千林駅
| 千林駅* | |
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千林駅入口
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| せんばやし - Sembayashi | |
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◄森小路 (0.6km)
(0.4km) 滝井►
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| 所在地 | 大阪市旭区千林一丁目 |
| 所属事業者 | 京阪電気鉄道 |
| 所属路線 | ■京阪本線 |
| キロ程 | 6.8km(淀屋橋起点) |
| 電報略号 | 千(駅名略称方式) |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面2線** |
| 乗降人員 -統計年度- |
9,714人/日 -2009年11月10日- |
| 開業年月日 | 1910年(明治43年)4月15日 |
| 備考 | ** この間に通過線2本あり |
千林駅(せんばやしえき)は、大阪府大阪市旭区千林一丁目にある、京阪電気鉄道京阪本線の駅。
目次 |
駅構造 [編集]
通過線2本を挟んだ相対式2面2線のホームを持つ高架駅。改札口は1階、ホームは2階にある。前後の駅同様に通過線(A線)にホームはなく、外側2線(B線)のみホームがある。改札口は通常、西改札口のみを供用するが、平日と土曜日の朝ラッシュ時のみ(午前7時から9時まで)開放される東改札口もある。上下線とも改札階とホーム階を結ぶエレベータが整備されている。また東改札口横に男女別の水洗トイレを完備する。 隣の滝井駅とはわずか400mしか離れていない。
のりば [編集]
| 1 | ■京阪本線(上り) | 守口市・枚方市・三条・出町柳方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■京阪本線(下り) | 京橋・淀屋橋・中之島線方面 |
※両ホームとも有効長は8両。1・2番線の間に通過線(A線)がある。
利用状況 [編集]
2009年11月10日の利用客数は9,714人[1]。
駅周辺 [編集]
歴史 [編集]
開業当時は当駅が森小路駅を名乗っていた。2度の改名を経て千林駅となる。
- 1910年(明治43年)4月15日 - 京阪本線(旧線)開通と同時に森小路停留所として開業[2]。(現在地より西約250m)
- 1931年(昭和6年)
- 1933年(昭和8年)12月29日 - 複々線化。
- 1942年(昭和17年)4月1日 - 千林駅に改称[2]。
- 1943年(昭和18年)10月1日 - 会社合併により京阪神急行電鉄の駅となる。
- 1945年(昭和20年)9月15日 - 輸送復旧のため閑散時、駅の使用中止[2]。
- 1946年(昭和21年)2月15日 - 駅の使用制限撤廃[2]。
- 1946年(昭和21年)7月6日 - 東改札口を新設[2]。
- 1949年(昭和24年)12月1日 - 会社分離により京阪電気鉄道の駅となる。
- 1975年(昭和50年)10月15日 - 大阪行きホーム下に「京阪千ぶら街」開業[3]。
- 1981年(昭和56年)12月14日 - 駅舎改良[2]。
- 1992年(平成4年)9月 - 駅舎改築竣工。
- 1993年(平成5年)1月27日 - 8連化に対応するためのホーム延伸工事が完成[4]。
- 1998年(平成10年)
- 2010年(平成22年)
- 4月2日~5月30日 - 千林商店街が「せんばやし発祥100年」のイベントとして「パネル写真展」開催。
その他 [編集]
戦前に京阪が計画した京阪梅田線の当初案で、京阪本線からの分岐駅として予定されていた「森小路駅」とは当時の当駅のことである。
旧野江信号所(現蒲生変電所)から守口駅(現守口市駅)間の高架複々線区間の両側は、太平洋戦争末期に米軍のB29の空襲から延焼を免れるため強制疎開による家屋取り壊しで防火帯の街路となったが、千林 - 関目間が未処理であったため、現在も線路脇まで宅地が接近しており他の区間と趣きが異なる。
駅北東側の滝井新地には、かつて「千林トルコ」を名乗る特殊浴場があったが、ここの所在地は大阪府守口市であり、千林とは関係ない。
隣の駅 [編集]
脚注 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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