まんだらけ

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株式会社まんだらけ
MANDARAKE INC.
Mandarake logo.png
種類 株式会社
市場情報
東証マザーズ 2652 2000年7月26日上場
本社所在地 日本の旗 日本
164-0001
東京都中野区中野五丁目52番15号
設立 1987年(昭和62年)2月20日
業種 小売業
事業内容 古書籍店の経営、古書籍の通信販売、書籍・雑誌・おもちゃ類の販売、書籍・雑誌の編集・出版
代表者 代表取締役社長 古川益蔵
資本金 8億3744万円
発行済株式総数 120万6000株
売上高 94億6300万円(2013年9月期)
営業利益 12億800万円(2013年9月期)
純利益 6億7400万円(2013年9月期)
純資産 42億8500万円
(2013年9月30日現在)
総資産 105億6200万円
(2013年9月30日現在)
従業員数 365人(2011年9月30日現在)
決算期 9月30日
主要株主 古川 益蔵 31.89%
古川 清美 3.98%
高橋 英夫 1.55%
(2011年9月30日現在)
外部リンク http://www.mandarake.co.jp/
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まんだらけは、漫画専門の古書店及びそれを運営する会社、または同社が発行していた冊子の名称。会社としての商号は株式会社まんだらけ: Mandarake Inc.)。

沿革[編集]

1980年(昭和55年)(『まんだらけ風雲録』によると1982年(昭和57年))、ガロ等に執筆していた漫画家古川益三が、東京都中野区にある中野ブロードウェイに漫画専門の古書店「まんだらけ」を開店した。前身は調布市にあった貸本屋(後に漫画専門古書店)「憂都離夜」。

相場が確立していなかった漫画本に対し、初めて適切といえる価格設定を行い、古書としての取引を確立させ、マニアの間でも現存が疑われていた足塚不二雄の『UTOPIA 最後の世界大戦』を発掘し、100万円という値段(当時は手塚漫画でも高くて20万から25万円程度)を付けた事で話題となった[1]

漫画専門店として有名になった事で、古川は後に「開運!なんでも鑑定団」(テレビ東京)に鑑定士として出演するようになった。しかし、すがやみつるの原稿を石ノ森章太郎の原稿と間違えるなど、鑑定眼に関しては疑問視する声もある。

1987年(昭和62年)には株式会社まんだらけを設立、会社組織として運営されるようになる。初代の社長は古川の父親で、古川は後に二代目社長となった。

中野ブロードウェイ内で店舗を増やし、中野ブロードウェイを日本屈指のおたくビルへと変貌させるきっかけを作った。やがて、漫画だけではなくアニメゲーム等に関する音楽・映像ソフトや各種おもちゃ、アニメグッズ、同人誌コスプレ衣装など、あらゆるジャンルのマニア・おたく向け商品を扱うようになった。また、通販用に写真目録「まんだらけ漫画目録」(後の「まんだらけ」「まんだらけZENBU」)を作成、古本漫画取引相場の基準となった。

1994年(平成6年)には渋谷店を開店させ、以後各地に店舗を拡大させた。各店舗には何らかのコスプレをした店員を常時配置させたことでも話題となった。1999年(平成11年)にはアメリカロサンゼルスに進出、これを皮切りに海外各地に店舗を出すまでに至ったが、その後海外店舗は全て閉店している(海外向けにはインターネット通信販売を行っている)。

1995年(平成7年)には出版部を設立、「まんだらけ漫画目録」の発行を始めた。その後、出版部では古川の同人誌や通販目録を兼ねた冊子「まんだらけZENBU」、漫画家の画集、復刻版コミック等を編集・発行している。

2000年(平成12年)7月26日、マザーズに上場。公募価格125万円に対し、93万円で売り気配、取引が成立せず権利落ちとなったが、現在では「萌え関連銘柄」として認知されている。

2001年(平成13年)2月1日にストリーミング配信の研究開発会社である(株)アクティビジョンと資本提携し、映像配信事業を共同展開する予定だったが、後に資本を引き上げ、自社でインターネットテレビMandarayを開設した。

2008年(平成20年)4月5日、自社ビル「まんだらけコンプレックス(新秋葉原店)」オープン。

特徴[編集]

105円の特価本から数百万円の稀少品まで、漫画・サブカルチャー分野を始めとする、ありとあらゆるマニアが好みそうなグッズ類が集まり「まんだらけにない物はない」とも言われている。

一般には流通していないはずの漫画原稿なども取り扱っている。原稿などは作家本人や関係者が売りに来る事が一番多いが、出所が不明な物もあり、流出ルートに関しては「我が社の知った事ではない」、「出版に関わる多くの人間の様々な事情がひそんでいるが私(古川)が、充分承知の上で買い取っている」と公言していた[2]。そのため、後述するようにトラブルも起きている。

中野本店には買取センターがあり、毎日大量の買取をしており、東京池尻の流通センターから各店舗に商品の補充を行っている。本に関しては、他書店では本の発行年月日などを一つ一つ確認して買取査定することが多く、担当員によって買取価格に差が出る場合もままあるが、まんだらけでは買取価格がデータベース化されており、それと照合して査定を行っているため、買取価格に差が出ることは少ない。しかし、物の状態や在庫等の事情で値段が変わるのは他店と変わらない。

一時期ではあるが、鉄人28号を使用したアニメーションを自社制作し、地方でテレビCMとして放映していた他、特撮オリジナルDVDを制作したり、映像分野にも進出していた事がある。

店舗[編集]

本店と本社が入っている『中野ブロードウェイ』の入口(東京・中野)
まんだらけコンプレックス
札幌店が入居するノルベサ

中野店を本拠地とし、政令指定都市に店舗を広げている。東北地方北陸地方中国地方四国地方には店舗が存在しない。

北海道地方(1店舗)[編集]

  • 札幌市(札幌店) - 2012年(平成24年)3月17日に、ファッションビルCOSMO5階からノルベサ2階に移転オープンした。これにより、店舗規模・店舗面積ともに以前の3倍となった。[3]

関東地方(5店舗)[編集]

東海地方(1店舗)[編集]

  • 名古屋市(名古屋店)※2007年(平成19年)に中区錦から同区の現在地へ移転

近畿地方(2店舗)[編集]

  • 大阪市梅田(うめだ店)
  • 大阪市・難波(グランドカオス)※ なんば店からの事実上の移転先

九州地方(2店舗)[編集]

出店予定だった店舗[編集]

  • 熊本市(熊本店) - 2005年(平成17年)春、熊本市に進出するとまんだらけ公式サイトやその他広告媒体などで告知され、熊本県初の本格的な同人ショップがオープンすると期待されていた(それ以前は買い取りのみで中古の同人誌だけしか扱わない古本屋しかなかった)が、諸般の事情により支店を進出させる計画が頓挫した。その4年後にメロンブックス熊本店がオープンすることになり、熊本県初の本格的な同人ショップの座はメロンブックスに奪われた形になった。

かつて存在した店舗[編集]

書籍[編集]

「まんだらけ風雲録」古川益三(太田出版)

訴訟・批判[編集]

買取時の確認を怠った事によりトラブルとなる事もあり、盗難にあった宮崎駿の水彩画「ラッパを吹く少年」が目録で販売されたり、倒産した出版社から流出した大量の漫画原稿を販売した事から訴訟を起こされたり(漫画原稿を守る会も参照)、アニメ制作会社から盗まれたセル画を買い取り、販売しようとしたため制作会社から提訴されたこともある[4]。 しかし、開田裕治のイラスト原画がイベントスタッフにより持ち込まれた際には、開田に確認し、持ち込まれた2枚を含む20枚を取り戻すきっかけをつくったので、出所の確認に関しては改善されている模様(開田裕治日記2004年9月8日参照)。

ワンダーフェスティバル当日版権が許可された上で発売されたガレージキットを現地で仕入れて店頭で売っている事なども問題となった[5]

脚注[編集]

  1. ^ 「まんだらけ風雲録」より。ちなみにこの『最後の世界大戦』は1980年(昭和55年)8月24日未明に万引きされ、行方不明になった。当日は大混雑だったらしく、閉店する際に古川がショーケースを見るまでなくなっていることに気づかなかったという。「漫画の手帖」2号(漫画の手帖事務局、80年)3ページ参考。
  2. ^ 強調部分は「まんだらけマンガ目録8号(1995/3/21発行)」316ページより引用。
  3. ^ まんだらけ札幌店 3/17新規移転OPEN!!
  4. ^ 「セーラームーン」元の持ち主へ=盗難セル画、古書店に返還命令-東京地裁
  5. ^ ワンダーフェスティバル2004夏ガイドブック『今一度真剣に考えたい「当日版権」が有する意味』参照。

外部リンク[編集]