中書島駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
中書島駅
中書島駅北口駅舎(2007年5月当時)
中書島駅北口駅舎(2007年5月当時)
ちゅうしょじま - Chushojima
所在地 京都市伏見区葭島矢倉町
所属事業者 京阪電気鉄道
電報略号 中書(駅名略称方式)
駅構造 地上駅
ホーム 3面4線
乗降人員
-統計年度-
10,296人/日
-2009年11月10日-
開業年月日 1910年明治43年)4月15日
乗入路線 2 路線
所属路線 京阪本線
駅番号 KH28
キロ程 39.7km(淀屋橋起点)
(4.4km)
(0.9km) 伏見桃山
所属路線 宇治線
駅番号 KH28
キロ程 0.0km(中書島起点)
(0.7km) 観月橋
南出口
駅ホーム(左側の1、2番ホームが京阪本線のホーム、右側の3番ホームが宇治線ホーム)

中書島駅(ちゅうしょじまえき)は、京都府京都市伏見区葭島(よしじま)矢倉町にある、京阪電気鉄道。駅番号はKH28

利用可能な鉄道路線[編集]

駅構造[編集]

相対式ホームの間に島式ホーム1面がある3面4線の地上駅。駅舎は南北双方(北改札は1番ホーム、南改札は4番ホームの、それぞれ淀屋橋寄り)にあり、各ホームは跨線橋と地下道で連絡している。跨線橋と各ホームを結ぶエレベーターもある。

1番ホーム上にコンビニ(アンスリー)がある。2・3番ホームにうどん屋「麺座」と、従来型の売店「セカンド・ポシェ」がある。

のりば[編集]

1 京阪本線(上り) 丹波橋三条出町柳方面
2 京阪本線(下り) 枚方市京橋淀屋橋中之島線方面
3 宇治線 六地蔵宇治方面
4 宇治線 六地蔵・宇治方面(早朝のみ)

宇治線ホームである3番線と4番線は、京阪本線も含めた3方向の入線・出発に対応している。

配線図[編集]

京阪電気鉄道 中書島駅 構内配線略図
京阪本線
三条出町柳方面

京阪本線
枚方市京橋
淀屋橋中之島
方面
京阪電気鉄道 中書島駅 構内配線略図
宇治線
六地蔵宇治
方面
凡例
出典:[1]


備考[編集]

駅構内は急カーブ上に位置し、線路もそれによって1番線寄りに急傾斜している。過去に脱線事故があった記録[2] もあり、3番線発着の列車はかなり減速した上で駅構内へ進入する。なお、宇治線の列車は後述の宇治側の留置線の辺りから駅構内にかけて15km/hで走行する。

ホームから東に(宇治寄り)に20m程進んだ所に宇治線を挟んで2線の留置線があり、北側の留置線は5両編成の車両が、南側(新日本理化)は7両編成の車両が留置出来る。また、4番線の大阪側にも8連対応の留置線が1線設けられていて、臨時特急に運用される8000系30番台が待機していたこともあった。

宇治より南側留置線の本線進入部分は、現在は社員用駐車場への踏切が設けられているが、昔はそこから伏見港まで引込み線が伸びていた。これは第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)に、B-29の爆撃で交通網が分断された場合に備え、他の交通機関との連携強化ために敷設されたとされる(京都市電の側線も造られた)。しかし、完成は終戦後の1946年(昭和21年)で1951年(昭和26年)には撤去されている[3]

淀駅の下りホームの位置変更により淀発の下り列車は淀駅初発準急以外、一旦中書島の4番線に入りそこから淀駅に向かっている。その影響で4番線の宇治よりには7・8両用の乗務員専用の小型ホームが設置してある。主に淀発下り準急と臨時列車運転時に見ることが出来る。

2・3番線は同一平面上にあるため、本線下り列車と宇治線列車の相互乗換は容易で、1・2番線は8両編成、3・4番線は5両編成まで停車可能である。(3番線は2番線と隣同士でスペースはあるが、ポイント事情のため柵が付けてある)

なお滅多に使われない4番線だが、元々は宇治線から京阪本線に直通する三条(又は出町柳)行き列車用のホームであった。2000年に宇治線と京阪本線の直通列車が中書島を境に系統分割された後も当駅折返し三条(又は出町柳)行ホームとして使用されていたが、2003年秋のダイヤ改正とともに当駅折返し列車は平日1往復となり、さらに2006年春のダイヤ改定後は当駅折返し列車が全廃されたため、現在は早朝のごく僅かの宇治線列車と夜間停泊列車しか使用していない(平日2本、休日1本)。かつて、非使用時間帯に4番線は閉鎖されていたが、現在は南改札口新設に伴い常時開放されている。

4番線は南改札口設置直後は「当駅始発 三条・宇治方面」の記載であったが、しばらくして「当駅始発(早朝のみ)」という表示に変わった。しかし前述した通り、現在発着する列車は宇治線列車と回送列車のみとなり実情と異なる記載になってしまっているため、2008年にLED式に更新された発車案内のみ、3番線と同じく「宇治線 六地蔵・宇治方面」と記載されている。

発車メロディ導入駅であり、宇治行きの場合、発車案内放送が通常のものとは違うタイプになっている。2003年のダイヤ改正時点では「3(4)番線の各駅停車が発車します」となっていたが、その後「3(4)番線の宇治行きが発車します」、そして2007年6月の自動放送更新後は「3(4)番線・宇治行きの扉が閉まります」となった。これは、宇治線内では1種類の列車(普通 宇治ゆき)しか運転されていないことと、3番線発車の場合は2番線に発着する京阪本線下り列車との誤乗を防ぐためと思われる。同じようなタイプの放送は枚方市駅(私市行き)、京橋駅及び天満橋駅(淀屋橋行きと中之島行き)にも見られる。なお京阪本線のホームは計2線であるが、宇治線の起点駅でもあるため京阪本線ホームでも発車メロディが使用されている。

1番線ホームの出町柳寄りの壁面にある駅名標には宇治線の次駅である観月橋駅が案内されている。(1番線からは宇治線に入線できない。)

利用状況[編集]

2009年11月10日の乗降人員は10,296人である[4]

近年の1日あたり利用客数の推移は下記の通り。

年度 乗降人員[5] 乗車人員[6]
2007年 12,893 5,107
2008年 13,249 5,507
2009年 12,975 5,381
2010年 13,679 5,668
2011年 13,093 5,388
2012年 13,393 5,551

駅周辺[編集]

京都市自然100選「伏見濠川の柳並木」
舟宿・寺田屋

橋本同様、戦前までは遊廓があり賑わった。現在は駅前に飲食店が軒を連ねるものの、かつての名残は遊廓だった一部の建物が民家として残るのみ。

バスのりば[編集]

京阪中書島
京阪中書島・伏見港公園
京阪中書島(南口)から徒歩3分の伏見港公園そばにある。
中書島
京阪中書島駅(北口)から徒歩3分の府道上にある。
  • 京都市バス
    • 19号系統京阪国道経由 京都駅行/横大路車庫行
    • 20号系統:免許試験場前経由 宮前橋西詰方面/納所町経由 宮前橋西詰方面
    • 南8号系統:桃陵団地前経由 竹田駅東口行/藤森神社前経由横大路車庫前行
    • 22系統:久我経由 南工業団地行/横大路車庫行
    • 81,特81系統:竹田街道経由 京都駅行(特81号系統は竹田駅東口経由)/横大路車庫行
    • 南3系統:竹田駅西口行/横大路車庫行
  • 京阪バス/京都京阪バス
    • 6号経路:竹田駅西口行/桃山南口・大受団地経由 醍醐バスターミナル行
    • 24,24A号経路:竹田駅西口行/京阪淀
    • 25号経路(京都京阪バスは25系統):まちの駅イオン久御山店前・久御山団地経由 近鉄大久保

歴史[編集]

開業時・駅横に変電所が造られ、伏見港との接続。大正時代には宇治線の開通と京都電気鉄道伏見線の開業、急行運転の開始と共に急行停車駅となる。太平洋戦争末期には他の交通機関との連絡をする為にと伏見港への側線が建設されている(完成は戦後)。戦後・現在の中央の島ホームの京都向きに凹形の折り返しホームが有った[8]。また1969年には踏切集中監視制御システムの中央装置が設けられる[9]。平成になると特急停車駅に格上げされ、中書島事務所が竣工(ADECと電力管理システム中央装置の更新、緊急地震警報システム導入)[10]。と京阪の京都側の交通の要所として発展してきた。

駅名の由来[編集]

文禄年間、中務少輔の職にあった脇坂安治宇治川の分流に囲まれた島に屋敷を建て住んだことから「中書島」の名前が生まれたとされる。中務少輔の唐名が「中書」であったことから、脇坂は「中書(ちゅうじょう)さま」と呼ばれていた。その「中書さま」の住む屋敷の島という理由で「中書島」と呼ばれるようになった[11]

正式な地名には使用されておらず、駅の所在地の葭島矢倉町のほかに北浜町・西浜町・東柳町などが中書島とよばれる区画に属している。

年表[編集]

  • 1910年明治43年)4月15日 - 京阪本線開通と同時に開業。
  • 1913年大正2年)6月1日 - 京阪宇治線開業。駅を移設して乗換駅となる[12]
  • 1914年(大正3年)8月25日 - 京都電気鉄道伏見線(1918年7月1日より京都市電)が当駅まで延伸。
  • 1916年(大正5年)4月1日 - 急行停車駅となる。
  • 1917年(大正6年)10月1日 - 大正水害により淀-中書島駅間の堤防破損ほかで京阪本線・宇治線が不通。10月11日三条-中書島間運転再開。同月18日淀-中書島駅間が復旧、運転再開[13]
  • 1939年昭和14年)2月21日 - 駅信号扱所が原因不明の火災で全焼[14]
  • 1943年(昭和18年)10月1日 - 会社合併により京阪神急行電鉄(阪急電鉄)の駅となる。
  • 1947年(昭和22年)4月30日 - 伏見港修築に伴う新設貨物線竣工[12]
  • 1949年(昭和24年)12月1日 - 会社分離により京阪電気鉄道の駅となる。
  • 1951年(昭和26年)5月15日 - 一部配線変更[12]
  • 1964年(昭和39年)10月22日 - 駅構内で普通列車脱線事故発生[2]
  • 1965年(昭和40年)2月25日 - 3番線ホームを廃止[12]
  • 1967年(昭和42年)1月28日 - 構内地下道使用開始、構内踏切を廃止。それまでの4番線→3番線、5番線→4番線に呼称を変更[12]
  • 1969年(昭和44年)3月 - 踏切集中制御装置の中央装置を設置[9]
  • 1970年(昭和45年)4月1日 - 京都市電伏見線(塩小路高倉~中書島)が廃止。
  • 1975年(昭和50年)4月3日 - 駅舎改造工事竣工[12]
  • 1984年(昭和59年)6月2日 - 駅舎改築使用開始[15]
  • 1985年(昭和60年)4月17日 - 2番線ホーム下にホーム転落検知装置を設置し運用開始[16]
  • 1989年平成元年)9月27日 - 構内跨線橋完成[12]
  • 1991年(平成3年) 7月 - 1番ホーム、2.3番ホームに冷房付き待合室運用開始[17]
  • 1993年(平成5年)1月30日 - ダイヤ改正で平日朝ラッシュの淀屋橋行き特急6本に限り停車するようになる。なお出町柳行きは引き続き全列車通過。
  • 1995年(平成7年)12月27日 - 1番ホームの待合室が移動しリニューアル冷暖房完備[18]
  • 1996年(平成8年)4月1日 - 構内跨線橋とホームの間にエレベーター3基を設置運用開始[19]
  • 2000年(平成12年)7月1日 - ダイヤ改正で特急終日停車駅となる。宇治~三条(出町柳)間の直通列車がほとんど廃止されたことに伴い、昼間時に4番線発着の中書島~三条(出町柳)間区間運転列車が設定される(事実上、宇治直通列車の系統を当駅を境に分割した形)。
  • 2003年(平成15年)9月6日 - 中書島 - 三条(出町柳)区間運転列車が平日朝の1本のみとなり、4番線発着列車が大幅減少。
  • 2004年(平成16年)8月9日 - 駅南側にバスターミナル開設に併せて、南改札口新設[20]
  • 2005年(平成17年)5月30日 - 駅前広場完成[12]
  • 2006年(平成18年)4月16日 - 中書島 - 三条(出町柳)区間運転列車がダイヤ改定で全廃、淀駅の仮移転に伴う臨時電車の待機場所に4番線が使われるようになる。
  • 2006年(平成18年)4月16日 - 中書島事務所が竣工(ADECと電力管理システム中央装置の更新、緊急地震警報システム導入)[10]
  • 2008年(平成20年)
    • 2月 - 「ホーム異常通報装置」新設[21]
    • 3月27日 - 各ホームにLED列車案内表示機を設置。
  • 2012年(平成24年)4月 - 駅舎リニューアル工事竣工「けいはんインフォステーション」を新設[22]
  • 2013年(平成25年)8月5日 - 2番線ホームの足下灯をLEDライトに更新[23]

その他[編集]

  • 京都方面から宇治線方面への直通運転を考えれば、この駅でスイッチバックするよりも、伏見区の中心地に位置する北隣の伏見桃山駅からそのまま分岐した方が合理的と思われがちだが、同駅南側には既に民家などが密集していて、それを立ち退かせる費用や立ち退き対象の世帯の交渉が煩雑になることなどから、現在の形に至った経緯がある。伏見桃山駅にとっては(丹波橋駅の存在もあり)、区の中心部にありながら優等列車が全く停車しなくなる一因になってしまった(丹波橋駅に奈良電気鉄道が乗り入れを開始するまでは急行停車駅だった)。
  • 北口を出た北側には、京都市電伏見線の乗り場が1914年から1970年まであり、市電廃止後は代替の市バスをはじめとするバス乗り場として使われていた。バス乗り場だった当時は、転回するスペースがないため、ターンテーブルが設置されていた。その後バスが経由しなくなり一時空き地となっていたが、現在は有料駐輪場スペースとして活用されている。
  • 本線から宇治線への乗り換え案内は、以前は「六地蔵・黄檗・宇治方面」と呼称していたが、2003年以降は「宇治線」とだけ呼称している。
  • 4番線は2004年頃に2代目おけいはん新撰組編)のCM撮影に使われたことがある。
  • 乗降客数が10296人と京阪本線特急停車駅では最も少なく[24]駅前の商店街の利用客も少ないため、商店の女将さんたちが集まり女性の視点で中書島を活性化させようと活動している[25]

参考文献[編集]

  • 『京阪百年のあゆみ』2011年3月24日発行・京阪電気鉄道刊
  • 「関西の鉄道」№38 1999年10月1日発行
  • 「関西の鉄道」№53 2007年7月20日発行
  • 「鉄道ピクトリアル」2009年8月増刊号
  • 「鉄道ピクトリアル」1973年7月増刊号

隣の駅[編集]

京阪電気鉄道
京阪本線
快速特急
通過
特急・通勤快急(平日下りのみ運転)・快速急行
樟葉駅 - 中書島駅 - 丹波橋駅
急行
八幡市駅 - 中書島駅 - 丹波橋駅
急行(淀始終着の列車)
淀駅(京都競馬場) - 中書島駅 - 丹波橋駅
通勤準急(平日下りのみ運転)・準急・普通
淀駅(京都競馬場) - 中書島駅 - 伏見桃山駅
宇治線(全列車各駅に停車)
中書島駅 - 観月橋駅

関連項目[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』 第59巻第8号 通巻第822号 2009年8月 臨時増刊号 「特集 - 京阪電気鉄道」、巻末折込「京阪電気鉄道線路配線略図」、2009.6.3現在
  2. ^ a b 出典・京阪100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」資料編226頁の巻末年表より
  3. ^ 出典・「関西の鉄道」№38京阪電気鉄道特集PartⅢのP53の記事・同P54に掲載の国土地理院発行の昭和26年修正の地図より
  4. ^ 『京阪百年のあゆみ[資料編]』より
  5. ^ 京都市統計ポータル/京都市統計書 暦年数値を日数で除したものであり、統計表は年1回実施される流動調査の実績を基礎として、京阪の提示する数値を基に京都市が作成している。
  6. ^ 京都府統計書「鉄道乗車人員」”. 2013年12月27日閲覧。年度数値を日数で除して算出。
  7. ^ 京阪線開通時に設置された変電所、竣工は1910年4月2日。出典・開業80周年記念誌「街をつなぐ 心をむすぶ」52.53頁より。現在は京阪本線の北側に移設され旧変電所跡地は中書島事務所になっている
  8. ^ 出典・「鉄道ピクトリアル2009年8月増刊号『特集京阪電気鉄道』P140の線路図より
  9. ^ a b 出典・深草駅・枚方市駅・守口駅にも設置される。出典・鉄道ピクトリアル1973年7月増刊号102頁。現在は中書島駅と枚方市駅に集約されている、出典・鉄道ピクトリアル2009年8月増刊号76頁より
  10. ^ a b 出典・京阪100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」資料編262頁より
  11. ^ 出典・「関西の鉄道」№53 2007年7月20日発行 95頁「中書島のはなし」
  12. ^ a b c d e f g h 出典・京阪100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」資料編141頁
  13. ^ 出典・京阪100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』84頁「淀川の決壊」より
  14. ^ 出典・京阪100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』資料編200頁
  15. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1984年6月号より
  16. ^ 出典・駅置き広報誌・「くらしの中の京阪」1985年5月号より
  17. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1991年9月号より
  18. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1996年2月号より
  19. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1996年5月号より
  20. ^ 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2004年8月号の16面「くらしのなかの京阪」
  21. ^ 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2009年3月号の16面「くらしのなかの京阪」
  22. ^ 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2012年5月号の16面「くらしのなかの京阪」
  23. ^ 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2013年9月号の16面「くらしのなかの京阪」
  24. ^ 参考文献『京阪百年のあゆみ』資料編103頁「駅別徐行客数の推移」
  25. ^ 出典:京都新聞2011年7月5日朝刊京都市民版20面の記事「特急停車駅『元気だそう』」より

外部リンク[編集]