戸畑区
| とばたく 戸畑区 |
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|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 九州地方 |
| 都道府県 | 福岡県 |
| 市 | 北九州市 |
| 団体コード | 40105-6 |
| 面積 | 16.66km² |
| 総人口 | 59,883人 (推計人口、2012年11月1日) |
| 人口密度 | 3,590人/km² |
| 隣接自治体 隣接行政区 |
北九州市:小倉北区、八幡東区、若松区 |
| 区の木 | 制定なし |
| 区の花 | 制定なし |
| 戸畑区役所 | |
| 所在地 | 〒804-8510 福岡県北九州市戸畑区千防一丁目1番1号 |
| 外部リンク | 北九州市戸畑区HP |
| ウィキプロジェクト | |
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ニッスイ戸畑ビル(1936年築、日本水産福岡支社北九州営業所、ニッスイパイオニア館)
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戸畑区(とばたく)は、福岡県北九州市を構成する7区の行政区の一つである。
目次 |
[編集] 地理
北九州市の中央部に位置している。区域北部・北西部の海岸は洞海湾に面し、北東部は響灘・関門海峡に面している。北九州市の行政区のうち最も面積の小さい区である。区域北部にある新日鐵住金八幡製鐵所戸畑地区が区の面積の約半分を占める。
[編集] 歴史
名護屋崎、牧山古墳の古墳群において、約1,400年前の人骨、鏡、銀鏡、土器の副葬品が発見されている。日本書紀では戸畑は「名護屋」として登場している。
戸畑(とばた)の地名が確認できる最古の資料は、1396年(応永3年)の麻生氏の所領目録「惣諸浦塩浜其外所々目録(そうしょうらしおはまそのほかしょしょもくろく)」において、「戸畑浦」として登場しているものである。一方、奈良時代に記された万葉集には「飛幡(とばた)の浦」として、筑前風土記には、「鳥旗(とりはた)」として登場している。
旧戸畑市は北九州市の前身の5市で唯一、町村制施行以降北九州市発足まで一度も合併を経験しなかった。
- 1515年(永正12年)鳥旗町に照養寺建立。
- 1615年(慶長20年)中の島城(80×80メートル)周囲500メートルの島。黒田長政が築いた城が一国一城令で壊される。
- 1701年(元禄14年)筑前国、豊前国の国境が境川に決められる。
- 1788年(寛政元年)天籟寺の六地蔵建立。
- 1803年(享和3年)戸畑祇園大山笠行事が始まる。
- 1874年(明治7年)鳥旗小学校(戸畑)が開校。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、遠賀郡戸畑村・中原村が合併し戸畑村が発足。
- 1899年(明治32年)6月10日 - 町制施行。戸畑町となる。
- 1901年(明治34年)渡し場付近の埋め立て。
- 1902年(明治35年)小倉~戸畑間に鉄道開通し、戸畑駅が開業。
- 1908年(明治41年)鹿児島本線が戸畑経由となる。
- 1909年(明治42年)戸畑で初めての電灯(800戸)
- 1910年(明治43年)
- 1912年(大正元年)小倉~戸畑間に九州電気軌道による路面電車開通(1928年、幸町~中央町間)大渡川渡船(若戸渡船が就航)
- 1914年(大正3年)旭硝子が操業。
- 1917年(大正6年)新日鐵住金八幡製鐵所戸畑地区の前身・東洋製鉄が操業開始。
- 1922年(大正11年)中原海水浴場が出来る。(当時は松原と白浜の海岸)
- 1924年(大正13年)9月1日 - 市制施行により、戸畑市となる。
- 1929年(昭和4年)
- 共同漁業(現在の日本水産)が下関から進出。以後は遠洋基地、捕鯨基地として栄える。
- 1930年(昭和5年)戸畑市役所新築完成。博覧会を開催。
- 4月2日若戸渡船転覆。死者73人。
- 1931年(昭和6年)大谷浄水場が完成。水道が敷かれる。
- 1932年(昭和7年)土地区画整理事業を始める。~昭和47年。
- 1933年(昭和8年)東洋製罐戸畑工場操業。
- 1934年(昭和9年)若戸渡船に貨物汽船(フェリーの発祥といわれている)。
- 1936年(昭和11年)明治製菓戸畑工場操業開始。
- 1940年(昭和15年)洞海湾の中の島を撤去。
- 1962年(昭和37年)若戸大橋開通。
- 当時「東洋一の吊り橋」と言われ、開通を記念し、若松、戸畑で「若戸博」を開催。
- 1963年(昭和38年)
- 1974年(昭和49年)北九州市立美術館が鞘ヶ谷に開館。
- 1990年(平成2年)新日鉄八幡製鐵所の事務所(総合センター)が八幡東区から戸畑区飛幡町に移転。
- 1993年(平成5年)若戸大橋の歩道廃止、車道を4車線に拡幅。
- 1997年(平成9年)「戸畑まちづくり構想」策定(2013年までの計画)。
- 1999年(平成11年)戸畑駅が約150m移動、戸畑サティ(現・イオン戸畑ショッピングセンター)オープン。
- 2002年(平成14年)ウェルとばた開館。
- 2007年(平成19年)戸畑区役所が新池1-1-1から千防1-1-1へ移転。
北九州市の欄も参照。
[編集] 区の概要
戸畑は明治の中期までは寒村で、人口も約3,000人であったが、隣接する八幡で1901年八幡製鐵所が操業したことを契機に、1910年に戸畑鋳物(現・日立金属)、1914年に旭硝子、1921年に八幡製鐵所が戸畑に進出したことで、工業化が進んだ。市制施行は旧5市の中で最も遅かったが、昭和初期より区画整理事業を積極的に進め、住宅地としての開発が急速に進み、市制施行時の1924年には約38,000人だった人口が1947年には現在の人口よりも多い約68,000人に、5市合併の1963年にはピークの約109,800人となった。
その後は、区内に多く存在した新日鉄をはじめとする社宅から北九州市郊外へ持ち家化が進むなどしたため人口は減少し、最近10年間は漸減傾向にある。
近年は1999年に日立金属工場跡地へ戸畑サティ(現・イオン戸畑ショッピングセンター)がオープンしたことをきっかけに住宅地として再評価され、マンション開発がさかんに行われている。
なお、戸畑区は昼間人口が夜間人口を上回っており、昼夜間人口比率は117.2%(2005年国勢調査)で、小倉北区の134.1%に次いで2番目(北九州市全体では102.3%、100%を超える区は、前出の2区に八幡東区を加えた3区のみ)である。
[編集] 教育機関
[編集] 大学
[編集] 高等学校
[編集] 中学校
- 市立
- 北九州市立中原中学校
- 北九州市立大谷中学校
- 北九州市立高生中学校
- 北九州市立飛幡中学校
- 私立
[編集] 小学校
- 市立
- 北九州市立牧山小学校
- 北九州市立中原小学校
- 北九州市立天籟寺小学校
- 北九州市立鞘ケ谷小学校
- 北九州市立一枝小学校
- 北九州市立大谷小学校
- 北九州市立あやめが丘小学校
- 北九州市立戸畑中央小学校
- 私立
[編集] 幼稚園
- 私立
- 一枝幼稚園
- 教学寺幼稚園
- 戸畑天使園
- ハレルヤ幼稚園
- 宝福寺幼稚園
- 明泉寺幼稚園
- 第二明泉寺幼稚園
[編集] 交通
- 人口こそ6万人程度であるが、前述の通り昼間人口が多い都市であり、通勤や通学需要、また若松区の玄関口としてJR戸畑駅の利用者は多く、平成23年度の乗車人員(降車客は含まず)は9963人で九州13位[1]。また区内には非常に高度なバス路線網が形成されている。
[編集] 鉄道
[編集] 廃止路線
[編集] バス
- 西鉄バス北九州 - 西鉄グループ。戸畑区内および北九州市内各地と戸畑区を結ぶ路線を運行。区内に戸畑営業所を持つ。
- 北九州市交通局 - 若戸大橋を通り戸畑区と若松区を結ぶ路線を運行。区内に営業所はない。
[編集] 道路
- 有料道路
- 一般国道
- 主要地方道
[編集] 経済
[編集] 区内に本社を置く主な企業
[編集] 区内に事業所を置く主な企業
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 北九州市立美術館
- 金比羅山 - 中央公園内。桜・紅葉の名所。高さ125mは区内で最も高い
- 西日本工業倶楽部(旧松本家住宅)(国の重要文化財)
- 都島展望公園 - 桜の名所、洞海湾・区内を一望できる
- 夜宮の大珪化木 - 国の天然記念物
- カイトハウスまごじ - 孫次凧(郷土玩具、セミ等の形をした凧、福岡県知事指定特産工芸品・民芸品)を購入できる。
- ニッスイパイオニア館(日本水産100周年を機に開設された企業博物館)
- 戸畑あやめ公園(4月下旬~5月上旬にとばたあやめまつり開催)
- 夜宮公園(6月に菖蒲まつり開催)
- くきのうみ花火の祭典(7月)
- 戸畑祇園大山笠(7月第4金~日、国の重要無形民俗文化財)
- いいっちゃ戸畑ヨイトサまつり(8月下旬)
[編集] 市外・市内局番
- (093)8xx
[編集] 脚注
[編集] 出身有名人
- 麻生渡(前福岡県知事、元特許庁長官)
- F.King Toggy(DJ、パーソナリティー、ローカルタレント、ミュージシャン)
- 宗左近(詩人)
- タナダユキ(映画監督)
- 中原麻衣(声優)
- 福地茂雄(前NHK会長、元アサヒビール会長)
- 渕正信(プロレスラー)
- ふとがね金太(俳優)
- 山本高広(ものまねタレント)
- 横松寿一(元プロ野球選手)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 北九州市戸畑区 公式サイト
- 戸畑百景 戸畑区の写真100枚
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