サンタクロース

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サンタクロース

サンタクロース (: Santa Claus) は、クリスマスの前の夜に良い子のもとへプレゼントを持って訪れるとされている伝説の人物。 英語発音片仮名表記は「サンタクロー」が近い。イギリスだとファザークリスマス[1]といって、緑色の(最近は赤)の服を着ている。

ヨーロッパでも風習は大きく異なる。イタリアだと1月6日まで続いて5日に魔女が来て、良い子にお菓子を、悪い子に石炭をくれるという伝説がある。ロシアだとマロースおじさんがが孫娘を連れてくるそうだ。オランダではクリスマスが2回あって、プレゼントがもらえるのは12月6日の「聖ニコラスの日」の前日で、25日のクリスマスにも家族からもらえる。ドイツだと、悪い子には「悪い子に罰する黒いサンタ」に攫われる。でも、現在では、「クリスマス男」と「クリストキント」(クリスマス子)とのどちらかを信じているという。どっちが持ってくるかで学校では論争があるという(ドイツでは、サンタクロースは商業主義だとしてカトリックによるサンタクロース排撃事件があり神父たちが襲われる事件もあった)。フィンランドでは、クリスマスは一ヶ月続くらしいのだが、それより前の12月13日にルチア祭というもっと大きなイベントがあって、女性が頭にキャンドルを灯した冠をかぶって歌ってくる[2]

日本では親しみを込めて「サンタさん」とも呼ばれる。

由来[編集]

『ミラの聖ニコライ、無実の三人を死刑から救う』(画:イリヤ・レーピン主教の祭服を身につけた姿で描かれている)
シンタクラース

4世紀頃の東ローマ帝国小アジアミラ司教主教)、教父聖ニコラオス(ニコラウス)の伝説が起源である。「ニコラオス」の名はギリシア語表記。ラテン語ではニコラウスイタリア語スペイン語フランス語ではサン・ニコライタリア語ではニコラオとも。ロシア語ではニコライ

以下のような伝説のほか、右に挙げる絵画のように無実の罪に問われた死刑囚を救った聖伝も伝えられている。

「ある日ニコラウスは、貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせることの出来ない家の存在を知った。ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、金貨を投げ入れる。このとき暖炉には靴下が下げられていたため、金貨は靴下の中に入っていたという。この金貨のおかげで娘の身売りを避けられた」という逸話が残されている。この逸話が由来となり、「夜中に家に入って、靴下の中にプレゼントを入れる」という[3]。今日におけるサンタクロースの伝承が生まれている。また、ニコラウスの遺骸はイタリア南部の都市であるバーリに移されたとも言われている。

煙突から入ることになったのは1822年にアメリカの学者クレモント・ムーア(英語)フィンランドの言い伝えを伝承した「聖ニクラウスの訪(おとな)い」(英語)という詩「キラ星のなか、屋根から降るのは/小さい蹄の立てる爪音/引っこめ振り向いて見ると/聖なるニコラウス煙突からどすん」を書いたからと考えられる[4]

また、ニコラオスは学問の守護聖人として崇められており、アリウス異端と戦った偉大な教父でもあった。教会では聖人として列聖されているため、「聖(セント)ニコラオス」という呼称が使われる。これをオランダ語にすると「シンタクラース」である。オランダでは14世紀頃から聖ニコラウスの命日の12月6日を「シンタクラース祭」として祝う慣習があった。その後、17世紀アメリカに植民したオランダ人が「サンタクロース」と伝え、サンタクロースの語源になったようだ。

正教会系の国では、サンタクロースは厳密に「奇蹟者」の称号をもつ聖人たる聖ニコラオス(聖ニコライ)であり、聖ニコラオスの祭日は12月6日である(聖名祝日の項目を参照)。子供たちがこの日に枕元に靴下を吊るしておくと、翌朝に入っているのはお菓子である。クリスマスである12月25日聖体礼儀に行く日で、プレゼントはない。

ユリウス暦を採用している正教会(エルサレム総主教庁ロシア正教会など)の聖ニコラオスの祭日は12月19日であり、主の降誕祭(クリスマス)は、現行の暦に換算すると1月7日である(2008年現在、ユリウス暦とグレゴリオ暦の間には13日の差があるため)。ロシアでは1月7日にジェド・マロースДед мороз, マロース爺さん:マロースとはロシア語で「吹雪」「寒波」という意味)と孫のスネグーラチカСнегурочка, 雪娘)がプレゼントを運んでくる。

なおニコラオスは、商人の守護聖人でもある[5]

サンタクロースの姿・特徴[編集]

ドイツの聖ニコラウス(右)。左の茶色の服は悪い子を懲らしめるクネヒト・ループレヒト

常に笑顔の、白のトリミングのある赤い服・赤いナイトキャップ姿で白ヒゲを生やした太りぎみの老人の男。白い大きな袋にクリスマスプレゼントを入れて肩に担いでいる。19世紀の初出では一頭立てのトナカイソリを引く姿が描かれていたが、やがて八頭立てとなり、家々の子どもたちが寝ている間にプレゼントを配る現在のイメージに至っている。

欧米諸国などのサンタは「Ho Ho Ho」(ホゥホゥホゥ)と特徴的な笑い声をあげる事がある。伝統文化として定着している面もあり、カナダではサンタクロース宛専用の郵便番号「H0H0H0」がある(同国の郵便番号の書式は"A1B2C3"のようなアルファベットと数字の組み合わせのため、アルファベットの"O"(オー)の代わりに数字の"0"(ゼロ)を使用している)。

ドイツの古い伝承では、サンタは双子で、一人は紅白の衣装を着て良い子にプレゼントを配り、もう一人は黒と茶色の衣装を着て悪い子にお仕置きをする(クネヒト・ループレヒトを参照)。容姿・役割共に日本のなまはげに似ており、民俗学的にも年の瀬に来訪する年神としての役割の類似が指摘される。現在、ドイツでは聖ニコラウスは「シャープ」と「クランプス」と呼ばれる二人の怪人を連れて街を練り歩き、良い子にはプレゼントをくれるが、悪い子にはクランプス共に命じてお仕置きをさせる。

スペインイタリアポーランドメキシコなどのカトリック教徒が多い国では、顕現節という祝祭があり、伝統的にはこの日(1月6日)に子供たちはプレゼントをもらう。イタリアでは良い子にはプレゼントやお菓子、悪い子には炭を配って歩く魔女ベファーナの伝承がある。ハイチではトントン・ノエル(サンタクロース)と一緒にトントン・マクート(麻袋おじさん)が回り、悪い子はトントン・マクートが袋に入れてさらってゆくとされる。

ロシアのジェド・マロースは青い服を着ている。

アイスランドでは、サンタクロースに相当する妖精として13人のユールラッズがいる。「スプーンを舐めるサンタ」など13人に明確なキャラ付け、名前などの設定が決められているほか、父(グリーラ)、母(レッパルージ)、そしてペットのユール・キャット(クリスマス猫)などもいる。エーシャ山に五千年住んでおり、12月12日から毎日ひとりずつおりてきて、良い子にはお菓子、悪い子には生のジャガイモを靴のなかにいれていく。24日に勢揃いし、25日からひとりずつ山に戻る、という。[6][7]

サンタクロース(シンタクラース)の服装はキリスト教の司祭服に由来する。

年表[編集]

1881年にトーマス・ナストによって描かれたサンタクロース。ナストはクレメント・クラーク・ムーアの詩と共に、現代に通じるサンタクロースのイメージを生みだした。
  • 1821年、『子供たちのお友達 (The children's friend)』(作者不詳)という絵本が出版され、この絵本の中で1頭のトナカイが引くソリに乗ったサンタクロース (santeclause) の姿が描かれた[8]
  • 1822年、ニューヨークの神学者クレメント・クラーク・ムーア(コロンビア大学教授)が病身の子供のために作ったと言われる詩「聖ニコラウスの訪問」の中で、8頭のトナカイに引かれたソリに乗るサンタクロースの姿が表現された[9]。ただし、この年代ならびに作者については異説がある。次項目参照。
  • 1823年、米国トロイの新聞「トロイ・センティネル」に「聖ニコラスの訪問記(クリスマスの前の晩)」という詩が神学者クレメント・クラーク・ムーアの友人の手によって、作者名を明らかにしない形で掲載された。これは長らくクレメント・クラーク・ムーア教授 (Clement C. Moore) によるものであると紹介されてきた。一方、2000年のニューヨーク・タイムスの報道により、ヘンリー・リヴィングストン・ジュニアが本当の作者ではないか、という説が提示された[10]
  • 1849年、米国コロンビア大学のクレメント・クラーク・ムーア教授名義で「クリスマスの前の晩」が出版され、その挿絵として赤い服を着たサンタクロースがテオドア・C・ボイドによって描かれた。
  • 1862年、週刊誌「ハーパーズ・ウィークリー」においてトーマス・ナストが「丸々太ってニコニコ顔」のサンタクロースを描いた。
  • 1886年、トーマス・ナストは聖ニコラウスの姿を参考にして、サンタクロースが北極で暮らしている姿を詳細に描いた。
『子供之友』1914年12月号
  • 1914年、この頃から日本の子供雑誌『子供之友』などに、赤い帽子に赤い服を着て太いベルトを腰に巻いたサンタクロースが描かれるようになった。
  • 1920年代、トーマス・ナストが描いたイメージのサンタクロースが、著名な画家ノーマン・ロックウェルに受け継がれた。
  • 1923年東京日日新聞は、「Xマス近づく」との見出しの記事において「坊ちゃん嬢ちゃんに歓迎されるクリスマス・プレゼントは、年々盛んになるばかりだ。」と報じた。同記事の中で、人気のクリスマスプレゼントの一つとして「サンタクロース人形」が取り上げられた。
  • 1926年大正天皇が12月25日に崩御。休日となる先帝祭が翌1927年より12月25日に移行されて大正天皇祭となった(~1947年)。これが日本でのクリスマス普及に大きな役割を果たしたとされる[11]
  • 1961年フィンランド郵政省はサンタクロースの住所を "Mr.Santa Claus Joulupukin Konttori Napapiiri,96930 Rovaniemi,Finland" と定めた[12]。実際にこの住所宛に返信用切手を同封して手紙を書くと返事が届くという[要出典]

コカ・コーラとの関係[編集]

コカ・コーラ社のコーポレートカラーはサンタクロースの衣装と同じ赤と白であり、現代の赤い服を着て白ひげを蓄えた笑顔のサンタクロースのイメージはコカ・コーラの広告に由来するといわれている[13]

米国コカ・コーラの広告にサンタクロースが初めて採用されたのは1931年で、この時には日本にも赤い服に白ひげを蓄えたサンタクロースの姿は見受けられる。(コカ・コーラを手にしたサンタクロースが日本で紹介されたのは1949年以降の戦後のことである[14]。)

コカ・コーラ社の広告がサンタの姿を新たに創りだしたわけではなく、「コカ・コーラ社の広告が、今あるサンタクロースの姿をより定着させた」としたほうが正確だ。

トナカイ[編集]

サンタクロースの乗る空飛ぶソリを引くトナカイは8頭おり、「サンタクロースがきた(クリスマスの前の晩)」によれば、それぞれ以下の名前である。

  • ダッシャー (Dasher)
  • ダンサー (Dancer)
  • プランサー (Prancer)
  • ヴィクセン (Vixen)
  • ダンナ― (Donner)
  • ブリッツェン (Blitzen)
  • キューピッド (Cupid)
  • コメット (Comet)

また、「赤鼻のトナカイ」の歌(原題:Rudolph the Red-Nosed Reindeer|Rudolph the Red-Nosed Reindeer )で有名な9頭目のルドルフ (Rudolph) は、ロバート・L・メイ著の「ルドルフ 赤鼻のトナカイ」(1939年)から8頭の先導役として先頭を走る1頭で足されている。

公認サンタクロース[編集]

グリーンランドに住む長老サンタクロースの補佐をする目的で、グリーンランド国際サンタクロース協会1957年に設立された。グリーンランド国際サンタクロース協会が認定する公認サンタクロースは現在世界に120人。クリスマスに自宅ですごすことができない子どもたちのため、クリスマスより一足早く福祉施設や小児病棟などを訪問する。

毎年7月、デンマークコペンハーゲンで世界サンタクロース会議が開かれている。公認サンタクロースは、自宅からサンタクロースの衣裳で参加することが義務づけられている。

日本からは、1998年マンボミュージシャンパラダイス山元がグリーンランド国際サンタクロース協会公認サンタクロースになっている[15]

サンタクロースが主題の作品[編集]

音楽に関しては、クリスマスの音楽一覧を参照。

文学[編集]

映画[編集]

ドラマ[編集]

漫画[編集]

  • 「わしはサンタじゃ!!」(光原伸『アウター・ゾーン』の1エピソード)
  • 「サンタクロース アカデミー」(河内美雪『借金王キャッシュ』第2巻に同時収録。)

アニメ[編集]

関連項目[編集]

関連文献[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ファザークリスマスとサンタクロースは別物であった。後者はヴァイキングたちが厳冬に「冬」の格好をさせ、厚くもてなしたもので、これがイギリス人が真似たものだという。後に混同が起きたデズモンド・モリス『クリスマス・ウォッチング』(扶桑社)「4 クリスマスの父とは誰か?」。
  2. ^ 蛇蔵海野凪子『日本人の知らない日本語3 祝卒業編』(メディア・ファクトリー)参照。
  3. ^ デズモンド・モリス『クリスマス・ウォッチング』(扶桑社)「6 子どもたちはなぜクリスマスに靴下を吊るすのか?」。
  4. ^ デズモンド・モリス『クリスマス・ウォッチング』(扶桑社)「7 ファザー・クリスマスはなぜ煙突からやってくるのか?」。トナカイの伝説もこれで定着した。
  5. ^ アト・ド・ヴリース 『イメージ・シンボル事典』
  6. ^ 『アイスランド 旅名人ブックス59』212頁。ISBN 9784861304439
  7. ^ 『アイスランド紀行 氷と火の島から』36頁。ISBN 9784779112812
  8. ^ 出典:葛野浩昭 『サンタクロースの大旅行』80頁岩波新書 ISBN 978-4004305910
  9. ^ 出典:『サンタクロースの大旅行』岩波新書72頁
  10. ^ Literary Sleuth Casts Doubt on the Authorship of an Iconic Christmas Poem, October 26, 2000。
  11. ^ 出典:「クリスマス~どうやって日本に定着したか」角川書店 (1999/12)
  12. ^ 小さな小さな新聞廣告 シングルモルトウイスキー山崎 サントリー”. 2012年11月19日閲覧。
  13. ^ イギリス人デズモンド・モリスは『クリスマス・ウォッチング』(扶桑社)「21 サンタクロースがあ独特の衣装を着るようになったわけは?」で「にわかには信じがたいかもしれないが、…コカコーラ社のおかげをこうむっている」と書いているが、上述のとおり、トマス・ナスト(英語)が既に考えていた。
  14. ^ [1]
  15. ^ 出典:パラダイス山元著『サンタクロース、ライフ。』
  16. ^ パラダイス山本公式ブログ 2010.12.24

外部リンク[編集]