すがやみつる

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すがや みつる1950年9月20日 - )は、日本漫画家漫画原作者小説家京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコース常勤教員。 本名は菅谷 充(読みは同じ)。他のペンネームは漫画原作者として鶴見 史郎(ツルミはミツルのもじり)、鷹見 吾郎がある他、本名でも小説家として活動している。静岡県富士市出身。血液型O型。

代表作は、『仮面ライダー』、『ゲームセンターあらし』、『こんにちはマイコン』等。

マイコンコンピューターゲーム、パソコン通信、実務に関する教養漫画、F1など、時代を先取りした題材をテーマとするが、つねに本格的な流行到来前に新たなジャンルに取り組んでいる。

略歴[編集]

主な作品[編集]

漫画(コミカライズ)[編集]

表記の無いものは全て石ノ森章太郎原作作品。

仮面ライダーシリーズ
ライダー以外の東映特撮作品
その他

漫画(オリジナル)[編集]

漫画原作[編集]

『こんにちはマイコン』を発表した当時、どろんぱや金矢にパソコンの面白さを教える。その後どろんぱはアダルトゲーム『マリちゃん危機一髪』を製作し、金矢は『月刊ログイン』の編集者となった。

小説[編集]

  • 日本本土竜虎決戦録
  • 蒼穹の艦隊
  • 旭日のGP
  • 灼熱の走路
  • 漆黒の独立航空隊
  • 龍の伝説
  • 風濤の艦隊

実用書[編集]

「『あらし』のような漫画だけでは、漫画家生命が太く短くて持たない」と考えた事が理由で、地味な描き下ろしを続けた。十何年も増刷を続けたり、一万部売れれば大ヒットのこのジャンルで、十万部をこえた作品もある。下書きだけをした仕事もあるという。

  • コミック版最新ハム問題集
  • ライバルに大差をつける超速読トレーニング
  • すがやみつるのすぐできるパソコン通信
  • 作家・ライター志望者のための電脳文章作法
  • すがやみつるのマンガ・ロータス1-2-3入門
  • 実戦!パソコン通信

アニメーション関係[編集]

趣味[編集]

アマチュア無線
更新手続きをしなかったために、無線局免許を一時失効した。2009年(平成21年)8月5日付けで、コールサインJI1MFTにて再開局している。また、すがやが電子工作全般をやっていたため、コロコロコミック編集部が『ブロックくずし』を題材にした漫画を誰に描かせようか考えていた際に白羽の矢が立ち、『あらし』を描くきっかけとなった。
パソコンとモータースポーツ
  • マールボロフランスミニテル上で運営していた「Marlboro Racing Service」に、日本国内のレース結果を英訳した記事を提供。
  • そして インターネット普及以前から、アメリカのパソコン通信大手CompuServeでモータースポーツの速報を得る。その情報を日本のニフティサーブ上で翻訳し、公開。
  • 逆に、日本のレース結果をCompuServeに報告することも行っていたが、その英文にあまりにも間違いが多かったため、CompuServeモータースポーツ・フォーラムのメンバー有志による「ミツルのためのイングリッシュ・レッスン」が開催。オンラインによる英作文添削が行われ、英語力が向上した。このときの経験を元に『パソコン通信で英語がわかった―35歳からの英語・国際パソコン通信体験』という本も出している(すがやみつるblog(2009年03月09日))。
  • 以上のように、1990年代にネット上で精力的に活動。ネットの持つ速報性を、様々な書籍で紹介している。
  • 日本でのインディ500中継ではゲスト解説として呼ばれることも多い。

エピソード[編集]

  • ある雑誌にて漫画原稿の締め切りに間に合わなくなった手塚治虫に代わって、原稿を一晩で描いてくれと編集部に依頼を受け、引き受ける。依頼通り原稿を仕上げるが、手塚治虫の原稿が間に合ったため雑誌には掲載されなかった。しかしちゃんと原稿料はもらえたという。同様のエピソードが藤子不二雄Aの作品『まんが道』にもある。
  • 近年は「『あらし』『こんにちはマイコン』を読んだおかげで、コンピュータ業界やゲーム業界に入りました」というファンメールをよくもらうと語る。
  • 漫画家としては珍しく、自らの描いた漫画の引用に寛容な姿勢を示している。詳細は脱ゴーマニズム宣言事件#影響を参照。
  • 俳優の畠山麦が自殺したことについて当時、自分が気をきかせて売り込んだ事に責任を感じて滅入っていたことを明かしている。

関連人物[編集]

師匠[編集]

半年たった時、江波の仕事が一時的に激減してしまい、退職させてもらった。
編集プロダクション時代「絵が描けるから」という事で、一枚の原稿を秋山が一方からペン入れ、すがやがもう片方からベタ塗りという、アクロバティックな作業を指示された。編集を辞めた後も再度秋山のアシを務める。
柔道一直線』の斉藤執筆期間のみ従事。
冒険王にて『新・仮面ライダー』を連載開始してしばらくは、監修という形で石ノ森にアドバイスをもらいつつ執筆していたが、少しでも分からないことや納得できないことがあると、昼夜を問わず質問攻めにした。師匠である石ノ森から絵の拙さ・雑さを再三に指摘されていたため、絵の技術に対するコンプレックスを払拭するため、アイデア作りのノウハウの習得に力を入れたという。後年、石ノ森はすがやに「俺に『アシスタント』は大勢いたが、『弟子』はすがやだけだった」と、その熱意に対して賞賛のコメントを残したという。

アシスタント[編集]

この二人は『ライダー』の漫画も単独で描いているが、すがやの描く『ライダー』の仕事量が増えた際、すがやの常駐アシを務めている。また山田が結婚相手を見つけた際、すがやが引き金となった一人である。
忙しい時に助っ人に来てくれた事がある。雇用関係にはなく、正式なアシスタントではないが、交流は深い。
すがやの最初の専属アシスタント。

他の人物[編集]

ミュータントプロ会長。
ミュータントプロ副会長。すがやは一時期、細井の実家に居候していた。
すがやが一時芸能プロで働いていた際、すがやの担当俳優であり、両者の関係は短いながらも深い。詳細は畠山麦を参照。
近所に住んでいた虫プロダクション出身の小説家。
石津の娘の舞台女優、声優。上記のため赤ん坊の頃より、家族ぐるみのつきあいを続けている。
妻が元アシスタントである。
企画・執筆の弟子。「すぐできるパソコン通信」「すぐできる日本語ワープロ」(アスキー)共著。

参考文献[編集]

  • 『ぶっちぎりヒーロー道・リターンズ!!まんがチャンピオンまつり/すがやみつるインタビュー(洋泉社1998年4月2日発行)

外部リンク[編集]