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鏡(つぼや背後の植物が映る)
鏡台

(かがみ)とは、通常、主な可視光線反射する部分をもつ物体である。またその性質を利用して光を反射させる器具をさす。鏡に映る像は鏡像といい、これは左右が逆転しているように見えるものの、幾何学的に正確に言えば、逆転しているのは左右ではなく前後(奥行き)である。

古くは金属板を磨いた金属鏡が作られたが、現代の一般的な鏡はガラスの片面にアルミニウムなどの金属を蒸着したものである。他に、プラスチックポリエステルフィルムの表面に金属を蒸着したものなどもある。

人が自らの全身を映す鏡を姿見(すがたみ)と呼び、主に身なりを整えたり、確認するために使う。多くは縦に長い長方形となっている。

化粧のために手鏡を立てかける台、もしくは鏡を取り付けられた台を鏡台と呼び、どちらも多くは化粧品などを納める引き出しが付いている。鏡を取り付けられた鏡台の場合、その鏡は手鏡よりは大きな鏡だが、姿見ほど大きくはない。

手に持って使う鏡を手鏡と呼ぶ。

目次

[編集] 鏡の歴史

[編集] 技術的変遷

古くは金属板を磨いた金属鏡が作られ、多くは青銅などを用いた銅鏡であったが、後にメッキを施されるようになった(表面鏡)。 現代の一般的な鏡はガラスの片面にアルミニウムや銀などの金属のめっきを施し、さらに酸化防止のため銅めっきや有機塗料などを重ねたものである(裏面鏡)。

しかしながら、最初の鏡は、水たまりの水面に自らの姿形などを映す水鏡であったと考えられる。その後、金属を磨いて鏡として使用していたことが遺跡発掘などから分かっている。現存する金属鏡で最も古いものは、エジプトの第6王朝(紀元前2800年)のもの。以来、およびそれらの合金を磨いたもの、および水銀が鏡として用いられる。 1317年にヴェネツィアのガラス工が、錫アマルガムガラスの裏面に付着させて鏡を作る方法を発明してから、ガラスを用いた反射の優れた鏡が生産されるようになった。これはガラスの上にしわのない錫箔を置き、その上より水銀を注ぎ放置して序々にアマルガムとして密着させ、約1ヶ月後に余分の水銀を流し落として鏡として仕上げるという手間のかかるものであった。 1835年にドイツフォン・リービッヒが現在の製鏡技術のもととなる、硝酸銀溶液を用いてガラス面にを沈着させる方法(銀鏡反応)を開発し、以来製鏡技術は品質、生産方法共に改良され続けてきた。

今日では、鏡は高度に機械化された方法で大量生産され、光沢面保護のための金属めっきや塗料の工夫により飛躍的に耐久性が向上したが、ガラスの裏面を銀めっきした鏡である点は19世紀以来変わらない。これはという金属は可視光線の反射率(電気伝導率および熱伝導率に由来する)が金属中で最大のためである。 現在ではガラスを使う鏡の他に、ポリエステルなどのフィルムの表面に金属を蒸着し、可搬性や安全性を高めたものもある。

[編集] 鏡と人間の認識

鏡の起源は人類と同じほど古い。最古のそれは水鏡(水面)に遡るからである。

動物知能を測るために鏡が用いられるように(鏡に映った自分を自分と認識できる能力を「鏡映認知」と呼ぶ)、鏡に映る姿が自己であることを知るのは、自己認識の第一歩であるとされる。鏡によって、初めて人は自分自身を客観的に見る手段を得た。チンパンジーなどにおいては、鏡に映る姿を自分自身として認識し、毛繕いのときに役立てるという。

鏡に映像が「映る」(実際には反射しているのだが)という現象は、古来極めて神秘的なものとしてとらえられた。そのため、単なる化粧用具としてよりも先に祭祀の道具としての性格を帯びていた。鏡の面が、単に光線を反射する平面ではなく、世界の「こちら側」と「あちら側」を分けるレンズのようなものと捉えられ、鏡の向こうにもう一つの世界がある、という観念は通文化的に存在し、世界各地で見られる。

水鏡と金属鏡しかなかった時代・古代哲学などにおいては、鏡像はおぼろげなイメージに過ぎないとされた。一方近代になりガラス鏡が発達すると、シュピーゲル(ドイツ語)やミラー(英語)という名を冠する新聞が登場するようになる。これは「鏡のようにはっきりと世相を映し出す」べく付けられた名称である。

鏡はとも書き、このときは人間としての模範・規範を意味する。手本とじっくり照らし合わせることを鑑みる(かんがみる)というのも、ここから来ている。また日本語でも「鏡」と望遠鏡拡大鏡などが同じという字を用いているし、英語のグラスもまたガラス、レンズだけでなく鏡の意味も持つ。

[編集] 日本

古墳時代邪馬台国の女王卑弥呼の王より銅鏡(この時代を研究する考古学者にとっては、「鏡」という語はすなわち神獣鏡三角縁神獣鏡などの銅鏡を意味する)を贈られた故事がある。これは彼女がシャーマン的な支配者であったことと結びつける研究も多い。鏡は神道天皇制では、三種の神器のひとつが八咫鏡であり、神社では神体として鏡を奉っているものが多数存在する。またキリスト教を禁止した江戸時代に隠れ切支丹鏡という魔鏡が作られた。

また、霊力を特別に持った鏡は、事物の真の姿を映し出すともされた。地獄の支配者閻魔大王の隣に(もしくは伝承によっては彼の手に)は浄玻璃鏡という鏡があり、彼の前に引き出された人間の罪業を暴き出すという。

鏡が割れると不吉としたり、鏡台にカバーをかけた習慣は、鏡の霊力に対する観念が広く生活習慣の中にも根を下ろしていたことを示す。しかし近代化の中で、そういった観念は次第に薄らいでいるのが現状である。

日本においては、鏡の持つ神秘性を、などの供物にも込めてきた経緯があり、現代でも鏡餅鏡開きなどの習慣に、その姿を見ることが出来る。

なお、鏡の語源はカゲミ(影見)、あるいはカカメ(カカとはの古語。つまり蛇の目)であると言われている。

[編集] 鏡が重要な役割を示す作品

[編集] 鏡の中の世界を描いた作品

現実に近い(左右などが逆なだけの)パラレルワールドとして描写されるほか、全くの別世界として登場する場合もある。

[編集] 鏡が重要なアイテムとして登場するその他の作品

[編集] 関連項目

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