添田町

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そえだまち
添田町
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 福岡県
田川郡
団体コード 40602-3
面積 132.10 km²
(境界未定部分あり)
総人口 10,154
推計人口、2014年9月1日)
人口密度 76.9人/km²
隣接自治体 嘉麻市
田川郡大任町川崎町赤村
朝倉郡東峰村京都郡みやこ町
大分県中津市日田市
町の木
町の花 シャクナゲ
添田町役場
所在地 824-0691
福岡県田川郡添田町大字添田2151番地
北緯33度34分18.5秒東経130度51分14.3秒
外部リンク 添田町公式サイト

添田町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
皿倉山からみた英彦山

添田町(そえだまち)は、福岡県の中央部に位置するである。田川郡に属しており、筑豊を構成する自治体の一つでもある。

地理[編集]

福岡県筑豊地方の南東部、田川郡南部に位置し、英彦山などの山々の連なる筑紫山地大分県と隣接する。今川の上流部には油木ダムがあり、町域の多くは山間部である。山間部に位置するため、気温の寒暖の変動が大きく、冬場は最低気温が氷点下まで下がることも多いが、過去最低気温は1981年2月26日に観測された-6.6℃で、内陸部の割に、冷え込みは厳しいとまでは言えない。町域南部を中心に、山間部の為雪が降ると積雪することも少なくない。特に英彦山周辺はまとまった積雪に見舞われるため、山間部の国道500号は積雪、路面凍結などで通行規制や通行止めになる場合がある。夏季の熱帯夜は多くても数日で、観測されない年もあり、少ない。

添田アメダス1981–2010年平均の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 19.6
(67.3)
23.7
(74.7)
25.5
(77.9)
29.9
(85.8)
32.4
(90.3)
35.9
(96.6)
36.9
(98.4)
37.2
(99)
35.5
(95.9)
31.6
(88.9)
25.9
(78.6)
21.1
(70)
37.2
(99)
平均最高気温 °C (°F) 8.8
(47.8)
10.2
(50.4)
13.7
(56.7)
19.7
(67.5)
24.2
(75.6)
27.2
(81)
30.8
(87.4)
31.8
(89.2)
27.8
(82)
22.6
(72.7)
16.8
(62.2)
11.5
(52.7)
20.4
(68.7)
日平均気温 °C (°F) 4.5
(40.1)
5.3
(41.5)
8.4
(47.1)
13.6
(56.5)
18.1
(64.6)
21.9
(71.4)
25.7
(78.3)
26.3
(79.3)
22.5
(72.5)
16.8
(62.2)
11.5
(52.7)
6.7
(44.1)
15.1
(59.2)
平均最低気温 °C (°F) 0.6
(33.1)
1.0
(33.8)
3.7
(38.7)
8.2
(46.8)
12.7
(54.9)
17.5
(63.5)
21.9
(71.4)
22.1
(71.8)
18.4
(65.1)
12.3
(54.1)
7.2
(45)
2.7
(36.9)
10.7
(51.3)
最低気温記録 °C (°F) −5.8
(21.6)
−6.6
(20.1)
−5.8
(21.6)
−0.8
(30.6)
4.1
(39.4)
7.7
(45.9)
12.6
(54.7)
14.6
(58.3)
7.2
(45)
2.2
(36)
−0.6
(30.9)
−4.6
(23.7)
−6.6
(20.1)
降水量 mm (inch) 75.5
(2.972)
88.6
(3.488)
141.5
(5.571)
144.7
(5.697)
178.6
(7.031)
329.9
(12.988)
334.3
(13.161)
210.0
(8.268)
211.4
(8.323)
86.8
(3.417)
85.7
(3.374)
64.0
(2.52)
1,941.8
(76.449)
平均月間日照時間 88.7 100.6 127.5 166.2 177.1 133.9 154.2 172.7 139.3 144.5 116.2 104.9 1,626.5
出典: 気象庁

隣接する市町村[編集]

福岡県
大分県

歴史[編集]

かつては筑豊炭田の炭鉱が存在したが、エネルギー革命による石炭需要の激減により全て閉山している。1960年代には25000人ほどいた人口は半減し、2006年現在、11000人ほどとなっている。

近現代[編集]

  • 1887年 添田町村、添田村、伊原村が合併し、添伊田村となる。
  • 1889年4月1日 町村制施行により、添伊田村、庄村、野田村が合併、添田村として発足。
  • 1907年1月1日 田川郡中元寺村を編入。
  • 1911年4月1日 町制施行。
  • 1942年2月11日 田川郡彦山村を編入。
  • 1955年1月1日 田川郡津野村と対等合併し、新町制による添田町が発足。

歴代町長[編集]

  1. 伊藤保司(1955年-1959年)
  2. 中富鐵之助(1959年-1967年)2期
  3. 戸渡義章(1967年-1971年)1期
  4. 山本文男(1971年2月1日-2010年7月20日)10期
山本文男町政

前町長の山本文男は、1971年に就任して以来、10期40年近く町長を務めた。2007年1月16日に告示された町長選挙では山本以外に立候補者が無く、10期目の当選を果たし、本来ならば2011年初頭まで町長職を務める勘定となっていた。また、全国町村会の会長を、1999年から2010年3月まで10年余り務め、当時全国知事会会長を務める麻生渡(当時福岡県知事)と協調して、地方の声を政府に伝える役割を担っていた。

しかし、2009年に福岡県町村会汚職事件が明らかになると、事件に絡み辞任した当時の中島孝之副知事に、後期高齢者医療制度発足に際し、町村会に有利な取り計らいをしたお礼に賄賂を贈ったとして、前副知事とともに2010年2月2日福岡県警察逮捕され[1]起訴後の2月下旬に保釈。その後、解職に必要な署名が集まったとして、住民団体によりリコール請求がなされ、一旦は2010年8月22日までに住民投票が行われることとなったが、同年7月5日に辞職届を提出し、同20日の臨時町議会で辞職が承認されたため、住民投票は中止となった[2]。このため町選挙管理委員会は8月22日、出直し町長選挙を行うこととし、現職の山本は改めて立候補したが落選、新人の寺西明男が当選した。これにより約40年続いた山本文男町長による町政に終止符が打たれることになった。[3]

行政[編集]

町長[編集]

  • 寺西明男(2期目)
  • 任期:2018年8月21日

町議会[編集]

  • 定数:13人
  • 任期:2018年7月21日

消防[編集]

  • 田川地区消防本部
    • 添田分署

警察[編集]

町の施設[編集]

  • 添田町美術館
  • オークホール

姉妹都市・提携都市[編集]

地域[編集]

人口[編集]

Demography40602.svg
添田町と全国の年齢別人口分布(2005年) 添田町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 添田町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
添田町(に相当する地域)の人口の推移
1970年 16,810人
1975年 16,006人
1980年 16,196人
1985年 15,662人
1990年 14,632人
1995年 13,763人
2000年 12,750人
2005年 11,810人
2010年 10,913人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

小学校[編集]

  • 添田町立添田小学校
  • 添田町立中元寺小学校
  • 添田町立津野小学校
  • 添田町立落合小学校
  • 添田町立真木小学校
  • (添田町立英彦山小学校)
       2002年3月閉校。添田町立落合小学校へ統合。

中学校[編集]

  • 添田町立添田中学校
  • 添田町立英彦中学校

2010(平成22)年3月閉校。添田町立添田中学校に統合

  • 添田町立津野中学校

2010(平成22)年3月閉校。添田町立添田中学校に統合

高等学校[編集]

大学[編集]

地名[編集]

  • 添田
  • 中元寺
  • 野田
  • 落合(旧彦山村)
  • 英彦山(旧彦山村)
  • 枡田(旧彦山村)
  • 津野(旧津野村)

経済[編集]

産業[編集]

  • 他の筑豊の市町村と同様、かつては炭鉱が町の経済を支えていたが現在ではすべて閉山している。
  • 現在は農業が中心となっている。

交通[編集]

添田駅
彦山駅

航空路線[編集]

空港は無し。最寄りの空港は、北九州空港(42km)、福岡空港(52km)など。

鉄道路線[編集]

中心駅は添田駅。

バス路線[編集]

道路[編集]

高速道路
町内には通っていない。
最寄りのインターチェンジは、九州道小倉南IC(29km)、東九州道行橋IC(25km)、大分道杷木IC(32km)、大分道日田IC(32km)、など。
一般国道
県道

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

英彦山神宮

添田町出身の有名人[編集]

その他[編集]

1985年まで町内を通っていた国鉄添田線は、昭和54年度に営業係数(収入額100円に対する支出額)ワースト1となり、「日本一の赤字ローカル線」として知られた。その後、同線は廃止前に営業係数最大の座を美幸線に譲ったが、これが縁となって添田町は美幸線が通っていた北海道の美深町と姉妹提携を結んでいる。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]