木村沙織
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| 基本情報 | |||||||||
| 国籍 | |||||||||
| 生年月日 | 1986年8月19日(25歳) | ||||||||
| 出身地 | 東京都八王子市 | ||||||||
| ラテン文字 | Saori Kimura | ||||||||
| 身長 | 185cm | ||||||||
| 体重 | 68kg | ||||||||
| 血液型 | O型 | ||||||||
| 選手情報 | |||||||||
| 所属 | 東レ・アローズ | ||||||||
| 愛称 | サオリ | ||||||||
| ポジション | WS | ||||||||
| 指高 | 233cm | ||||||||
| 利き手 | 右(足は左利き) | ||||||||
| スパイク | 304cm | ||||||||
| ブロック | 293cm | ||||||||
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木村 沙織(きむら さおり、1986年8月19日 - )は、日本の女子バレーボール選手。東京都八王子市出身。ニックネームはサオリ。プレミアリーグ・東レ・アローズ所属。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 幼少期
埼玉県八潮市生まれ。その後父親の仕事の都合で大阪、東京と転々とした後、東京都あきる野市の多西小に通う。バレーボールをしていた両親(特に母親)の影響を受け、小学校2年生の時に秋川JVCに入団し、バレーボールを始める。秋川JVCは守備練習中心のチームで、この頃レシーブ練習を数多くこなした事が、現在のレシーブ力に生かされていると本人は言っている。チームでは主にレフトを務め、小学校6年生時には東京新聞杯で優勝している。小学校4年生の頃に「週末に思う存分友達と遊んでみたい」との理由で2週間ほどチームを辞めているが、バレーボールから離れたのはこの期間だけである。
[編集] 中学時代
中学校は名門、成徳学園中学校(現・下北沢成徳中学校)に進学。ここで大山加奈、荒木絵里香、大山未希など、以後チームメイトとなる選手達と出会う。中学校入学時には163cmとさほど高くはなかった身長は、中学3年間で約15cmも伸びた。以後ポジションはセンターとライトを務める事が多くなり、主力選手として全日本中学校バレーボール選手権大会優勝、全国都道府県対抗中学バレーボール大会(アクエリアスカップ)でJOC杯受賞。Bクイックは得意技と言えるほどに上達し、プレーに幅が出た。
中学校2年生の頃、バレー人生で初の骨折(左手中指の付け根)。全治2週間と軽度だったため大事には至らなかった。
[編集] 高校時代
2002年、超名門として知られる成徳学園高校(現・下北沢成徳高等学校)に進学。高校2年生になるとライトで主力選手となり、2003年春高バレーで優勝を収め、成徳の2連覇に貢献した。同年8月開催のインターハイは3位に終わり連覇を逃したが、インターハイ閉幕と同時に全日本代表から強化合宿に招集され、同年9月のアジア選手権に出場。当初はセッター登録であった。そして11月開催のワールドカップに故障の鈴木洋美の代役として出場した。
12月の全国私学大会で下北沢成徳高は大会初の3連覇を達成。2004年春高バレーでは大会3連覇を目指し決勝に進出したが、第1セット、スパイクを決めた直後に味方選手である横山友美佳と接触し転倒、右足首を捻挫。応急処置を施したのちに足を引きずりながらプレーを続行したが、結局九州文化学園に1-3で敗戦し準優勝であった。
2004年アテネオリンピック最終予選で再度全日本代表に招集され、初戦のイタリア戦で代表初スタメン出場を果たし、14得点をマークすると共に持ち前の性格とあどけない笑顔で“スーパー女子高生”の呼び名でブレイクした。全日本女子チーム2大会ぶりのオリンピック出場に大きく貢献した。
6月にインターハイ関東予選に出場したが予選敗退。全日本ヨーロッパ合宿に招集されイタリア4ヵ国対抗戦などに出場。7月からは1ヵ月にわたるワールドグランプリに出場するも、日本は予選落ち。目立った活躍は出来なかった。
アテネオリンピックにおけるバレーボール競技は8月14日からの開幕であったが、腰の状態は最悪で立つこともままならない状態だった(アテネで他競技のトレーナーから椎間板ヘルニアと診断された)。そのため出場機会がほとんど無いまま、初めてのオリンピックを終えた。しかし、決勝戦の中国対ロシア戦を会場で観戦し最高峰のプレーを目の当たりにした事で、初めてメダルへの執着心が生まれる。
オリンピック終了後、スリランカで開催されたアジアジュニア選手権に出場。2004年12月、高校最後の大会となる全国私学大会の頃には腰痛がさらに悪化していた。決勝戦の第2セット終盤に出場するが、得点を決めることなく自身の高校バレー生活に幕を閉じた。
[編集] 東レ時代
2005年7月開催の女子ジュニア世界選手権U-20では、全試合レギュラー出場し得点王に輝き、復活を遂げる。9月1日からのアジア選手権では、当時イタリアリーグへ派遣移籍していたNECレッドロケッツ・高橋みゆきの代役を担ってエースとして活躍した。
自身初のリーグとなった第12回Vリーグでは、開幕戦ライトでスタメン出場を果たす。この試合でのアタック決定率はチームトップの52.0%、サービスエースも2本決め、初白星に貢献。その後もレフト・ライトでスタメン出場を続け、リーグ前半のチーム快進撃の原動力となった。リーグ後半に入ると、アタック決定率は比較的安定していたが、サーブを集中して狙われ、攻撃パターンを封じられた。また腰痛の影響からかキャッチの不安定さもみられたが、アタック決定率リーグ6位、サーブ効果率リーグ9位という成績で新人賞を受賞した。
2006年世界選手権出場、2007年アジア選手権では日本の優勝に大きく貢献し、ベストサーバー賞を獲得。同年ワールドカップに出場した。
2007年、天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会で優勝し初代チャンピオンとなった。
2008年、 2007-08プレミアリーグにおいて東レのリーグ初優勝に貢献し、ベスト6賞を獲得した。同年8月、北京オリンピックに出場した。
2009年、 2008-09プレミアリーグにおいて女子史上初の二連覇に貢献し、前年に引き続きベスト6賞を獲得した(日本人ベストスコアラー)。同年5月、第58回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会で優勝し、自身初となる黒鷲賞(最高殊勲選手)とベスト6賞を獲得した。
妹・木村美里も2010年より同チームに所属している。
2010年、 2009-10プレミアリーグにおいて女子史上初の三連覇に貢献し、自身初のMVP(最高殊勲選手)に輝くとともに、3年連続ベスト6賞を獲得した。また、熊前知加子の持つ最多得点部門の記録を塗り替え、レギュラーラウンドで合計566点(アタック496点、ブロック43点、サーブ27点)を記録し、Vリーグ日本記録賞(最多得点部門) を受賞した。同年5月、第59回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会で優勝し、2年連続となる黒鷲賞(最高殊勲選手)とベスト6賞を獲得した。決勝のJT戦では、3セット目に一人で14点(25点中)を稼ぐ大活躍を見せた。
ワールドグランプリ2010では、故障明けの栗原恵が不参加だったため、臨時で副キャプテンを務めた。攻守の中心となりチームを引っ張る姿も見られ、予選ラウンドでは165得点、決勝ラウンドでは105得点を挙げ、予選、決勝ともにベストスコアラーに輝いた。日本チームはイタリアに2度勝利したり、9年ぶりにブラジルに勝利するなどで大健闘をみせたが、5位に終わった。同年11月開催の世界選手権では大活躍を見せ、32年ぶりのメダル(銅メダル)獲得に大きく貢献した。エースとしてほぼフル出場し、ベストスコアラーランキングではトルコのネスリハンに次ぐ第2位で、アタック本数、サーブ受数、サーブ本数においては全選手の中で一番であった。
2011年11月2日、日本文化出版から自身初めてとなるフォト&エッセイ「Saori」が発売となる。[1]
[編集] 演じた女優
[編集] 発言・エピソード
- 「カメムシの臭い…」(2003 大山加奈との買い物中に。大山の気に入った香水に対して)
- 「お母さんみたい」(2003 全日本キャプテン・吉原知子の印象を訊かれて)
- 「ワールドカップに出るってすごいことなんですか?」(2003 報道陣らに対して。ワールドカップがいかに重要な大会か認識していなかった)
- 「集中しろっ!」(2004 春高で。チームメイトに対して珍しく声を張り上げる)
- 「うほっ」(2004 狩野舞子との対談中に。狩野が合宿で突然志村けんの真似を始めたという話になり、「うほっ、舞子が狂った」)
- 「オリンピックって沙織出られるんですか?」(2004 オリンピックへの抱負を尋ねた記者に対して)
- 「ワールドカップとオリンピックってどう違うんですか?」(2004 オリンピック前に報道陣に対して)
- 「金メダルって……、1番にならないといけないんですよね?」(2004 オリンピック前のインタビュー中に)
- 「シックってなんですか?」(2005 服装がシックだねとインタビュアーに言われて)
- 「約束っ!?」(2005 Vリーグの試合後のインタビューで、インタビュアーに「優勝へ向けての意気込みをファンに約束してください」と言われ、驚いたようにこの一言)
- 「姫様、直球だから」(2005 月刊バレーボールのインタビューで、菅山かおるに「サオリの声ってオカマみたいだね」と言われたエピソードを語った際)
- 「う~ん……、忘れました」(2006 TBS『ニッポンチャ×3』で。柳本監督に言われた思い出の一言をいつ頃言われたかを聞かれて)
- 「沙織から出てる……」(2006 TBS『J SPORTS』で。高橋みゆきに「(部屋が)いいにおいがするね。なんで?」と聞かれて。その後、高橋に「フェロモン?」と返され胸の匂いをかがれる)
- 「△です」(2006 ワールドグランプリ・ポーランド戦後のインタビューで、インタビュアーから自身の今日の点数を聞かれ、「えぇぇぇ、点数は…難しい…」と言った後に)
- 「かおるさん! ぶどうの中にぶどうが入ってる!」(高橋みゆき、菅山かおるとの3人対談でワールドグランプリ 岡山大会で菅山と同部屋になった時にぶどうを食べていたことに触れた際に)
- 「チョー かっこいい!」~「だってかっこよかったんだもん(笑)!」(テレビ局にて品川庄司の庄司に会った際に、本人の目の前で大声で放った言葉。その後 菅山に“恥ずかしくないの?”とツッコミを入れられた後の返しで)
- 「アラキング」(2007年のジャンクスポーツにて2つ上の先輩、荒木絵里香に対してそう呼んでる。)
- アテネオリンピック開会式では、入場行進で全日本女子チームが日本選手団の先頭を陣取り、チームメイトと談笑する姿がたびたび映し出された。その中には福原愛と一緒に写真を撮るシーンもあった。
- 2005年3月14日放送の関口宏の東京フレンドパークII(TBS系)では、一般観覧席最上部で下北沢成徳高校のチームメイトらと座っている姿が見られた。
- 「もともとこんな声なんですけど」 2010年3月7日Vプレミアリーグ久光製薬スプリングス戦のインタビューで、「声がかすれているがゲーム中に大きな声を出したからか?」とふられての一言。
- 「MVPとV6「ブイシックス」を・・・あれ?」(09/10Vプレミアリーグ3連覇の祝勝会で「○○を受賞した(名前)です」という感じの自己紹介で。
- 2009-10Vプレミアリーグでは連覇した前2シーズンとは違い、外国人選手がチームにフィットしなかったため、攻守両面にわたり木村にかかる負担が増えた。プレッシャーから寝つきが悪くなったり食事が喉を通らない事もあり、体重は昨年から5kg減った。決勝会場のある東京までの移動中、夢の中には対戦相手であるJTのエース、キム・ヨンギョンが出てきた。寝ながら、思わずレシーブの手を出して、隣に座っていた宮田由佳里を驚かせた。「ごめん、ヨンギョンのスパイクが夢に出てきちゃって」「サオリさん、(レシーブ)上がりました?」「うん、上がった。もうバッチリ」寝ても覚めてもバレーのことばかり考えていた。こんなことは、初めてだったという[2][3]。
[編集] 球歴
- 所属チーム履歴
- 全日本代表 - 2003年-
- 全日本代表としての主な国際大会出場歴
- 受賞歴
- 2005年 - 第13回世界ジュニア女子(U-20)選手権大会 ベストスコアラー賞
- 2006年 - 第12回Vリーグ 新人賞
- 2007年 - アジア選手権 ベストサーバー賞
- 2008年 - 2007-08Vプレミアリーグ ベスト6
- 2009年 - 2008-09Vプレミアリーグ ベスト6
- 2009年 - 日韓Vリーグトップマッチ MIP
- 2009年 - 第58回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会 黒鷲賞(最高殊勲選手)、ベスト6
- 2009年 - アジア選手権 ベストサーバー賞
- 2010年 - 2009-10Vプレミアリーグ MVP(最高殊勲選手)、ベスト6、Vリーグ日本記録賞(最多得点部門)
- 2010年 - 日韓Vリーグトップマッチ MVP
- 2010年 - 第59回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会 黒鷲賞(最高殊勲選手)、ベスト6
- 2010年 - トリノ国際大会 MVP、ベストサーバー賞
- 2010年 - ワールドグランプリ2010 ベストスコアラー
- 2011年 - 2010-11 Vプレミアリーグ 敢闘賞、ベスト6
- 2011年 - 第60回黒鷲旗全日本バレーボール選手権大会 ベスト6
[編集] アドバイザリースタッフ契約先
[編集] 広告出演
- 京阪電鉄 京阪マナーポスター 「ファインプレー宣言」(2007年)
[編集] メディア出演等
- 情熱大陸 (2011年11月20日 TBS系列)
[編集] 著書
[編集] 脚注
- ^ スポニチ - 相武&比嘉でドラマ化 バレー日本代表“絆の物語”2010年10月25日閲覧
- ^ 月刊バレーボール(日本文化出版)5月号、「東レ3連覇の裏に隠された木村沙織の苦悩=バレーV・プレミアリーグ女子総括/田中夕子」 スポーツナビ、2010年4月11日から引用。
- ^ 伊藤昇 「東レ、リーグ初!WサオリンでV3/バレー」 サンケイスポーツ、2010年4月11日を参考。
[編集] 外部リンク
[編集] 関連項目
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