香里園駅
| 香里園駅* | |
|---|---|
香里園駅北口
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| こうりえん - Korien | |
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◄寝屋川市 (2.6km)
(1.5km) 光善寺►
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| 所在地 | 大阪府寝屋川市香里南之町 |
| 所属事業者 | 京阪電気鉄道 |
| 所属路線 | ■京阪本線 |
| キロ程 | 17.6km(淀屋橋起点) |
| 電報略号 | 香(駅名略称方式) |
| 駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
60,893人/日 -2010年- |
| 開業年月日 | 1910年(明治43年)4月15日 |
| 備考 | * 1938年に香里駅から改称 |
香里園駅(こうりえんえき)は、大阪府寝屋川市香里南之町にある、京阪電気鉄道京阪本線の駅。特急以外の全種別が停車する。
目次 |
駅構造 [編集]
待避設備を備えた島式ホーム2面4線を有する橋上駅。改札口は1か所のみ。
駅入口のエレベーター設備は西口に1基、東口は駅に直結のフレストに1基設置されている。また府道八尾枚方線からのスロープが設けられている。8号出口のエスカレーターからペデストリアンデッキを経由して関西医大香里病院と直結している。
のりば [編集]
| 1・2 | ■京阪本線(上り) | 枚方市・中書島・三条・出町柳方面 |
|---|---|---|
| 3・4 | ■京阪本線(下り) | 守口市・京橋・淀屋橋・中之島線方面 |
- 地形の関係上、奇数番線(1・3番線)が本線、偶数番線(2・4番線)が待避線となっている。いずれのホームも8両編成の停車可能。
- 2番線は、大阪方面への出発も可能な構造になっている[1]。また、3番線と4番線から京都方面への出発も可能。
1番線の西側には桜並木の植え込みがあり、桜に混じってキンモクセイが1本植えられている。このキンモクセイは、かつての京阪の社長である太田光凞の自宅から同じく社長だった村岡四郎の自宅を経て1968年(昭和43年)に移植されたもので、来歴を示す看板が横に設置されている。
利用状況 [編集]
日中は1時間あたり9本が停車する。
2009年(平成21年)11月10日の利用客数は59,900人[2]。駅舎の通路は、駅周辺地域を東西に移動するために使われることもある。
2010年(平成23年)度の1日平均乗降人員は60,893人である。
1日平均乗降人員は下記の通り。
| 年度 | 1日平均 乗降人員 |
出典 |
|---|---|---|
| 1998年 | 70,407 | [3] |
| 1999年 | - | |
| 2000年 | 67,614 | [4] |
| 2001年 | - | |
| 2002年 | 64,781 | [5] |
| 2003年 | 65,760 | [6] |
| 2004年 | 64,509 | [7] |
| 2005年 | 63,951 | [8] |
| 2006年 | 61,709 | [9] |
| 2007年 | 62,295 | [10] |
| 2008年 | 62,230 | [11] |
| 2009年 | 59,900 | [12] |
| 2010年 | 60,893 | [13] |
特徴 [編集]
発車メロディが導入されている。
以前のダイヤにおいては、昼間時にこの駅で待避は準急(それ以前の15分毎のダイヤでは普通)であったが、2006年(平成18年)4月16日の改正からは当駅で昼間に急行が待避するようになった。普通は守口市まで先着するため、普通との連絡は守口市にて行われる。また、ラッシュ時には各駅停車が急行の待避及び接続を図ることが多いほか、準急が通過列車を待避している。2008年(平成20年)10月19日以降は、日中は区間急行が快速急行を待避するダイヤになっていた。区間急行が乗り入れない時間帯は、各駅停車が快速急行(もしくは急行)を待避するケースが多かった。2011年(平成23年)5月の改正からは、昼間時間帯は急行と普通が緩急接続を行っている。
朝の時間帯は、下り方面へのダイヤが過密になるため、交互着発で4番線に入る列車もある(特に、通勤快急はすべて4番線から発車)[14]。
当駅終着の列車の大半は枚方市駅まで回送され、折り返し淀屋橋方への営業列車に運用されることが多い。かつては平日朝などに、区間急行や普通の下り方向の始発列車が設定されていたが、現行ダイヤでは存在しない[15]。
駅周辺 [編集]
駅から徒歩5分圏内
- 関西医科大学付属香里病院
- 香里園かほりまち
- フレスト香里園店 ※駅から直結
- ライフ香里園店
- トップワールド香里園店
- アートタウン香里
- 香里市民センター
- 市立男女共同参画推進センターふらっとねやがわ
- ティップネス
- ヴェルジェ香里園(結婚式場)
- 寝屋川香里郵便局
- 香里ダイエー本通商店街
- 香里駅前通商店街
- 香里中央商店街
- 香里新町商店街(焼肉店密集地)
- 香里本通商店街
- かほりまちテラス商店街
- 有限会社モダンイングリッシュ
駅から徒歩5分以上[16]
- 成田山不動尊(成田山大阪別院明王院)
- 大阪聖母女学院中学校・高等学校
- 友呂岐神社
- 湯屋が谷弘法井戸
- 四方黒池(よもぐろいけ)
- ホームズ寝屋川店(関西島忠)
- 平和堂(アル・プラザ)香里園店
- コナミスポーツ
- 北河内不動産会館
- 同志社香里中学校・高等学校
- オンキヨー株式会社本社
- 三洋電機ロジスティクス株式会社本社
- 株式会社日本セレモニー大阪支社
- 香里能楽堂
- 株式会社きんでん上淀川営業所・電力工事統括センター
バス路線 [編集]
京阪バスにより運行されている。
- 東口1のりば
- 22号経路 三井団地経由 寝屋川市駅(東口)行き
- 22号経路 三井団地・寝屋川市駅(西口)経由 仁和寺行き
- 25号経路 三井団地・三井秦団地行き
- 25B号経路 三井団地・三井秦団地経由 ビバモール寝屋川行き
- 東口2のりば
- 1号経路 新香里経由 枚方市駅行き(一部藤田川・新香里止有)
- 7号経路 [循環]新香里→五本松→開成小学校前→藤田川→香里ヶ丘三丁目→新香里→京阪香里園
- い号経路 光善寺駅経由 香里ヶ丘八丁目循環
- 東口3のりば
- 9号経路 高田経由 京阪交野市駅行き(ラッシュ時は高田止有)
- 9号経路 高田経由 津田駅行き(ラッシュ時は高田止有)
- 9A号経路 高田経由 枚方市駅行き(一部藤田川止有)
- 9C号経路 高田・京阪交野市駅経由 津田駅行き
- 西口
- タウンくる 音羽町経由 寝屋川市駅(東口)行き
- タウンくる 木屋・点野経由 京阪香里園行き(循環)
- タウンくる 木屋・点野経由 寝屋川市駅(東口)行き
歴史 [編集]
開業当時の地名は友呂岐村大字郡(こおり)であったが、開業時に京阪が遊園地を開設するに際し、阪神沿線の香櫨園遊園地に倣って「香里」の字を当て、それが駅名になった。遊園地は1912年に枚方に移転(現在のひらかたパーク)、その後、1920年代に住宅地として駅東側の造成がおこなわれたのち、京阪の手で「香里園経営地」として住宅が分譲され[17]、1938年に「香里園」に改称した。したがって、香櫨園駅とは異なり、遊園地があった時代に「香里園」駅だったことはない。
- 1910年(明治43年)4月15日 - 京阪本線開業と同時に、香里駅として設置[18]。
- 1930年(昭和5年)10月1日 - 急行停車駅となる[19]。
- 1938年(昭和13年)4月1日 - 香里園駅に改称[18]。
- 1943年(昭和18年)10月1日 - 会社合併により京阪神急行電鉄の駅となる。
- 1949年(昭和24年)12月1日 - 会社分離により京阪電気鉄道の駅となる。
- 1963年(昭和38年)5月15日 - 隣の豊野駅廃止にともない待避線設置、豊野折り返し電車を当駅まで延長。駅舎を橋上駅舎に改築[18](京阪では最初の橋上駅舎)。
- 1971年(昭和46年)11月29日 - 学生専用出口開設[18]。
- 1974年(昭和49年)10月10日 - 陸橋階段増設[18]。
- 1976年(昭和51年)11月20日 - 京阪の駅で初めてホームに点字ブロックを設置[20]。
- 1983年(昭和58年)4月27日 - 有料駐輪場「駐輪センター」営業開始[21]。
- 1988年(昭和63年)11月12日 - 新駅舎完成、改札口移設[18]。
- 1994年(平成6年)11月25日 - 待合室を京都側へ移設、使用開始(冷暖房完備)[22]。
- 1995年(平成7年)4月1日 - 橋上駅舎とホーム・西口を結ぶ身障者対応エレベーター3基設置・駅舎内に車椅子対応トイレ設置[23]。
- 1998年(平成10年)4月1日 - 北駐輪場(自転車674台収容)を新設、使用開始[24]。
- 2000年(平成12年)11月22日 - 駅直結のフレスト香里園店オープン[19]。
- 2002年(平成14年)5月1日 - 改札前コンコース内にアンスリー香里園店オープン。
- 2003年(平成15年)4月1日 - 駅西側駅前広場供用開始、音羽町・石津方面への新バス路線開通。
- 2004年(平成16年)
- 2005年(平成17年)
- 2006年(平成18年)1月30日 - AED(自動体外式除細動器)設置(関西医科大学附属香里病院から寄贈)。
- 2008年(平成20年)10月19日 - 新設された快速急行(及び通勤快急)の停車駅となる。
- 2009年(平成21年)3月29日 - ジューサーバー閉店。
- 2010年(平成22年)7月1日 - 駅と関西医科大学香里病院とを結ぶ8号出口・連絡デッキが開通[25]。
- 2011年(平成23年)3月1日 - 駅東側の再開発事業の第1期工事が竣工、駅前広場が供用開始・バスターミナルも移転して翌2日より新バスターミナルを使用開始[26]。
プロジェクト [編集]
- 香里園駅東地区再開発
- 隣接する関西医科大学香里病院の建替に伴う周辺の再開発において、東側バスターミナルが周辺道路を含め現在飽和状態であったため、道路の敷設・拡幅・移設・駅前広場の整備がされた。渋滞は解消しバスの遅延もなくなった。2013年1月現在は残りの街区の整備を実施している。(高層住宅・商業複合棟)
- 立体交差事業
- 香里園駅を含む寝屋川市駅から枚方市駅の区間について、平成17年度政府予算で3年間5000万円の事前調査費が付き、構造や、立体交差化に伴うまちづくりを検討する。
その他 [編集]
到着時に「成田山不動尊前へお越しの方はこの駅でお降り下さい」とアナウンスが添えられることがある。これは大阪から鬼門となる京阪沿線に鬼門除けとして成田山大阪別院明王院を京阪が勧進したことによる。また、同電鉄の営業用旅客車両のうち鋼索線を除く車両には成田山不動尊のお守りが飾り付けられている。
かつては成田山不動尊に参拝するための「途中下車指定駅[27]」に指定されていた。これは乗車券を改札で呈示するだけで途中下車し、また再度電車を利用する際はその乗車券を呈示し、電車を利用できた[28]。1995年11月に回数券の磁気券化に伴い、この途中下車制度は廃止された[29]。
隣の駅 [編集]
- 京阪電気鉄道
- ■京阪本線
脚注 [編集]
- ^ 上りの終着列車の中には、この渡り線を使って寝屋川車庫へ回送されて行くものも存在する。
- ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編102-105頁「駅別乗降客数の推移」より
- ^ 大阪府統計年鑑(平成11年度)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成13年度)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成15年度)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成16年度)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成17年度)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成18年度)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成19年度)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成20年度)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成21年度)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成22年度)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成23年度)
- ^ 関西大手私鉄で交互着発を行っているのは京阪のみである。
- ^ 上りの終着列車は存在する。
- ^ 成田山不動尊から四方黒池までは、駅置きの沿線情報誌「K PRRESS 2月号」6頁『気になるあの駅散策マップ』より
- ^ 久保純他「戦前期京阪電鉄の住宅地開発に関する一考察 -香里園住宅地の開発-」日本建築学会学術講演概要集、1994年[1]
- ^ a b c d e f 出典:京阪電気鉄道開業100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)資料編139頁
- ^ a b c 出典:京阪電気鉄道開業100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)資料編・巻末年表
- ^ 出典:京阪電気鉄道開業100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)370頁
- ^ 京阪電車開業80周年記念誌『過去が咲いている今』(1990年7月1日発行)の年表より
- ^ 出典:駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1995年1月号
- ^ 出典:駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1995年5月号
- ^ 出典:駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1998年4月号
- ^ 出典:「K PRESS」2010年7月号 16面の広報コーナー「くらしのなかの京阪(第413号)」
- ^ 出典:「K PRESS」2011年3月号 16面の広報コーナー「くらしのなかの京阪(第421号)」
- ^ 守口市駅も制度の対象であった時代がある。ほかに電気車研究会刊『鉄道ピクトリアル』1984年1月臨時増刊(特集:京阪電気鉄道)号161頁にも、この2駅のほか天満橋・京橋・枚方公園・八幡市・伏見桃山・伏見稲荷・三条・六地蔵・黄檗の各駅も途中下車指定駅だったとの記事がある。
- ^ ただし、1980年代より制度廃止まではその駅と同一運賃の乗車券では不可能となっていた。
- ^ 出典:京阪電気鉄道開業100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)445頁 さらに446頁にも途中下車制度廃止を告げるチラシが掲載されている
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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