伏見稲荷駅

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伏見稲荷駅
三条・出町柳方面駅舎
三条・出町柳方面駅舎
ふしみいなり - Fushimi-inari
深草 (0.5km)
(0.6km) 鳥羽街道
所在地 京都市伏見区深草一坪町
所属事業者 京阪電気鉄道
所属路線 京阪本線
キロ程 44.6km(淀屋橋起点)
電報略号 伏稲(駅名略称方式)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
5,464人/日
-2009年11月10日-
開業年月日 1910年明治43年)4月15日
乗換 JR奈良線稲荷駅)**
* 改称経歴
- 開業8ヵ月後 稲荷新道駅→稲荷駅
- 1939年 稲荷駅→稲荷神社前駅

- 1948年 稲荷神社前駅→伏見稲荷駅
** 公式な乗換駅ではない。
中書島・枚方市・淀屋橋方面駅舎
三条・出町柳方面駅舎 2006年頃までの外観
駅から伏見稲荷大社への道

伏見稲荷駅(ふしみいなりえき)は、京都府京都市伏見区深草一坪町にある、京阪電気鉄道京阪本線

「伏見稲荷」という駅名で、伏見稲荷大社へは駅から5分程度の距離にある。なお稲荷大社へはJR奈良線稲荷駅の方が近い(徒歩0分)。

駅構造[編集]

相対式2面2線のホームを持つ地上駅。上下ホーム別々に改札がある上に構内地下道が備えられていないため、改札内で互いのホームを行き来することはできない。上下線とも、通常改札口はホーム丹波橋寄りに、臨時改札口はホーム中ほどに設けられている。トイレは上下線ホームとも改札内にあり、下りホームにはオストメイト対応の多目的トイレも設置されている。駅のホームの柱や柵は朱色に塗られている。

2007年6月の運行管理システム更新に合わせる形で、急行停車駅では最も遅く詳細放送が導入された。同時にLED式列車案内も設置されている。

のりば[編集]

1 京阪本線(上り) 三条出町柳方面
2 京阪本線(下り) 中書島枚方市淀屋橋中之島線方面

両ホームとも有効長は8両。但し当駅での緩急接続や待避はできないので、当駅停車列車は南隣の深草駅で待避のみ行っているが、現在は大幅に減少している(詳細はこちらも参照のこと)。

利用状況[編集]

2009年11月10日の乗降人員は5,464人。

急行停車駅ではあるが普段は利用客は少なく、京阪本線(中之島線鴨東線を含む)全線の中ではなにわ橋駅鳥羽街道駅の次に乗降客が少ない静かな駅である。近接するJRの稲荷駅と比べても約半分の利用者数に留まっている。ただし、正月期間(特に正月三が日)は伏見稲荷大社への参拝客で激しい混雑となるため、臨時の切符売り場や改札口を設置して乗客をさばいている。

近年の1日あたり利用客数の推移は下記の通り。

年度 乗降人員[1] 乗車人員[2]
2007年 6,375 3,194
2008年 6,328 3,260
2009年 5,677 2,874
2010年 5,825 2,915
2011年 6,888 3,415
2012年 5,723 2,866

ダイヤ[編集]

当駅は急行停車駅であるが、急行の運転は早朝・深夜のみであり、主な停車列車は通勤準急以下の種別に限られる。ただし、前述の通り正月期間では参拝客輸送をさばいて急行を終日運転する特別ダイヤを編成して利便性を確保している。なお、当駅への特急の臨時停車は例年行われていない。

また、JR奈良線稲荷駅でも同様に、正月三が日に限り、みやこ路快速を臨時停車させて乗客をさばいている。

駅周辺[編集]

バスのりば[編集]

京阪伏見稲荷駅には、バス路線は乗り入れていない。

稲荷大社前
バス停は駅前ではなく、駅から徒歩2分の師団街道沿いにある

歴史[編集]

開業当時は伏見稲荷の表参道に近い現・深草駅が稲荷駅を称したが、当初の駅名にある新しい参道が神社に近かったことから1年経たない間にこちらが伏見稲荷の玄関口となった。非常に古い時期から伏見稲荷大社の千本鳥居にちなみ駅の柱を朱塗りにしていたが、太平洋戦争中の一時期・爆撃の目印になるという事で目立たない色に塗り替えられたことがある。

また、駅の南側にあった京都市電稲荷線との平面交差では1931年に800型(元琵琶湖鉄道汽船100形)801F2連の急行が木造の京都市電29号の側面に衝突して市電は全損廃車。1934年にも急行電車が京都市電の側面に衝突して20m以上引きずり死傷者20名以上を出す事故を起こした。1935年に「事故で廃車になった京都市電の事故車弁済として石山坂本線で使われていた80型 (初代)89号車が京都市電に引き渡された」とする記録もある。その後、大阪行き線路の駅ホームと伏見稲荷踏切の間と京都行き線路の平面交差と深草駅の間に脱線転轍機が設けられ、1960年3月には京阪電車が脱線して衝突を免れたことがあったが、1965年11月28日に信号機故障が原因とする京阪電車と京都市電との衝突事故が発生している[3]。 平面交差では絶縁区間もあって特急電車も時速25kmに徐行し、ダイヤ上のネックの一つとなっていた。

  • 1910年明治43年)
  • 1916年大正5年)4月1日 - 急行停車駅となる。
  • 1928年昭和3年)11月5日 - 濃霧により京都市電稲荷線と平面交差で衝突事故発生[5]
  • 1931年(昭和6年)7月19日 - 京都市電稲荷線と平面交差で衝突事故、負傷者多数・市電大破廃車[3]
  • 1934年(昭和9年)7月2日 - 京都市電稲荷線と平面交差で衝突事故、死傷者20名以上・市電大破廃車[3]
  • 1939年(昭和14年)12月25日 - 稲荷神社前駅に改称[4]
  • 1943年(昭和18年)10月1日 - 会社合併により京阪神急行電鉄(阪急電鉄)の駅となる。
  • 1946年(昭和21年)2月15日 - 急行の運転が再開され急行停車駅[6]
  • 1948年(昭和23年)1月1日 - 先に官幣大社稲荷神社が伏見稲荷大社と改称したことに伴い、伏見稲荷駅に改称[4]
  • 1949年(昭和24年)
    • 8月1日 - 急行停車駅が整理され、急行通過駅になる[7]
    • 12月1日 - 会社分離により京阪電気鉄道の駅となる。
  • 1951年(昭和26年)4月2日 - 戦後一時期通過となっていた急行の停車を再開[8]
  • 1965年(昭和40年)11月28日 - 京都市電稲荷線と平面交差で信号機故障を原因とする衝突事故発生[3]
  • 1970年(昭和45年)4月1日 - 駅の南方の京都市電稲荷線と平面交差を稲荷線廃止に伴い廃止撤去。
  • 1986年(昭和61年)6月 - 駅舎改築工事、ホーム屋根の延長工事が竣工[9]
  • 1987年(昭和62年)6月1日 - 8連化のためのホームを北側へ延伸、急行が8連化使用開始。
  • 1989年(平成元年)4月 - 京都行きホームの屋根152m化[10]
  • 2001年(平成13年)10月18日 - 大阪行きホームに「オストメイト用流し」付き多目的トイレを設置。
  • 2007年(平成19年)
    • 3月31日 - 伏見稲荷駅バリアフリー化工事完了(スロープ改良・車イス対応券売機・幅広自動改札機・点字運賃表と点字構内図、多目的トイレ、駅事務所にAED設置)[11]
    • 12月 - 翌年の正月期に間に合うように、3代目おけいはんのCM撮影に使用される。
  • 2008年(平成20年)10月19日 - 中之島線開業に伴うダイヤ改正により当駅停車の急行が大幅に減少し、準急停車駅とほぼ大差ない停車本数に。
  • 2012年(平成24年)9月24日 - ホーム異常通報装置を設置運用開始[12]

隣の駅[編集]

京阪電気鉄道
京阪本線
快速特急・特急・通勤快急・快速急行
通過
急行
丹波橋駅 - 伏見稲荷駅 - 七条駅
通勤準急(平日下りのみ運転)・準急・普通
深草駅 - 伏見稲荷駅 - 鳥羽街道駅

脚注[編集]

  1. ^ 京都市統計ポータル/京都市統計書”. 2014年3月30日閲覧。暦年数値を日数で除したものであり、統計表は年1回実施される流動調査の実績を基礎として、京阪の提示する数値を基に京都市が作成している。
  2. ^ 京都府統計書「鉄道乗車人員」”. 2013年12月27日閲覧。年度数値を日数で除して算出。
  3. ^ a b c d 参考文献・「鉄道ピクトリアル1973年7月増刊号『京阪電気鉄道特集』」のP15、同P78。「関西の鉄道№38『京阪電気鉄道特集Part3』」P67
  4. ^ a b c d 出典・京阪開業100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)資料編142頁
  5. ^ 出典・京阪開業100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)資料編194頁
  6. ^ 出典・鉄道ピクトリアル1984年1月増刊号103頁「車両事情好転で急行列車も復活」
  7. ^ 出典・鉄道ピクトリアル1984年1月増刊号104頁
  8. ^ 出典・京阪開業100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)資料編210頁
  9. ^ ホームの屋根は大阪行きが86.3m・京都行き85.5mに延長された。出典・「くらしの中の京阪」1986年7月号
  10. ^ 出典・「くらしの中の京阪」1989年5月号
  11. ^ 出典・K PRESS2007年5月号16面「くらしのなかの京阪」
  12. ^ 出典・K PRESS2012年10月号16面「くらしのなかの京阪」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]