門司区

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もじく
門司区
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 福岡県
北九州市
団体コード 40101-3
面積 73.42km²
総人口 100,729
推計人口、2014年9月1日)
人口密度 1,370人/km²
隣接自治体
隣接行政区
北九州市小倉北区小倉南区
山口県下関市(海を隔てて隣接)
門司区役所
所在地 801-8510
福岡県北九州市門司区清滝一丁目1番1号
北緯33度56分28.5秒東経130度57分34.3秒座標: 北緯33度56分28.5秒 東経130度57分34.3秒
門司区役所
外部リンク 北九州市門司区HP

門司区位置図

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門司港地区

門司区(もじく)は、北九州市を構成する7区の行政区の一つである。

地理[編集]

日本九州の最北端に位置しており、企救半島の大半の地域を占めている。

奈良時代には門司に関所が置かれていたことが知られ[1]鎌倉時代には北条得宗家の所有[2]となり、鎌倉幕府滅亡後に足利尊氏に恩賞として与えられた[3]南北朝時代には周防国大内氏長門国豊前国に進出し、関門海峡の両岸を支配した。門司の領主とみられる門司能秀文明年間に大内氏の奉行人であったことが知られている[4]

近代は石炭の積み出しや貿易の中継基地としての役割をもつ港湾都市として栄えた。関門海峡を挟んで位置する山口県下関市との間に関門連絡船関門トンネルが整備され、本州から九州へ入るときの玄関口でもあるため、下関市との関係が強い。また企救半島東部の周防灘に面した新門司地区にはフェリーターミナルがある。

近年、中心部は門司港レトロ地区の整備により観光化が進んでいる。

歴史[編集]

  • 1889年明治22年)4月1日 - 市制・町村制施行により、企救郡(きくぐん)のうち門司村・田野浦村(たのうらむら)・小森江村(こもりえむら)が合併し文字ヶ関村(もじがせきむら)が発足。また、柳ヶ浦村(やなぎがうらむら)、東郷村(とうごうむら)、松ヶ江村(まつがえむら)も成立。
  • 1894年(明治27年)8月1日 - 企救郡文字ヶ関村、町制施行と同時に名称変更、門司町(もじまち)となる。
  • 1899年(明治32年)4月1日 - 企救郡門司町、市制施行により門司市となる。
  • 1908年(明治41年)12月1日 - 企救郡柳ヶ浦村、町制施行と同時に名称変更、大里町(だいりまち)となる。
  • 1923年大正12年)2月1日 - 門司市、企救郡大里町を編入。
  • 1929年昭和4年)10月1日 - 門司市、企救郡東郷村を編入。
  • 1942年(昭和17年)5月15日 - 門司市、企救郡松ヶ江村を編入。これにより現在の区域が確定。
  • 1963年(昭和38年)2月10日 - 『5市合併』で北九州市発足、門司区発足。ただし、政令指定都市移行は4月1日だったため、それまで「門司区」は町名・大字の一部(接頭句)の扱いであった。

地域[編集]

教育[編集]

高等学校[編集]

県立高校はかつて門司区だけで単一の通学区域(旧第2学区)であったが、若年人口減少により、2007年平成19年)4月1日旧第3学区と統合された(2009年4月1日より旧第2・第3学区は第2学区に変更)。また、区内の県立高校の再編成が行なわれ、中高一貫型を採るケースも出た。

中学校[編集]

小学校[編集]

  • 北九州市立小森江東小学校
  • 北九州市立田野浦小学校
  • 北九州市立大里柳小学校
  • 北九州市立大里東小学校
  • 北九州市立小森江西小学校
  • 北九州市立白野江小学校
  • 北九州市立柄杓田小学校
  • 北九州市立大積小学校
  • 北九州市立西門司小学校
  • 北九州市立松ヶ江南小学校
  • 北九州市立松ヶ江北小学校
  • 北九州市立伊川小学校
  • 北九州市立萩ヶ丘小学校
  • 北九州市立大里南小学校
  • 北九州市立藤松小学校
  • 北九州市立門司中央小学校
  • 北九州市立門司海青小学校
  • 北九州市立港が丘小学校
  • 私立敬愛小学校

幼稚園[編集]

私立
  • 愛光幼稚園
  • あけぼの幼稚園
  • 敬愛幼稚園
  • 門司こばと幼稚園
  • さいわい幼稚園
  • 東郷瞳幼稚園
  • 西門司幼稚園
  • 花園幼稚園
  • 日の丸幼稚園
  • 門司聖母幼稚園
  • 門司瞳幼稚園
  • 門司幼稚園

図書館[編集]

主な医療機関[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

九州旅客鉄道(JR九州)
平成筑豊鉄道

この他、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陽新幹線も区内を通るが、新関門トンネルのため駅はない。

廃止路線[編集]

西日本鉄道
日本貨物鉄道(JR貨物)

バス[編集]

  • 西鉄バス - 子会社の西鉄バス北九州が運行している。区内の多くの地域にバス路線網があり、門司駅・門司港駅を拠点に区中心部と区内各地を結ぶほか、区内と小倉駅周辺部、小倉北区、小倉南区、戸畑区を結ぶ役割も持つ。区内に門司恒見営業所を置く。
  • おでかけ交通 - 地元住民による運営委員会が運営。西鉄バス路線が廃止された区の東岸部で運行する。
  • 門司港バスストップ - 関門橋上に設置。一部の高速バスが停車する。

道路[編集]

船舶[編集]

新門司フェリーターミナル

経済[編集]

区内に本社を置く主な企業[編集]

区内に事業所を置く主な企業[編集]

門司区発祥の企業[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

門司が舞台となった作品[編集]

通信・メディア[編集]

郵便[編集]

郵便局は、関門海峡側に多く所在する。

郵便局

  • 門司小森江郵便局
  • 門司葛葉郵便局
  • 門司永黒郵便局
  • 門司柳町郵便局
  • 大里東口郵便局
  • 門司原町郵便局
  • 門司藤松郵便局
  • 西門司郵便局
  • 門司大里本町郵便局
  • 門司白野江郵便局
  • 門司田野浦郵便局
  • 柄杓田郵便局
  • 門司黒川郵便局
  • 門司丸山郵便局
  • 旧門司郵便局
  • 門司老松郵便局
  • 東門司郵便局
  • 門司清見郵便局
  • 門司清見三郵便局


簡易郵便局

  • 大里城山簡易郵便局
  • 門司畑簡易郵便局
  • 大積簡易郵便局

 


電話[編集]

以下に示す市外・市内局番は総務省公開情報による。近年、通信自由化で従来のパターンが通用しなくなっている。

西日本電信電話
  • 門司2号…(093)321、322、33x(x=1-3)
  • 門司黒川…(093)341、342
  • 門司大里…(093)37x(x=1-3)、38x(x=1-3)、391
  • 門司恒見…(093)48x (x=1-7)

以下、エリア分類不明。門司区内にも、以下のパターンに該当する電話番号の一部が存在する。

なお参考までに、西日本電信電話における一般的な割り当てルールは以下の通り。

  • 2xy…中間市・遠賀郡
  • 5xy…小倉北区
  • 7xy…若松区
  • 8xy…戸畑区

携帯電話については、NTTドコモau by KDDIソフトバンクモバイルとも区内ほとんどの地域で利用可能となっているが、山間部で繋がらない地域がある。世代交代が進められていることもあり、3G(第三世代)以降のサービスのみについてエリア拡大のため基地局整備等が進められている。

新聞[編集]

門司区内には、現在西日本新聞社が門司支局と関連拠点を置いているのみである。かつては毎日新聞西部本社スポーツニッポン新聞西部本社が所在していたが、現在はいずれも小倉北区と福岡市に移った。

放送[編集]

テレビの電波直接受信については、地理的に皿倉山八幡テレビ・FM放送所から出される電波が届かない地域が多いため、区内に数多くの中継局が設けられている。詳細はこちらを参照。

ラジオについてはFMは八幡送信所からの放送を、AMについては響放送所からの電波を、それぞれ受信する。但し、AMについては、周防灘側では送信所からの距離がやや離れていることもあり、高周波の2局が、季節や時間帯によっては他局からの混信障害を受ける。なお、NHK北九州放送局は、FMの中継局を区内に設けている。

NHK北九州FM放送門司超短波中継放送局
  • 周波数:82.2MHz
  • 空中線電力:100W

主な著名人[編集]

50音順。※は北九州市から特命大使を委嘱された人物。

外部リンク[編集]

  1. ^ 「延暦15年11月21日太政官符」『類聚三代格」巻16、なお同官符は延暦15年(796年)に九州からの船が門司を通過しなくても良い例外を定めたものであり、関所はそれ以前から設置されていたことになる。
  2. ^ 「将軍守邦王袖判過書案」『鎌倉遺文』28695号、ただし同書を奉じているのは御内人(北条氏直臣)の長崎高資であるため北条高時の命で出された「元亨4年3月9日長崎高資奉書案」とするのが正しい(須田、2011年、P134)。
  3. ^ 「足利尊氏所領注文案」『南北朝遺文 九州編』6916号。
  4. ^ 須田牧子「日朝国家間外交における大内氏の地位」『中世日朝関係と大内氏』(東京大学出版会、2011年)