪百年のあゆみ』370頁「優先座席の設置と駅施設の充実」、駅置き広報誌「くらしの中の京阪 1979年3月号」
  19. ^ 参考文献・『町をつなぐ 心をむすぶ』76頁、『京阪百年のあゆみ』370頁「優先座席の設置と駅施設の充実」
  20. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1989年9月号
  21. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1989年1月号、京阪電気鉄道開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』443頁には「1.2番線もホームが19メートル延長された」との記述あり
  22. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1992年5月号
  23. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1994年5月号
  24. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1994年12月号
  25. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1995年2月号
  26. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1995年5月号
  27. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1995年6月号
  28. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1996年7月号
  29. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1998年9月号
  30. ^ 出典・京阪電気鉄道開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』資料編260頁
  31. ^ 出典・京阪電気鉄道開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』539頁「駅施設の改良」
  32. ^ 出典・駅置き沿線情報誌『K PRESS』2007年8月号16面「くらしのなかの京阪」より
  33. ^ a b 出典・駅置き沿線情報誌『K PRESS』2008年3月号16面「くらしのなかの京阪」より
  34. ^ 出典・駅置き沿線情報誌『K PRESS』2008年4月号4面より
  35. ^ 出典・駅置き沿線情報誌『K PRESS』2008年4月号16面「くらしのなかの京阪」より
  36. ^ 出典・駅置き沿線情報誌『K PRESS』2009年8月号7面より
  37. ^ 駅置き沿線情報誌『K PRESS』2009年10月号16面「くらしのなかの京阪」より

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語